青森でアップルパイ巡りをしている人の裏側

ゆめうさぎの趣味ブログ。アップルパイと推し活記録の置き場です。

FGO×UBW ifアフター小説 士凛の娘ぐだ子が凛ちゃんと自分を助けに行く話【士凛】

冬から書いていた小説の1部です。カルデア陣営編!

 

プロローグ
〜2005年の間桐邸〜


「兄さん見てください!すっごく可愛く出来ました。完璧です!」
「はぁ?」
ここは日本冬木市、洋館が立ち並ぶ住宅街の一角、間桐邸。そのリビングでピンクのエプロンを着けた少女が、兄に向かって毛糸の帽子を見せつける。

彼女の名前は間桐桜穂群原学園2年生の女子生徒で弓道部長。そして家では金だけ入れてくれるヨボヨボのジジと、春に上京する兄慎二の世話をする肝っ玉家長だ。
桜と慎二は血が繋がっていない。幼い頃、同じ市内に住む魔術師家系遠坂から養女として間桐に出された。遠坂家にいた時は年子の姉がいた。
その実の姉、凛は去年妊娠し現在臨月。桜は彼女の赤ちゃんの為に帽子やら靴下を編んでいたところ、先程ついに完成した。

「名前は六花ちゃんだそうですよ!」
「生まれる前から決まってるのかよ」
「この前りっちゃんが教えてくれたんです。あ、でもまだ先輩には言ってないって言っていたから内緒ですよ」
りっちゃんは凛が引き取ることが決まっている孤児の小学生。現在凛と共に、彼女の夫で慎二の元クラスメイトでもある衛宮士郎と暮らしている。

桜も数年前から衛宮士郎との交流があり、料理を中心とした家事の師匠として敬い彼の家に通っている。
当然彼と同居している(最近は別々だけど)りっちゃんとも関わることが多く、彼が生まれてくる妹の名前を決めることと、その由来を既に聞いていた。
「りっちゃん、小さい頃一度だけ花弁が6枚ある桜を見つけたことがあって、すごく綺麗で可愛かったから妹にも可愛く育って欲しいから六花にするって。ふふふ」
「…はぁ」
慎二としてはこれっぽっちも興味がない。話を適当に流しながら住宅情報誌をめくる。

「兄さん聞いてます?りっちゃんが桜が可愛かったって言ってるんです!これ、遠回しに私の事も褒めてますよね?あ、この物件いいですね。お台所が広いです」
「知らないよ。どうすればそうなんだよ、お前の妄想じゃないか。あとここは駅から遠いから無し」
慎二はいよいよ妹の相手が面倒になり自室へ戻ろうと立ち上がった。

「っていうかお前、ぶっちゃけ衛宮に惚れてたんじゃないの?実の姉に男盗られて悔しくないわけ?何のほほんと赤ん坊楽しみにしてんのさ」
因みに慎二は慎二で妹に隠れてお小遣いを貯め、出産祝いの用意は完璧だと思っている。さらには凛を女子として気に入っていた時期もあったものの、兄のプライドを守る為絶対妹には言わない。
そしてそれらが妹に全てバレている事を知らない。

「酷いです兄さん、私はりっちゃんも可愛いと思っていますし赤ちゃんも楽しみですよ」
桜は仲良しの証拠だと携帯電話の待ち受け画面を見せつける。自分とりっちゃんのツーショットだ。
「先輩(士郎のこと)はお料理の師匠です。毎日彼を見てきました。けれども先輩の笑顔を見るようになったのは先輩が転校してから…つまり姉さん(凛のこと)と正式にお付き合いを始めてからなんです。私、将来先輩達から幸せをお裾分けしてもらうって決めているので、今はまず、お2人に幸せになって頂かないとです!」
桜はエッヘンと胸を張る。すると…。

ドーン!
「「!?」」
家のすぐ側から大きな爆発音。窓ガラスにピシャリとヒビが入り、床が大きく揺れた。
「落雷でしょうか?」
「隕石かもよ、ちょっと庭見てくる!」
「兄さん!」
桜は走っていく慎二を追いかける。そして玄関の扉が開いた瞬間、目には見えない空気の塊が吹き込み…意識を失った。


〜2025年カルデア


「お母さんが!?」
ここはカルデアの食堂。サーヴァント達がブランチやティータイムとする中、2人の親子が重々しい空気で話し合っている。

「娘に急用」という名目でカルデアにやって来た白髪混じりの赤毛を持つ壮年の男性。カルデアの職員で「人類最後のマスター藤丸リツカ」と名乗る少女の父親、衛宮士郎。彼の報告は2つ。
1つ目は日本にいる妻の凛が妊娠した。2つ目は彼女が妊娠発覚して間も無く倒れてしまい、ほぼ寝たきりなうえ魔力を殆ど胚に回す為本人は常に衰弱している。ただ1日の殆どを寝ているだけで偶に目が覚めた時に食事は少しずつとれている状態だという。その原因が不明。

「今のところ命に別状は無い………が、あくまで今のところだ。最悪臨月までに全快させなければ出産で…」
「そんな………」
リツカと、側で彼の話を聞いているサーヴァント達の顔が曇る。いや曇るどころではない、凍っていた。
「今は律和がついている。魔術師としては俺より優秀なんだ。容態が急変しなければ俺が帰国するまでは持つだろう」
「じゃあ私もお父さんと日本に帰る!お母さんに会いたい!」
リツカは立ち上がって、隣にいる相棒マシュに目配りする。彼女も首を縦に振った。

「落ち着け六花。本題はここからで、凛から伝言を頼まれたんだ」
「お母さんから…何?私、帰って来るなって言われても帰るよ!危ないんでしょ!?」
「そうじゃない。お前に、凛と赤子の自分を助けに行って欲しいんだ」
「!?」
士郎がメモ用紙を差し出す。いくつかメモらしき言葉が箇条書きされているが、士郎は筆記体の英文を読めない(事前に口頭で聞いている)。リツカはというと英語は分かるが筆記体は読めない。

「凛は、寝ている間夢を見る事が多いらしい。これがその夢から見出した伝言だ。その…うっかり筆記体で書いてごめんと言っていた」
「えっと…?私筆記体はやってないのよね。マシュ、読める?」
「はい。失礼します」
マシュがメモの内容を日本語に訳しながら読み上げる。

「ムツカの誕生1週間前。藤村先生の家に行け。だそうです」
「私の誕生…」
リツカとマシュは首を傾げる。それぞれ別の理由で。
「あぁ。六花の出産は病院じゃなくて藤ねえの家だったんだ。あそこなら24時間大人が沢山いて安心だったのと、律和も藤村家の世話になってた時でさ」
「うん。聞いた事あるよ。藤村先生のお屋敷に行けばいいのね」
リツカは再びマシュに目線を配るがマシュは首を傾げる。

「先輩、あの、ムツカさんとは?」
至極真っ当な質問。これを聞いて、リツカは悪戯っ子のような顔で笑う。
「あ、私の本名、六花っていうの。リツカはここでのコードネームなんだ」
「!?」
聞き耳を立てていたサーヴァントまで全員驚いてしまったのは言うまでもない。

リツカはカルデアへの就活当時「そんな辺境にある魔術師経営の組織に本名で就活は危ないから」と母に言われ、兄の旧姓と名を使いやって来たのだという。まぁ別に本名の六花もリツカと読めなくもないからいいかなぁと。逆にここに来て本名と同じ衛宮を名乗る英霊に出会い、コードネームとは名ばかりの偽名を使って良かったと今でも思っている。
けれども流石に親にまで偽名で呼ばれるのは何となく嫌なので、もぉ公開してもいいかなぁと今に至るそう。

そしてその話の間、士郎は「厨房のエミヤ」に引きづり出されアレコレ怒られていた。尚、士郎の方は自分の人生の選択に誤りはないと思っているので全く反省する気がない。

20年前。地元冬木で行われた聖杯戦争に参加し、当時凛が召喚したアーチャーエミヤに正義の味方とはなんたるかを叩き込まれた。それでも「凛が隣にいるなら正義の味方を貫くのは間違いじゃない」と自分を信じた士郎だが、間も無く彼女との関係を深め妊娠させてしまう。

凛はというと、冬木のセカンドオーナーの責任として、将来再び厄災を起こすであろう冬木の大聖杯を解体する事と、聖杯戦争に巻き込まれて家族を失った少年「藤丸律和(リツカ)」の親になる決意。そして律和との時間を作る為単位制の学校へ編入。倫敦留学は保留とした。そんな中子供を授かった事を「両親が健在だった時のような温かい家庭にも憧れていたから家族が増えるのは嬉しい」とあっさり言い放ち、士郎との入籍は大変渋ったが、安定期に入ってから結婚した。

妊娠が発覚した当時は、言うまでもなく大河(士郎の姉貴分)にめちゃめちゃ怒られた士郎。もちろん凛も怒られ、凛と律和は生活が落ち着くまで衛宮邸に住みながら藤村家の世話になる事となり六花を出産。士郎も凛と同じ学校へ編入していたので昼間は働いた。
数年後、東京にいる律和の親戚から相続の話が舞い降り一家は東京を拠点に二重生活となった。六花は両親の実家よりも藤丸家に行く事が多く、物心がついてからは冬木に行っていない。ついでに士郎も暫く冬木に行っていない。実家は藤村家に返した。

これらを終始苦虫を噛み潰したような顔で聞き入るエミヤ(厨房)だった。


〜管制室〜


『 』内は英会話。
『2005年1月。特異点Fと同地点、日本の冬木市。微小特異点確認しました』
特異点Fの時より規模が小さい。相談がなければ危うく見逃すところだったよ』
『リツカ。いつでもレイシフト出来ます!』
リツカ達はカルデア所長代理であるサーヴァント、ダ・ヴィンチちゃんに今回の件を報告相談。早速凛に言われた時間軸の冬木を調べたところ異常が発見された。

「何だって?」
特別に管制室まで入らせて貰えた士郎だが、語学力が追いつかず会話も半分程度しか理解していない。
「お母さんのおかげで異常が発見されたって。言われた通り私が産まれる直前の冬木市でも何か起こっているみたい」
「冬木。そうか………でもどうするんだ?」
リツカは士郎にレイシフトを説明する。

「よし。俺も行く。娘1人に妻を任せるわけにはいかない」
士郎は意気込んで立ち上がるが、すぐに静止された。
「え、お父さんは無理だよ」
「悪いがレイシフトは誰でも出来るものではない。適性が無ければ出来ないし、今は適性検査をする時間も惜しい。お父さん(士郎)にはマシュと一緒にここから彼女を応援して欲しい」
「けど………」
士郎は落ち着かない。爪を食い込ませるほどに拳を握りこむ。そんな彼の前に、マシュが歩み寄った。

「お父さん、お気持ち察します。私も去年は先輩と共にレイシフトしておりました。けれども今は身体の調整中でサポートに回ってます。もちろん先輩1人に行って頂くというのはとても不安で緊張します。ですが、先輩はこれまでどんな命懸けのミッションもこなしてきました。そしてこれは、現場の仲間だけではなく皆さんのサポートによるおかげでもあります。今は娘さんを信じましょう」
マシュは一度だけリツカとダ・ヴィンチちゃんに目配せし、再び士郎に向き直る。

「うん。お父さんが応援してくれたら私も心強いよ」
「そうだね。キミの娘さんは、父親が思っている以上に成長していると思うよ。子供の成長なんてそういうものさ」
「………六花。じゃあお前にコレを…」
士郎はようやく肩の力を抜きポケットから大粒の赤い宝石がついたペンダントを取り出す。

「コレって、お父さんとお母さんのお揃いペンダントじゃん。あ、そう言えばキッチンのエミヤと、エミヤオルタも同じのいっぱい持ってるらしいよ」
「???」
士郎は一瞬嫌そうな顔を作るが、聞かなかった事にして気持ちを切り替える。

「コレは凛と律和が2人でコツコツ20年溜めた魔力が込められている。俺には使えないが、お守りとしては最強だろう。お前に預ける。律和があと20年は溜めると言っていた。絶対に返せよ。俺も借りただけなんだ。凛達に怒られる」
「うん!ありがとうお父さん!絶対返すね!」
リツカは笑顔で受け取り、早速首にかける。白い制服に赤い宝石がよく映えたのだが、あまりにも目立つので中にしまった。

「では次。同行サーヴァント。今回適性があったのは…」
「当然私だろう?」
「げ(またお前かよ)」
いつの間に入ってきたのか突然エミヤ(厨房)が士郎の肩に肘をかけながら割り込んでくる。しかもふんぞり返ってからのドヤ顔。

「何度も行った戦地だ。土地勘には自信がある。何より凛のピンチには…」
「はいはい。呼んだー?」
「はぃ!?」
(昔の凛に瓜二つの女の子が殆ど裸で浮いている!?)
ドヤ顔で自己アピールするエミヤ………の話の途中に扉が開き、現れたのは少女時代の凛を依代に現界した擬似サーヴァント女神イシュタル。ふわりと宙を飛ぶ彼女の衣装は布地が最低限。依代が普段使いする下着以下の面積。裸同然だというのに堂々と振る舞うその姿を初めて見た士郎は、思わず素っ頓狂な声をあげた。エミヤの話なんて耳に入らないしむしろ忘れた。

『え、何?誰?このおじ様』
「(オッサン)!?」
士郎は人生かつてない程のショックを受けている(イシュタルはおじ様と言っているつもりだが、士郎の語学力で脳内和訳したらただのおじさんになる)
「お父さん!?大丈夫?頭白くなってきたよ!」
リツカは慌てて士郎を揺するが、ショッキングな彼は一気に白髪が増えた。
対するイシュタルはエミヤに『アンタのお兄さんか何か?』などと呑気に聞いている。
その後士郎はサーヴァントイシュタルの説明を受け、娘に胃薬を要求したのだった。

。。。
『えー。またあそこ?あぁいう水気が多い場所は嫌いなのよねぇ』
出撃を頼まれたのはイシュタルだった。冬木に縁のあるサーヴァントは他にもいるものの、今回出撃適性があったのはイシュタルのみ。冬木には以前エミヤ(厨房)と共に、同じカルデアのサーヴァント・ジャガーマンによって強制連行された経験がある。当時は特異点の修復が完了する前で、炎と瓦礫の山、そして死霊しかいないという被災地。仕方なくそのまま出撃した。活躍はしたもののイシュタルにとってはつまらない思い出だ。

さらに言うと生前?古代メソポタミアウルクと天界の管理を任されていた彼女は、生命の成長を祝福する豊穣神である。死の臭いしかない場所とは相性が悪かった。

『今回、座標は同じでも特異点Fじゃない。マスターだけでなく依代の故郷でもあるんだ。マスターの守護は君にしか頼めない』
『イシュタルさん、お願いします!』
『イシュタル様お願〜い!』
(いつものパターンなのだが)ダ・ヴィンチちゃん、マシュ、リツカはそれぞれ眉尻を下げ、精一杯の気持ちを込めてイシュタルに出撃をお願いする。

『え、え、べ、別に私じゃなくたって』
最初はツンとしていた彼女だが、3人が懇願する姿を見て狼狽始めた。
元々古代の神たるもの、人間からのお願いを聞き入れてなんぼな存在。こういうのにはめっぽう弱い。
『あーもぉ分かったわよ!行けばいいんでしょ?行けば。当然だけど、私が同行するからには絶対に任務完遂させなさいよね!』
『『『ありがとうございます女神様』』』
結局今回の微小特異点にはリツカとイシュタルの2人でレイシフトする事になった。

。。。
1人コフィンに入り目を瞑る。静かな個室に、機械の音声アナウンスが流れてきた。
「アンサモンプログラムスタート。霊子変換を開始します」
お父さんからの教え。イメージするものは常に最強の自分。。。イメージトレーニングよし。
「レイシフト開始まであと3、2、1・・・・」
大丈夫。きっと現地にはお父さんもいる。
「全工程、クリア アナライズ ロスト オーダー」
お母さん。お腹の中の私。今、六花行きます!


本編〜微小特異点冬木〜


(うっそ、イシュタル様逸れた?)
一緒にレイシフトした筈のイシュタル様が居ない。多分敵による阻害だ。
レイシフトした時のよくあるパターンで空中に放り出された私。空を飛べるイシュタル様さえ居てくれればどうってことないんだけど、居ないのは困る。5点着地には慣れてきたものの落ちた先にエネミーが居ては大変だ。

(とにかく、衝撃に耐える準備しなくっちゃ)
着ている魔術礼装(カルデア制服)が優秀なので私だけなら衝撃に強い。
足を抱え込みながら地上を見る。白い雪が積もった住宅街。高さ以外の座標は間違ってなさそうだ。
(ってやば!)
着地予想地点に何かいる。魔獣にしては小さい。茶色い犬?………いや違うヒトだ!
「避けてくださ〜い!」
下の人はキョロキョロと周りを見渡している。けど移動しない。

(もう無理間に合わない!ごめんなさい!)
今まで誰かがぶつかって来た事はあるものの、ぶつかりに行った事はない。
最後にもう一度下にいる人を見る。
向こうもようやくこちらに気づいて顔を上げた。白い肌に私と同じ赤毛
(アレお父さん!?若っ!)
なんて思った瞬間、よりによって若い頃のお父さんとぶつかった。

。。。
「ごめんなさい」
「いや、、、こちらこそまさか空から女の子が降ってくるとは思わなくて、その、受け止め切れなくってごめん」
お父さんは昔「怪我の治りが異常に早かったらしい」という噂を信じ、私は自衛を最優先。構わずお父さんに激突した。結果、私は魔術ですぐに回復出来る程度の打撲。お父さんは鼻血+口の中も切れて血ぃ吐いてたし、腕が変な方に曲がった気がしたけど今は平気そうにしている。
因みに血塗れになった彼の顔や私の制服はその辺の雪を使って適当に洗った。

(マシュは………繋がってないか)
最近のレイシフトあるある。カルデアとの通信が上手くいかない。
霊脈ポイント?が近ければ通信しやすいらしいんだけど、そういうのを探すのはマシュかキャスターの仕事。私にはコツが分からない。今はまず、目的地を探すのが最優先だ。

「あの、早速なんですけど、私藤村先生のお宅を探してまして、案内して貰っていいですか?」
普通はこんなの初対面の子に言われたら不審だと思う。でもお父さんだから大丈夫。アホみたいにお人よしだもん。
藤ねえの家?いいけど、もしかして藤ねえの生徒か?」
「うん。担任ではないけどそんなところです」
適当に嘘をついちゃった。けれども予想どおりお父さんは道案内してくれる事になった。

「滑るから気をつけるんだぞ」
2人並んで歩く。せっかくなのでじっくりと若いお父さんを観察した。
(お父さん若いなぁ。今だと私より若いって事?ヤダ面白い)
「………俺に、何かついてる?」
「んーん。何でもないです」
反応に困ると視線で訴えられた。
ちょっと、見つめ過ぎちゃったかなぁ。だって楽しいんだもん。

「それよりおと…お兄さん、この街って明らかにヘンですよね。なんだか妙に静かというか、もし良かったら近況を聞かせて貰っていいですか?」
「ヘンなのは分かるんだな。説明したいのは山々だが落ち着いて話せる場所がいい。外はヘンなのが彷徨いてて危ないんだ。藤ねえの家の手前が俺の家だから少し寄ってもいいか?」
「もちろん。お願いします」
(若いお父さんも1人だと頼もしいなぁ)
普段の父=母の尻の下に敷かれているイメージが強いんだけど、母が悪阻とか風邪とかで弱っていたりお留守番する時は張り切ってくれて頼もしかった記憶がある。

「あ、そうだ名前。私の事はぐだ子と呼んでください」
多分この世界はすでにお兄ちゃんがいる。本名もいつもの偽名も名乗れないからインターナショナル時代のニックネームで名乗ってみた。明らかに本名ではないけれど、呼び名として指定すれば反抗の余地はない。勤務中はイシュタル様も私をマスターって呼ぶし、通信越しのお父さんさえ気をつけてくれれば乗り切れる。

「変わった名前だな」
(いや、本名じゃないからね)
別にいいけど、お父さん変なところまで素直だから勘違いしちゃってる?
「俺は衛宮士郎って言うんだ。好きに呼んでくれ」
「じゃあ士郎さんで」
(うっわぁ、なんか新鮮!)
まさか父を下の名前で呼ぶ日が来るなんて。ちょーウケる。楽しい。

「次の角を曲がった先が俺の家だ」
「はい」
昔ながらの屋根瓦を使った日本家屋が並ぶエリアだ。
学生時代、友達から「低コストならトタン屋根。屋根瓦はサビにも雪にも強いけど金持ちしか使えない」と聞いた。きっとこの辺は裕福な家庭が多いんだろうな。
反面いかにも暫く空き家ですって感じのひび割れて草が生えた形跡のお宅もちょこちょこある。やっぱり空き家問題は東京だけじゃないよね。ん?

「(危ない!)ガンドッ!!」
「!?(ガンドだって!?)」
曲がり角から明らかにヒトじゃない大きな影が飛び出してきた。多分魔獣の類だ。反射的に足止めの為のガンドを放つ。お母さんと違って攻撃威力はないけれど、ちょっとだけ相手を止めるだけなら魔術礼装関係なく使える。

「士郎さん逃げましょう!どっちに行けばいいですか?」
住宅街の道は1本間違えば私有地行き止まり。緊急逃走は地元民の土地勘がないと無理だ。
にしてもなんだったんろうアレ?気になるけどエネミーを確認するより走り出さなきゃ。初動が肝心だ。
「来た道を戻れ。アレなら俺1人で倒せる」
「!?」
お父さんが魔獣に顔を向けて、瞬時に投影した弓矢を構える。

(お父さんが戦うの!?)
生まれてもうすぐ20年。何度もお父さんの投影魔術を見てきたけれど武器を扱うところは見た事がなかった。
(でもなんで近接戦なのに弓矢??)
弓を引く前に襲われない??絶対あっちの方がすばしっこいよ!
一応数メートル離れて見守る。魔獣は恐らく獅子の類。バビロニアのウリディンムを黒く大きくした感じ。
ドォーーン!

「!!」
お父さんが放った矢は魔獣の足元で爆発した。
「悪い。ぐだ子逃げるぞ!」
どうやらあくまで敵の足止め、目眩しだったらしい。
「あの獣1匹じゃない。流石に複数相手じゃ俺も無理だ」
「了解!」
お父さんと一緒に来た道を全速力で戻る。
どうやら若いお父さんもただの戦闘バカじゃないらしい。撤退の見極めは重要だ。
良かった。私1人じゃ逃げきれないし。

「マズい、先の交差点にデカい影が見える」
「!?」
お父さんは私よりずっと視力がいい。恐らく彼はこの後魔獣に挟まれると言ってるのだ。
(どうしよう。女神様早く私に気づいて)
イシュタル様さえ駆けつけてくれれば絶対に何とかなる。彼女を呼ばなきゃ。

「士郎さん!私仲間が何処にいるんです!さっきの派手な矢を空に向かって撃ってください!花火みたくド派手にお願いします!」
「分かった、やってみる!」
「そこの家に入りましょう!」
ちょうど脇の塀が途切れたので、勝手に門を破り私有地に入る。そこまではよかった。

「え!?」
(何アレ??)
お父さんが投影を始めると同時。偶々入ったお宅の敷地内。お庭の片隅に黒いホムンクル(パラケルスス製)から触手が伸びたような魔物が見えた。魔獣とは何処か雰囲気が違う。静かだけど、直感ですごく危険だと思った。

(どうしよ!)
お父さんが矢をつがえる。放つまで数秒。けれどもあの黒い魔物はコンマ数秒で私達を攻撃できる。そう直感が言う。
私はお父さんに向かって手を伸ばした。けどあと数十センチ!
「おと……」

ギャア゛ア゛ア゛ァァァ!!
「!?」
塀の向こう側で魔物が断末魔をあげている。雄叫びじゃない。死ぬ直前の叫びだ。
「何だ?」
「もしかして!」
飛び出さず、塀から少しだけ顔を覗かせる。予想通り見かけた魔獣達は全て地に伏せていて、蒸気を出しながら少しずつ消えていく。ついでに道路が少し抉られているけどしょうがない。
(エネミー消滅確認よし)

「イシュタル様!!」
「マスター!」
上空に視線を移せば今1番会いたかった女神様が飛んでいる。ウルクの時みたいに魔獣を倒してくれたんだ。
(良かったぁ助かったぁ)
彼女とお父さんも会わせなくては。

「士郎さん、今飛んでくる女神様が仲間のイシュタル様です」
「女神?」
一応周囲を警戒しなくていけないので、お父さんは恐る恐る道路に顔を出し私が指差す(指は立てていないけど)方向を見る。すると
「はぃ!?」
(やっぱり本人だぁ)
目の前の学生お父さんは、もうすぐ40歳になるお父さんと全く同じ反応をしていた。

「ついに………狂ったか」
「え?何そいつ」
イシュタル様もお父さんに気づいた。一直線に飛んでくる。対するお父さんは目を回す程大慌て。
「わわわ!なんでとお…凛が裸で飛んでくるんだ!?」
「安心してください。女神イシュタル様ですよ」
うんうん。分かるよお父さん。お母さんがあんな露出プレイしてたらびっくりしちゃうよね。

「イシュタル様!この…」
「…あなた」
目の前に降り立つ女神様にお父さんを紹介しようと、彼の両肩に手を乗せて差し出す。するとイシュタル様は驚いた顔をしながらお父さんのほっぺたら髪の毛やら無遠慮に触り始めた。

「ニンゲン?コシャルそっくりねぇ。すっごく懐かしい顔してるわぁ」
「わわっ!顔が、顔が近い!!」
私と女神様に挟まれたお父さんは動けない。顔を赤くしながら目を回している。
「コシャルって誰ですか?」
「知り合い。地中海から来る工芸神よ。喋る棍棒とか自律型の槍とか作る変態みたいな天才」
つまりものづくりの神様かぁ。なんだかお父さんに似合う気がする。

「いい加減にしてくれぇ!」
お父さんは限界らしい。万が一こんなところをお母さんに見られるのも嫌なので、素直に肩から手を離しておく。
「女神イシュタルってアレだろ?ギルガメッシュにフラれたウルクの…」
「(怒)アイツが王としての務めを放棄しただけよ!!」
「いでででで!」
お父さんは早速女神様の地雷を踏み抜き、ほっぺたさわさわから頬をつねられるお仕置きとなった。


。。。
イシュタル様と合流できたので結局お父さんのお家は寄らず、真っ直ぐ藤村先生のお家を目指す事にした。
「…それで人の気配がしないんですね」
改めてお父さんを紹介し、私はお父さんに自分達の目的を話す。約20年先の時代から来た事。この世界に歪みを感じてやってきた事。衛宮凛を助けるよう依頼があった事。
最初は首を傾げていたお父さんだったけれど、お母さんの名前を聞いた途端表情が変わった。私にお母さんの状態を報告しにきた未来のお父さんと同じ顔だ。すごく固くて苦しそうだった。その後お父さんの方から見た特異点を語る。

この冬木は、数日前からオカシイ。
突然新都へ行くための大橋が壊れた。それから瞬く間に人が減り反比例するように魔獣に遭遇するようになった。お母さんの予想では「魔術回路がある人間はそうそう死なないから生き残りやすいと思う」その予想通りで、お父さんはこの通り健在だ。ただ同じく魔術回路を持つ律和、私のお兄ちゃんも消えてはいないだろうけど行方不明。お母さんは強固な結界を持つ遠坂の家に避難。お父さん1人でお兄ちゃんを探していたらしい。

「ふ〜ん。とにかく毎晩人が減って魔獣が増えるって事でOK?」
「OKじゃないけどそういう事ですね。士郎さんは凛さんと毎日会っているんですか?」
カルデアとしてはお母さん(とお腹の中の私)の安全確保が最優先だ。絶対無事でいて貰わなきゃ。
「いや。会ってない。電話だけした。あくまで俺の体感だが、魔獣は遠坂の屋敷に近づく程多い。俺1人じゃ辿り着かないんだ。ただ遠坂の結界はサーヴァント相手にもそう破れないと本人が言っていた。裏技で並行世界から魔力を借りてでも腹の子は守ると言っていた。アイツはいつも正しいし行った事は絶対やり遂げる。だから俺は単独で深山町、学校、商店街をパトロールしている」

「そうなんですね」
(しれっと、未来のお母さんの体調不良の原因が分かったかも)
まだ憶測だけど、どうやら少女のお母さんは、他所ではなく未来の自分から魔力を引っ張って防御に充てている。細かい原理は分からないけれど、未来のお母さんがここの異常に気づいたのも犯人が自分だからかもしれない。

「なら目的は私達と一緒です。ここの異常を解消して日常に戻しましょう。恐らく何処かに聖杯が絡んでいます。その聖杯さえ回収出来れば解決します」
「聖杯だって!?」
お父さんもお母さんもここから1年前に起こった聖杯戦争のマスター。聖杯がなんたるかは知っているだろうけど、話を聞く限り私達のとは規模が違うんだよね。

「あ、多分士郎さんがイメージする聖杯とはちょっと違います」
未来のお母さんとお兄ちゃん、時計塔の仲間で解体した冬木の大聖杯は既に汚染されていたと聞いた事がある。本来ならその膨大な魔力で願い事を叶えるはずなのに、穢れた聖杯は厄災を起こすらしい。お母さん達の聖杯戦争は厄災を最小限に出来たけれど、お祖父様(遠坂の)が参加した聖杯戦争では大規模な火災が起こったとか。

「私達が回収する聖杯は、、、ビールを飲めちゃう、、、いやそうじゃないな」
「聖杯でビールぅ!?」
聖杯…バビロニアギルガメッシュ王が盃にしたイメージが強いんだよね。偏見だけど。
「えっと見た目は金色のトロフィーで、普段はサーヴァントの特別な強化に使うんですけど、こういう世界の歪みの原因にもなるんです。チェイテ城にピラミッドが刺さっちゃったりとか」
「ピラミッドが刺さるぅ!?」
まぁうん。信じ難いよね。顎が外れそうな勢いで口を開けて驚くお父さんの反応は正しい。私も現実を信じたくなかった。

「その、とにかくその聖杯を回収すれば平和に戻るんだな」
「はい。大抵敵サーヴァントが持っているんですけど、サーヴァントは見かけていませんか?」
「いや。サーヴァントは見てないぞ」
今までのパターンは十中八九敵が聖杯を使った事で微小特異点が発生している。あの時逃げ出した魔神柱を全員倒したわけじゃないからそっちの可能性も0じゃないけど、これだけ狭い範囲だし聖杯の方だと思う。

「マスター」
上からイシュタル様が声をかける。
「私、ここに来てからシャドゥサーヴァント3体倒したわよ。恐らくライダーのメドゥーサと、呪腕のハサン、ダレイオス三世かしら?」
「シャドゥサーヴァントですか!?」
「なんだ?」
お父さんにシャドゥサーヴァントの説明をする。なんらかの原因で影法師のみになったサーヴァント。見た目は真っ黒い影だけど戦闘力は元のサーヴァントと同等。ただし宝具は使えない。

「って3体もですか!?仕事速っ!」
「向こうから喧嘩を売ってきたのよ。魔獣諸共上から撃ち消したんだけど、少なくとも命中した分は静かに消えるみたいだから地味な戦闘だったわね」
なるほど。それだけ倒しても近くにいた筈の私達が気づかなかったのはそういう事か。女神様は「あなた達の爆発の方が派手だったわよ」と付け加える。お父さんの一撃で気づいてくれたんだ。流石。

「話の途中で悪いが藤ねえの家に着いたぞ」
「!」
(凄い)
お父さんの家も武家屋敷と聞いていたけど(さっきチラッと見た)。藤村先生のお宅もザ日本の邸宅って感じですごく広そう。時代劇に出てくる武家屋敷を2階建てにしてさらに豪華にした感じだ。

「藤村先生ってお嬢様だったんだね」
やっぱりこのエリア凄い。金持ちの家、、、屋敷だらけじゃん。
「まぁな。門下生十数人抱えてるって聞いたぞ」
何かの道場でもしているのかな?
尋ねようかと思いお父さんを見ると何やら神妙な顔をしている。

「けど妙だ。昨日までずっと門が締まっていたんだが今日は全開。てっきり誰もいないかと思っていたんだが罠か?」
「そういうのは先に言ってください!」
絶対罠じゃないですか!?
「上、何かいるわよ」
イシュタル様が屋根の上を指差す。さっきまでは何も居ないと思っていたけれど見覚えのあるシルエットがいた。こう、、、着ぐるみパジャマ的なアレ。

「にゃにゃ!?早速見つけるとは流石我が生徒!こうにゃったら仕方にゃい!とぉっ!!」
ネコ科動物を装った彼女は、電信柱や庭木に飛び移り無駄に動き回ってから目の前に着地する。
お父さんは真面目に目で追う。逆にイシュタル様は静かに目を閉じ眉間を押さえている。
「アレは誰?美人の女教師?それともジャガー?そう!私はジャガーの戦士で美人教師!ジャガ村見参!!」
「んなぁ!?」
お父さんはイシュタル様相手とはまた違う素っ頓狂な声をあげる。そうだよね。こんなの現れたらびっくりだよね。けど大丈夫。見慣れるよ。

「えー早速だにゃ。お前たちが新入り門下生にゃぁ?」
「違います」
「てか藤ねえ!何してんだその格好!」
(え。この依代が藤村先生だったんだ)
藤村先生は両親やお兄ちゃんから話だけは聞いていたけど、小さい頃しか会った事がなくてちゃんと顔を分かっていなかった。

「にゃにゃあ?にゃ〜んか見覚えのある顔にゃ。もしやお前、既に私の門下生にゃぁ!」
イシュタル様が無言でガンドを一発撃つ。ワザと外し、彼女の顔スレスレ横を通り過ぎた魔力の弾丸が後ろの玄関扉を破壊した。ガラスの破片が飛び散る。
「にゃにゃにゃぁ(怖)危うくキュートなフードに穴が開くところだったにゃ」
「???」
1人パニック状態に陥るお父さんに小声で擬似サーヴァントの説明をする。お父さんは納得はしたみたいだけど、まだ目を点にして固まったままだ。

「ジャガ村先生ご機嫌よぉ。あなた聖杯見なかった?金色の器とか拾い食いしてない?」
「私達ちょっと探し物と人探しをしているんです!」
ジャガーマンにガンドのポーズで脅す姿勢のイシュタル様に便乗する。
「脅しはよくにゃいにゃ!平和的に話し合おうじゃにゃいか!」
そうは言いつつ武器である肉球型の槍を構えてくるジャガーマン。

「えぇもちろん私達もあなたとは戦いたくないの。じゃあ質問を変えるわ。あなたは私達の味方?それとも敵かしら?」
「………………」
両者無言で見つめ合う。暫く沈黙。
「………………ジャガーは………」
ようやくジャガーマンが口を開く。すると…。

ポンッ
「!?」
槍の先端、肉球部分からギャグ漫画のような煙が上がる。
(白旗!?)
煙が晴れるとそこには、いつもの肉球ではなく白旗が靡いていた。

「はい!このジャガ村!今回はあにゃた達の味方になるにゃ!」
「ファイナルアンサー?」
「ファイニャルアンサー!!敬礼!!」
「よし!」
一応ジャガーマン=ジャガ村先生の敬礼に続き私も敬礼のポーズをとる。次にイシュタル様と彼女が握手をし、交渉?完了した。お父さんは…固まったままだけどいっか。

【ジャガ村先生が仲間になった】

小休憩で藤村先生のお宅に上がらせてもらう。
家の中はジャガ村先生以外誰も居なかった。そしてジャガ村先生も状況を分かっているのかいないのか「とにかく直感で動いているにゃ」と言っていた。
ただラッキーな事が一つ分かった。何故かは分からないが、この特異点ライフラインが正常。つまりガス電気水道が普通に使えてTVも普通に見れた。そして常に冷蔵庫の中身が充実しているらしく食べ物に困らない。体力回復出来るのは有り難かった。

「お茶のおかわりいかがかにゃ?おせんべいもいっぱいあるにゃあ!」
「あ、私あるなら大判焼き食べてみたいわ」
「了解にゃ!」
まるでおじいちゃんとかおばあちゃんの家。イシュタル様は暖かい炬燵に足を入れ完全に寛ぎ始めた。

「あー。やっぱ暖かいっていいわぁ。寒いの苦手なのよぉ」
「そんな裸同然じゃあな。見ているこっちまで困るし…」
お父さんは家人の如く台拭きでテーブルを吹き上げる。
(お父さん………)
多分、位置によってはイシュタル様の胸元がギリギリまで見えている事だろう。それが気になるのかちらちらと彼女を盗み見ていた。若者らしいスケベ心か、オカンとして防寒が気になるのか。。。するとついに本人と目が合う。一瞬お父さんが飛び上がった。

「(ヤバい目が合った。チラ見してたのがバレたか?)!」
「あ、衛宮くんは手伝いに行ってよね。ジャガ村先生だけじゃ心配でしょ?」
「あ?あぁそうだな!行ってくる」
お父さんは台拭きを握り締めたまま走って出ていく。
これイシュタル様じゃなくてお母さん本人だったら絶対叩かれてただろうなぁ。

「アレ、あなたの父親でしょ?瞳とか髪質とかそっくりね」
多分イシュタル様は私と2人きりの話をしたくて彼を追い出したのだろう。普段よりも声のボリュームを落として話しかけてきた。
「はい。もちろん内緒ですよ」
にしても私って本当、父親似だよね。よく言われる。
イシュタル様とこのまま秘密の世間話をするのかと思いきや次の一言でガラリと内容が変わる。

「ジャガ村先生なんだけど、カルデアのとはつくりが違うわ」
「??。といいますと?」
「んー。例えば私ってあなたがウルクに来た少し前、私の召喚に捧げられた「この女の子(遠坂凛)を依代にした女神イシュタル」のデータを元にカルデアで召喚したじゃない?いちいち誰かに女神イシュタルを降ろしていないって意味。分かる?」

「はい」
何故別世界とはいえ遠坂凛ウルクにいたのかは知らないけれど、現地の巫女達が遠坂凛に女神達を降ろしたのは間違いない。そしてそのご縁をデータとして持っているからカルデアはこの霊基のイシュタル様を召喚出来る。

「あのジャガ村先生は、この世界の依代先生にジャガーを降ろした状態よ。だから衣食住必須。降臨された事によって彼女の肉体は大幅に強化され身体能力も上がっている。けれどももし肉体の損傷でジャガーが退去した場合、依代の命も危ないんじゃないかしら。私もウルクでそうだったハズよ。エレシュキガルはともかく」
「!」
じゃあもしジャガ村先生が敵になったとしても攻撃出来なかったって事だよね。
あと逆にウルクでのイシュタル様はそんな状態でよくあんな派手に戦ったよね。すごいお転婆だったよね!?

「それとこのジャガーマンはランサーじゃなくてセイバー霊基みたい。普段と変わりないけど」
「えぇ!?武器も変化してなさそうなのに??」
いや変化はあった。白旗に化けるだけだけど。
「そうね。でもマスター。勘だけどジャガ村先生は信頼していいと思うの。なんか野生…サバイバルに強そうじゃない?もし私と逸れたら私の事は探さず彼女についていってね」
「?………はい」
違和感。女神様にしてはえらい弱気な発言だ。と、マスターとしての勘が言う。彼女の言っている事は正しいけれど、なんかイシュタル様ぽくない。

「けどどうしてカルデアはジャガ村先生のお宅に行くよう指示したのかしら?そこだけ分からないのよねー」
「そうですよね」
正確にはお母さんからの指示だ。ただ未だに理由が分からない。てっきりここで待っているのかと思っていたけど違った。
「あ、そうです。先ずはカルデアと連絡を取れるようにしないと」
未だにマシュからの連絡がない。

「お待たせだにゃ!」
ジャガ村先生が大皿を天井に掲げながら走ってきた。
「悪い。温めるのに時間かかっちまった」
「これが大判焼きね!頂きまーす!」
4人で大判焼きを食べる。冷凍保存したものをチンしただけらしいんだけど、べちゃっとしないし、あんこの甘さも上品ですごく美味しかった。イシュタル様もお喜びだ。

「ところで士郎さん、どこか近くに霊脈って無いですか?いつもそこから、、、あー、私は操作が分からないけれど、とにかく霊脈まで行けば仲間と通信出来るんです」
「霊脈………?当然この深山町でだよな………」
(柳堂寺か………)
お父さんが頭を捻り考え込んでいる。頑張って!

「遠坂の屋敷。地下にある凛の工房の真下に霊脈があると聞いた事がある」
「じゃあ早速行きましょう」
やったぁ。若いお母さんにも会えるって事だよね?
「凛さんもそこに居るんですよね?」
私にとっては学生お父さんとお母さんが並ぶ姿を見るチャンス!密かに楽しみにしていた。

「そのはずなんだが昨日から電話に出ないんだ。さっきも留守電だった」
「え!?」
お母さんに何かあったって事?
「前にも言ったが遠坂の屋敷に近づく程魔獣が多い。そうそう家から出ないと思っていたんだが…」
「心配ですね。早く出発しましょう」
とっくに昼を過ぎている。この時期はまだまだ日没が早い、急がないと。
私は残りの大判焼きを急いで頬張る。最後まで美味しかった。

〜遠坂邸へ向かう〜

「…………意外と魔獣がいない?」
出発して5分。上空から女神様、地上ではジャガ村先生の二重警備。遠坂邸への道のりを順調に進んでいる………のだが今のところ魔獣は1体も見当たらない。
「みたいだな。昼にイシュタルが瞬殺していたのを見て逃げていった。ってならいいが」
「ですねぇ」
そもそもなんで遠坂邸に近い程魔獣が多かったというところが謎だ。分からないけど、もしかしてお母さんが呼び寄せて倒してまくったのかな?
まぁ平和に越した事はない。そうだ。せっかくだしお父さんに色々聞いちゃおうっと。

「ねぇ士郎さん。凛さんにはなんてプロポーズしたんですか?」
「はあぁぁぁ!?な、と、突然過ぎないか?だいたいそんな、は、恥ずかしい事言えるか!」
「えー。全然恥ずかしい事じゃないですよー。ぐだ子聞きた〜い」
ふふふ。お父さん照れてる照れてる。実はお母さんの方から聞いてはいるんだけど、お父さんからは聞いた事なかったんだよねぇ。

「だ、だ、だめだダメ!大人の話!」
「私の方が年上ですよ?高卒社会人ですもん」
まぁお父さんは春生まれだから1歳くらいしか変わらないんだけど。
「とにかく、そういうのは無し!他のにしてくれ!」
寒い中顔を赤くするお父さん。流石にお父さんの台詞を聞き出すのは難しいか。じゃあ…。

「じゃあ凛さんのどこが好きなんですか?」
「どこってそりゃ全部に決まってるだろ」
(即答!?)
まさかの間髪入れない惚気に驚いてしまう。

「会えば分かる。アイツを嫌いになるヤツなんて居ない」
(キッパリ言いきった!!)
「そんなにですか?でも誰だって欠点はありますよ?彼女だって完璧ではないんでしょ?」
「確かに…全日制に通っていた時はミスパーフェクトなんて呼ばれていたし、実際学園ではアイドルみたく完璧な存在でさ。成績トップでスポーツ万能。いつも輝いてて同性にも好かれてた」
お父さんによるお母さんのアピールは止まらない。彼女を語る彼は本日1番楽しげだった。

「プライベートだと料理も上手いんだがジャンルが偏ってて味噌汁は作れなかったり、意外と朝に弱かったり、あと機械が苦手だったりいろいろあるけどさ。そういうところをひっくるめて俺はアイツを全部好きなんだ」
(ひゅう!まさかここまで惚気るなんて!お父さんやるぅ!)
そろそろ聞いているこっちが恥ずかしくなっちゃう。

「無事。家に居てくれりゃいいが………」
彼女を思い出しお父さんの顔が曇る。
「…そうですね」
正直そこは半々だ。電話に出ないだけならば地下にこもっている可能性もある。けれどもこうも魔獣がいないのはやっぱり不自然だと思う。彼女が魔獣をやっつけたにしろ外には出たでしょう。

「アイツは策もなしに無闇に動くヤツじゃない。でも俺以上に律和を心配している。俺には分からないが、解決策を見つけて律和を探しに外へ出たかもしれない。そこだけが心配だな」
「士郎さん………」
もしお母さんが留守にしていたら絶対それが理由だろうな。余裕で想像出来る。
「あの坂の1番上にある屋敷が遠坂だ」
到着までもう少し。結局、魔獣には1体も遭遇しなかった。

〜遠坂邸〜

「普通に開いたにゃ」
「開いた!?」
「え!」
インターホンを鳴らしても誰も出ない。お父さんが「いつも魔術で施錠するから勝手に開けられないんだ」と言っている横で、ジャガ村先生が門の扉を引き………あっさり開いた。
「じゃあ」
お父さんが走り出す。
(お母さんに何かあったかもしれない)

バタンッ!
急いで前庭を抜け、玄関の扉を開ける。こちらも鍵がかかっていなかった。
「凛!俺だーーー!」
「凛さーん」
し〜ん

反応はない。
玄関からすぐのリビングに入ってみたが彼女の姿はなくローテーブルの上には「お留守よろしく」と書かれたメモ用紙が置かれていた。
「はぁぁ!?」←士郎
(嘘でしょ!?よろしくじゃないから!)
宛名も差出人の名前もない。けれどもこの筆跡は確実にお母さんのものだった。

「書き置き………あれ?でもおかしい。凛さんは、誰に当ててこれを書いたんだろ?士郎さんがここに来るって知らないですよね??」
「確かに…律和とすれ違った時の為か?それなら鍵を開けておくのも納得できる」
なるほど。お兄ちゃん用ねぇ。

「ねぇ、あっちから音がするけど?」
「!」
イシュタル様が廊下を指差す。
正直私はここからでは何も聞こえない。イシュタル様に続き、私とお父さんで廊下に出る。

「ドライヤー?」
どうやら洗面所かららしい。ゴーっとドライヤーのモーター音がする。
どういう事?
「流石に鍵を開けたままお風呂入るとかなくないですか?」
「他人の不法侵入か…」
何にせよ不自然だ。

「つべこべ言ってないで開ければいいじゃない」
イシュタル様がドアノブに手をかけると同時に、ちょうどモーター音が止まった。
ガチャ(開)
「!?」←士郎
扉の先には………。

「え?」←扉の向こうの女の子(裸)
「え?」←イシュタル
「へ?」←ぐだ子

「師匠!?」「アーちゃん!?」
中にいた女の子はイシュタル様と指を差し合いながら驚きの声をあげる。
「なんでアンタが!?」
「わぁ!すごい師匠!随分と可憐に…てかその姿私とそっくりじゃありません?ウケる!可愛い〜〜!」
とりあえず士郎さんには少々退避してもらう。

アーちゃんと呼ばれる少女は人間じゃない。
イシュタル様と同じでふわふわと宙に浮きながら豊かな黒髪のお手入れをしている。どうやら風呂上がりらしい。そしていわゆる紐パンなショーツ1枚に肩からスポーツタオルを1枚だけかけたというイシュタル様を超える露出度。
お母さんそっくりな顔立ちだけど瞳は青みがかった濃いグレー。ボディの方はイシュタル様より華奢で小柄。その辺の中学生みたいな体格をしている。

(彼女も美や愛の女神だろうか?)
裸を見られても動じないのは自信がある以前に、自らが美しさの基準である証拠。
もしくは愛の女神らしく魅惑で繁殖を促すから。イシュタル様のお弟子さんみたいだし中東方面かな?
にしても格好はともかく可愛い外見だなぁ。お母さん中学生バージョン?

「あ、師匠もお風呂入ります?まだ温かいですよ?」
「結構よ。見た感じあなた純粋な神霊サーヴァントでしょ?なら一度霊体化すれば汚れも取れるし髪も乾くわよ」
「そうなんですか?やってみます!」
アーちゃんは一瞬消えてから再び実体化する。

「わ、すごい便利〜☆」
(露出は変わらない!?)
ちゃんと装備品を装着して本来の姿になったらしいアーちゃんさん。顔立ちはそのままに髪の毛と瞳は水色になって、ほんのり小麦色に日焼け。さらに耳のように羽が生えたヘルメットを被り、首全体を覆う幅広のチョーカー、金色の細いブレスレットを数本装着。そしてマイクロビキニ?えらい布地が少ないブラに紐パン………。まだ肩にタオルをかけていた時の方が露出度少なかったんじゃない?とにかくほぼ裸んぼな女神様だった。

「!?」←士郎は声が出ない
お父さんはほんの少し覗いただけでビビってしまい。即踵を返す。
「ジャ、ジャガねえにも挨拶させなきゃだし、俺、茶の用意してくるわ」
(逃げた)
けど確かにこんな狭い洗面所にいるよりリビングに戻った方がいいだろう。
私も続いて戻る事にした。

〜リビング〜

「ちぇー。エジプト霊基、1番お気に入りなのにぃ」
「やめておきなさい。この国、山の上みたいに寒いんだから」
イシュタル様の配慮により、アーちゃんさんはさっきと違う格好になってくれた。
最初に見かけた白肌黒髪に戻って、白いふんわりレースをあしらったワンピース。カルデアのステンノ様&エウリュアレ様みたいなイメージだ。そこにオレンジの花の冠を被って、サイドについている透け素材の大きなリボンの先が足元まで垂れている。
なんだか中学時代のお母さん(イメージ)が花嫁衣装モデルをしているって感じですごく可愛い。

「では改めまして。私は女神イシュタルの1番弟子。エジプトの空飛ぶ狩猟神アースティルティト。長いのでどうぞアーちゃんとお呼びください。リンちゃんに代わってここのお留守番をしています」
「凛の代わり!?」
「えぇ。リンちゃんてば私がちょっとお昼寝していた間に出掛けて戻って来ないの。そこにお留守番よろしくってメモがあったでしょ?」
なるほど『お留守番よろしく』の書き置きは彼女、アーちゃん宛てだったのか。

「彼女はいつ居なくなったんですか?あといつ知り合ったんですか?どういうご関係?」
聞きたいことが多過ぎる。
「んー。居なくなったのは昨日のお昼過ぎじゃないかしら。知り合ったのは最近よ。私、元々は性愛や出産の女神だもの。自然と妊婦の守護にあたっちゃうのよね。この世界に来た時、このお屋敷から妊婦さんの気配がビビっとしたからお守りしにやって来たの。で、今は彼女のサーヴァントって状態よ」

「因みにクラスはアーチャーです」
えっへんと胸を張る女神様。なんか、、、小さいお母さんを見ているみたいで可愛いなぁ。
「へぇ。てっきりライダーするのかと思っていたわ」
「やっぱそうですよね。けど戦車がどっか行っちゃったんですよ馬ごと〜」
「あー。分かるソレ。私もグガランナ失くしちゃって未だに見つからないのよねぇ」
女神2人は普通に世間話をするように宝具を失くした宣言をする。普通、そういうのって隠すものじゃないっけ?あとイシュタル様のグガランナはいつになったら見つかるのだろうか?

「そ、そうだイシュタル様。和んでいる場合じゃありません。マシュ達と連絡取れるようにしたいです」
「あぁ、彼女の魔術工房に用があるのよね」
霊脈の真上に行けば何とかなるかもしれない。ここに来た目的はそっちだ。
「そうなの?私地下工房だけは立ち入りを禁じられているのよね」
「みたいだな。俺もさっき見に行こうとしたが高度な結界で入れなかった」
(え)
うそ。遠回しにここの霊脈を使えない可能性が出てきた。

「じゃあ………」
「凛の部屋も霊脈の真上にあるんだ。そっちに行ってみよう」
ここ一帯の(魔術的な)地主である遠坂家。その当主の特権として彼女は霊脈の真上に自室を構えているんだそう。
「俺が案内する」
「お願いします。えっと………(チラッ)」
「zzz」
先程からジャガ村先生が居眠りしている。どうりで発言が全くないと。。。
「先生は放っておきましょう。ネコ科はよく寝るのよ」

〜凛の部屋へ〜

再びジャガ村先生をリビングに残し、4人で2階にあるお母さんの部屋へ移動する。
すると廊下の先から円盤型のお掃除ロボットがこちらに向かってきた。
「お!クリボット!お前も元気にしてたかぁ」
「え」
お父さんはお掃除ロボットに駆け寄り拾い上げロボットの状態をチェックする。

「士郎さん………」
(お父さん。この時から変わんないなぁ)
「何アレ?」
「さぁ?リンちゃんもよく分かっていないみたいだったけど、偶にはパンくずとかエサをあげるよう言われたわ」
(お母さんらしいなぁ)
機械が苦手なお母さんにはペットか何かに見えたのかもしれない。

「あれはお掃除ロボット。床掃除してくれるんです。自動でエネルギー補給もしますから、餌はあげなくて大丈夫ですよ」
この家は暫く空き家のはずだから、埃が溜まらないようにロボットを活用していたのだろう。きっとお父さんの独断で。
(この頃のお掃除ロボットってけっこう分厚いんだなぁ。床拭きも出来なさそう)
お父さんは少しだけロボットの状態をチェックして床に戻す。

「悪い。寄り道しちまった。こっちだ」
ガチャ
家主が不在なのでノックはせず無遠慮に扉を開け中に入る。

(これが、お母さんの部屋)
クイーンサイズの空のベッド、チェスト、姿鏡、勉強机と椅子。まるでホテルの1室。すごくシンプルで何もない。
「女の子っぽくないわねぇ。寂しすぎない?もっとこう、猫の置き物とか期待してたんだけど」
「イシュタル様。一応言っておきますが普通の女の子は招き猫とか飾りませんからね」
一瞬バビロニアのイシュタル神殿を思い出しそうになったけれど思い留まった。

「空き家だからな。毎週手入れには来ているが生活はしていない」
「ですよね。じゃあ私はこの部屋で向こうからの連絡を待たせてもらいますね。ご案内ありがとうございました」
遠回しに「お父さんは出て行ってね」と言う。
「分かった。俺は屋敷内を見回るから、終わったらリビングに集合な」
「はい」
よかった。ちゃんと空気を読めるお父さんだった。すぐに出て行く。

「これでよし。カルデアにいるお父さんには余計な事を言わないよう打ち合わせしないとだもんね」
くれぐれも私を本名で呼ばないよう念押ししておきたかった。
カルデア?」
そう言えば彼女の自己紹介は聞いたけど、私たちの事を教えていなかった。
「あぁ彼女、マスターぐだ子が所属している組織よ。だから私もカルデアのサーヴァントなの。さっきの衛宮くんは現地民でリンの夫。ジャガ村先生は、現地民にジャガーが憑依した疑似サーヴァントよ」
「ふ〜ん」
アーちゃんはチラリと一瞬だけ私を見たがすぐにイシュタル様に向き直る。

「じゃあ私も、お邪魔になるのでこの辺で…」
「あなたはここにいて」
「え〜。私、こういうの顔出しNGなんです」
「嘘おっしゃい。あなたその顔が売りでしょうが」

「ちぇぇ(むくれる)」
逃げようとしたアーちゃんだがイシュタル様に止められてしまい彼女の後ろに隠れるようにして仕方な〜く居残った。
もちろん強引に逃げ切ることも可能だっただろうが、師弟関係を尊重しているらしい。師匠イシュタル様の指示には従うようだ。
女神様達にはベッドに座ってもらい、私はボックスチェアに座って連絡を待つ。
そろそろ暇だからしりとりでもしようかと思っていたところで目の前の空間にモニターが現れた。

『』内はモニター越し
『六花ぁ!!大丈夫かぁ!?』
「うん大丈夫だよ」
モニターいっぱいに大人のお父さんの顔が映り、すぐにダ・ヴィンチちゃんによって引き戻された。その横にはマシュもいる。通信が繋がってほっとしたようだ。
(よかったぁ。こっちのお父さんがいない時で)
悪いけどこっちのお父さんには見せられない顔だった。夢を壊しそう。

一先ず状況を報告する。
※ターゲットの凛さんには会えていない
※現地のお父さんとジャガーマンが仲間になった
ジャガーマンは現地民に憑依した状態の疑似サーヴァントで、無茶をさせられない
※大きくて黒い魔獣が徘徊していた
※インフラが充実している
ついでに私が「ぐだ子」と名乗っているからくれぐれも名前で呼ばないでと伝えた。

「じゃあ私から」
私からの報告が終わり、イシュタル様が女神目線での報告を始める。アーちゃんはイシュタル様の後ろに引っ込んだままだが、大きなリボンが絶対に映り込んでいるだろう。カルデア側はあえてそこをスルーして先に報告を聞いてくれた。

※シャドウサーヴァントのライダーのメドゥーサ、腕呪のハサン、ダレイオス3世を撃退した
特異点Fより範囲が狭く、川の向こうには行けない

「…シャドウサーヴァント3体だけど、どれも霊基が薄いっていうか、今まで見たのと比べて性能は一緒なんだけど不安定で、多分人間には見えないんじゃないかしら」
『ほぉ。今までないパターンだね』
『そうですね。これまでのシャドウサーヴァント達は全て黒いモヤがかかっていましたが、マスターにも視認出来ました』
イシュタル様の話によると、倒したシャドウサーヴァント達は普通の戦闘力(多分宝具は使えない)だけど、私には見えない可能性がある。

『つまり霊体化した状態のサーヴァントに近いって事だね』
ダ・ヴィンチちゃんの言葉にお父さんの顔が(色まで見えていないけど)青ざめる。
『じゃあ、む…ぐだ子には敵が見えないって事じゃないか。闇討ちされ放題だぞ!』
「本当だ!ヤバいじゃん私!」
流石お父さん。聖杯戦争を経験しただけある。
確かに見えない相手を避けるのは困難だし、これでこっちからの攻撃が当たらないとかなら尚困る。

「だからジャガ村先生と行動してって言ってるのよ。あのサーヴァントは単に敏捷性が高いだけじゃなくて野生の勘てヤツがあるから、考えるより動けていいと思うわ」
「だそうです。以上」
イシュタル様は本当にジャガ村先生を信頼しているらしい。

『了解。さて』
恐らくダ・ヴィンチちゃんやマシュの視線は、イシュタル様の後ろから見えるリボンに集まっている。
『そちらの可愛らしいリボンは誰だい?』
「現地に居たアーチャーのサーヴァントです」
「……………」
アーちゃんは出てこない。

『アーチャーの?そう言えばイシュタルが戦ったサーヴァントはライダー、アサシン、バーサーカーだったね』
イシュタル様は無言で頷く。
「そうですね。あ、そうだ。ジャガーマンがランサーじゃなくてセイバーなんですよ。なんでか」
『妙だな。一体も被らないのか………おまけにシャドウサーヴァントは特異点Fに居たサーヴァントと同じ』
言われてみれば確かに。

『まぁまだ5体。なんとも言えないか。ただどこかにランサーとキャスターもいるかもしれない。この後も気をつけてターゲットを探したまえ』
『ここからは私達も全力でサポートしますね。先輩!』
「ありがとうマシュ」
私達が会話を続けている間、イシュタル様は後ろを向いてアーちゃんとコソコソ話をしている。彼女に自己紹介してよう促しているようだ。

「ちょっとだけですからね」
説得が終わり、やっとアーちゃんがひょっこり顔を出す。
『『『!?』』』
すると、当然だがマシュ達3人みんなが同じように驚いた(ダ・ヴィンチちゃんは微笑みの顔だけど)

『えっと、凛の先祖か?』
『イシュタルさんのご親戚ですか?』
要はイシュタル様とアーちゃんの顔がそっくりだと言いたい。
そうだよね。私にも彼女はお母さんの小さいバージョンに見える。

「違います。師匠が私の顔を真似してきたんです」
「それも違うわよ。私の姿はあくまでこの依代の容姿だもの。偶々この依代とアーちゃんが同じ顔してるだけよ」
ついでにイシュタル様は「一応言っておくけど、私の方が年下だからね」と付け加えた。
※この2柱は師弟関係の他、義理の姉妹(アーちゃんが姉)でもある

「私はアースティルティト。エジプトの狩猟女神です」
『アースティルティトさん…イシュタルさんと同じ、イナンナ系譜の女神ですね』
流石マシュ。カンペ無しでスラスラと情報が出てくる。勉強熱心なマシュは歴史だけでなく神話も物知りだ。彼女の名前も知っているらしい。
「うん。イシュタル様の1番弟子だって。出産の女神でもあるからお母さんを守ってくれるそうなの」
私は「ね!」と本人に向かって付け加えたが、彼女は師匠の後ろに隠れる。

「師匠………もう、行っていいですか?」
そしてイシュタル様にこそこそ耳打ち。
「えらいえらい。別に出てってもいいけど、このモニターってマスターの仲間だからマスターがいるところにずっとついてくるわよ」
「え〜。あんまり私と関わらせないでくださいね」
彼女はふわりと飛び、そそくさと部屋から出ていった。

「おほほほほほ。人見知りでごめんなさいね。お気になさらず」
アーちゃんはこういう通信が嫌いなのだろうか?イシュタル様がマシュ達にフォローを入れる。
『こちらこそすみません。気に障るような事を…』
「違うのよ。そういうのじゃないわ。ただ………」
少し沈黙。言葉を迷っているらしい。何だか切なそうな顔だった。

「ううん。えっと、まずアーちゃんの説明をするわね」
イシュタル様はアーちゃんの説明をする。
※彼女がいつ召喚されたかは分からないけれど、妊婦である凛の守護の為この屋敷に来た。
※凛は昨日置き手紙を残して何処かへ行ってしまった。アーちゃんは彼女からここの留守を任されている。
依代がいない純粋な神霊サーヴァント
そして最後に「一応この家は彼女のテリトリーだから無闇に干渉しないであげて欲しい」と付け加えた。

この後は、明日の作戦会議となったが策らしい策は出なかった。
今日はもう外が暗いのでここに泊まらせてもらって、明日は住宅街スタートで商店街などを散策しお母さんをはじめとした生存者が他にもいないか探すことにする。

会議が終わり、カルデアとの通信を切ってもアーちゃんは姿を現さなかった。
一応イシュタル様が、ご飯(お父さん作)を運んで2人でお話ししたらしいけど、その内容を私に報告する事はなかった。因みに学生お父さんのご飯もすごく美味しかった。私より年下なのにこんなに料理上手な家事男子だなんてすごい。そしてジャガ村先生の食いっぷりもやっぱりすごかった。

寝室はジャガ村先生と一緒で、事前にお父さんが部屋作りをしてくれた。シンプルだけど居心地がよかった。ぐっすり眠り、即朝になった。

〜2日目の朝〜

「こら。お見送りくらいしなさいな。留守番係のお勤めよ」
「むぅ」
玄関口。アーちゃんは霊体化していたらしく、イシュタル様に言われて渋々姿を現す。
今朝も黒髪の方の姿をしていて、やっぱり可愛いと思った。
ただ本人は覇気がなく、ちょっと寂しそうだった。そしてそんな表情すら可愛いかった。
(この子…カルデアに欲しいな。癒し担当で)

「皆さまおはようございます。失礼ですがお見送りはここまでとさせて頂きます」
ペコリと頭を下げると同時に大きなリボンがゆらりと動いた。
「再訪は構いません。ご自由にどうぞ」
「いいの?ありがとう。助かります」
「……………」
返答はないが僅かに頷く。
よかった。正直出禁にされないか心配だった。アーちゃんの表情はそのくらい硬かった。

「じゃあアーちゃん。しっかりね」
「師匠、私は今の師匠の仲間にはなれません。あくまで中立を貫きます。助力になれず申し訳ありません」
(なんの、話だろう?)
多分。アーちゃんは私達の敵にあたる人物を知っている。そしてその上で中立でいたいと宣言をしている。そう聞こえた。

「何言ってんの、あなたはプレママの味方なんだから中立も何も第3勢力ってやつでいいのよ?女神らしく、自分の仕事を遂げなさい」
「第3って私、師匠の味方は出来ませんが敵にもなりたくありません。狩猟神と軍神じゃ戦闘力が全然違いますし」
「んー。何か難しい話にゃ?」
ジャガ村先生が空気を読まずに割って入る。すごいメンタルだ。因みにお父さんは無言。

「先生、話の内容は知らないにゃ。でも迷った時にどっちを選べばいいかは知ってるにゃ」
(え?)
ジャガ村先生はアーちゃんの胸に拳を添える。
「迷った時はハートに聞け!楽しい方を選ぶにゃ!そこ心のノートにメモっとけ。テストに出るぞー!」
「それ、藤ねえん家にあった漫画の台詞」
「くわっ!バレたにゃ!さてはお前も愛読者だにゃ?」
すぐさまツッコミを入れるお父さん。アーちゃんは目をぱちぱちさせジャガ村先生とイシュタル様を交互に見つめた。そして…

「………知ってます。古代エジプトでも常識です」
唇を突き出し、プイとそっぽを向いて拗ねてしまった。ヤダ何やっても可愛い。
「ではご機嫌よぉ」
………バタン
アーちゃんは霊体化したのだろう。パッと姿が消えて玄関の扉が閉められた。
私は一度だけそちらに会釈をし、4人で前庭を抜ける。

「う〜ん。流石に先生みたくすんなり仲間入りってわけにはいかないかぁ」
「すみません任せっきりにしてしまいまして」
一体何が彼女の地雷だったのか。分からないままお別れとなってしまった。仲良くなりたかったな。
しょんぼり下を向いていると、前を行くお父さんが振り向いてきた。

「いや」
お父さんはさっきまで彼女がお見送りしに立っていた場所を真っ直ぐ見つめる。
「アイツはもう俺の仲間だ。だって凛を守る女神なんだろ?なら少なくとも俺にとっては味方で頼もしい仲間だよ」
「士郎さん…………そうですね」
根拠は怪しいがキッパリと言い切るお父さん。おかげでちょっと元気が湧いてきた。

「あなた…」
「むぐっ」
そんなお父さんの両頬をイシュタル様がむにむにと捏ねくり始める。
「本当に一般人?やっぱアイツの化身か何かだったりしない?そういうの、私騙された事あるから気になるのよねぇ」
「ふぁ〜な〜せ〜」←離せと言っている
どうやらイシュタル様には、まだお父さんが工芸神に見えるらしい。

「安心してください。本当に一般人ですよ」
このお父さんは守護者にも英霊にもならず、普通に生きて死ぬ一般人だと思う。少なくとも神ではない。
「あなた達顔が似すぎ!」
「知るか!だいたいその工芸神が何かも知らないぞ?」
「先生も知らないにゃ」
私も知らない。喋る棍棒や自律型の槍を作っちゃう神なんて聞いた事がない。あと武器の方も知らない。

「まぁただでさえマイナー神話のマイナー神ですものね。まぁ逆に?私が?ダントツ有名過ぎるってせいもあるんだけど?(ドヤ)」
確かにイシュタル様は超有名だ。シュメル神話は数多くあるけどこれだけ出演数が多いのは彼女か、彼女の双子の兄でギルガメッシュ王の育て親、太陽と正義のシャマシュ神くらいだと思う。
「アイツ。工芸神コシャル・ハシスはね。いっつも兄さんの味方してて、ぶっきらぼうなんだけど根はすごく面倒見がいいのと、手先が器用な男だったのよ」
「それは士郎さんとキャラが被っちゃいますね」
少なくとも大人のお父さんのモノ作り&世話焼きを考えれば一緒だ。

『おはようございます。先輩』
「マシュ。おはよう」
遠坂邸の門を出たと同時にカルデアとの通信が繋がる。
『おはようぐだ子。ちゃんと眠れたか?ご飯もしっかり食べてるか?』
「大丈夫ですよ。もうぐっすりでした」
あ〜いけない。そう言えばこっちからお父さんをなんて呼ぶか決めていなかった。そう考えていると。

「はぁ?俺がおっさんになってる??」
『はぁ?喧嘩売ってんのか?小僧』
(あ)
昨晩カルデアと連絡をとったのは私とイシュタル様、アーちゃんだけ。お父さんとジャガ村先生はまだカルデアと挨拶をしていない。約20年差のお父さん同士が顔を合わせるのもこれが初めてだった。それはいいんだけど。

(なんで仲悪いの???)
今思えば未来のお父さんは「並行世界の同一人物が元だった」という英霊エミヤとも仲が悪そうだった。一体どんな因縁なのか自分同士は嫌らしい。そういうものなのかも。
(カルデアでもカーミラ夫人、ジャンヌオルタ、ゴルゴーンとか他の自分を嫌がる人は確かにいたな)
そこにジャガ村先生が顔を出す。

「にゃにゃ?大人シロウにゃ?にゃら久しぶり?我が名はジャガー!美人教師ジャガ村にゃ!」
『んなぁ!?』
(あ、やっぱり若いお父さんと同じ反応だ)
モニターに向かってポーズを決めるジャガ村先生に驚き、大人のお父さんは背もたれ事ひっくり返る。
そんな彼にマシュが1から説明するのを背景に、私達はダ・ヴィンチちゃんと今日の予定を確認した。

先ずは住宅街にある間桐邸を調査。
慎二おじさんと桜叔母さんの実家。(大人の)おじさんとは同じ都民で同じ路線沿いなのでちょこちょこ交流があった。エリートビジネスマンて感じで、最初は公務員だったらしいけどすぐ辞めて実業家としていろんなビジネスに手を出して、いくつか成功しているらしい。よくお小遣いもくれる。あとTVゲームも強くて最強の遊び相手だった。

そんなおじさんも第五次聖杯戦争の参加者。ライダーメドゥーサのマスターとして参加し、脱落後もあの英雄王と組んで復活したりしながらなんだかんだで生き残った強者だ。
ただお母さんからの話しだと彼自身は魔術回路がない。彼の義理の妹でお母さんとは実の姉妹である桜叔母さんになら魔術回路があるらしい。
という事はもしかしたら叔母さんだけでも自宅に居るかもしれない。

既に若いお父さんが何度か屋敷まで行ったらしいけど、インターホンを鳴らしても応答はなく鍵もかかっていた。でも換気扇やエアコンの室外機は動いているから中に誰かいるのかもしれないとの事。
そこで、今日の目的地で先ずは近い方。間桐邸を目指した。

〜間桐邸付近〜

「衛宮くん。武器があるなら構えなさい」
「!」
「え?あ、あぁ」
ここは住宅街のT字路。下り坂の途中、分岐した坂道(登り坂)の途中に間桐邸がある。
イシュタル様が臨戦態勢になり、彼女の指示でお父さんは武器を構える。英霊エミヤもよく使う双剣だ。

『イシュタル。何かいるのかい?』
『現在、敵性反応は見当たりません』
私にはただの無人の坂道しか見えないし、カルデアのレーダーにも何も引っかかっていない。

「私、ここからあのお宅のインターホンを押すわ。アーちゃんが言っていたのよ。あそこは蜂の巣だから気をつけてって」
「まさかオオスズメバチ!?」
アレ大きくて苦手なんだよねぇ。いくら私自身は毒耐性があるといっても怖いものは怖い。
あとそんな大事な情報貰ったなら到着前に言って欲しい!
「今冬だぞ?冬眠中だし女王蜂1匹しかいなんじゃ」
「ひとまず虫取り網を用意したにゃ!」
ジャガ村先生の槍が虫取り網に変化した。どうなってんの??

「あとここからインターホンってどうやって鳴らすんですか?」
見た感じ100はないけどそれでも70メートルは先だと思う。
「そこでよマスター。軽〜く金星落とすから宝具解放お願いね☆」
「え?もう?」
あと全然軽くないし。イシュタル様の宝具は冥界まで繋がる穴を一瞬で掘っちゃうくらい強力なのだ。

「だってあの家結界が強力なんだもん。私のバスターガンドじゃノックにもならないわ」
『マスター。ターゲットのお宅の結界、確認出来ました』
『ふむふむ。確かにこれは頑固そうだねぇ。流石はマキリの本拠地だ』
マキリ………聖杯戦争始まりの御三家の一角。令呪を作り出した天才的な魔術師の家系。
ここ冬木に居住してからは間桐(マトウ)と名乗りここを拠点としている。。。

「確かに強力そうだね。分かった。令呪1画使うね」
「令呪?そんな大事なものを敵が見えないうちから使っていいのか?」
あ、そう言えばお父さん達も令呪を使って戦っていたんだっけ?私達のとはちょっと違うんだよね。
「大丈夫です。私の令呪は、聖杯戦争で使われるものと比べると簡易的なもの。効果は限られますが、使っても一晩寝るだけで1画回復するんです」

「令呪が、寝るだけで回復するだとぉ??」
お父さんはあまりにも驚き過ぎて足を滑らせる。モニター越しで大人のお父さんも驚いているのが分かった。
2人ともいい反応するなぁ。けど下は雪道。若い方は気をつけて欲しい。
「そ。とりあえず挨拶って事でお願いね」
「分かりました」
しゃがんだイシュタル様の背中に片手を乗せて令呪1画使用、魔力を込める。

「ありがと。それじゃサクッと撃つわね」
「お願いします」
イシュタル様はふわりと飛び上がる。その瞬間、小さな声で一言だけ告げてきた。
「私、まともに戦えるの、ここまでかもだし?」
「!?」
(どういう事ですか?)
見上げるが時既に遅し、彼女は既に金星までワープしてしまった。

「アンガルタ・キガルシュ!!」

空から彼女の声が聞こえて間も無く。
ドーーーーーン‼︎
「!!」
(やりすぎぃ!)
派手すぎる彼女の宝具は目的地の結界の破壊どころか、周囲の建物諸共吹き飛ばした。
お父さんやジャガ村先生が瓦礫を蹴散らしてくれなかったら私も大怪我していたかも。

「おい!生存者がいても死んちまうだろうが!」
流石にこれはお父さんも文句をつける。
「どうせ中には居ないから平気よ。それより構えなさい」←上から聞こえる
ブブブブブブブブブ
(羽音!?)

『マスター!破壊地点から大量の小型敵性反応です!』
『蟲タイプの魔物だね。全て使い魔のようなモノだ』
「…了解」
と言いつつも蟲は私の苦手分野だった。

まだ建物が倒壊した土煙でよく見えない。でもこんなに離れているというのに野太い羽音が耳に入る。
(生理的に怖いんだけど)
「虫取り準備OK」
「お、俺も剣より網の方がいいか?」
思わず足がすくむ私に対して前衛は楽しげだ。なんで?虫だよ!無理なんだけど?

「お待たせぇ♪マスター元気してる?」
宝具を撃ち終わった女神様が元の位置に戻る。
「イシュタル様派手過ぎます〜!あと虫の音が怖い!」
「あー。あの羽音ね。マキリって蟲を扱う魔術師らしいのよ、さっき一瞬地下工房覗いたけど酷かったわよ。ウニョウニョしてて。臭いし優雅じゃないわ」
ゾワァ
何それ嫌すぎる。

「今更ながら冥界を清潔に保ってくれるエレシュキガルのありがたみを感じたわぁ」
「次に会ったら本人に言ってくださいね!」
※まだエレちゃんは実装されていない時空
「にしても蜂じゃないけど本当に蜂の巣ね。余興のつもりでしょうし、サクサク片付けましょう。衛宮く〜ん!場所代わって〜」

恐ろしい羽音と共に黒い煙のような虫の大群がこちらに向かってくるのが分かる。
イシュタル様はお父さんを私の目の前まで引っ込めて、虫に向かって宝石を少しずつ投げた。
宙を飛ぶ宝石は日の光でキラリと光ったかと思うとそれぞれ大爆発。虫を焼き払っていく。
それでも残った虫をジャガ村先生が網で仕留めては踏み潰すの作業を繰り返した。

「まさか慎二と桜の家があんな魔術の家系だったとは…」
「……………」
お父さんがボソリと呟く。この先、間も無く慎二おじさんは上京する。けれども桜叔母さんはもう少しここに残るはずだ。その間、彼女がどういう想いでこの家にいたかは私にも想像がつかなかった。

(アレ?)
ふと今来た坂の上を見る。電柱の影に、昨日も見かけたあの黒いホムンクルスみたいなモノがいた。アレには顔がないはずなのに、なんだかこちらの様子を窺っているように見えた。
(?)
一瞬。アレから伸びるヒラヒラしたモノが赤くなり、こちら、正確にはお父さんに向けられる。

「士郎さん!!」
「!?」
考えるより先に身体が動いた。お父さんを突き飛ばす。
「いぎぃっ!(痛)」
『マスター!!』
『ムツカーー!!』
ふくらはぎを斬られた。傷口が熱い。

「え」
ナニコレ?
傷がアツイ!アツイアツイアツイアツイ!イタイ!
目の前が真っ暗になる。頭の中に、ナニかが入ってきた。

キモチワルイ。。。
お腹の中からナニかが湧いてくるような感覚。
何も見えないし何も聞こえないけど、冷たい地面に四つん這いになってナニかを吐いているのは分かった。
ニガイ。もぉ胃液しか出ないって。

キモチワルイ。。。クルシイ。。。
タスケテ………オカアサン。


〜士郎視点〜


「おい!しっかりしろ!」
「ぉえっ!」
突然突き飛ばされて振り向くとぐだ子が冷たい地面に伏せ嘔吐し始めた。
「まさか蟲の毒!?」
『分かりません。マスター!しっかりしてください!』
『あのひと擦りで魔力がごっそり持っていかれた。極端な魔力不足だ』
モニター越しでカルデアの連中がパニックになっているのが分かる。

「アナト!」
「せっかく先輩を狙ってあげたのに。自分から当たりにくるなんてとんだおバカさん」
「…桜?」
イシュタルが叫んだ先。坂の上から黒いドレスの女の子が降りてくる。
見覚えがあるどころじゃない。よく知る後輩だった。
ただ明らかに様子がおかしい。髪の毛も白いし目は赤い。

「でもふ〜ん。な〜んかヘンな虫が来たなぁと思ったらそういう事ですか」
(藤ねえと同じ。桜も疑似サーヴァントにさせらちまったんだ)
冬木がおかしくなってから初めて会った藤ねえは、藤ねえの身体を借りたジャガーマンという神霊。
恐らく桜にも何処かの神霊が取り憑いちまったんだ。
そんなことより。

「ぐだ子、しっかりしろ!」
「……………………」
中身を吐き終わったらしいぐだ子は意識を失いべちゃりと倒れてしまった。
揺すっても目は覚めない。

「悪い子はお仕置きにゃあ!」
「あら先生。コスプレですか?文化祭は半年先ですよ?」
ジャガねえがピコピコハンマーを振りかざし桜へ向かっていく。
「にゃあ!」
「私物は没収です☆」
ところが黒い触手が伸びてきてハンマーを奪われてしまった。

「衛宮くん。アーちゃん家への道はこれだけ?」
イシュタルが駆けつけ、未だ意識のないぐだ子を抱き上げる。
「あぁ。今来た坂道を登るしかない」
「そう。じゃあアンタこの子背負ってマアンナ乗って」
(マアンナ?)
俺は言われるがまま彼女を背負う。すると目の前に青い、、、弓みたいな、イシュタルの乗り物が現れた。

「は?」
「早く!運転オート(自動)だから跨ぐだけでいいわよ。マスターいるのに乱暴な運転しないから大丈夫」
急かされるままに跨ぐ。俺には幅が狭く不安定にしか感じないが。
「あとはアーちゃんを頼って。弱いけど強いコだから」
「???」
どういう事か。分かるけど分からない事にしたい。

「2名様ご案内〜☆」
「うわぁ!」
イシュタルがマアンナを叩くと、跨っているそれがふわりと浮く。地面から足が離れる。
そしてあっという間に屋根の高さまで上がった。

「先生も!」
「にゃあ!」
一瞬の揺れ。
「ジャガ村無事にゃ!しっかりしがみついたにゃ!」
「おぅ!」
振り向く余裕はない。

恐らく学校の屋上くらいの高さ。俺たちを気遣っているのか速い自転車程度のスピード。
マアンナは遠坂の屋敷を目指して真っ直ぐに進んでいく。
後方で爆発音が複数した。まるで弾薬を雨のように降らせたイメージ。

(イシュタル。自分だけ残ったのか)
彼女は桜に憑いたモノが誰か知っているようだった。交渉したかったかもしれないが戦闘になっている。
凛と結婚してから、桜は凛にも懐くようになった。今の戦いは、仲のいい2人が殺し合うように見えて(見えてないけど)こっちの胸が痛くなる。

「シャドウサーヴァント2体!屋根伝いに追って来るにゃ!」
「何だって!?」
屋敷は目の前だってのに。
「ぐっ!」
マアンナが大きく前後に揺れた。ジャガねえが飛び降りたんだ。

「とお〜!てりゃ〜〜!!」
ジャガねえの声と、家屋が倒壊する音。
ジャガーマンが強いかは知らない。だが藤ねえは剣道全国クラス。そう簡単には負けない。
(シャドウサーヴァント………)
ただ俺には敵サーヴァントを感知出来ないというのが厄介だ。ジャガねえが2体同時に相手を出来ているのか、例え振り向いたとしても確認出来ないのが惜しい。

(とにかく、今はぐだ子と逃げる!)
もうすぐ屋敷に到着する。庭に突っ込むつもりなのかマアンナのスピードは変わらないまま角度が落ちてきた。
「!」
屋根の上にアーちゃんが見えた。ヘルメットに水色の髪。黙って弓を構えている。
彼女が援護しているなら安心だ。

「ぐだ子」
「…………………」
返事はない。
さっきの彼女は、まるで聖杯戦争中の俺のようだった。命すら顧みず目の前の他人を優先する。
危ないヤツだが、絶対いいヤツだ。必ず助けないと。

「!?」
マアンナが前庭に到着………すると同時に光の粒子になって消えた。
(?)
結果的に降りやすくなってよかったが、今のは、どういう事だろうか?ただの自動運転ならいいが、少しだけ胸騒ぎがした。
けど今はぐだ子の事が最優先だ。

「にゃにゃーん!」
ジャガねえも走ってくる。門を飛び越え、俺たちの横についた。
少し離れた後方では雷が落ちたような音と衝撃。
アーちゃんが、見えない敵と戦っている。
俺は必死に走り、屋敷の中に滑り込んだ。

〜凛の部屋〜

外は砂嵐。時折ガタガタと窓が鳴る。
アーちゃんがスキルで嵐を起こしている。これが結界になり、暫く敵は寄ってこないし、来てもすぐに感知出来るらしい。配偶神の能力を借りたんだとか。

『失礼します。すみません、通信よろしいでしょうか?』
目の前にカルデアのモニターが現れる。
心配そうにこちらを見つめるマシュとダ・ヴィンチ、アーチャーにならなかった未来の俺が映っている。
「俺は大丈夫だけど…」
「…………どうぞ」
アーちゃんはチラリと一度だけ目線を向けると、すぐぐだ子に向き直った。

ここは遠坂の屋敷。凛が使っていた部屋。そこのベッドにぐだ子を寝かせ、床ではジャガねえが寝袋に潜り眠っている。
アーちゃんの話では2人とも魔力不足。だから霊脈の真上にあるこの部屋に寝かせた。ぐだ子の怪我は大したことはないらしい。凛が残していたジャージに着替えさせ、魔術で傷を塞いだ。全てアーちゃんがやってくれた。

と、カルデアに報告する。未来の俺はまだまだ心配しているようだけど仕方ない。彼らの関係性は知らないが、大事な仲間なのだろう。
次にカルデアからの報告を聞く。

『イシュタルさんが消滅、もしくは行方不明になりました』
「!?」
俺たちが移動している間、カルデアの観測は暫く戦闘現場に留まっていた。
映像は殆ど土煙と爆音。その間突如イシュタルの生存反応が消えたらしい。これが消滅なのか、瞬間移動で遠くに飛ばされたのか分からない。観測範囲を広げても彼女は見つからなかったそう。

映像の最後。土煙が収まると同時に、襲ってきた少女がアップで映る。
そして彼女は「カルデアだけは、絶対許してあげません。本人に代わって私が終わらせます」と言い残したそう。

「………えーと。先にカルデアが何かしたって事なのか?」
『彼女としてはそうなんだろうねぇ』
ダ・ヴィンチには心当たりがないらしい。本気で分からないと顔に書いてある。
『映像に映った少女はあくまで現地民だ。憑依した神霊の正体を突き止めなければ調査のしようがない。まだ情報は少ないが、元々カルデアのデータベースにはない神霊だろう。としか言いようがないな』

『通常、神霊の憑依は依代と神霊の相性が良くなければ出来ません。先程、こちらにいらっしゃる衛宮さんから依代の女性について聞き取りを行ったところでして、そこから候補になる神霊の絞り込みを行っています』
『十中八九女神だろうけど、なんせ古今東西の神話から割り出す作業でね。まだまだ時間はかかる。君には巻き込んでしまって申し訳ないが、休憩がてらぐだ子の介抱をお願い出来るかい?』
『出来るかじゃない。やれ、小僧!』
我ながら(未来の自分が)うるさいな。アーチャーとは違うベクトルで鬱陶しい。

「あのなぁ。俺だって優先順位がある。お前たちが同僚を心配するのは当然だ。けどここが安全でゆっくり休憩出来るってなら俺は自分の凛と律和を探しに行きたい。凛は出産間近でそう………まぁ、そのわりに動き回っているけど、予定日だって前後するかもしれないし、律和はまだ小学生だ。他の住民同様消えた可能性も0じゃないが、俺の勘では2人とも生きてる。悪いが俺は俺の家族が優先だ」

『………そうか。だがそちらに邪魔しているぐだ子は人類最後と言われているマスター。彼女次第でこの世界が終わるか続くかが決まるんだそうだ。正義の味方として、世界の危機を救う方が優先なんじゃないか?』
「………はぁ?」
いきなり何を言い出すんだ未来の俺。相変わらず説得力のなさも、ギャグセンスのなさも成長しないんだな。ガッカリだ。そう思っていると横にいたマシュがアイツのフォローに回る。
『突然のお話ですみません、実はー』

「…………」
マシュの説明によれば、ぐだ子は一度世界消滅の危機を救った人類最後のマスターらしい。彼女が居なければ地球は滅亡していたらしい。
そして今回の事件。このおかしな冬木は、世界滅亡を企んでいたヤツの置き土産。この冬木で誰かが持っている聖杯の影響により時空の歪みを発生させてこうなっているんだそうだ。その影響は計り知れない。今は冬木市の中でも深山町エリアに限られているが、放っておく事によって何が起こってもおかしくないらしい。
現在ぐだ子はその聖杯回収を出来る唯一の存在。だから世界を救う為に彼女を守って欲しいそうだ。

多分カルデアは嘘をついていない。全て事実なんだろう。
1年前…いや凛の妊娠を知らなかった俺なら確実に世界を優先するだろう。ただそれでも独断はしない。世界を救うにしろ、正義の味方を貫くにしろ、俺の隣には彼女が必要だ。
ぐだ子はいいヤツだ。しかもパートナーだったイシュタルが居なくなったのはかなり辛いと思う。
それでも俺は、俺の都合を優先させて貰う。

「だとしても俺は…」
『頼む!』
(!?)
突然未来の俺が頭を下げる。さっきまでの態度はどうした。
『こっちの、俺の凛も子供を孕っている。だがもう1ヶ月以上殆ど魔力が空で昏睡状態なんだ』
「!」
未来の…凛が昏睡状態???魔力が空???

『偶に、僅かだが目が覚める時があって、彼女が夢で見たと、この冬木を教えてくれたから異常が発見されぐだ子達もそっちに行けたんだ』
「……………」
どういうことだ。凛同士で繋がっているということか?

『凛の魔力不足の原因は絶対お前の冬木にある。時空移動は、適性ある魔術師でなければ出来ない。だからぐだ子に全てを任せた』
納得。何故俺が世界を救える立場にいながら、女の子に任務を任せているのかが分かった。
『だから頼む。俺だって女の子1人に自分の妻を任せたくない。けれども彼女じゃなきゃ救えないんだ。現場に行けない俺の代わりに、お前がぐだ子を守ってやって欲しい。頼む!』
俺が再び深々と頭を下げている。さて、どうしたものか。

(ん?)
ふとアーちゃんと目が合った。
「お前も、何か言いたい事があるのか?」
「私、カルデアは嫌いです」
アーちゃんは少しだけ頬を膨らませぷいっとそっぽを向く。
モニターの向こうがしんと静まった。

「…………アーちゃん」
名前を呼ぶと、彼女は唇を尖らせ拗ねた顔を作りつつも俺には顔を向けてくれた。
『アースティルティト。お前、すっごくいいヤツだな』
「それ!今俺が言おうとしてたヤツ!勝手に言うな!」
先に言われたこともだが、同じ事を考えたことに腹が立つ。俺の感性、成長していないじゃないか。
でも本当にそう思うのだ。アーちゃんは凛と偶々同じ顔って事らしいが、けっこう中身も似ている。

「(5秒くらい固まってから)はあああああ??い、今の話の流れでなんでそうなるわけ??」
「いやだって、なんだかんだで家に入れてくれたし、シャドウサーヴァントも追っ払ってくれたし、こうしてぐだ子とジャガねえ の世話だってしてくれる。すっごくいいヤツだろ」
凛ならともかく、他の普通のヤツなら絶対家に入れないし世話も焼かない。
画面の向こうで未来の俺も頷いている。

「わ、私だって好きでこんなことしていないわよ!ただ、女神の矜持ですし、師匠にもお願いされてますし、あと女神であると同時にリンちゃんのサーヴァントですからね!」
アーちゃんは一気に捲し立てたのち、一度深呼吸する。
「あなた達のお話。そもヒトの身でありながら正義を語るなと言いたいです」
『そりゃ手厳しい。すまないね』

「あと、あなた」
「俺?」
アーちゃんが俺を睨む。睨む顔まで可愛くて迫力に欠けるけど。
「そう、あなた。私がわざわざ結界張っているのよ?1人でリンちゃん達探すって、先ずはどうやって私の結界を抜ける気?女神、舐めないでよね」
「も、申し訳ありません」

そうか。彼女は敵じゃないし、むしろ仲間だと思っているけど障壁にはなるのか。
窓の外を見る。前庭を抜けたお向かいさんですら見えない砂嵐。雪で言ったらホワイトアウト
俺の装備で抜けるのは厳しいし、結界を解けば敵が侵入してくるかもしれない。

「それにさっきのシャドウサーヴァントは追っ払ったんじゃなくてちゃんと討伐してます。消滅確認だって逐一してるんだから」
土下座。
だんだんアーちゃんの口調が怒ってきているのが分かる。絶賛土下座中なので床板しか見えないが、あれだ。絶対怒った凛と同じ顔してる。そして怒り顔すら可愛いからついニヤけてしまい永遠に説教が終わらなくなって、最終的にはこちらから強引にハグとキス云々という流れになるのだが、凛本人以外でそれは出来ない。だから土下座してでも顔を逸らさなくては。

「こっちはきっちり仕事しているの!あなた人間なんだから、本気で私を崇めなさい!」
「ははー!」
(ついに女神様が完全に拗ねちまった!!)
確かに、彼女は戦闘から結界張り、負傷者の治療まで全てやってくれている。
それなのにお礼一つ言わず、他の女の子ばかり考えていたらそりゃ怒られる。

「あなた…その性格!家の掃除してご飯作ってりゃ女の子は満足するとでも思ってんじゃないの?そんなんじゃいつかリンちゃんにも愛想尽かされて家出されるわよ!」
『う』
(う?)
おい未来の俺!今の「う」ってなんだ。何があったんだ。

「言っておくけど、妊娠・育児中の夫への恨みは一生ものなんだからね!」
『申し訳ありませんでした!』
「かしこまりました!」
(ってなんで謝ってんだ未来の俺〜〜!?)
本気で将来が心配になる。

「ふん。どうせ喧嘩の度、根本的な解決をせず強引に話だけ終わらせてえっちしてうやむやにしつつ子供作るパターンでしょ。子供は人質じゃないの!彼女の優しさに甘えてないで、ちょっとは彼女に見合うよう努力したらどうなの!?」
(う゛)
何故バレた。本人から訴えるとは思えない。女神だからお見通しなのか。
そしてモニター越しで椅子か何かが倒れる音が聞こえた。

『衛宮さん!?大丈夫ですか?ダ・ヴィンチちゃん、衛宮さんが倒れてしまいました!』
『あー。放っておいたまえ。救護班を呼ぶ程じゃない』
何やらあちらの俺までダメージを受けている。
そうだよな。見た感じ40歳くらいだろ?でもって同い年の凛が妊娠中だろ?絶対計画的子作りじゃなくて勢いだよな。分かる。俺だもん。
ってそんなことを考えている場合じゃない。今は、今の状況を切り抜かなければ。

「大変申し訳ありません。俺はまず何からすればよいでしょうか?女神様」
「だーかーら!私を崇めなさいって言ってるでしょうがーーー!!」

。。。追い出された。。。

(何故だ)
本気で部屋から追い出された。誰もいない廊下に1人立つ。
し〜ん
(一体何がいけなかったというんだ)
そもそも選択肢なんてそう無かったと思ったけどな。

「…………(ため息)」
ウィ〜ン
(クリボット?)
掃除ロボットが奥の部屋から出てきた。定位置である充電器へと戻っていく。

(奥の部屋…?珍しいな)
ロボットが出てきたという事はあの部屋の扉が開いている。
あそこは空き部屋で、凛の話じゃ冬の日向ぼっこに立ち入るくらいだと聞いている。
最近誰か入ったのだろうか?

「……………」
中を覗くが誰もいない。窓もきちんと施錠してあり、強風で時折ガタガタと揺れる。
(メモ?)
ロッキングチェアのサイドテーブルの上。本が数冊積まれ、紙とペンが置きっぱなしだった。

「………凛の字だ。アーちゃんについて調べたのか」
走り書き。凛が調べ物をした形跡と思われる。書籍は英字で読めないが、幸い彼女のメモは日本語だった。


古代エジプト アースティルティト=ウガリットのアスタルト
メソポタミアのイナンナ・イシュタル→アナト&アスタルト→アナト&アースティルティト
・アースティルティト、狩猟
・アスタルト、多産、性愛、豊穣
・アナト、愛と戦、狩猟、処女、豊穣
・アスタルトとアナトは姉妹神で仲がいい。最高神イルに見初められアスタルトは第二の妻、アナトは第三の妻兼娘になる
・アナトはバアルを大好き
・アスタルトは正妻のアーシラトと共に合計70柱の子供を出産
最高神がバアルに代わってからはアスタルトとアナト2柱ともバアルの妻になる
・アスタルトは、後にエジプトでアースティルティトになってからもアナトを呼び寄せて、2柱揃ってセトの妻になる
旧約聖書


最後のは書いている途中でやめたのか、時間がなかったのか、不自然な終わり方だ。それでも凄いと思った。
(アーちゃんはアスタルトでもある)
そして、仲のいい姉妹神アナト。
(ん?)
アナト。何処かで聞いたような。。。

「あ!」
確か、イシュタルが桜に向かってアナトと言っていた。
つまり、桜に憑依している女神は……。

。。。
「アーちゃん!」
「はい?」
急いで凛の部屋に戻る。
カルデアのモニターは消えていた。ぐだ子とジャガねえはまだ寝たまま。
アーちゃんも変わらず、彼女たちの様子を見ているようだった。

「えっと。まずは介抱ありがとうございます。任せてしまってすみません!」
「はぁ。普通に考えて、特に年頃の女の子は女性がついた方がいいと思うけど?防犯上」
「助かります」
彼女は相変わらず不機嫌そうだ。それでも介抱してくれるし、こうして俺を無視せず対応してくれるのは素直にありがたいと思った。本当にいい女神だと思う。

「で、何?」
「イシュタルが、俺たちを襲ってきた女の子をアナトと呼んでいたんだ」
「でしょうね」
(知っていたのか)
アーちゃんはアナトも冬木にいる事を知っている。

「その前。今朝私、師匠に中立を貫くって言ったでしょ?アナトがカルデアと敵対しているくらいとっくに知ってるわよ」
そうだった。そもそも慎二の家が虫の巣になっている事も、イシュタルは事前にアーちゃんから情報を得ていた。俺たちが知らない事をアーちゃんは沢山知っている。
そしてその上で、彼女はどちらにもつかないと言っているんだ。

「アーちゃんは、どうして中立して…されていらっしゃるんですか?」
ダメだ。申し訳ないがアーちゃんはどう見ても中学生にしか思えなくてついタメ口を使いたくなる。
「じゃあ聞くけど。あなた、もし家族が虐められて死んだらどう思う?虐めてきた組織を恨むのは、神でもヒトでも同じだと思うの」
「………そうだな。普通は恨むと思う…ます」
そりゃあそんなの決して許せるものではない。

「でしょ?だから、アナトが加害者を恨むのは正しいと思うわけ。けど、根本から殺しにいくのは違うと思うのよねぇ。それで喧嘩しちゃったの。あ、一応言っておくけど、リンちゃん本人はいじめ問題とは関係ないわよ?」
喧嘩した…というのが気がかりだったが、それよりも最後の一言に安心する。
凛は関係ない。まぁ当たり前だよな。アイツは正々堂々、完膚なきまで打ち負かすヤツだ。

「シロウくんはさ、もしリンちゃんが産もうとしている、つまり彼女とあなたとの子供が、将来加害者になるかもしれないって言われたらどうかしら?」
「は?」
自分の…子供が、加害者になる?

「別に親の教育が悪いとかじゃないのよ。大人になって独立した息子娘が、仕事上の流れで加害者になるかもって話」
「それが………カルデアなのか?」
「さあ?あくまで例え話だし」
さらっと惚ける彼女だが、十中八九カルデアの事だろう。

「俺と、凛の子供が産まれる前に殺しておけば、アナトの家族は助かるのか?」
「いいえ。私達は古代の神ですもの。師匠もだけど、私達が世界から消されるのはとっくに確定してる。低位神はともかく、私や師匠みたいな主神クラスはそのくらい理解しているわ。人間だって数十年で死ぬって分かっているけど生きているでしょ?」
「あぁ」
もちろん、他人の為に我が子の誕生を諦める気は毛頭ない。聞いておいてなんだが、俺がアナトの行動を肯定することは絶対にない。凛にも怒られる。

「だからみんなどうせ死ぬわけだけど、本人が生(せい)をやり切って死ぬのと、醜くされて無惨に殺されるとじゃ本人も身内も全然気分が違うじゃない?」
「そうだな」
ふと昔の記憶が蘇る。安らかに息を引き取った親父と、無惨に殺された白い少女。
アナトの場合、目の前で無惨に殺されたにしろ、知らないところで殺されたにしろ、とにかく大事な家族をカルデアに殺された。その怒りは想像し難い程激しいものなのだろう。

「だから私は中立なの。そもそも妊婦を守護するのが私だもの。アナトが何と言おうと私はリンちゃんの守りにつくわ」
「……………その割に凛と一緒に居ないよな」
「まぁね。マスター命令だし、ここを守るのも立派な守護だもの。それに今の状況で、彼女の工房が破壊されたら彼女即死よ?」
「!?」
どういう事だ?

「彼女、未来の自分から魔力を引っ張ってきているのよね。一応向こうの人達に助けを求めるのも兼ねてるんだろうけど?とにかくそのカラクリが彼女の工房にあるから、地下室には通せません」
さっきの、「未来の俺」が言っていた「未来の凛」が昏睡状態ってやつか。
「イメージ的には今ここで消費している魔力を分割して引っ張っているつもりなんだって。「向こうの数ヶ月」から持ってきた分を「この世界の1週間」にあてるの。意味分かる?」
黙って頷く。つまり大人の凛が数ヶ月かけて使う量の魔力を、俺の凛が1週間で使うって意味だ。

「本人的にはそんな裏技も1週間が限界。つまりは出産前にこの世界の歪みを修復しなきゃゲームオーバー。あと工房を破壊されても急激な魔力消費による即死でゲームオーバーしちゃうわよ」
アーちゃんは「その時はその時。出産の女神として、母体が死んでも赤ちゃんだけは救出してあげるわね。そこまで約束したもの」と付け加える。冗談じゃない。

「ぶっちゃけ私も師匠も聖杯の持ち主を知ってるわ。だから世界の修復だけならぐだ子ちゃんが回復次第すぐ出来ちゃいます。あなたもこの時代のリンちゃんもこの数日のおかしな体験を少しず〜つ忘れて日常に戻って、新しい家族を迎えるでしょう」
「つまりおま…女神様お2人は最短ルートを知りながらそれをしないって事なのか?凛と子供の命がかかってるのにか?」
アーちゃんは頷く。眉尻を下げ、長いまつ毛を伏せて、口元だけ微笑んでいた。

「あなただって、先生にしろ後輩さんにしろ、いくら違うのが混ざってるからって殺したくないでしょう?今の世界で死んだ人間が修復後の世界で完全復活するかは定かじゃないんですって」
「…………まさか」
「そのまさかですよ?」
「……………………」
手を下すのが俺にしろ、俺じゃないにしろ………。


「家族を助ける為に、他の大切な人を殺さなきゃいけないのか?」


「リンちゃんと同じ事聞くのねぇ。理由も彼女と似たようなものでしょうから仕方ないけど」
「そりゃそうだろ」
神様の感覚は分からないが、人間にとって命は何よりも大事なものだ。
神話みたく生き返るなんて例外はない。
よって家族のためだからとホイホイ藤ねえや桜を殺すなんて事はしたくない。それでも…

「結論。現時点ではそうなるわよ?相手が聖杯を手放したくないなら力尽くで奪うしかないじゃない?その過程で持ち主を殺す必要がある。その覚悟、シロウくんにはあるかしら?」
まるで「あるわけないでしょ?」と言わんばかりに困った顔で聞いてくる女神。
「ある」
「え?」
アーちゃんはきょとんとした顔で驚き固まっている。
「ふざけるな。覚悟だけならとうの昔、魔術師である凛と婚約した時から既に決めている」
「ふ〜ん」

「けど犯人退治はあくまで最終手段。凛なら絶対もっといい方法、アイツなりの最善策を考える」
今だって彼女は、律和の事もだが冬木をどうやって戻すか、その為に奔走しているはずだ。
「アーちゃん。凛の居場所を教えてくれないか?」
自分を凛のサーヴァントだと言っていた。ならそれくらい絶対知っているだろ。
するとアーちゃんは眉間を押さえて、大きくため息をついた。
「あのねぇ」
(え?あ、やばい。まさかまた何か地雷だったのか?)

「私女神なのよ?しかもリンちゃんのメモ見たんでしょ?サンルームにあったやつ」
「あ、、、はい」
この女神、本当に何でもお見通しなんだな。
「私、最高神の妃してたくらい高位なの分かる?」
「えっと、、、はい」
そう言えば最高神イルのって書いてあった。

「崇めろって言ってるでしょ!なんで自分のフォロワー(信者)でもない人間にタダで手を貸さなきゃならないのよ!お留守番はマスターであるリンちゃんの頼みだし、この女子2人は師匠に頼まれて介抱してるの!他に求める事があるなら相応の働きをしなさい不敬者!土下座されたって何の益にもならないわよ!言葉遣いまで元に戻ってるし!崇めて働け!」
だから崇めるって何すればいいんだ???

「鈍いヤツ。とりあえずお風呂はバラの花浮かべて、夜はトルコ料理がいい」
トルコ料理!?ケバブとかのアレか??世界三大料理の一つなのに我が家では全く馴染みがないものだ。
「す、申し訳ありません。トルコ料理は難しいです」
あぁさらに怒らせてしまうと思いつつ本当のことなので事前に申し上げる。
てっきり唇を三角にして拗ねられると思ったが、顔を見上げるともっと寂しそうな表情だった。

「…そう。ま、リンちゃんも無理って言ってたしこの辺じゃ馴染み無いみたいだからしょうがないわね。けど今の時代だと世界三大料理って言われているんでしょ?少しは勉強しておきなさいよね」
「精進いたします」
どうやら凛にもリクエストしていたらしい。
そもどうやって凛は女神の対応をしていたのか不思議だったが、魔術師として等価交換を基本とする凛なら俺と違って自ら彼女の世話をして助力してもらったのだろうか?

(やっぱ凛はすごいな)
脳裏に愛しい彼女と、律和がやり取りする様子を描く。昨日今日で彼女と同じ顔の女神2人と関わっているわけだが、やっぱり自分の妻が1番愛しいと改めて思った。

「何ニヤニヤしてんのよ?あとオレンジジュース持ってきて。もちろんフレッシュだからね!」
「かしこまりました。アスタルト様」
「ふん」
恐らくこっちが真名なのだろう。アーちゃんはアスタルト呼びに不快感を示さず、自分の仕事に戻った。


〜ぐだ子視点〜


夢を見た。
誰かの記憶かもしれない。
それともイメージかもしれない。

とにかくお母さんそっくりな黒髪の女の子がよく出てきた。
夢の主人公とは、幼馴染なのか姉妹なのか。よく手を繋いでいた。
一緒にオレンジを収穫したり、りんごを食べたり。
彼女に引っ張られながら、山海川沢山の景色を見た。
子ギル君みたいな金髪の男の子もいた。その子が成長したのかな?って男の子もいた。
グラマーですっごく綺麗な女神様もいた。ふわふわ浮いているので女神だとすぐに分かった。
お母さんそっくりな女の子。彼女も最初に比べると随分と成長した。けど成長しても綺麗というより可愛い雰囲気なのは変わらなかった。
すごく高貴な雰囲気のおじさんに声をかけられた。宮殿?みたいなところに連れて行かれた。
一緒の彼女も2人一緒に嫁入りしたのか一緒にウエディングドレスのような衣装も着た。
彼女は何度もお腹を大きくして沢山子供を育てていた。数十人単位だと思う。かなり疲れているようだった。

大人になった金髪の男性が迎えに来た。おじさんを倒して王様になった。
主人公は若い王様が大好きでよく抱きついているようだった。
黒髪の少女はいつもお留守番で、主人公は若い王様と戦に出向く事が多かった。
途中、一度だけ牛に犯されたみたいだけど、こっちも牛だったのかすごく仲良さげだった。
子牛を産んだ後は人型に戻ったようでちゃんとお世話をしていた。
子牛が人型の女の子みたいになった時は驚いた。
いつの間にか黒髪の少女は居なくなっていた。

空色の髪をした少女が迎えに来た。一緒に空飛ぶ戦車に乗って遠くへ引っ越した。
ピラミッドに砂漠。ザ・エジプトといったイメージの世界で過ごした。
空色の少女と共に、不思議な動物の被り物をした男の子に嫁入りした。

再びオレンジの木が並ぶ国に戻ってきた。地上はすごく混乱していた。
ずっと一緒だった女の子と、いつか迎えに来てくれた男の子。
2人は、主人公を置いたまま先を歩く。すると、禍々しい泥沼に沈められてしまった。

場面が切り替わる。これは私の記憶だ。
カルデアに当てがわれた自室へ行くと、世界一大好きだったドクターが仕事をサボっていた。
沢山お話しして、沢山サポートしてもらった。
あっという間にウルクの冒険も終わって、魔神柱との戦いになった。
ゲーティアとの戦いは、わざわざ夢で見なくたって鮮明に覚えている。
ドクターやマシュが消えたのは人生で1番悲しかったな。


「……………」
(あれ?)
目を開けるとお布団の中。枕元が濡れていて頬がひんやりする。
そして目の前には見慣れた懐かしいお顔。
「お母さん…」

「おはようございます。生憎あなたの母親は留守です。ここには帰って来ないでしょう」
「ごめんなさい」
アーちゃんだ。黒髪姿だったから間違えてしまった。
顔が一緒なのはイシュタル様もなんだけど、目の色のせいかアーちゃんの方がより似ている。
「えぇと、ここは…遠坂のお家…?」
見覚えがある部屋だ。確か、お母さんが昔使っていたという部屋じゃなかったっけ?

「そうです。シロウくんがあなたとジャガーマンを連れて逃げ戻って来たんです。魔力切れだったようなので、この部屋に寝かせました。ジャガーマンは少し前に復活したので、1階でシロウくんと一緒にいます」
「ありがとうございます」
ゆっくりと起き上がり、部屋の中を見渡す。アーちゃんと、2人きりだった。

「あの、イシュタル様は?」
「分かりません。カルデアは行方不明と言ってましたよ」
「!?」
嘘!?あのイシュタル様が!?愛と美と戦の女神様が!?まさか敵にやられた??

「相手はアナトでしたからねぇ。流石の師匠も手を焼くかと」
「アナト?あ、そう言えば…」
夢の中で、主人公はアナトと呼ばれていた気がする。
「あれ?」
夢、、、どんな夢だったっけ?いっぱい見たと思ったけれど忘れちゃったようだ。

「あと10分程で、カルデアから連絡が入るお時間です。あなたが昼に着ていたものは洗濯してまだ乾かしている途中でして、サイドテーブルにリンちゃんの着替えがありますから、着替えるならそちらを使ってください」
「あ、本当だ。もしかしてこれもお母…凛さんの?」
アーちゃんが頷く。
私が着ているのは礼装ではなく、写真でしか見た事がない小豆色のジャージ姿だった。胸に校章が入っている。

「嬉しい!士郎さんともペアルック!は、出来ないか」
多分、このジャージはお母さんもお父さんも中退した方のものだ。桜叔母さんと同じものって事ね。
そして桜叔母さんで思い出す。
「あの。桜叔母さんは、見ていないですよね?」
イシュタル様がド派手に桜叔母さんの実家を破壊したところまでは覚えている。在宅だった場合木っ端微塵だと思うけど、もし生きていたらならここに連れてこられたはずだと思った。

「あぁリンちゃんの妹さん?その言い方はやめた方がいいわよ?シロウくん、あなた達の素性知らないんでしょ?」
「そうだった!気をつけます!」
えっと、マキリ…じゃなくて間桐の家って言うべきだよね。

「あと彼女なら先生同様、アナトの依代になっているから元気だけど意識はないわ。すっごく相性がいいって前に本人が言ってたわよ。性格とか似た者同士みたいなの」
「え、じゃあアーちゃんは私達より前にその女神アナトさんに会ってるんですね」
「会ってるわよ?ていうか、会って喧嘩別れしたからこうなってるのよねぇ」
やれやれと呆れポーズをキメるアーちゃん。

「あ、ヤダ言い過ぎちゃったかも。まぁいっか。じゃ、私は下に戻るわ。あなたは作戦会議でしょ?シロウくんいる?彼夜ご飯作ったはずなんだけど、あなた達ここで食べる?持ってくるよう言伝しましょうか?」
「え、いえ士郎さんには来て頂きたいですがご飯は後でいいです」
ご飯は食べなきゃだけどあんまり食欲がない。

「そ。じゃあ私は失礼するわ」
さっさと出て行こうとする彼女を引き止める。
「あの、アーちゃんも作戦会議に出てもらえませんか?」
無理を承知だとは思う。けどこの女神様は私達が知らない重要な情報を沢山持っていると思った。
同行して貰えなくても、情報をくれるだけですごく助かるのだ。

「嫌よ。基本的に私、自分のフォロワー外の人間とは関わりたくないもの。あなたは師匠のフォロワーでしょ?無碍には出来ないけど、積極的には関わりたくないってポジションなのよねぇ」
この場合フォロワー=信者だよね?
「えっとじゃあ、もしカルデアにアーちゃんの信者がいてその方も参加してくれたらアーちゃんも参加して頂けますか?」
アーちゃんはエジプトの女神様だ。ファラオの誰か、アーちゃんの信者だったりしないかな?

「んー」
アーちゃんは拳を顎に添えながらちょっと考える。その仕草はお母さんも考え込む時にすると同じだ。しかも前向きな時に。
「私の機嫌をちゃんととるならいいわよ?」
女神様の機嫌をとる?なるほど。基本はイシュタル様と同じように扱えばいいのか。
誰か候補はいないか。そんなことを考えながら彼女の背中を見送った。


カルデアと会議中〜


「というわけで、誰かいませんか??」
なんとかしてアーちゃんを仲間にしたい。

通信が始まって早々、まずはマシュ達にファラオ達への声掛けをお願いした。
それからこっちのお父さんから状況と、アーちゃんから聞いた情報を発表してもらう。

お父さんは現在アーちゃんのフォロワーというよりは下僕になっていて、とにかく彼女の役に立たなきゃ協力して貰えないし次の情報も貰えないらしい。
考えれば当然だ。他人だし女神様なんだから。それどころか私達カルデアは彼女に嫌われているらしい。
だから誰かが機嫌を取らなきゃ協力を得られない。今朝まではそれをイシュタル様がやってくれていただけという事。改めて気を使わないと。

一先ず今ある情報をまとめた結果。

・イシュタル様は行方不明
・アーちゃんは凛さんのサーヴァント
間桐桜に女神アナトが憑依している
・アーちゃんとアナトは喧嘩別れした
・アナトとカルデアは敵対関係
・アナトはカルデアを恨んでいる
・凛さんは未来の自分から魔力を引っ張っている
・数ヶ月分の魔力を1週間で使う程現在の魔力消費が激しい
・その為彼女の地下工房を破壊されると即死する可能性がある
・状況が長引き出産予定日までに特異点が修復されなくても死ぬ可能性が高い
・聖杯の持ち主は士郎さんの身内。先生か桜さんの可能性が高い
・アーちゃんの真名はアスタルト
・アーちゃんはバラのお風呂とトルコ料理が好き


『やはり女神アスタルトを頼るしかないねぇ。どう見ても重要キャラクターだ』
「そうですね」
その為に、彼女のご機嫌をとらなきゃいけない。
けれどもここにいるメンバーでは難しい。誰か…アーちゃんの信者居てぇ!

『それと彼女への質問はきちんと重要なものから順序立てした方がいい。万が一質問の数に制限をかけられても、必要最低限の答えだけでも聞き出しておきたいからね』
「分かりました」
という事で、お父さん2人には黙ってもらうことにした。申し訳ないが、お父さんは歳をとってもとらなくても交渉力が弱い。本当ごめん。ここからの言語もバリバリ英語だと思うし。

因みにジャガ村先生は最初から招待していない。彼女は仲間として同行して貰っているが、本来ならば敵対ポジションという可能性が出てきたからだ。
という事で現在部屋には私と若いお父さん(口チャック)。カルデア管制室にはダ・ヴィンチちゃんと大人のお父さん(口チャック)のみ。ここにマシュと、居ればアーちゃんのフォロワーを連れてくる予定だ。
管制室の扉が開く。

※多分だいたい英語で会話してると思う。聖杯からの知識って便利だね

ダ・ヴィンチちゃん。女神アースティルティトさんの信者に来て頂きました!』
『状況は知らんがマシュがどうしても頭を下げるので来てやったぞ?何用だ?』
「ありがとうございます!」
来てくれたのはファラオ・オジマンディアスだった。

女神アースティルティトは、エジプトの王の戦車を守る神。古代エジプトには馬が引いた戦車で戦う風習はなかったが、女神アースティルティトによってこれらがもたられ、彼女は戦車の守り神となった。盾と槍をもつ軍神として描かれる事もあるが、アーちゃんは自分を狩猟の神というので考古学とはズレがあるかもしれない。
なんにせよ、彼女はファラオ・オジマンディアスが産まれる100年ほど前から古代エジプトのメンフィスに神殿を持ち崇められた。そんな彼女の神官で最も有名なのがファラオ・オジマンディアスの妃ネフェルタリである。

という事で、2人をセッティングさせてみた。

「アーちゃん。こちらファラオ・オジマンディアスのサーヴァントです」
「オジマンディアス?」
アーちゃんはその名前に聞き覚えはないようだったけれど、モニター越しで彼を見ると目を輝かせた。

「あら!ラムちゃんじゃない!あなたそんなところで働いてたのね意外!てか若っ!まだファラオ就任前なんじゃないの?その格好!ウケる〜〜〜!」
『女神アースティルティトだとぉ!!!』
アーちゃんはファラオに会えてテンション爆上がり。きゃぴきゃぴと喜んでいる。
対するファラオは過去一の驚きと言った感じで、顔を青ざめひきつらせるという今まで見た事なかった表情をしている。

(にしてもラムちゃんって呼ばれてたんだぁ。可愛い〜)
ファラオ・オジマンディアスと英雄王は、カルデアにいる王様サーヴァントの中でも2トップと言えるクセつよ古代王だ。よって彼らがのさばった時に止められる者は数少ない。というかオジマンディアスの方は居ない。英雄王には同等キャラクターのエルキドゥ、同郷のイシュタル様が対抗できるからまだいいのだ。オジマンディアスの方は、せいぜいイスカンダルが宥める程度で誰も彼を止める事が出来なかった。
つまり彼に頭を下げさせるキャラクターが今までいなかったのだ。アーちゃんすごい。

「ところでネフェルタリちゃんはいないの?あなた彼女のおまけじゃない」
アーちゃん。まさかのファラオをおまけ呼ばわり。しかもファラオの方はそんな扱いを受けても怒らなかった。けど流石に謝る立場ではないのでマシュが対応する。
『すみません。彼女は在籍しておりません』
「そっかぁ。じゃあラムちゃんでいいわよ」
すごい。こんなファラオを雑に扱えるお方、絶対アーちゃん以外居ないわ。。。私は苦笑するしかなかった。

。。。
その後ファラオには大変不敬で申し訳ないんだけど、アーちゃんのご機嫌を取りつつ情報を引き出して頂き、最終的には明日のお母さん探しで道案内してもらえる事になった。ありがとうございます。
アーちゃんは終始ご機嫌で、先程るんるんとハイテンションのままお風呂に行った。イシュタル様には遠回りにお風呂は必要ないと言われている彼女だが、単純にお風呂が好きらしい。

因みにファラオの方はというと、、、。
『余の女神に会えるのは悪くないが、事前に申せ。心の臓が飛び上がったわ』
だそうです。

という事で改めて明日の作戦会議を行う。お父さん達の口チャックは解除した。
「先ずは新たに入手した情報をまとめます」

・アーちゃんは地理感がないので凛さんの具体的な位置を説明出来ないが方向は分かる
 →ほぼ毎日移動しているらしい
・凛さんは無理な魔術の行使により白髪になってしまい、これをアーちゃんが好きにヘアメイクしているのでぱっと見本人か分からないかも
 →アーちゃん的には可愛いけど本人はかなり恥ずかしがっている
・凛さんは上記の理由で下半身を動かせず、腕も使いづらい。自力では歩けないので実はアーちゃんの宝具である戦車を車椅子として貸し出ししている
 →使い魔の馬は居なくて本体だけ(馬は本当に行方不明)
・冬木の凛さんの魔力消費量が増えるほど未来の凛さんへの負担が増える
・凛さんのサーヴァントであるアーちゃんが魔力を消費すれば当然、W凛さんへの負担が増える
・恐らく凛さんのサーヴァントは他にもいるが本人も把握できていない
・砂嵐の結界(ジャガーマン復活後は解いた)を張るまではちょこちょこ彼女の使い魔(宝石鳥)を見かけたので、彼女はこちらの様子を知っているかと
・アナトの目的は凛さんのお腹にいる赤ちゃんの抹殺
 →アーちゃんは信仰上妊婦と赤ちゃんを守らなきゃいけないので大喧嘩した
・アナトは依代の影響で直接凛さんを殺さない
・アナトはマキリの蟲や元の住人達をリソース化して魔獣やシャドウサーヴァント召喚に使っていた
 →アーちゃんの見立てではそろそろリソースが底をつく
 →凛さんが無事なうちにこれらを倒しきれば実質勝ち

「あとぶっちゃけ士郎さんって、凛さんに避けられてますよね?」
『そりゃそうだ。若い俺なんぞ居たって足手纏いだろう』
大人のお父さんが容赦なく若い自分をディスる
『しかも車椅子生活になっても避けるんだからよっぽどの悩みがあるか、自分のサーヴァントと俺の相性を考慮してなのか、両方か』
そうだよね。要介護の状態でもお父さんを避けたいって相当だよね。

『まぁ彼女のサーヴァントがよっぽど優秀なんだろうね。敵から守ってくれるだけでなく身の回りのお世話までしてくれる万能な英霊』
(世話焼きまでする英霊?)
アーちゃん達のような未知のサーヴァントの可能性もあるけど、もし私が知る範囲の英霊で世話焼きまでしてくれるのは良妻系をはじめとしたキッチンサーヴァントのどれか。さらにお母さんとの縁を考えると…もしかして厨房のエミヤ?

『恐らく律和君も無事だろう。彼女と一緒にいるか居なくても彼女が安全を確認しているんじゃないかな?使い魔で情報収集をしているのは士郎君と律和君両方へだろうし、なんならアナトの事も調査しているかもしれない』
『だろうな。凛は俺と違って昔から優秀な魔術師だ。使い魔だって複数作れるし、いつだって戦略を立てる担当。1人で10人分は働ける』
大人のお父さん…いっつもお母さん頼ってるもんね。だいたいお母さんの指示で動き回ってる。

『反面メンタルはそこまで強くない。強がって平静を装おうとしているが、中身は普通の女の子みたいに繊細なんだ。身内のどれが脱落しても確実に立ち直れない』
「士郎さんは彼女のメンタルケア担当なんですね」
「………その割に避けられてるけどな」
あ、こっちのお父さんが拗ねちゃった。

『けどそれも強がっての結果か、本気で会いたくないかで全然違う。明日は絶対接触しろよ、てか明日で解決しろ。こっちの、俺の凛の身体が保たない』
そうだ。私の最終目的は未来のお母さんを助けること。ジャージ越しでお母さんのペンダントを握る。

『それと彼女の魔力消費を考えて極力戦闘を避けないといけない。本人と女神アスタルト。それといるかもしれない彼女のサーヴァント』
ダ・ヴィンチちゃんの言葉にハッとする。そうだ。ただ迎撃すればいいわけじゃない。
『それに俺たちもだ。小僧、お前は聖杯戦争以来凛と魔力のパスが繋がっているんだろう?』
「あぁそのとおりだ」

「じゃあ魔力的な意味の戦闘要員て私とジャガ村先生だけなんですね」
「いやぐだ子も戦っちゃダメだろ。お前がいないと世界の修復が出来ないんだろ?」
そうだぁ。ジャガ村先生しか頼れない。
っていうか誰1人戦っちゃダメなのでは??先生も疑似サーヴァントだから無理させられないよ。

『一先ず明日は凛さんとの合流が最優先ですね。マスターのご体調はいかがですか?モニター数値だけでしたら正常値に戻っていますけど、全回復とは言えません』
「ありがとうマシュ。この後ご飯を食べて寝るから朝までには全快だと思う。令呪も1画しか使ってなかったし」
手の甲を見る。1画欠けた令呪。
まだ日付が変わっていないので、イシュタル様に使った分の令呪は回復していない。

(イシュタル様…きっと無事だよね?)
女神アナトは簡易的な疑似サーヴァントだから、イシュタル様も手加減するしかなかったんだろう。
(変な特異点)
なんだか戦ってはいけない聖杯戦争って感じだな。

この日も、若いお父さんの手料理を食べて、お風呂に入って、引き続き凛さんの部屋を使わせて貰って寝た。


〜3日目〜


「……………………」
早朝。まだ薄暗い時間帯だった。
昨日の午後を殆ど寝て過ごしたせいか、早く目が覚めた。
トイレに行った帰り、1番端の部屋の扉が開きっぱなしなことに気づく。
気になって覗いてみる。

「…………アーちゃん」
「はい?」
中ではアーちゃんが空中で寝そべりながら本を読んでいた。薄暗くて文字を読むのは疲れそうだけど、彼女は純粋な神霊サーヴァントだから平気なのかもしれない。
近くのテーブルの上は散らばっていて、本が数冊にメモ用紙とペンがあった。

「入ってもいいですか?」
「いいんじゃない?ただのサンルームでしょ?ここ」
そういう意味じゃないんだけどな。。。許可が降りたので遠慮なく入る。
積まれた本は、古代オリエントの神話に関する本らしい。目を凝らしてメモを見る。

「お母さんの字だ」
「そうみたいよ。私を調べたんでしょうね」
アーちゃんが読んでいる本はシュメル神話だ。師匠について調べているのかな。
「灯り、つけてもいいですか?」
お母さんが読んでいた本が気になる。ところどころ付箋やら栞やら挟まっていた。

「構わないけど、寝なくていいの?」
「昨日たくさん寝たから目が覚めちゃったんです。時間が勿体無いのでこの本読もうかなって」
「ふ〜ん」
灯りをつける。手にとったのは古代オリエントの神話集。シュメル、フィニキア、ウガリトなど地域ごとに資料がまとめられたものだ。

「………アーちゃんてバツ2だったんですね」
「は?」
メモを見て思った。アーちゃんは3度も結婚している。そして必ずアナトと一緒にだった。
「失礼ね。バツは1よ。重複婚しているだけですもん」
「あ、そっか。すみません」
そう言えばウルクと違って地中海方面は奥さん複数が普通らしい。しかもアーちゃんとアナトの場合は国を跨いでそれぞれで結婚している。ややこしい。

「数千年生きていればパートナーも変わるでしょ。師匠だって、一応ドゥムジが恋人ですけど、都市によっては違う男神だもん。あ、ドゥムジは恋人って表記なんだけど、現代でいう夫だわ。キエンギだと2柱の間に子供がいないうちは正式な夫婦と呼ばれなくて結婚していても恋人表記らしいのよ」
※キエンギ=メソポタミア
「そうだったんですね。でもイシュタル様って息子さんいますよね?」
一度だけ聞いたことがある。息子さんの好物がドライフルーツたっぷりのケーキだって。

「男の方のシャラ?あれは拾ったらしいわよ。師匠より年上だけど息子。あそこも訳ありよねぇ」
※別キャラで女神シャラってのもいる
「年上の息子!?」
そうなんだ。へぇ。
じゃあうちのお兄ちゃんとお母さんの歳の差が10コすらないのはまだ可愛い方だったんだな。
ちょっと安心したかも。

「師匠もアナトも処女神として出産を禁じられていたから。そういう事もあるのよ」
「そういうものなんですね。逆にアーちゃんは子沢山なんですよね?」
お母さんのメモに書いてあった。正妻さんのと合わせて70もの子供を産んでいる。
「えぇ。それが仕事でしたもの」
アーちゃんは本から目を離さず淡々と答える。本当にただの仕事だったのか。興味なさそうな声音だ。

「あの、失礼承知でなのですがそれって嫌々だったんですか?」
なんというか、官能小説のように無理矢理なイメージしかない。
今読んでいる本にあるんだけど、アーちゃんとアナトはある日突然、最高神イルに一目惚れされ側室として結婚させられたのだ。

「そりゃ最初はねぇ。出産の権能も生まれた時は持っていなくてアーシラト(イルの本妻)から無理矢理継がされたものだし」
最初はってだんだん慣れるものなのだろうか?
「けどイルもアーシラトも可愛がってくれたし、嫌いじゃなかったわ。私はイルに恋することはなかったけれど、子供達は可愛いし長年一緒にいれば愛着も湧くわよ。えっちも覚えれば楽しいし」
そういうものか。女性既婚者スタッフの会話を聞いていると「旦那は嫌だけど子供は好き」とか「子供いなかったら絶対別れてる」っていう人が多い気がする。別れないのは子供によって繋がれているからだと勝手に思っていたけど、後から愛着が湧くパターンもあるのか。

(あれ?まさかうちも??)
ちゃんと聞いたことはないけれど、お父さんとお母さんは99%デキ婚だ。
じゃなきゃ2人してわざわざ徒歩圏から転校する必要がない。あくまでお兄ちゃんを引き取りたいと言い出したのはお母さんだけだったと思うし正式に養子入りされたのは私が生まれてからだ。。。あと大喧嘩する度1年後に弟か妹が増えるような?
(えー。自分の両親だと生々しいなぁ)

「まぁ逆バージョンになる師匠のとこよりはずっといいかなぁ」
「イシュタル様?」
政略結婚てこと?逆ってどこがどう逆?
「えぇ。師匠のところは私が知る中で最も悲惨ね。殆ど記録に残さないくらいだもん。けどうちはそんな感じ。最高神、つまりは王の妃になるなんて強引なのが普通よ普通。逆にエジプトの方はノリかしら?セフレが昇格したって感じ?こっちは気楽でいいわねぇ軟禁されることもないし。ファラオを見守るだけだし」
アーちゃんは最後に「ラムちゃんに神殿を無断で改造されたのにはぶち切れたけど」と付け加えていた。

。。。
ナチュラルにイシュタル様夫婦の件はスルーされてしまったけれど、ファラオ・オジマンディアスの幼少期エピソードを聞けて楽しかった。どんなファラオにも少年時代はある。イスカンダルアレキサンダー君の時は可愛かったし。

「この時代は恋愛結婚が一般的なんでしょ?原初に戻った感があっていいわねぇ」
※イシュタルの親世代以前は恋愛結婚の神が多い
「そう…ですね。私は、、、しないでしょうけど」
脳裏に大好きだった人の背中が浮かぶ。そう言えば昨日の夢にも出てきたような。

「あらあなた、初恋を引きずるタイプ?」
「え、分かるんですか??」
「女の勘?初対面の時から思ってたけど男に死別されましたって雰囲気出てるもの」
「そこまで具体的に!?」
初めて言われた。子供の頃からみんなに明るくて社交的ねって言われるもん。
そりゃそういうのがあったのは最近だけど、それでも初対面の人に陰キャ扱いされた事はない。

「まぁ師匠の信者してればそのうちいい事もあるわよ。師匠って自分以外の恋愛はちゃんと女神してるもの。実質縁結びの女神だわ」
「…ありがとうございます」
これって慰められたんだよね?
「誰だって初恋は特別だと思うわ。すごくキラキラして幸せな時間よね。いつかは覚めるべきだけど」
日が昇ってきた。窓から差し込む光がアーちゃんを照らし、彼女は文字通りキラキラ輝いている。

「もう朝かぁ。アナト、疑似サーヴァントだから人間みたいに夜寝て朝起きて昼間に活動だと思うの」
アーちゃんは本を閉じ、代わりに窓を開け、外に向かって片手を伸ばす。元々大して暖かくない部屋だったけど、外から冷たい空気が一気に入ってきてお母さんのメモがひらひらと宙を舞った。私は床に這いつくばり、踊るように逃げる紙を回収する。

「おはようございます。マスター」
(!?)
声がする方を見上げる。逆光でよく見えないけど、アーちゃんの指先にキラリと光る宝石が止まったのは分かった。
(お母さんの使い魔!)
子供の頃から何度も見てきた。間違いない。アレはお母さんが作る宝石でできた鳥型の使い魔。
多分、ボイスレコーダーになるものだ。

『ごめん。今日で終わらせたい』

(お母さんの声だ!)
聞き間違えるわけがない。宝石鳥から聞こえた声は絶対にお母さん本人…なんだけど元気がない。ちょっぴり苦しそうな声だった。

「同感です。お互い、ベストを尽くしましょう」
宝石鳥が飛び立つ。アーちゃんの返事を持って、お母さんのところに戻るのだろう。
(アーちゃん。ちゃんとお母さんのサーヴァントしてるんだ)

「う〜。寒ぅ。熱々のコロッケとか食べたいわねぇ」
「朝から!?」
お父さん…言えば作ってくれそうだけど、コロッケってじゃがいもを茹でて潰すところからだからかなり時間がかかる。

「リンちゃんが言ってたのよ。寒い日に外で買い食いするコロッケはすごく美味しいんだって」
「お母さんが買い食い!?」
そう言えばお母さんが買い食いするの見た事なかったかも。殆どお父さんが作るご飯ばかりだし、食べ歩きもお祭りとか縁日くらい。そもそも揚げたてコロッケを売ってくれるお店自体今じゃ激レアな気がする。

「お店さえやってれば食べたかったんだけどねぇ。この世界、お店は開いてるけどスタッフ居ないからぁ」
アーちゃんは深くため息をしてから最後に呟く。
「食べたかったなぁ。憧れのコロッケ。アナトも絶対気にいると思うの」
「……………」
(食べさせろって事?)
それっきり。彼女は霊体化してしまった。
因みにお父さんには一応彼女がコロッケを食べたがっていると話したものの、時間的に無理だった。

〜朝ご飯〜

「ジャガバタ塩辛でよければ」
「これは☆絶対カサッシャ(南米の蒸留酒)が進むやつにゃ!」
朝ご飯。お父さんは頑張ってジャガイモメニューを出したものの、、、。
「嫌よ。私海産物ダメ。神性的に相性悪いのよ」
アーちゃんには不評どころか食べて貰えなかった。確か彼女、粘着系幼馴染な川と海の神がいて一方的に好意を寄せられめちゃめちゃ嫌がっていた神話があった。それかな。

「士郎さん、美味しいです」
ジャガバタ塩辛美味しい。社会人になったら急にこういうおつまみメニューが美味しく感じるようになってきたんだよね。食べられないなんて勿体無いよ。

「それより先生。お一ついいかしら?」
「はいOK☆ジャガーはいつだって質問受付中にゃ!」
結局アーちゃんはご飯を食べないらしい。実体化したものの食卓にはつかずふわふわ浮いたままだ。
「先生宅のご近所、火事になってますよ」
「!?」


〜衛宮邸前〜


ご飯を半分残したまま大慌てで飛び出しお父さんの実家へ走る。
カルデアからの定期連絡時間はまだ先。本当は移動したくなかったけど緊急事態だ。仕方ない。
坂道を下る途中からだんだん焦げ臭くなってきて、日本家屋が並ぶエリアまで入ると煙が見えた。
「ひゃ、119番にゃ!」
「多分消防署は空っぽです!!」

「俺の家!」
見覚えがある門だと思ったらお父さんのご実家だったんだ。
乾いた冬の空気のせいで木造建築はみるみる燃えていく。
「どうしよう」
水は出るけどポンプ車とかないし、、、。

「多分これアナトがあげた狼煙ってヤツだと思うわ」
燃える屋敷を前に呆然としているとアーちゃんが冷静に声をかける。
「きっと彼女、昨日の昼間にマキリのお家を爆破されてここに泊まったのね。で、さらにこの家を燃やす事で退路を絶って今日中にケリをつけるという宣言かも。性格的にただの八つ当たりってだけの可能性もあるけど」
「今日中にケリを?」
それはつまり。。。

「んー。流石にこれはリンちゃんが危ないわぁ。私急ぎたいんだけど」
アーちゃんは戦闘服でもあるエジプト霊基にチェンジする。
「愛車は無事だ、ぐだ子、ニケツするぞ!」
(愛車?ニケツって何?)
声の方を見ればお父さんが蔵から自転車を出してきた。しかもマウンテンバイク。

「えっと、、、」
マウンテンバイクで2人乗りって無理じゃないかな??
「仕方にゃい。先生が背負ってやるにゃ?」
多分同じ事を考えたのだろう。リアクションに困っているとジャガ村先生がこちらに背中を向けながらしゃがんでくれた。
「お願いします」
お父さんには申し訳ないけど、ジャガ村先生におんぶしてもらい、アーちゃんの背中を追った。

〜深山小学校〜

「あの先にある大きな建物の中よ」
商店街を突っ走る。
アーちゃんが指差す先にあるのは小学校だった。現在お兄ちゃんが通っている学校だ。
「それじゃあ。私の案内はここまでね。戦闘中だから邪魔しちゃダメよ」
「戦闘中!?」
アーちゃんは問いかけに答えず文字通り飛んで行ってしまった。

突然目の前にモニターが映る。
『マスター!遅くなりました申し訳ございません!』
『む…ぐだ子無事か!?』
やっとカルデアからの連絡が来た。
『50メートル先。サーヴァント反応5体。女神アスタルト、アナト、シャドウサーヴァント3体。シャドウサーヴァントは現在解析中です!』

(シャドウサーヴァント!?)
目を凝らしマシュが言う50メートル先を見る。
小学校の校門の上で女神2人が口論しているのは分かる。さっき飛んで行ったアーちゃんと、桜叔母さんを依代にした女神アナト。
けどその先、校門の先に広がるグラウンドで戦闘しているであろうサーヴァントの姿は見えなかった。

(あれ?)
校門の手前で着地する。広いグラウンドの一角で、大きな黒い影が2体激しく暴れているのは分かった。時折地面が抉れたり、端の方に行った時は遊具や木が折れてしまっている。
「なんだありゃ?」
「アレがシャドウサーヴァントですね。2体だけですが、私にも薄ら影だけ見えるみたいです」
この特異点でのシャドウサーヴァントは今まで影すら見えなかった。今までのものとは違うという事だろうか?

『解析完了。シャドウサーヴァントの真名、左からランサーのクー・フーリン、ヘラクレス、アーチャーのエミヤです。シルエットの動きから見てクー・フーリンとヘラクレスが同じ組で2対1になっていると思われます』
(やっぱり!)
「じゃあエミヤが凛さんのサーヴァントなんだよ!きっと校舎内の彼女を守ってる!」
逆に言えば他2体は女神アナトのサーヴァント。彼らに気をつければ突破出来るかもしれない。

「ゲ…アイツか。じゃあ俺らは裏口から入るか?」
お父さんはあからさまに嫌そうな顔をしていたけど見なかった事にした。もちろん未来のお父さんがカルデアでエミヤ(厨房)に会った時と同じ表情(かお)だった。
『待ってください。校舎全体に強力な結界が張られています』
「強力な結界?強行突破できないって事?」
校舎全体にじゃあ入れないって事じゃん。

「凛が張ったんだろ。俺達の到着を知らせりゃ解いてくれるだろうが」
ジャガーが突入するにゃ?」
「先生には無理させられません。その身体、絶対お大事にしてください…きゃぁ!」
突然女神アナトが私に矢を放ち、ジャガ村先生が弾いてくれた。先生の反射神経がなければ大怪我していたかも。

「ちょっとアナト!話の途中でしょう?」
彼女の口喧嘩相手であるアーちゃんが文句を言っている。
「庇わないんですね」
「なんでもいいでしょ。そんなことよりー」
一瞬だけこちらに視線を向けたアーちゃんだったけどすぐ女神アナトに向き直り喧口論の続きを始めた。

『マスター。女神アスタルトとの契約はあくまでここへの案内までだ。敵の敵は味方とは限らない。分かっているね?』
「はい」
ダ・ヴィンチちゃんの注意ではっとする。アーちゃんは私達カルデアを嫌っている。
味方になっているのはお父さんとジャガ村先生だけだ。他は頼れない。

(とにかく状況把握しないと)
今は女神2人の会話を盗み聞きするのが1番手っ取り早いだろう。ジャガ村先生と一緒に少しずつ前に出て彼女達の会話を聞く。

「……………」
女神アナトが乱用しているリソースがもうすぐ底をつく。アーちゃんとしては「いい加減こんな無意味な争いはやめろ。女神の品格を考えろ」とお説教しているといったところらしい。対する女神アナトは「あんな酷い目に遭わされて黙っているアスタルトがおかしい!イナンナの神格持ちとして目を覚ませ!」と怒っている。

「アーちゃんは最初からアナトの行いが消耗戦だと分かっていて籠城していたんだな」
「恐らく」
女神アナトが魔力を使い切るまでお母さんを守り切れば勝ち。アーちゃんの狙いはそこだと思う。多分。

正直アーちゃん程動きが読めないキャラはいない。愛らしいキャラが売りではあるもののイシュタル様と同じ系統らしく気まぐれだ。せめて彼女の信者になれたら全然違っただろうけど、唯一その可能性を持ち合わせていたこっちのお父さんは多分、彼女に見限られている。あくまで想像だけどお父さんはある程度チャンスを与えられておきながらそれに気づかなかった。その証拠に昨日の夜ご飯は食べてくれたのに朝ご飯は一口も食べなかった。残念過ぎる。

(私のことはあくまでイシュタル様の信者って認識されてるし)
悲しいけれどアーちゃんが直接協力してくれるなんて事はきっとない。絶対先にお母さんの協力がいる。
助けに行くべき対象がキーマンだなんて、なんて攻略が難しいんだ。。。逆にお母さんさえすぐに会えたらちゃちゃっと解決だったろうに。。。

『頑張れぐだ子。女神が籠城しようと凛は攻めに行くタイプだ。よっぽどの事がなけりゃアイツはたとえ陣痛中だって動くし、かと言って1人で解決するようなバカじゃない。アイツに出来る事は絶対アイツが既にやっている。助けに行くべき対象だが助けを求めるつもりで会いに行ってやってくれ』
「はい!」
お父さんが応援してくれている。
そうだね。お母さんは、私の動きに関係なく「今日で終わらせる」つもりだ。その方法は分からないけれど、絶対お母さんは事件解決の為に動いている。私も頑張ろう。

「…………(お母さん)」
裏を返せば、それでもこの状況で結界を解いてこない事にも意味があるのか、もしくは既に倒れちゃっているか。
あ、でも流石にそうなったらアーちゃんが駆けつけるだろうな。
彼女とお母さんの関係を信じよう。私達は互いに互いの目的を果たすのが最優先だ。

『マスター。校舎の結界が薄い部分を発見しました』
「え、どこ??」
マシュの報告では、職員玄関口だけ結界が薄いらしい。
そして気をつけてモニターを見るとエミヤがその玄関口の前に陣取り、玄関口を守っているようにも見える。

「じゃあそこから入ればいいってことだな?」
『そうなるが今その辺りは激戦地だ。むしろ近づかないで欲しいくらいだね』
(え〜)
一歩前進だと思ったのに。。。
「……………」
お父さんは悔しそうに唇を噛みながら校舎を見つめ、正確には見上げている。

『とにかく隙が出来るのを待つんだ。それと女神アナトがこちらを攻撃する可能性もある。突入したい気持ちは分かるが先ずは自分の身を守る事に専念したまえ』
「はい」
視線を女神達に戻すとちょうど進展があった。
アーちゃんが動き出す。女神アナトに背を向け校舎の方へ向かう。エミヤの加勢をしてくれるのだろうか?彼女とエミヤは同じ立場だろうから共闘するはず。

「アスタルトのバカ!謝ったって許さないんだから!この裏切り者〜!」
「!」
残された女神の叫びと共に周囲の人が空気が揺らぐ。嫌な予感がした。
「敵がいっぱいにゃ!」
「えぇ!?」
全く見えないんですけどぉ!?本当この特異点難易度高過ぎ!

『敵性反応です!グラウンドを中心に88体のシャドウサーヴァントが出現!』
(言われても分かんないよ!!)
クー・フーリンとヘラクレスだけなら薄っすら影が見えるからいい。困った事に新たに召喚されたシャドウサーヴァントは影も形もさっぱり見えなかった。
因みにそんな状況の中アーちゃんは新たな敵を全く気にしないようでアスタルト霊基にチェンジし、まるで宙に敷かれたレッドカーペットを歩くように優雅な足取りのままエミヤ達の方へ向かっている。

『サーヴァント解析完了。百貌のハサンが同時出現しています!』
「守りは任せるにゃ!」
どうやら出現数が多いのは百貌のハサンだかららしい。
ジャガ村先生は獲物を竹刀に変化させ私には見えない敵に向かって振り回している。今さらだけど本当にセイバーだったんだ。

「ふん。せいぜい雑魚同士戯れるといいわ」
(え?)
女神アナトは校舎と逆方向。商店街の方向へ飛んで行く。
『女神アナト。詳細観測範囲外に出ました』
「………見逃してくれた?」
「みたいだな。助かった」
お父さんは小声で「見た目が桜じゃ戦えない」と呟いていた。

『百貌のハサン残り85体です』
「はい(見えない)」
88ー85だからジャガ村先生が3体やっつけてくれたって事だ。それでも多い。
百貌のハサンはそれぞれ特技が違う。ジャガ村先生にだって倒しやすい個体とそうでない個体がいるはずだ。

「あーもぉ。なんか霊体サーヴァントが見えるようになる不思議な眼鏡とかないの?」
『ふむ。時間がある時に試作してみよう。確かに見えないのは不便だからね』
つまり今は無いという事だ。ですよね。今まで必要無かったし。
『マスター!エミヤさんの様子がオカシイです』
「エミヤ?」
エミヤ…は見えないので彼が陣取っているという玄関口を見る。アーちゃんが(多分エミヤから)何かを受け取っているように見えた。そして…………

「アレって」
「宝具。無限の剣製!?」
空間がオカシイ。まるで写真を炎に焚べたように空間が塗り潰されていく。
『エミヤさんの宝具、固有結界です。このままではマスター達も』
「俺は行く。アレは、俺の宝具でもあるからな」
お父さんは校舎の上の方を見つめながら頷く。

「じゃあ私も!」
お父さんに続いて頷き瞳を閉じる。そして再び目を開くとそこは………。


UBW固有結界〜士郎視点〜


「え!?何ここ??」
「アイツの固有結界だろうけどこの景色は俺も知らない。初めて見る」
けどここが今のアイツの固有結界の中なのは確かだ。
「綺麗。カルデアのエミヤの地面はヒビ割れて寂しい感じだったのに」
「同感だ。これは…」

朝焼けか夕焼けか分からない赤い空。分厚い雲。浮かぶ歯車。墓標のように静かに地面に突き刺さる剣。
ここまでは凛のサーヴァントだったアイツと同じ。ただ明らかに地面が違う。
ヒビ割れた大地じゃない。行った事はないが沖縄とかハワイの海ってのはこうなんだろうってイメージのリゾートビーチのような色をした綺麗な水が、俺のくるぶしを濡らす。
けれども冷たくない。心地よいこの感触には覚えがある。

「この清流は凛の魔力イメージ。マスターである彼女の魔力が混ざっているのか?」
よくよく見れば真珠でシルエットだけ作ったような魚も泳いでいる。
「そうなの?凛さんて魔力まで綺麗なんですね」
「!?」
雨が降り出す。シトシトと静かな霧雨だ。

(何故?)
雨といえば悲しみを表す情景だ。この世界の持ち主であるアイツが泣いているのか?まさか。
「にゃにゃ!剣がいっぱい使い放題にゃ!」
ジャガねえが楽しそうに二刀流を始める。依代は普通の剣道しか出来ないが大丈夫だろうか?
あと何考えてたっけ?ペースが乱される。すると視界の一部が歪んで見えた。

「アレは?」
透明なのに雨を弾いているナニかが見える。アレがシャドウサーヴァントか。
「やったぁ!雨のおかげでサーヴァントのシルエットが見えるようになったんだ!」
そういう事か?雨は心象風景じゃない。仕組みは分からないが俺達がサーヴァントを視認する為の補助として雨を降らせているんだ。

俺にはそんな器用な真似出来ない。剣は解析出来るのにこの水は専門外。なんかムカつく。
それに俺単体では固有結界の発動も出来ない。
(アイツ………ここでリタイヤする気か)
視力を強化し、剣戟が聞こえる方を向く。水飛沫を上げながら地面の剣が浮き上がりシャドウサーヴァントに突き刺していく。
あそこにアイツがいる。

マシュがアイツの様子がオカシイと言った時、アーちゃんがアイツから受け取ったのはルールブレイカーだった。固有結界の発動は大量の魔力を要する。だから俺は凛のバックアップなしでは使えない。アイツの場合は逆だ。凛への負担をなくす為、マスターの守護を女神に任せ、自分は凛からの魔力供給を切り、ここで敵を掃除して消えるつもりなのだろう。凛は悲しむだろうが、正しい判断だと思う。キザなヤツ。

(本当はアイツの動きを見ておきたかったが)
流石にシルエットだけでは細かい動きが分からない。
「ってこっちに向かってきてるぞ!?」
「えぇ?」
剣の動きと水飛沫から察するにアイツは確実にこっちに向かっている。

(マジかぁ)
念には念を。近くの剣を引き抜き万が一に備える。
この場合の万が一とは俺を大嫌いなアーチャーが俺に切り掛かってこないかだ。
あくまで俺が和解したのは聖杯戦争で凛に召喚されたアーチャー。アイツと目の前のコイツは別個体。つまり関係はリセットされ俺はコイツにウザがられているだろう。

「にゃにゃにゃ?」
ずっと側に張り付いていたジャガねえが前に出ていく。アーチャーと何か話をしているようだった。敵を斬りつつアーチャーに向かって相槌を打っている。
「了解にゃ」
(なんでもいいけどアーチャー的に藤ねえの見た目した野生的なサーヴァントってどう思うんだろ?)
するとジャガねえがこちらに走ってくる。

「丘の向こうでアーちゃんがクー・フーリンとヘラクレスをやっつけたら現実世界に戻るそうにゃ」
(1人でクー・フーリンとヘラクレスを!?)
「雷落とすから感電しないよう離れているにゃ」
(あの女神が雷落とすのか!?)
ツッコミどころ満載だが早口で伝達が進む。

「それまでにハサンズを片付けるにゃ。あと一つ」
ジャガねえは声のトーンを落とし人差し指を立て、
「絶対に女神が戦っている姿を見てはいけないにゃ。以上!」
最後にそう言い残し戦闘に戻る。

「そういうものなのか?」
「女神様によると思います」
そうだよな。ってかアーちゃんが戦うところなんて今更だと思うが。。。
(女心だって難しいんだ。女神の頭の中なんて分かるわけないよな)
女心と言えば、、、。

(凛のヤツ…やっぱアイツがいるから俺を避けてたのか?他にも理由があるんだろうか?)
夫婦になって半年になるが彼女の気持ちは分からない事だらけ。いや分かっている事もあるんだが、フォローの仕方が分からなかった。

(多分。楽しむ事を拒否してしまう俺と同類なんだろうけどな)
楽しみを感じるとそれを上回る罪悪感が湧き出てくる俺。
凛の場合、今まで俺のルーティン(日常)だった藤ねえと桜と過ごす生活に変化をもたらす事に罪悪感を感じているように見えた。悔しい事にその点については俺よりも律和の方が先に気づき、彼女が新生活に馴染むよう毎朝手を引いている。

(律和も無事でいてくれよ)
凛にアーチャーが付いているのは確定している。だが律和の情報は全くない。もし現実世界に影響なくこのヘンな世界からフェードアウト出来る方法があったとしてそうしたならいいが大丈夫だろうか?
(律和に何かあっちゃ凛のメンタルはマジでもたない)
常に勝ち気で優雅を心掛ける彼女だが身内には激甘で心配性。しかもヒトを頼るって事に慣れていなくてフォローの申し出を受け入れられず無理してばかり。やはり凛が1番心配過ぎる。
(けど先ずは自分の身を守らなきゃな)

ドーン!
「!」
「………地震!?」
大きく地面が揺れ、ぐだ子と俺はそれぞれ地面から生える剣に掴まる。
固有結界内で普通の地震はありえない。アーちゃん達の戦闘によるものだろう。
丘の向こうできのこ雲が上がったような。。。一体どんだけ派手にやってるんだ?

「ハサンズあと10体ちょいにゃ!とぉっ!やぁ!」
「先生頑張ってー!」
こちらは順調そう。ジャガねえは相変わらず俊敏で、そこにぐだ子が補助魔術を重ねて攻撃力を上げている。アーチャーの状態は分からないが問題ないだろう。アイツに何かあれば固有結界が保たない。よっぽどアッチの戦いで世界そのものにダメージを与えない限り大丈夫だろ。

そして体感5分程経過。。。
「アーチャーくんお待たせ〜☆」
「!」
雨が止み、空が茜色に染まる。そして丘の向こうから戦が終わったらしいアーちゃんが満面の笑みで飛んでくる。黒髪の、ふんわり衣装の霊基姿だ。白い衣装には汚れひとつなく、とても戦闘後には見えない。

「スッキリした〜。りっちゃんの依頼もクリアしたしぃ、久々に運動したって感じ?にしてもヘラちゃんてすっごいタフなのね!霊核まで甦るなんてすごくない?ちょっぴり時間かかっちゃった☆」
恐らく、俺には聞こえないがアーチャーと会話しているのだろう。ふわふわと浮いた彼女の顔の位置は大体アイツの身長くらい。アイツの高さに合わせて楽しそうに喋っている。
「アーちゃん」
楽しそうに話しているところ悪いが彼女に駆け寄り声をかける。

(聞きたい事が多過ぎる)
アーちゃんは…凛だけじゃなくて律和とも関わりがあったのか。依頼って何だ?
依頼を請け負う交換条件とかなかったのか?あるなら何だ?
「律和の依頼って何だったんだ?」
「?」
アーちゃんが身体を大きく横に曲げて俺を見る。
俺には見えていないだけで俺と彼女の間にはアイツがいて、彼女には俺の姿がアイツに隠れて見えなかったってところか。

「む」
「?」
ところがアーちゃんは俺と視線が合うなり頬をぷっくり膨らませ、元の位置に戻った。
「…知らない。私、シロウくん嫌い」
「はい!?」
俺、、、何かした?今朝の塩辛の件を引きずっているのか?

「だって全然、靡きもしないんだもん。女神舐めすぎ。もぉ愛想尽きた」
恐らくこれはアーチャーに言っている。俺のことは完全に無視だ。
「あなた達がそんなんだから彼女が苦しんでいるんじゃない。それもぉ信仰じゃなくて呪いよ呪い!」
(凛が、苦しんでるのか?)
くそ。アーチャーが何て言っているか分からん。チラリとジャガねえを見るがぐだ子と会話中でこちらの話しなんぞ聞いていないだろう。

「あの子は人間なのよ。ちゃんとヒトとして扱ってよね。それよりあなた、別れの挨拶どうするの?」
「……………っ」
アーちゃんは喋っている最中だが、周囲の空間、世界が容赦なく塗りつぶされていく。これは、固有結界から元の現実世界に戻る感覚だ。元の世界に戻ったら、アイツは魔力切れで消えるだろう。アーちゃんが言っていたのは、アイツが凛に挨拶するかどうかって事か。アイツは凛にも見えないだろう。それでも絶対にアイツからは顔を見に行くだろうな。なんだかんだでどっかの俺だし。

〜深山小学校校庭。元の世界に戻った〜

「無事帰ってきたにゃ!」
『マスター!ご無事ですか?』
「ただいまマシュ。エミヤの宝具に入って来たの。全然平気だよ」
ぐだ子、ジャガねえ、俺。全員元の世界に戻ってきた。
雪と泥がグチャグチャなった校庭はさっきのまま。改めて校舎を見上げ、玄関口に向かって走り出す。
3階にある律和の教室。俺たちがここに到着した時、一瞬中で白いものが動いたように見えた。凛は、あそこにいる。もう少しで会える。

「士郎さん!?」
『5分前、校舎の結界が全面解除された。今なら突入可能だ』
「(結界が解除だと?)!?」
聞こえてきたダ・ヴィンチちゃんからの報告。見た目による校舎の変化は分からない。
けれども凛が近くに自分のサーヴァントが居ないにも関わらず結界を解除するなんてありえなかった。

(凛、何があったんだ??)
5分前といえばアーちゃんが戦っている最中。凛から引っ張る魔力量が増えたであろう時間帯。
彼女のコスパは分からないが、あの英霊2体を同時に相手して並の魔力消費で済むわけがない。
凛が、急激な負担の増加で倒れた可能性がある。心配だ。

「くそっ!」
結界と施錠は別。扉に手をかけるが当然鍵がかかっていて開かない。
「任せるにゃ!」
俺に追いついたジャガねえが扉に飛び蹴りをする。
教員が校舎を壊すのもどうかと思うがなりふり構っていられない。ガシャン!と大きな音を立てて扉が外れ、その拍子にガラスが派手に割れて飛び散った。危ないが1人ずつなら通れる。

「サンキュ!」
ジャガねえが先行し校舎に侵入する。遅れてぐだ子が走ってくる気配を背中に感じながら俺は授業参観での記憶を頼りに3階への階段を探した。
ジャガーはこっちを探すにゃ」
「私もついて行きます。士郎さんは?」
ジャガねえは1階を探すらしい。ぐだ子も彼女について行くようだ。その方が安全だろう。
俺には返事をする余裕がない。無視して悪いが全力で走り、階段を駆け上がる。

(律和の…あそこか!)
見覚えのある掲示物。教室の扉に手をかける直前、ガラス越しで探し求めていた彼女の姿を確認する。半分俯いていて表情は分からないが、大丈夫ちゃんと生きてる。

「凛!」
1番窓側の奥。律和の席で彼女はファンシーなデザインの車椅子に座っていた。
「凛」
子供達の机と椅子をかき分け彼女の元へ向かう。
ボーっと遠くを見つめるような顔をした彼女は返事をしない。それでも彼女の名前を呼び、俺はようやく目の前までやって来た。

「凛」
「…っ」
凛は顔を上げない。身長差で表情が見えにくい。初めて見る白くて大きなニット帽が少しだけ前に垂れた。
「凛」
外傷はなさそうだ。わずかに彼女が息を吸う音が聞こえる。そしてー

「………大っ嫌い」

「え!?」
(大嫌いって言った!?)
耳を疑い、慌てて膝を折り凛に目線の高さを合わせる。
泣くのを堪え、涙を溜める彼女の顔は可愛かった。
けど今のは聞き捨てならない。夫婦や師弟である以前に、俺はずっと彼女に惚れているのだ。

「悪かった!遅くなってごめんな!」
「…………」
凛は下唇を噛んだまま返事をしない。
一体何があったのか?でも彼女が怒っている時は大抵俺が悪い。
やはり昨日、ぐだ子達を放置してでも凛を探しに出るべきだったか。

「凛」
どうフォローすればいいか分からず、彼女のお腹に気をつけながら抱きしめる。草原をイメージする彼女独特のハーブの香りに加えて、嗅ぎ慣れない花のような香りがした。いつもと違うシャンプーを使ったのか。未知の匂いが余計に不安を煽ってくる。

「すまない。だが嫌いだなんて悲しい事言わないでくれ」
例えそう思っていたとしても声に出すと出さないでは全然違う。
凛に捨てられてしまっては、俺はどうすればいいかわからない。どこに向かえばいいか分からなくなる。
頼むから、そんなこと言わないでくれ。

「…………」
「…………」
ずっと薄着で寒い教室にいたせいか、魔力不足だからか。外から来たばかりの俺より、彼女の方が冷たい。あしらいもしないが、いつもなら背中に回してくれる腕は上がってこず、ただ俺が一方的に抱きしめる。布越しで感じる鼓動にしか安堵出来ず、少しだけ抱擁を強め耳をすませた。今は、返事を待つしかない。

「…嘘。大好き」
「!」
いつもの、鈴を転がしたような声。
声の主の顔を見たくて、抱きしめていた身体を少しだけ離す。
凛は、優しく微笑んでいた。海色の瞳が弧を描き、頬を涙が伝う。俺は彼女の濡れた頬に指を這わせ、静かに唇を重ねた。いつもより冷たくて乾いてる。でもちゃんと柔らかで繊細で、ようやく俺の妻を感じた。

「サーヴァントアーチャー、消滅確認完了です。マスター」
「!」
背後から、淡々とした…凛とそっくりな、けれども冷たい声が聞こえた。
(アーちゃんか)
固有結界から戻ってきた時、元々姿が見えないアーチャーだけでなくアーちゃんの姿も見当たらなかった。霊体化して先回りし、凛の近くに居たってわけか。

「ありがとランサー」
(ランサー?)
「!?」
ゆっくりと顔を上げた凛は女の子ではなく、聖杯戦争時代に見たマスターの顔。そんな彼女の視線の先を追い振り向くと、アーちゃんが俺の眼前に刃を立てていた。薙刀のように細くて長めの刃がついた槍。本人はアーチャークラスだと名乗っていたはずだが、なるほど確かにこれはランサーだ。などと呑気に思った。

「…覚めたかしら?」
「えぇ起きたわよ。仕舞ってくれて構わないわ」
「そ。何よりだわ」
彼女の槍が消える。俺を嫌いになったというアーちゃんだが、流石に殺す気はないようだ。
2人はこのまま主従らしく状況確認でもするのかと思ったが、凛が振った話題は意外なものだった。

「お疲れ様。ところであなた、朝ご飯食べた?お腹の空きはいかがかしら?」
「食べてない。神だから別に食べなくてもいいけど空いてるわよ」
凛に向き直る。次は俺が話しかけられる気がした。
「士郎さん。彼女にご飯を用意して欲しいの、お願いできる?」
「あぁ」

やんわりと、でもほぼ命令に等しい。凛は俺に、女神をもてなせと言っている。
そうしたいのは山々だし飯を作るのは構わない。俺も朝食を半分しか食べていないから腹が減っている。
けれども女神アスタルトを満足させる自信がない。そもそも満足させられなかったから嫌われて無視されているわけだし。
そこを説明しようとすれば、先に凛の口が開いた。

「1階の実習棟に調理室があるから行って欲しいの。アーチャーが昨日ご飯の下準備をしてくれてて、レシピもそこに置いてあるはずだからその通り作ってちょうだい」
「分かった…ってアーチャーってアイツ、そこまでやってたのか?」
アーチャーは未来から来たどこかの俺。料理をする事は不思議じゃない。けどアイツがそんな事までするとは考えた事がなかった。

「えぇ。じゃ、お願いね。私、ランサーと少し2人きりでお話ししたいのよ。1階職員棟にある宿直室で寝泊まりしててそこに居るから、お料理の方お願いね。あの女の子にも伝えてちょうだい」
凛が視線を廊下に向ける。扉を開けっぱなしにした入り口からぐだ子がこっちを覗いていた。
「行きましょランサー」
「かしこまりです」
普通に車椅子を扱う要領で、アーちゃんが凛を廊下へ連れて行く。俺は黙ってぐだ子にアイコンタクトをし首を振った。


〜調理実習室へ〜


「………えっと、とりあえず凛さんはアーちゃんと再会出来て無事って事でいいですか?」
「まぁ。そうなんだけど」
(正直凹む)
凛のヤツ。いくら人前だからって塩反応過ぎないか?
マスターとしてのプライド?だからってアーチャーとの別れは悲しむのに俺に対してほぼ無反応ってどうなのさ。俺だってあんなに心配して必死になって探したのに。

アイツがプライド高くて意地っぱりなのは分かっちゃいるが、声に出さずとも抱きしめ返して欲しかった。
まさか俺が居ない数日の間、アーチャーから何か吹き込まれたのか?でもアイツは見えないし声も聞こえないはずだ。会話なんて出来るわけないし。

「まぁまぁ元気出すにゃ少年。次がある。青春はこれからだぞ若者!」
「俺達は夫婦だ。次なんてないし俺は彼女にしか興味がない」
初めて見かけたのは中学の時で、市の陸上記録会。慎二のサポーターとして参加した時、順番待ち中に見た女子競技で最も輝いて目立っていた他校生。一目惚れってヤツだった。慎二にリサーチして貰って同じ学校を受験し入学式で再会。再会と言っても、新入生の挨拶を述べる彼女を眺めただけで面識はない。2年の冬、聖杯戦争直前、一成と彼女の会話に割り込むまでは一言も直接話せた事がなくて、ずっと遠い憧れの存在だった。
こうして夫婦になって貰えたのは奇跡に等しい。

「大丈夫ですよ。ほら、未来の士郎さんだってちゃんと夫婦として続いているわけですからお2人はちゃんと結ばれていますよ」
「む。それは、一理あるな」
まぁ昨晩見た未来の俺の反応を考えると、喧嘩したり家出されたり色々あるんだろうが、一応家族として続いているようだし、少なくとも俺は彼女を愛し続けている。それに新たに子供を作るくらいには、凛だって俺を受け入れているのだろう。

「というか私を警戒しているんでしょうね。まだ初対面ですし。知らない女が夫と一緒にいたら嫌ですよね」
「まさか、ジャガーも浮気相手だと思われてるにゃ??」
「それは………どうでしょうね………」
まぁ確かにそうか。浮気を疑っているかは別として警戒はするだろう。その方が当たり前か。
けどそれなら挨拶ぐらい先にしてもいいと思うが、仕方ない。

「ここですね」
目的の調理実習室に到着する。
「うわ、この感じ懐かしい〜。学生時代を思い出しますね」
(一応俺は現役の学生なんだが)
ぐだ子は楽しそうに教室内を探検する。続いてジャガねえも真っ先に業務用冷蔵庫へ向かって行った。

「これか」
ホワイトボードの前にある調理台。そこには1冊のノートが開いて置いてあった。俺と同じ筆跡、つまりアーチャーの字だ。レシピのページは日本語。そこに少しだけ安心した。
(けどなんでこんな半端なページに?)
パラリと前のページを見ればアルファベット筆記体であれこれメモがされていた。数式やイラストもあるがさっぱり分からない。あと多分筆跡も複数人。凛、アーチャーだけではなさそうだ。

(にしても。何故俺は英語をやってこなかったんだ………)
悲しい事にメモらしきページは1単語もわからない。
中学時代、一時期アルファベット筆記体書けたらカッコいいとかで流行ったんだよな。あの流行りに乗って俺も学んでおくべきだった。今さら後悔する。

「レシピ、分かりました?」
「あぁ。問題ない。すぐ作り始める」
ぐだ子の声で我に返る。レシピは日本語なんだ問題ない。
あと既に下準備されているだけあって、殆ど「焼くだけ、揚げるだけ」。そして皿と盛り付け方まで事細かに指示してくるとはアイツらしい。
ただ量が多いから少し時間がかかりそうだ。

『マスター。通信いいですか?』
「あ、いいよね?士郎さん、私手伝わなくて大丈夫?」
一瞬ぐだ子にアシスタントを頼もうかと思ったがカルデアからの通信が入った。
「あぁ。俺1人で平気だ」
「いざとなったらジャガーが手伝うにゃ!」
それは………遠慮した方がよさそうだな。

〜小1時間後〜

「じゃあ凛達呼んでくる」

テーブルセッティングだけぐだ子達に任せ、凛が待つ宿直室を探す。部屋自体はすぐに見つかり、一応ノックしてから入る。
「食事の用意が出来ました」
6畳の和室。炬燵に足を入れる凛に、アーちゃんがニコニコしながら化粧を施していた。
「お疲れ様。私はランサーと行くから、先に行ってちょうだい?」

(む)
またアーちゃんがいいのか。というかいくら自分のサーヴァントとは言え相手は気難しい女神だぞ?調理実習室までは階段がないから今度は1人車椅子で移動出来るかもしれないが、そろそろ夫である俺を頼って側に居させてくれてもいいんじゃないか?

「なぁ凛。お前移動はその車椅子だろ?女神様に悪いし俺が連れて行く。支度は待つから気にするな」
「え?いいわよ。これ(車椅子)は彼女の宝具ですもの。他の人には触らせられないわ。先行って」
まぁそうかもしれないが。俺だっていつまでも他のヤツに妻を任せたくない。
一応アーちゃんにも目を向けるが相変わらず俺の存在は無視だった。ただ数秒前までのニコニコ顔から一転し怪訝そうに凛の帽子を触っている。

「ねぇリンちゃん。髪型変えた?なんかシルエット変じゃない?」
「ちょっ!ランサーストップ!」
「!」
アーちゃんがヒョイっと凛の帽子を取り上げる。
すると中から現れた髪の毛はまさかのピンク色。うさぎのようにちょっと先が尖ったツインのお団子ヘア。なんか、子供の頃に藤ねえが見ていたアニメキャラにいたような。。。

「きゃーーーー!!見ないで士郎!あっち行って!!」
「え」
頭を見られた凛がパニックになる。
「何のためにずっと避けてたと思ってんのよバカーーー!!」
「やっぱり!私がやってあげた髪型と違うじゃない」
半泣きで喚く凛に対してアーちゃんは逆に不機嫌。頬を膨らませ凛の髪を弄り始める。

「もぉ最悪〜〜!」
「ちょっと!せっかく可愛くカラーリングしたんだから最悪はないでしょ!この髪型はともかく。ってか誰がやったのよこれ?わ、この飾り本物の宝石じゃない贅沢〜」
「……………………」
ギャーギャー言い合いながら、髪の毛をセットし直すアーちゃんと(動けないせいで)されるがままの凛。

「凛。まさかその頭が恥ずかしくて俺の事避けてたのか?」
「うっさいわね!さっさと行けって言ってるでしょうがバカ!」
「こら、動いちゃダメ!」
半泣きのまま無理矢理頭を前に向けさせられた。

(そう言えば)
アーちゃんとファラオが話していた内容に、凛が無理な魔術行使で白髪になったのをアーちゃんがヘアアレンジしたってのがあったな。
あの帽子は防寒ではなく頭を隠す為のもので、それでも俺に見られたくないから接触を避けていたと。
(女心ってヤツか)
元が可愛いのだから今さら気にする事ないと思うが、本人が気にしているのだからしょうがない。
(まぁそんなところも可愛いんだけどな)

結局俺は廊下に出て彼女の身支度完了を待ち、数分後出てきた彼女の移動を手伝わせて貰った。
アーちゃんは嫌そうな顔をしていたが、車椅子に触れる許可も降りて良かった。
因みに凛のピンク髪は隠すことを許されず、そのかわりじゃないがアーちゃんの手で綺麗にセットされた。「ガーリッシュボタニカル」という編み込みと草花を組み合わせた花嫁向けの髪型らしい。小さなライムの実が飾られ華やかな印象だ。

(結婚式の時はこういう髪もいいかもな)
半年前に入籍した俺達だが挙式はしていない。凛の強い希望で、律和が正式な家族になるまでは挙式はしない事にした。順調にいけば7年、いや6年少し先だ。その頃にはお腹の子も小学生なんだな。
彼女のうなじを眺めながら、そんな事を考えた。

〜調理実習室〜

「初めまして。カルデアのぐだ子と申します」
調理実習室に戻ると、ぐだ子達が凛に自己紹介をする。
「夫がお世話になっております。妻の凛です」
それまで髪色を恥ずかしがっていた凛だったが、腹をくくって笑顔で対応していた。
にしても「妻の凛」ていい響きだよな。何度聞いてもいい。

『やぁ凛。私はカルデア責任者代理のサーヴァント。ダ・ヴィンチちゃんだ』
「初めまして。お会いできて光栄ですダ・ヴィンチ女史」
モニター越しでマシュとダ・ヴィンチちゃんも挨拶をする。未来の俺は顔を出して来ない。空間に浮かぶモニター画面なんて初めて見るはずだが、凛はとくに気にした様子はなかった。淡々と対応を続ける。

「失礼ですがアニムスフィアの現当主はご健在ですか?」
『!?』
『ご存知なんですか?』
「知ってるの!?」
想定外の返しにカルデア側が驚く。

「えぇ。随分と前ですが一度お会いした事がありまして」
『ふむ。流石は遠坂家現当主。一応確認だがマリスビリーの方かな?』
う〜ん。俺には何の話かさっぱりわからないが共通の知り合いがいるって事か。
「そのつもりでしたが………結構です。私には未来のお話でしたね」
何かを察したらしい彼女は、困った顔をしながら話を切り上げる。

「恐れ入りますが、お料理が冷めてしまいますので挨拶はここまででよろしいでしょうか?」
『そうだったね。どうぞ。こちらの事は気にせず過ごしてくれたまえ』
凛とアーちゃんを席に案内する。

「わぁ☆すごい懐かしい!地中海料理だわ!」
テーブルに並んだ色とりどりの料理。皿の並べ方など細かい事もアーチャーのレシピどおりに行った。
主役であるアーちゃんは目を輝かせ興奮しながら凛の肩を叩きまくっている。凛はそんな彼女に料理を1つ1つ説明していった。ほぼトルコ料理とのこと。

白インゲン豆と羊肉のシチュー、羊肉のケバブ、ブドウの葉のドルマ(見た目は緑のシソ巻き。スパイスで味付けした米をブドウの葉で包み蒸し焼きにしたもの)、ナンにトルコ風餃子。
「あとこの前話したコロッケだけど、こっちのハート型がジャガイモ、丸いのは食べやすいようにひよこ豆で作って貰ったわ」
「嬉しい!食べる〜」
アーちゃんは大喜び。満面の笑顔で片っ端から食べ始めた。そして勝手にジャガ村も食べ始める。

「コロッケどちらも美味しいわ!アナトにも食べさせてあげたい!」
「残して貰えたら会った時に渡せると思うわよ」
無邪気に笑うアーちゃんはよっぽどコロッケを気に入ったらしい。良かった。
俺は取り皿を持ってきて女神アナトにとコロッケを取り分けておく。

「この通りたくさんあるから、あなた達もどうぞ」
「やったー!頂きます!」
ぐだ子も近くの皿から食べ始めた。俺もこの餃子っぽいのから食べるか。
「凛はどれから食べる?遠いのはとってやるぞ」
「私は要らないわ」
「…………」
凛は大人しく座ったまま大きなお腹をさする。そして俺の沈黙が気になったのか見上げてきた。

「心配しないで。さっきアーチャー特製プロテイン入りスムージーを飲んだばかりなの」
「アイツ…」
またアーチャーか。
「アーチャーもシャドウサーヴァントだって見えないし触れないんだろ?あのレシピもこの料理もどういうカラクリなんだ?」
彼女を迎えに行った時から気になっていた。一体どうやってアイツは凛の世話をしたというのだ。

「アーチャーは、直接はコミュニュケーションとれないけど普通にお料理は出来るわよ?」
「どういう事だ?」
シャドウサーヴァント達は、俺たち人間に見えないだけで普通に物には触れる。だから料理するのは問題ないし、手袋越しで握手する事だって出来る。会話出来ないのは不便だが、鏡には映るらしくコミュニュケーションは7割取れたそうだ。

「それに、神性持ちほど実体化しやすいみたいなの」
アーチャーのように全く神性がないサーヴァントは透明。ヘラクレスのような半身ならシルエットが見えるし、会話も出来るらしい。
「だから私のキャスターとは普通にお話出来るわよ」
「ちょっと待てキャスターもいるのか?」
しれっと他にもサーヴァントを使役していると聞かされる。ただ見た目彼女の手の甲には令呪がない。代わりにアルファベット筆記体で謎のメモかメッセージが書かれている。

「えぇ。りっちゃんにつけてるから別行動なんだけどね。あの魔獣とかアナト側のサーヴァントって基本的に私を狙ってきて危ないから定期連絡だけして離れて行動しているの。あの子も無事よ。だいたい商店街にいるわ」
「!」
やっぱりそういう事か。凛には聞きたい事が多過ぎるし、そこまで出来るのに俺を避けていた事には文句を言いたい。けれども彼女が続けて口を開きタイミングを逃してしまった。

「けどまぁこのタイミングでアーチャーが退去するのは想定外でね、調理できる人がいなかったから貴方が来てくれてよかったわ。古代中東って神様に沢山お料理を捧げなきゃいけないのよ。初日は口に合うものを用意出来なかったからリベンジできてよかったわ。ありがとうね」
「……」
ようやく彼女がにっこりと笑う。

(ズルい)
この女。分かっちゃいるけどズル過ぎる。いや惚れた弱みってヤツなんだろうけど、突然そんな笑顔を作られちゃ見惚れるしかない。
「…そりゃどうも」
そして喉まで出かかったはずの文句が引っ込み、言い逃してしまった。

「ねぇリンちゃん。ところでビールないの?甘いヤツ」
アーちゃんはまだノンアルコールの筈なのにまるでほろ酔い。上機嫌に酒を要求してきた。
「用意は出来るけど今飲むの?大丈夫?」
「だ〜いじょ〜ぶ〜♪加護なら任せて!」
凛の両肩を撫でたり揉んだりするアーちゃん。コイツ、絶対絡み酒になるタイプだ。

「お酒!?ジャガーも飲むにゃー!」
「あ、私はノンアルでいいので何か飲むものください」
便乗するジャガねえとぐだ子。いいけどマイペース過ぎないか?戦い前だぞ?
「じゃあ士郎さん、レシピならノートの後ろの方にあるからお願いね」
「………はいはい。分かりました」
結局俺は言われるがまま調理スペースへと席を立つのだった。

〜ぐだ子視点に戻る〜

「全部美味しかった」
ご飯のシメにザクロジュースを飲み干す。お腹いっぱいだ。
トルコ料理って初めて食べたけど多分日本人でも食べやすいようにアレンジされてて美味しかった。
アーちゃんも満足そう。

片付けを手伝いながらお父さんにも美味しかった事を伝える。お父さんは「難しい事は全部終わっていたから」と謙遜していた。あとお母さんから聞いたというこの世界でのサーヴァントについて教えて貰った。見える見えないの違いは神性らしい。そして見えないだけで彼らが物理作業をする事は可能。だからエミヤはご飯を作ったりお母さんの世話をしていた。

(にしてもお母さん意外とピンク髪似合う。可愛い)
お母さんは魔術行使のしすぎで白髪になったのをアーちゃんの手でピンク髪にされた。それが恥ずかしくてお父さんの事を避けていたと。。。
(お母さん、、、可愛い過ぎるでしょ)
恥ずかしくて好きな人を避けるとか乙女だよ乙女!そうだよね。このお母さんて私より年下だもんね。まだ女の子だもんなぁ。なんて可愛いんだ。頭撫でてみたい!

ほろ酔いアーちゃんが自慢してきたお母さんのヘアメイクもすごく似合ってる。
アーちゃんも中学生が花嫁のコスプレしたって感じの可愛い見た目だけど、お母さんはもぉ女神の領域!今日はマタニティドレスみたいな清楚な白いロング丈ワンピースに緑色のショールを肩にかけている。足元はもこもこしたルームシューズ。ピンク髪は三つ編みしながら可愛くまとめてあって、ギンバイカとライムが飾られていた。そんな可愛らしい格好なんだけど臨月らしくお腹は大きくてすっごく神々しい!聖母ってこの人をいうんだなって思った。

(服もアーちゃんの趣味なのかな?)
私には弟も妹もいるのでマタニティな母の姿は何度も見ている。けれどももっと都会に馴染むカジュアルな服ばかり着ていたイメージだ。恐らく今日のはお母さんの趣味ではない。あとさりげなく華奢なネックレスにイヤリング、ブレスレットまで装備していてどう見てもお金持ち。倹約家なお母さんはフォーマルな場に行かない限りここまで着飾らないぞ。

ただ私への対応にものすごく壁がある。警戒されてるのも仕方ない。お母さんは私も知らないカルデアの初代所長と会った事あるみたいだし、世代的にオルガマリー前所長の事も知っているかもしれない。それなのに別人、しかもサーヴァントが今のカルデアの責任者と名乗れば不審だよね。私達が本当にカルデアの者なのか疑いたくなっちゃうよね。
(かと言って所長が死んだなんて言えないし)
だからお母さんはいろいろ察して会話を切り上げてくれたのだ。

単純でお人好しなお父さんとは全然違う。お母さんもお人好しではあるけど頭が良すぎる。その場凌ぎの言い訳とか、適当な嘘は絶対無理だ。
駆け引きとかそういうのも無理だろう。常に主導権を握るお母さんに口で勝てる人なんてそういないぞ。
一度ダ・ヴィンチちゃんに任せた方がいいかな。仲間に入れる為の交渉術が欲しい。
緊張するけど話しかけてみよう。

「凛さんすみません。今後の作戦会議をするのですが、お時間頂けないでしょうか?」
「私?生憎私はカルデアのお仲間ではありませんよ?身内だけでされた方がいいんじゃないですか?」
(ですよね!)
お母さんの言うとおりだよ!でもお母さんに加わって欲しいんだよ!
っていうかお母さんは私が誘ってるって理解している。その上で断っているのだ。

「士郎さんは本人に聞いてみないとですが、私はランサー達のマスターです。彼女がご機嫌なうちに終わらせたい案件もありますから」
(あ〜。アーちゃんね!アーちゃんはカルデア嫌いって言ってるもんな〜)
アーちゃんも本当はランサーだったのにアーチャーのフリをしていたあたり、私達のことは思った以上に嫌いなんだと思う。

ただ当の本人は現在酔っ払っていて、ジャガ村先生とワインの飲み比べをしながら眠そうにしている。とても動けそうにない。
さて。どうしようと考えていると、モニター越しで助っ人が声をかけてくれた。

『凛』
「!」
(お父さん!!)
未来の方のお父さんが出てきてくれた。さっきマシュ達が挨拶する時は何故か引っ込んでいたもんね。
流石のお母さんもお父さんの呼びかけには反応してくれる。ただ驚いても喜んでもなくて、顔が固くなった。

『あー…どうした?その頭』
「!(凛は学生士郎を睨む)」
「お、俺じゃないぞ!!」
(ちょっと!お父さん!!)
最悪!なんでピンポイントで地雷踏みに来るのさ!うちのお父さん信じらんない!お母さんめっちゃ怒ってるじゃん!

「アーちゃんが可愛くアレンジしてくれたの!いいでしょ〜」
慌ててフォローに入るが、思わず声がちょっと震えた。
モニターの向こうではダ・ヴィンチちゃんがお父さんに肘でツッコミを入れている。
静まり返って緊迫した空気。
「……………」
少し経って、お母さんが深呼吸をする。よかったキレてはいない。

「こんにちは士郎さん」
『こんにちはじゃない。こっちの凛はお前に魔力を取られて昏睡状態なんだ。もちろんお前が悪いわけじゃない事は分かってる。だがこっちの身も考えて欲しい。せめて現状くらい話してくれないか?特異点化して数日経ってるんだろ?お前なら殆ど調査が終わってるんじゃないか?』
お父さんはさっきのアホっぽい挨拶から一転し、苛立った口調でお母さんに協力を要請する。単に相手が若いお母さんだからってだけじゃない。お母さんが実力者だから信頼しているんだ。

「……………」
お母さんは一度アーちゃんを見る。ついにテーブルに突っ伏してしまい、若いお父さんが水を持って話しかけるが動かない。お母さんは仕方ないと盛大にため息をついてから、話し合いに応じてくれた。
「言っておくけど私がしているのはそっちの尻拭いでもあるんだからね。いいわ、10分くらいなら付き合ってあげる。ただ私が提供できる情報は多くないわよ」
若いお父さんやジャガ村先生たちがいるテーブルとは離れた席に座る。聞かれてもいいけれど、話に参加されても脱線しそうなのでここにした。

『では早速。凛、キミは特異点が何なのか知っているかな?』
「えぇ。なんか癌細胞みたいなものなんでしょ?聖杯もしくはそのカケラを使って部分的に世界が歪んだ場所って聞いてるわよ。大きな7箇所の修復は終わったけど、広がった時空の歪みでこういう事が起こるとか。特に水着、ハロウィン、クリスマスの時期は気をつけろって聞いたわよ」
癌細胞…言われてみればそうかも。転移とか再発する事もあるし。ただ水着の時期とか、、、よくそんな事まで知ってるなぁ。

『話が早いのはけっこうだが、誰から聞いたんだい?魔術師であってもそう知られていないはずなんだけど』
「私のサーヴァントからです。令呪も聖杯からの魔力バックアップもありませんが、聖杯からの知識は作動しているようでして」
へぇ。聖杯からの知識って本当に便利だよね。
『聖杯のバックアップなしで何体もサーヴァントの使役をしているのか!?』
「そうよ。偶々よ偶々。アーチャーしか呼ぶ気なかったもの」
カルデアの特殊なシステムはともかく、サーヴァントの召喚使役はマスター1サーヴァント1が通常だ。

『偶々って何だよ…』
「何って、呼んだのに見えないから気づかなかったのよ。失敗したと思ってもう1回召喚したけどやっぱり誰も来なくって諦めていたらランサーが普通に来たのよね。ピンポ〜ンて」
呑気にインターホンを押す仕草をするお母さん。内容は出鱈目だけどアーちゃんの話とも矛盾がない。
「あと魔力消費が激しいから2回チャレンジした後は殆ど歩けなくって、りっちゃんに引っ張って貰ってやっと地下室から這い出たのよね。パスの確認する余裕がなかったの」
お兄ちゃんが居てくれて本当によかった。

『じゃあアーチャーとキャスターを召喚した後に、アーちゃんと契約したって事かい?』
「えぇ。そうなります。まぁ彼らが居るのを知ったのはランサーとの契約後ですけど」
今までの話を整理するとお母さんはサーヴァント召喚後アーちゃんと契約。その後にお兄ちゃんが外に出てそのままキャスターに任せた。それからアーちゃんを残してアーチャーと2人で家を出たって事だね。

「キャスターには直接会った事あるんですか?」
「ありますよ」
本音としてはそんな簡潔にではなく詳しく教えて欲しいんだけど、お母さんはわざと質問内容にしか答えない。それが拒絶のように感じてしまってちょっと寂しい。

『真名は何なんだ?』
お父さんストレートだなぁ。私でさえ慎重に聞いてるのに。絶対お母さんへの刺激になっちゃうよ。
そしてその予感は的中し、お母さんは明らかに嫌そうな反応だった。
「ちょっと士郎さん。貴方聖杯戦争の経験者でしょう?そんなすぐに自分のサーヴァントの情報を流すわけないじゃない」
ですよね。カルデアにいると忘れちゃうけど真名隠す方が普通なんだよね。

「それにそのうち貴方達も会うわよ。キャスターは見えるもの」
(つまり…)
サーヴァント達は神性がないと見えないのだから、キャスターは神性持ちの誰かなのだろう。
「じゃあ私、息子と連絡をとる時間だからそろそろ失礼するわ」
お母さんは車椅子ごとテーブルから身体を離す。
もう少しで12時。毎日この時間にお兄ちゃんとコンタクトをとっているのかな。
けどこの状態でお母さんを逃しては次がない。まだ5分も経ってないと思うし引き止めないと。でもだらだら長引かせる内容は絶対逆効果。

「あの、単刀直入に言います。この特異点修復の為に凛さんの協力は不可欠なんです。仲間になって貰えませんか?」
「嫌よ。答えはNO。私は冬木のセカンドオーナーやマスターとしての責務があるもの。修復は後よ」
え〜??

特異点は修復される事でなかった事になる。無駄に魔力だけ消費することくらいキミなら理解していると思ったが?』
「そうですね。私の行動は歴史に残らない為一見無意味でしょうね。未来の自分の負担が長引くだけだと理解しております」
お母さんは特異点もだし、自分がやらかしている事もちゃんと理解している。
「ですが貴方達カルデアが記録してくれますし、私のアーチャーはともかく高次元の神霊なら記憶として残ります。心の贅肉だとは思っておりますが、完全に無駄ではありません」
出たよ心の贅肉。私知ってる。大抵この台詞が出る時はお母さんが自ら苦労にし行くパターンだ。

『確かに、歴史に残らない出来事も私達は記録しておきますね』
マシュとダ・ヴィンチちゃんが頷く。しかもダ・ヴィンチちゃんに関しては遠回しに頼られていることが嬉しくて若干喜んでいるようにも感じた。
「士郎さんだって忘れただけで経験しているはずよ」
『…かもしれないが。本当に覚えていないし凛も律和もこの事件に関しては本当に知らなさそうだったぞ』
当事者すら覚えていない。それが特異点なのだからしょうがないね。

「けど記憶にも記録にもないだけで絶対に影響はあるわよ」
『ふむ。その可能性は大いにあるね。我々は特異点にしか行かないからその後の様子を知らないだけだ』
『そうですね。カルデアがアフターフォローをする事はありません。つまり影響がなかったと証明する事が出来ません』
多分お母さんが言う事は正しい。

例えばバビロニアの賢王ギルガメッシュは史実の時系列どおり、特異点修復と同時に死んで冥界に下った。あの世界の冥界はエレちゃんしかいなかったけど、地上でイシュタルが彼の宝物庫を荒らし警報器を鳴らした時にエレちゃんが彼を派遣していたあたり、修復後の冥界はエレちゃんだけでなく賢王も居るはずだ。そういう「史実に影響しない程度」で特異点が影響している可能性はけっこう高いと思う。
ただお母さんがあげる理由は想定外。私とお父さんにクリティカルヒットするものだった。

「だって士郎さん、未来の私と今でも夫婦として続いているんでしょ?正直この事件が起きなかった私ならりっちゃんを養子にとったあたりで離婚しているわよ?私、子供達連れて家出する気満々だったもの」
(お母さん!?)
『なっ!!なんだってぇ!!』
ガチャーン(未来士郎が椅子から落ちる)
え?え?どういう事?
モニターの向こうではお父さんが撃沈して………カメラの範囲外まで崩れ落ちてしまった。

「けど今は…私のアーチャーと再会して色々改めたわ」
お母さんは儚く微笑んでいた。
(お母さん………)
ここはポジティブに考えよう。
何があったか分からないけれど、お母さんはエミヤと再会した事によってお父さんと今後も歩もうってなったんだね。
これっていい事だよね?ありがとう特異点。えぇ??

「という事で私は特異点であるうちにやるべき事があるんです。ですがご存じのとおり、私は先ほど主戦力であったアーチャーを失いました。息子達と作戦の立て直しを要しますので失礼致します」
「………はい。引き止めてすみませんでした」
今でこそよそ行きのビジネススマイルを浮かべるお母さんだけど、多分本当は困ってて焦ってて一刻でも早くお兄ちゃんの声を聞きたいだろう。お兄ちゃんの安否確認は彼女にとって安心材料。邪魔は出来ない。

「出るのか?」
介抱に忙しそうだった学生お父さんがこちらの様子に気づき、急ぎ足で寄ってくる。
さっきの離婚云々の話、こっちのお父さんには聞こえなかったといいな。
「部屋に戻るわ。電話する時間なの」
「分かった」
お父さんは教室の扉を開けお母さんの後ろに回って車椅子を押し始めた。

「士郎さん?すぐそこなんだし私は平気よ。それよりランサー達どうにかしてよ。完全に潰れちゃってるじゃない」
見ればアーちゃんどころかジャガ村先生まで完全に潰れている。古代のお酒はアルコール度数が低いと聞く。アーちゃんてばその感覚で飲みすぎちゃったんだろうな。イシュタル様も偶にやらかすもん。
「ダメだ」
(!)
お父さんの、怒気をはらんだ声が聞こえてきてちょっと驚いた。滅多に怒らないタイプの人だからドキりとする。声の方を見たけど、扉に向かう彼らは背中しか見えずその表情は分からない。

「凛。アイツはもう居ないんだ。お前を1人には出来ない」
「1人じゃないわよ!赤ちゃんがいるもの」
「……………」
ピシャリと扉が閉まる。

『すみません。お力になれず』
『名残り惜しいが仕方ない。人の心はそう簡単に動かせないものだ』
完全に閉じられた扉を見つめる。

親心子知らずとは言ったもので、こうして同世代となった両親と会ってもその心は分からない。
でもお母さんが私達、子供をすごく大事にしていて、その上で自分のサーヴァントも大事にしていて、そんなお母さんをお父さんは大切にしたいんだなって事だけは分かる。
正直そんな両親と、他人のフリをしなきゃいけない事が1番キツい。他の特異点で経験した絶体絶命のピンチより、今の方が辛いと思った。

「あれ?」
ふと床を見ればライムの髪飾りが転がっている。
「お母さんの…」
正確にはアーちゃんのかもだけど、これはお母さんの頭に飾られたものの一つだ。
拾って指先で転がせば爽やかなライムの香りがした。ふんわりリラックスする。

『マスター?どうされました?』
「うん。お母さん…凛さんが髪飾り落としちゃったみたいだから届けてくるよ」
あのサーヴァント2人は大丈夫じゃないけど放っておく分には大丈夫だと思う。
静かに扉を開け廊下に出る。
少し先の角からお父さんらしき影が見えた。静かに、けど速足で追う。
すると2人の話し声が聞こえてくる。

「なぁ、あんな冷たくしなくたっていいんじゃないか?ぐだ子はいいヤツだぞ」
(私の話し?)
思わず足を止め聞き耳を立てる。

「あの子がいい子なくらい見れば分かるわよ」
(!)
よかった。お母さんは私を悪く思ってはなさそう。
「貴方にそっくり。あれでしょ?絶対他人を庇って自分が怪我するタイプでしょ?」
すごい当たってる!なんで分かるの!?
実際反射的にお父さんを庇ってやらかしてしまった。今まではサーヴァントが複数いたから多少無茶してもカバーされて平気だったのだ。

「彼女は特異点修復に欠かせない存在よ。最後まで残さなきゃいけないのにこんなところで怪我させるわけにはいかないでしょ?懐かれて危険なところまでついて来られても責任取れないわ」
「まぁ。確かに」
(お母さん………私を思ってあしらってたんだ)
最後がハッピーエンドになるなら悪役だってする。それが私のお母さんだ。今も昔も変わっていない。

「アンタもよ。士郎」
「俺?」
「現時点のプランだとアンタは最後の切り札になるんだけど、私は使いたくない。特異点と未来のアンタが今後も繋がっているとは限らないと思うの。修復されれば全部元通りとは限らなくて、絶対に例外はある。未来なんていくらでも枝分かれするわ」
「…………………」
そっか。お母さんは子供だけじゃなくてお父さんも、家族みんなが心配なんだね。

「桜や藤村先生も女神と切り離さなきゃ。擬似サーヴァントだなんて言って長時間他人を憑依させるものじゃないわ。きっと馴染ませない方がいい」
「けどどうやって………」
声はだんだん遠くなり聞こえなくなってしまった。ここまでか。

ガチャン
少し経ってから扉が閉まる音がした。お部屋に入ったのかな?
曲がり角から顔を出し覗いてみる。
「あれ?」
1人廊下で佇むお父さんと目が合った。お母さんはいない。お父さん、お部屋に入れてもらえなかったのか。小走りで彼の元へ行く。

「落とし物ですよ」
「悪いな。サンキュ」
「士郎さんは中に入らないんですね」
「正確には入れて貰えなかった。俺には聞かれたくないんだと。律和も、俺には懐かないからな」
あー。お兄ちゃん、重度のマザコンだもんね。
とりあえずお母さんには直接会えそうにないのでお父さんにライムを渡す。
するとお父さんは困ったような笑顔を作ってきた。

「凛のヤツ、口がキツくて申し訳ない。けど別にぐだ子を嫌がっているわけじゃないんだ」
「いえいえ。気にしていませんよ」
お母さんがあぁなのは知っている。むしろこの時点ならお父さんよりも分かっているつもりだ。
「凛さん、外に出る時はアーちゃんと一緒ですよね?調理室には戻ってくると思うのでそちらで待ってます」
アーちゃんと出るならガチの出撃だ。そしたら今度こそついて行こう。無理矢理にでも。

「なぁ。一ついいか?擬似サーヴァントって何なんだ?」
正直なところ、擬似サーヴァントについてはデータが少なくカルデアも把握できていない事が多い。お父さんには私が分かる範囲で説明した。基本は「聖杯が持つデータの中で相性がいい人間」に神霊が降りる事によって擬似サーヴァント化する。

カルデアの擬似サーヴァント達はあくまで既に何処かで出会った擬似サーヴァントのデータを元に召喚された方々です。今回のような現地民に神霊が直接憑依したパターンのデータはほぼありません」
だからさっきお母さんが言っていた心配事が実際どうなのかは私達にも分からない。

「ただカルデアのイシュタル様の元になった女神ですが…」
今のイシュタル様はウルクで出会った「既に擬似サーヴァントになったイシュタル様」
その(ウルクで)出会ったイシュタル様はこうだ。
詳細は分からないが特異点ウルクに訪れた遠坂凛は、イシュタル様の依代になって、、、人間としては消滅。当時のイシュタル様は「生まれ変わったって感覚」と話していたが実際のところは依代も、本来の女神様も融合という言い方で消滅している。

「私達が特異点に行った時、既に遠坂凛は擬似サーヴァントとなっていました。特異点の修復にはそこからさらに1ヶ月以上かかってます。どのくらいの期間彼女が擬似サーヴァントでいたのかは分かりませんが、あくまで現地民による聖杯無しでの召喚だった為特異点修復後も彼女は擬似サーヴァントとして、その後を生きたそうです」
ウルクでの遠坂凛については流石に知らない。賢王もシドゥリさんも生前の彼女については一切話をしなかった。ただ元は日本人で、日本の冬木で生まれ育ったのは確からしい。あと遠坂家の魔術の系統を考えて並行世界を移動する可能性は0じゃない。だから彼女がウルクに行く可能性もなくもないと私は思っている。きっとレイシフト適性も高いんだろうな。

お父さんは顔を曇らせる。
「…結論ウルクにいた遠坂は特異点が修復されても人間に戻れなかったって事か」
「はい」
だからお母さんが桜叔母さん達を心配するのは正しい。
擬似サーヴァントを見慣れてきてしまったカルデアには気づけなかった可能性だ。

「そうか。…俺の凛は、アーチャーが用意したルールブレイカーを持っている。擬似サーヴァントにされた藤ねえと桜から神霊を取り払いたいそうだ」
「なるほど」

ルールブレイカーは分かる。カルデアにもいる大人メディアさんの宝具。戦闘中はダメージを与える他、強化魔術を強制解除する効果がある。ただ元々は強化魔術ではなく契約を強制解除する礼装。お父さんの話ではエミヤはこれを自分に使いお母さんとのサーヴァント契約を切り、魔力供給を絶ってから宝具を使った事で魔力が切れ退去してしまった。マスターの負担を減らしたいという彼なりの愛だ。

お母さんはルールブレイカーを使って、確実に擬似サーヴァントから依代を切り離した後に特異点を修復して欲しいと考えている。だからさっき「修復は後」と言っていた、これなら辻褄が合う。

「この依代から引き剥がされた神霊がどうなるのかが分からないってのが彼女の心配のタネだ。そのまま消えるのか、悪霊のように襲ってくるのかどうか資料を見つけられなかったらしい」
「むしろ初めての試みかもしれませんね」
もし神霊が襲ってきたら困る。だからお母さんは私に安全な場所でおとなしくしていて欲しいんだね。

「凛は他にもやりたい事があるようだが俺が知っているのはここまでだ」
「ありがとうございます」
お父さんがここまで話してくれて嬉しい。これならダ・ヴィンチちゃん達も納得するだろう。かと言って安全地帯に隠れる気はないけど。

「凛は、社会的には名字こそ衛宮だが、遠坂家当主としてこの地を管理する立場と責任がある。修復後の世界を生きる人間として、残る可能性がある問題は全て潰しておきたいんだろ。母親として、子供達の将来を考えてもな」
「そうですね」
ほぼ一般人として育てられた私にとって、お母さんは「魔術を使うお母さん」だった。
けれどもこの時代のお母さんはお父さんの妻で師匠、お兄ちゃんの母で、冬木の管理人で魔術師、学生もしながら初めての出産を目前としたプレママだ。さらにはアーちゃん達のマスターでもある。
(1人で沢山の責任を背負っているんだろうな)

。。。
「お母さん、やっぱりお母さんしてた」
調理室に戻ってすぐ、マシュ達にさっきのやり取りを報告した。
お母さんは私やお父さんの安全を考えて冷たく対応しているだけだってこと。
擬似サーヴァントになった桜叔母さん、藤村先生が心配で特異点修復より彼女達を人間に戻す事を優先したいと動いていること。

『実に彼女らしいな』
あ、撃沈していた未来のお父さん復活したみたい。良かった。
『ですが何故目の前に来たジャガーマンさんには手をかけないのでしょう?』
「さぁ?けどお母さんなりの順序があるんじゃないかな?」
桜叔母さんと藤村先生はどちらも聖杯の持ち主候補。尚且つアーちゃんはどちらが持っているのか知っているのだからお母さんも知っている可能性が高い。持ち主を最後にしたいだろうから、恐らく持ち主は藤村先生。でもってお母さんが次に狙っているのは桜叔母さんに憑依した女神アナトという事になる。

「とにかく、お母さんは絶対アーちゃんがいるここに戻ってきます。次は絶対彼女について出撃します」
って思い出した。それまでに酔い潰れた2人をどうにかしなきゃ。
二日酔いとかなった事ないけど、しじみの味噌汁を飲むのが対策になるのかなぁ?
そう思いながら調理台の引き出しを開けるとインスタントのしじみの味噌汁が出てくる。
(本当に便利だな。この特異点)
快適さだけならダントツでこの特異点が最高だなぁと思った。

〜30分後〜

「失礼します」
アーちゃん達が回復した頃、お母さん達が戻って来た。
真っ先に女神達の方へ向かおうとする彼女を引き止める。

「凛さん。この後出撃ですよね?私も連れていってください」
「嫌よお断り。貴方自分の身を守れる程戦闘力ないじゃない。生憎私はこの通り他人を庇う余裕なんてないんだからね」
いやむしろお母さんこそそんなお腹が大きい状態で戦地に行かないでよ。という本音を一旦飲み込み、相変わらず冷たくあしらってくるお母さんにしがみつく(比喩)。
「むしろここで士郎さんを見張ってて欲しいくらいなんだから」
因みにお父さんを見ればむくれた顔でしっかりと車椅子のグリップを握っていた。ここに来るまでの間に一悶着あったんだろうな。

「私だって戦地での経験はあります。足手纏いにはなりません」
っていうか多分戦闘経験だけなら私の方が多いと思うよ?一応プロだよ?
「そも連れて行けって言っている時点で足手纏いよ。こっちが気を使うじゃない。ただでさえ私のランサーが嫌がってるんだから」
うわぁ。アーちゃんの件ね。これは痛いところをついてくるなぁ。
チラリと彼女の方を見る。今はジャガ村先生と共に味噌汁を啜り和んでいるようだ。
(そうだジャガ村先生)

「私にはジャガ村先生がついています。凛さんに監督責任を求めるようなことはしません。全てこちらの自己責任。勝手について行きますね」
そう。私が勝手についていくだけだから、万が一お母さんとアーちゃんが私達を攻撃するようなことにさえならなければそれでいい。

「なら私達の会話が聞こえない場所まで距離を置く事ね。こっちの士郎さんもだし、貴方達は知らない方が幸せな内容よ」
(何それ??)
よく分からないけど、お母さんが気遣っているのは安全面だけじゃないってこと?
『ほぉ。それは是非とも聞いてみたい。どんな内容だい?』
素で興味津々なダ・ヴィンチちゃん。挑発ではない。本音だ。

「まぁダ・ヴィンチ女史なら平気でしょうけど、マシュさんあたりは落ち込むんじゃないかしら?」
マシュかぁ。マシュは世界一純粋だからな。内容によってはそうかも。
「ランサーが、貴方達を嫌う理由ですよ。アナトが憎む理由でもあります」
(あれ?)
なんだろ?急に胸焼けがしてきた。頭もちょっぴり痛い。けど我慢しなきゃ。

「ご忠告ありがとうございます。でも私、メンタルの強さが売りなのでどんなクレームでも受けて立ちますよ」
「なんで?何故わざわざ苦労しに行きたいのかしら?私の監視のつもりですか?貴方達は修復という仕事があります。前哨戦は現地民に任せて自分の本業に備えておくべきです」
うんうん。分かるよお母さん。突き放しているつもりだろうけど言葉の節々に優しさが表れてる。お母さんてばいっつも気遣いが分かりづらいだけですっごく気遣ってるよね。
大丈夫。貴方の娘はとっても図太くて丈夫です。ここは娘らしい回答をさせて貰いますね。

「単純に、私の自己満足ですよ。そうした方が、きっとご飯も美味しいです」
「!」
お母さんなら目覚めがどうとか言うんだろうけど、私はご飯かなぁ。何にせよ、自己満足の為に苦労をするのは時間やリソースの無駄じゃない。うちはそういう教育だ。

「…ならいいです。こちらの邪魔をしないなら構いません」
「気をつけます」
やったー!ついにお母さんから許可が降りたぞ!
「本当は本当にこっちの士郎さんを見てて欲しいのが本音なんですけどね」
そんなに?まぁお父さんも危なっかしいもんね。
するとお父さんが反抗する。車椅子の前に回り込んでしゃがみお母さんに目線を合わせた。

「バカ言うな。さっきは自力で起きれなかった癖に。気力だけで全然動けてないじゃないか」
(え。お母さんそんなに重症なの?大丈夫じゃないよ)
「動けます〜。ちょっと時間がかかるだけじゃない!」
ムキになるお母さん。う〜ん。このパターンは本当に体調がヤバい時の反応だ。

「どうだか。プロテイン飲むのにストロー使ってるとか明らかにおかしいじゃないか。てかあのコップとかどう見ても小さい子供用だよな?普通の食器すら持てないから食事も俺たちと別々なんだろ?」
「………別にいいでしょ。ちゃんと栄養はとってるわけだし」
あ、お母さんが拗ねたっぽい。お腹を撫でながら横を向いちゃった。

「それにこの後は本当に大丈夫。消費魔力も減る予定だし、終わり次第りっちゃんと合流するもの。それまではランサーがいるし」
(それまでは?)
ちょっと今の言い回しは気になるな。

『それで、この後はどうする予定だい?』
「………」
お母さんはちらっとアーちゃんにアイコンタクトを取ってから視線をモニターのダ・ヴィンチちゃんに移す。
「私のランサーを退去させるわ」
一同「!?」


穂群原学園


「久しぶりだなぁ」
穂群原学園。お父さんとお母さんが2年間通った学校だ。グラウンドが広い。屋上をグラウンドにする都会の学校とは土地の規模が全然違うなぁ。
「アナトは弓道場にいるわよ。いいわね?ランサー」
「えぇ打ち合わせ通り。ここで終わらせるわね」
アーちゃんと並ぶお母さん。彼女を支えるお父さん。そんな3人から少し離れた位置をついて行く。

お母さんの目的は予想通り。桜叔母さんと女神アナトを切り離す事。さらに女神2人には冬木から退去して貰うみたい。アーちゃんとの契約が切れれば消費魔力が減って動きやすくなる。アナトが居なくなる事で魔獣もシャドウサーヴァントも召喚されないから危険度が下がりお兄ちゃんと再会出来る。
結局カルデアもお父さんもついてきちゃったけど、お母さんの中ではアーちゃんが抜ける分自分(とお兄ちゃん)の護衛をキャスターに任せるつもりだった。ってところかな。

(その後は多分)
ジャガ村先生から藤村先生を切り離して聖杯を回収するって事かな?
(やっぱりお母さんはすごいなぁ)
もちろんお父さんもすごいんだけどお母さんは本当に頭がいい。
アナトの居場所特定も、事前に放っていた使い魔で把握していた。
おかげでサクサクと事が進む。

(もしかしてお母さんが今までの特異点修復に同行しくれていたらもっと早く解決していたのかな?)
とか考えちゃうよね。
けどよく思い返せばお母さんてトラブルに巻き込まれやすい体質だから解決も早いだろうけど特異点も増えそうだ苦笑

これが弓道場?私の出身校には弓道部がなかった。ゲームとかでしか見た事がない和風な建物前に集まる。
そんな建物の前でアーちゃんはまるで友達の家に来たかのように大声で名前を呼んだ。
「アナト〜!お迎えに来たわよ!」
し〜ん
「……………」
呼んでから数十秒待ったが固く閉ざされた出入り口は開かない。

「ねぇマスター、ここ建物ごと壊していい?」
(えー?)
「いやダメでしょ。扉だけにしてよ。イナンナ系譜ってみんな脳筋なわけ!?」
お母さんへの「扉はいいんかい」というツッコミはなしにしてそうか、やっぱりアーちゃんはイシュタル様の弟子だもんね。としみじみと思った。

ノックすると言いながら間桐邸を粉々にしたイシュタル様を思い出す。
(イシュタル様。あの日以来本当に見ないけど消えてないよね?)
イシュタル様は行方不明になってから一切情報がない。
お母さんなら何か知っているだろうか?後で聞いてみよう。
今回の特異点は範囲が狭いこともあって、私が気づいていないだけでちょこちょこお母さんの使い魔が飛び回っているらしい。なんでも知ってそう。

「んー…そうねぇ。アフロディーテ以外は口より手が出るタイプばっかりかも」
ギリシャの美の女神アフロディーテはアーちゃんからの派生
「貴方も元(ウガリットで)は非戦闘キャラじゃなかったかしら?」
「えぇそうよ。でもサーヴァントの私はエジプトやフィニキアでの経験を活かした存在だから、手でも口でも手っ取り早い手段を選ぶわよ?」
お母さんとアーちゃんは仲良さそうだなぁ。因みにお母さんは脳筋じゃないけど口より先に手(ガンド)が出るし、だいたいパワーで解決するタイプだ。

「…お出ましよ」
「遅〜い!待ってたわよ!」
「!」
建物の横、影になっている所に黒いホムンクルスのような大きな塊がいた。
先日私を刺したアイツだ。刺された瞬間を思い出す。

(あ、気持ち悪い)
突然吐き気がする。どうしよう。どうすればいいんだろ。
「士郎さん、後ろ見てくれる?」
「後ろ?…!ぐだ子大丈夫か?」
「にゃ!?マスターちゃん大丈夫にゃ?」

ちょっと状況がよく分からない。ただ立っているのも辛くて膝をついた。
「俺のジャンバー敷いたからちょっと横になれ」
「にゃにか持ってくるにゃ?スポドリ飲むにゃ?」
お父さんにされるがまま薄っすら積もる雪の上に敷かれたジャンバーの上に転がる。
正直返事をする余裕がない。

「ランサー。戦闘は任せるわ。指示とか要らないでしょ?」
「当然よ。殺すなでしょ?」
「極力怪我させないで。治癒魔術ですぐ治る程度までよ。生け取りにして」
「はいはい。かしこまりです☆」
ボーっとする頭にお母さんとアーちゃんの会話が聞こえてくる。
あー。ついにあの姉妹神が直接対決するのかとふんわり思った。

「士郎、そこ退いて」
「り…遠坂。お前こそ…」
「いいから。あとリュックよこして」
すぐ近くでお母さんが何かしているみたいだけど、そろそろ目を開けるのも怠い。

(お母さんの邪魔をしないって決めたのにな)
「ごめんなさい」私は心の中で謝った。声に出すのは回復してからでお願いします。

多分お母さんにおでこを触られている。ヒンヤリして気持ちいい。
「あの時の…解呪してなかったのね」
「あの時?」
「はぁ?アンタ一緒にいたでしょ。アンタ達が桜ん家攻めに行った時よ」
「あれか。けど呪いなんて看病したアーちゃんは何も言ってなかったぞ」
「そりゃそうでしょうね」

(呪い?)
う…頭が痛い。そう言えば、前にあの触手?にやられた時、なんか悲しい夢を見たような気がする。
自分の記憶じゃない。誰かの。アーちゃんと仲良さそうな誰か。

「ジャガ村先生、申し訳ありません。私が駆けつけるまでランサーに加勢して頂けないでしょうか?あの子だけでは力不足でして」
「了解にゃ。暴走した生徒を止めるのも教師の勤め。虎に代わってお仕置きにゃ!」
「あくまで生け取り目的ですからね!」
ジャガ村先生、戦いに出ちゃったんだ。
「〜〜〜」
お母さんが何か呟いている。多分呪文だ。日本語でも英語でもない。

「士郎、ちょっとこの子起こして。石飲ませるわ」
「石?ぐだ子は素人みたいなものだぞ。飲み込めるのか?」
「大丈夫。この子なら出来るわよ。飲み込むだけなんだし」
石………あぁ、私はないけど、お父さんやお兄ちゃんが宝石を飲まされるのを見た事はある。
お母さんは宝石魔術の使い手だから、宝石を錠剤みたく飲めるように加工できる。きっとそれだ。
ゆっくりと背中を押され起こされているのを感じた。

「気分はどう?今は最悪でしょうけど、浄化しなきゃいけないからこの石飲み込んで」
「…………」
薄ら目を開ければ若いお母さんの顔。下ろしている左手に小さくて固い石を握らされたのを感じた。
少し離れた場所からはアーちゃんがアナトを追いかけ回していると思われる掛け声がする。

石はこうして実際に握ると思っていたより大きい。
なんかイチゴ風味でイチゴの形をした昔ながらの赤いキャンディーみたいな大きさだ。
これを飲み込むとなれば普通は怖い。喉に詰まらせちゃうんじゃないかと恐怖心が勝る。
けどそうなったらそうなったでお母さん達がなんとかしてくれるよね。

「……………」
(まぁやっぱり怖いんだけどね)
お兄ちゃんだって毎度ビビりながら飲み込んでいたような気がする。
「呪いって何なんだ?」
「話しは石を飲み込んでからにして。あとアンタは自分の身を守るのに専念して。いつ流れ矢が飛んでくるか分からないわよ?」
お母さん達の会話を聞きながらなんとか石を口に入れる。

(やっぱり大きい!こんなの飲み込めないよ!)
こりゃビビる。私、口は大きいけど喉は大きくないよ?
「あらいい子ね。その調子。早く飲みこんじゃって。むしろ早くしないと効果が出ないわ」
お父さんに片手で背中を支えられたまま、お母さんが私の口に手の平を押しつけ早く飲めと圧をかけてくる。
怖。怖いけどなんか魔術師の子供って感じ。お兄ちゃんはこうやって鍛えられたんだな。

ドーン!
「!」
すぐ近くで何かが破壊された。多分弓道場の一部?
そしてその瞬間お母さんに無理矢理斜め上を向けさせられた私は、、、ゴクン。
(飲んじゃった)
破壊音に気を取られた隙、無事に石を飲み込んだのだった。

「どう?」
「えっと。とりあえず飲みこめました。ありがとうございます」
吐き気とか気持ち悪さは…大丈夫そう。
「おかげさまで回復しました。今は平気………です」
とは言ったものの、視界は滲み、冷えた頬を温かい液体が流れ落ちていく感触。

『マスター。今よろしいで…マスター!?どうしました?』
『ぐだ子どうした!?何があった』
「えっと…」
よりによってこのタイミングでカルデアと繋がるのか。。。お父さんとマシュには心配かけたくなかったな。

「いちいちうるさいわね。こっちは取り込み中よ。あと士郎、ちょっとスポドリ買ってきて。師匠命令よ」
「今か?ってかお前立てるようになったのか?」
お母さんも宝石を1つ飲み込む。するとそれまで重そうだった動きがスムーズになった。ここまでずっと車椅子に座っていた彼女がすくっと立ち上がる。ただ…。
(お母さん、、、めちゃめちゃ機嫌悪いな)
「いいから今!職員室の近くに自販機あったでしょ?今ならお金入れなくても蹴れば出るわよ」
お父さんは本校舎へ走っていった。自販機、お父さんでも壊すのかな?

ダ・ヴィンチ女史。彼女アナトからの呪いを受けっぱなしでしたよ。部下の状態管理くらい徹底してください」
『呪いか…それは申し訳ない。数値は問題無かったんだが…今は解けたかい?』
「えぇ呪いそのものは。あとは本人の、心の問題です」
『心の…ですか?』
お母さんは私にポケットティッシュを手渡す。なんだかプレママじゃなくて、本当に自分を産み終わったお母さんみたいだ。私は涙と鼻水を拭く。ふんわりフローラルの香りがした。

「うん………私、女神アナトに刺された時に彼女の記憶らしき映像が頭の中に流れてきたの」
再び彼女と対峙した事で夢だと思っていた内容を全部思い出した。
映像の中ではアーちゃんが沢山笑っていた。いつもアーちゃんに手を引かれていた。とっても仲良しだった。
だからこれは、アーちゃんの姉妹神であるアナトの記憶だと思う。

「どうしよう。アーちゃんがカルデアを嫌いなのは、私達に殺されたからなんだ」
『!?』
再び涙が出てしまう。
お母さんが言っていた「私がしているのはそっちの尻拭いでもあるんだからね」「貴方達は知らない方が幸せな内容よ」というのはこの事だったんだ。
涙と、嗚咽が止まらない。そんな私に代わり、お母さんが説明してくれた。

「私はあくまで女神アスタルトの目線でしか分からないんだけど…」
女神アナトとアスタルトは、血の繋がりは不明だが姉妹神としてずっと仲良し。ウガリットの初代最高神、つまり神々の王様に側室としてお嫁さんになる時も一緒。それから2代目最高神バアルの妃になる時も一緒。そしてエジプトでセト神の妻になる時も一緒。ただ最後、アスタルトがバアルと共にフィニキュアを治める時は一緒じゃなかった。

豊穣神夫婦としてバアルとアスタルトは長年大人気だったが、新たな宗教が生まれ入ってきた時、彼らは人気ゆえ迫害される事となる。彼らは悪魔だったと扱われるようになり、魔術王ソロモンに封印された。
その後ソロモンは使い魔として悪魔を魔神柱に作り変え、カルデアは魔神柱共々ソロモンを討伐する事となった。

「アスタルトとしてはね、醜い姿にされた自分を殺されるだけならいいらしいのよ。なんか人間達の怨念やら呪詛やらぐちゃぐちゃ混ぜ込まれて本当に醜かったとか。でもシステム上殺されてもソロモンの魔術で自動再生させられる。その上殺された瞬間に生み出すアイテムがカルデア側にとって美味しいとかで、レイド戦?だとかとにかく沢山のサーヴァントに囲まれて嬲り殺されるのを繰り返されたんですって。この辺り、覚えはあるかしら?」
すごく覚えてる。もちろん私達としては魔術王を倒す為の必要手段。その上サーヴァントに捧げる為の素材を落とすのだからみんなの気合いも違った。

「そこでアスタルトは死んだ。正確にはアスタロトって呼ばれたかしら。とにかくこの事件を理由に彼女は貴方達が嫌いなのよ。分かった?」
『そんな………』
マシュまで泣きはじめた。確かにこの話は彼女には聞かせたくなかったな。
『あぁ。納得したよ』

『じゃあ、アナトは親友を殺されたからカルデアを恨んでいるのか?』
「んー。この先はあくまで私の想像なんだけど、アスタルトの件で半分だわ。彼女はここで終わったけど、アナトにとっては続きがあるもの」
(続き?)
私が夢で見たのは、ドクターが消えてマシュとカルデアに戻ったところまで。けどこれは私の記憶。女神の記憶は、魔術王との戦いまでだと思う。

『新宿か』
「新宿?」
ダ・ヴィンチちゃんには心当たりがあるらしい。特異点の新宿と言えば。
『新宿で戦った魔神柱バアルも、アナトの夫だったね』
「そうね。バアルが何故貴方達と戦ったのか。本人も色々言っていたかもしれないけれど、アナトとしては敵討ちに行ってくれたと考えるじゃない?けど彼までやられてしまったものね」

「遠坂〜。スポドリ買ってきたぞ」
学生お父さんが戻ってくる。
「ありがと。飲んでいいわよ」
「俺が?お前かぐだ子が飲むんじゃないのか?」
「そろそろあなたの喉が渇いたかと思って。後で走るかもしれないし」
意味わからんと顔に出しつつ仕方なくスポドリを飲むお父さん。

(そっか)
お母さんは、お父さんに話を聞かせない為に席を外させたんだ。
正義の味方を目指していたというお父さん。
私達カルデアという正義側が誰かを不幸にさせたらショックだよね。

「とにかく、アナトが怒っているのはそういう事です。じゃあ私はランサーのところ行くから、さようなら」
「遠坂。行くって女神の戦場だぞ?確かにサーヴァントとマスターは近くにいた方がいい。けど自分の状況を考えろ。その身体じゃ無理だろ」
車椅子に乗りベルトを締めるお母さんをお父さんが止めに入る。お父さんの言う事は尤もだ。

「宝石飲むから大丈夫よ。キャスターにいいヤツいっぱいもらったのよね。宝石の余裕は心の余裕よ☆」
「何が心の余裕だ。身体の余裕がないじゃないか。俺を狙ってぐだ子を刺したヤツなんだろ?」
(宝石をくれるサーヴァント?)
それはそれとしてお母さんに行かせるのは危険過ぎる。お腹の私も心配しちゃうよ。
「私だけなら本当に大丈夫。彼女が桜を依代にしている限り私には攻撃を当てないから。それよりランサーの援護しないと。さっきはただ見送ったけど、アナトはウガリット神話最強の神よ。最高神より強いんだから」
(…実質アナトはお母さんを攻撃出来ない。それで1人行動した方が楽だったのか)

「士郎。私はまだ、私の聖杯戦争が終わってないの。大聖杯の解体とかじゃなくて、マスターとしてのやり残しがある。今度こそ終わらせたいの」
「……………」
お母さんがやりたい事…は、分からない。けれども彼女の言葉からは強い意志が溢れていて、変わらず心配しているお父さんだけどついに黙った。

「凛さん。私も出撃します」
「はぁ?」
お父さんの隣、お母さんの目の前に移動する。
『マスター!?』
だってお母さんだけに任せていられないし。私にだってカルデア代表としての矜持がある。

「女神アナト及びアスタルトの件は、我々カルデアの問題です。私も行かないと彼女にやられたイシュタル様が浮かびませんし」
そもそも話を聞く限りアナトとアーちゃんが殴り合うなんて間違ってる。

「私も、自分で戦いたいんです」

「……………」
「……………」
少々沈黙。
本音を言っておいてアレだけど、じゃあどうやって?と聞かれても策はない。礼装はこれしかないし武器だってあってもあの女神に通用する自信はない。ゲーティア戦みたいに殴り合うかっていうと女の子相手にそれはちょっぴり引けるけど気持ち的にはそんな感じだ。

「………そういう事?」
「?」
お母さんにはてっきり論破されるかと思ってた。けれども彼女はリュックの中を探り紙袋を取り出す。
「これどうぞ」
「?。ありがとうございます」
何だろ?化粧品?ツルツルなプラスチック素材の筒らしきものを掴む。すると…。

「ややっ!?」←筒が喋った
「え!?」
何?喋るおもちゃ?
「え?手が離れない?えぇ!?」
何?私何掴んでるの?

「あ、私ソイツ要らないから使って?」
「何ですかコレぇ!?」
おもちゃが勝手に持ち上がって、っていうか浮いてる!?
そしてソレは紙袋を自分で放り投げた。

「リンさんお久しぶりで〜す☆あれ?あれれ〜?新入りですかぁ??」
「オモチャが喋ったぁぁぁぁ!?」
それは、小さな女の子向けアニメの変身アイテムみたいな?短い杖に星型コンパクトファンデーションみたいなものがついていて更に白い鶏の羽みたいなのが生えていて、、、本当に何これ!?あと指を開こうとしても開かず強制的に握り締められるんですけど!

「ん〜?これはこれは初めまして☆ワタシは愉快型…」
「そういうのいいから!大至急よルビー!」
(ルビー?)
どうやらこのオモチャの名前はルビーというらしい。
お母さん…まさか喋るオモチャともお知り合いだなんて凄いなぁ。

「大至急ですかぁ、あれぇ!?リンさんいつの間にお母さんになってるんですか!?あ、この女性はそういう事ですね!わっかりました!ルビーちゃん、偶には空気読みますよぉ!成人魔法少女は初の試みですがこれからの時代ダイバーシティ!頑張っちゃいまーす☆」
(魔法少女!?)
え?何何?どういう事?まさか私…。

〜謎の白い光に包まれる〜

「意志の固さは誰にも負けない!マジカルダイヤ見参☆」
気がつくと私は思ってもいない台詞が頭に湧いてきて謎のキメポーズをしながらそんな事を喋っていた。

「何ですかこれーーーーー!?」
ニチアサの女児向けアニメに出てきそうなオレンジ色の衣装。フリルをあしらったミニ丈スカートに白いタイツにニーハイブーツ。肩口が膨らんだノースリーブに白い手袋。あと髪の毛が長い。嘘でしょ!?
私成人済みだよ?そりゃこの時代じゃギリ未成年だけどそれもあと数日だし?
そしてお母さんは無反応だし、お父さんに至っては自分の頬をつねってこれが現実か確かめている。

「女の子たちの憧れ!魔法少女ですよ!ダイヤさん!」
やっと手から離れてくれたルビーはイシュタル様たちのようにふわふわと宙に浮く。
「いや、ダイヤってダイヤモンドですよね?本当にどうなってるんですか?これ!」
どう見ても琥珀色だけど!ツッコミが追いつかないよ!

「説明は飛びながらしてやって。急いで」
「了解です!さぁ飛びますよダイヤさん!」
「飛ぶってどうやって?」
一応背中に手を回してみるが羽はない。

「じゃあ今度こそ私行くから」
お母さんは車椅子ごとふわりと浮き上がる。あっちは見た目は車椅子だけどアーちゃんの宝具。だからいい。でも私はただのイタいコスプレだよ!?
「先ずはリンさんについて行きましょう!地面を蹴ってジャンプしてください」
「えぇ!?」
先に飛び上がって校舎の屋上方向へ飛ぶお母さんについていく気で走り出す。すると…。

「えぇぇぇぇぇ!?」
(私、飛んでる!?)
地面を蹴るとみるみる地上が遠のいていく。あっという間に弓道場の屋根を超え、落ちる重力を感じない。
「その調子ですダイヤさん!」
「嘘ぉ!飛んでる!飛んでるよぉ??」
振り向けばこちらを見上げながら走るお父さんが小さくなっている。ちょっと楽しくなってきた。

「もしかして魔法みたいなのも使えるんですか?気を固めて飛ばすとか」
「いいえ!元々使える魔術や肉体を強化するだけです」
じゃあガンドなら使えるからお母さんのみたいに攻撃力が出るのかな?
「ダイヤさんの場合基本は肉弾戦ですね。キックにパンチ。気持ちさえ込めれば威力が上がりますよ!」
「気持ちですね、、、気持ち」
アレね。お父さんが言う最強の自分をイメージして戦うやつ。得意。

「大丈夫。私は絶対勝ってみせます」
まぁ元々勝負しているわけではないんだけど。
にしてもアーちゃん達何処に居るんだろう?お母さんは真っ直ぐに飛んでいくからマスターとサーヴァントとの繋がりで分かってるってことかな?だとしても戦闘中の筈なんだから爆撃音とかしそうなイメージだけど。

「先生お疲れ様です!」
「にゃにゃ?」
お母さんが雑木林に向かって声をかけると木の影からジャガ村先生が出てくる。お母さんはそのまま何か彼女とお話すると私に向き直り報告する。

「この後なんだけど、私は桜を切り離すのが目的だからタイミング見てルールブレイカー使うわね。で、下にいる先生が桜を受け止める作戦よ」
「分かりました。では私がアーちゃんと交代して女神アナトの体力を消耗させます」
お母さんが頷く。彼女が頷くって事は多分、この魔法少女礼装?の効果は確かなんだろう。

「じゃあ上に行くわ」
お母さんは再び宝石を1つ飲み込んでから垂直方向へ飛んでいく。
(アレだけ宝石を飲むって事は本当にイイ石を沢山貰ったんだな)
お母さんのキャスター…神性持ちで宝石持ち。なんとなく顔が浮かんでくるような。
私も彼女に続いてルビーと共に上昇した。

。。。
「寒ぅい!」
「あ、せっかくですしリンさんも(魔法少女に)変身しますか?防寒機能バッチリですよ!」
「結構よ!」
ひたすら垂直方向へ飛ぶ。いつのまにか雪がちらつく程に曇った空は薄暗い。けどお母さんが言う程寒さは感じない。魔法少女礼装のおかげだろうか?

「!」
雲の中に突入する直前、お母さんが呪文を唱えながら頭上に宝石を投げて瞬間的な結界を張る。
すると…。
「きゃぁ!いったぁ!(痛)」
結界の上にアーちゃんが降ってきた。

「ちょっと気をつけてよ。私に落ちてこないでよね」
「そっちこそ、少しは労いの言葉とかないの?」
文句を言い合う主従。
「で、状況は?」
「お察しのとおりです。アナトが強すぎて全然降参してくれないの」
アーちゃんは「あのコ首の後ろ打ってもピンピンしてるんだけど!」と愚痴を溢す。エミヤの固有結界ではクー・フーリンとヘラクレスを同時に相手取ったアーちゃんですら歯が立たないのか。

「最初はジャガ村さんも頑張ってついてきましたけどこの高度じゃねぇ。でも雲の上の方が女神らしいしぃ」
そりゃ雲の上じゃジャガ村先生も援護できない。
「そこでってわけじゃないけど、彼女が直接戦いたいらしいから任せてみる事にしたわ」
「…………えっと?」
アーちゃんはここでようやく私に気づいたかのようにこちらを見る。まるで不審者を見るような目つきで。

「ま、マジカルダイヤと申します…(小声)」
「ワタクシは愉快型人工精霊ルビーと申します〜☆どうぞルビーちゃんとお呼びください☆」
この名前もどうかと思うけど。この格好で普通に名乗るのもなんかヤダ。と思ってダイヤで名乗る。
ついでに相棒だと言わんばかりにルビーも自己紹介した。

「あー。もしかして前に言ってたシロウくんが女の子になっちゃう夢のアレ?」
「それだけど彼じゃなかったわ」
「…あっそ」
待ってお母さん。一体どんな夢見たの?お父さんが魔法少女になるって事?え?
あとアーちゃんは本気のドン引きしないで!私だって好きでこんなカッコしてないのに!

「貴方は桜を受け止めて欲しいから待機しててちょうだい」
「了解です。ちょっと休憩させてもらいますね」
アーちゃんと別れ、お母さんと雲の中を進む。
「私が宝石で気を引くから、好きに戦を始めてね。景気良く1発いくわよ」
「はい!」
お母さんは飛びながら詠唱し、宝石を進行方向へ向かって思いっきり投げた。

バーーン!!
まるで夜空で花火が花開いたかのような爆発音。
雲越しなので爆発規模は分からないけれどそれなりに広範囲なんだろうな。
(ふふ。お母さん、今日は本当に手持ちが余裕なんだなぁ。普段じゃありえない)
な〜んて思っていると視界が晴れて雲の上に出た。そしてすぐ目の前には赤目で白いセミロングの髪を下ろした黒いワンピースの女性。何度も見た黒いホムンクルの中身。桜叔母さんを依代にした女神アナトだ。

「アナトさん!」
「!」
バチーン!
声をかけながら1発平手打ちをする。振り向きざまに殴られた彼女は一瞬何か分からない顔をしていた。

「闇討ちしてすみません。私、貴方の事を止めに来ました!」
「…えっと」
アナトはまだ状況把握できていないといった不思議そうな表情で小首を傾げる。あと全然ダメージは入っていなさそう。
「プ◯キュアのコスプレ?でしょうか」
「この格好は気にしないでくださ〜い!!(恥)」
あ、っていうか髪の毛も長くなったから私が誰か分からないって事?そう思った瞬間勝手に身体が動く。

「意志の固さは誰にも負けない!マジカルダイヤ見参☆」
(ギャーーー!!)
何故イチイチ恥ずかしすぎるキメポーズまでせねばならんのか、勝手に動いた自分の身体は魔法少女のポーズとテンプレな挨拶を発す。
「そしてワタシはパートナー精霊のルビーちゃん☆」
「…あっそ」
アーちゃんと同じリアクションでドン引きする女神様。明らかに目を逸らしている。
幸い今回はギャラリーにお母さんがいない。多分雲の中に隠れてる。

「まぁいいです。それよりアナタですね?アスタルトを集団リンチした挙句私のバアル様を殺した犯人」
「はいそうです」
もちろん集団リンチも殺害も結果論であって目的ではない。だけどこの女神の瞳にはそう映ったのだ。
「ですが私は人理を守るのが仕事。世界の存続、未来を守る為、破壊を目論む敵を野放しには出来ません」
立場上一生相容れないのは仕方ない。だからこうして正面きって殴り合うと心に決めたのだ。

「ウソだ!!」
パシッ
目の前から真っ直ぐに伸びてきた拳を掴み受け止めるようにガードする。
(魔法少女礼装すごい。格闘漫画みたいにパンチを掴んじゃった)
怒っている彼女には悪いが、こちらは初の礼装故使用感が気になってしまう。
それでもアナトは叫び続ける。

「私知ってます!まるで不細工な学友を囲んで脅してお金を巻き上げるように!イルカの追い込み漁のように!ゴジ◯を船と戦闘機で沈めるように!」
「……………」
(何でもいいけど依代のせいなのか擬似サーヴァントは現代ネタが好きなんだなぁ)
「そもそもアナタ達人間が身勝手な理由でアスタルト達を悪魔にするところからウンコなのです!」
「!」
待って桜叔母さんの綺麗な顔でウンコ発言はやめてよ!

「バアル様もアスタルトも星と人間の繁栄を願い秩序を大切にして世界を育てたのです。それなのに人間は彼らの恩恵だと理解しておきながら汚し変質させ葬り、挙げ句の果てには数千年経ったこの時代でも人間同士で戦争を続けている!かつての集落をダム建設で沈ませ、船移動していた美しい湿地を干上がらせ、私達の神殿を爆破と好き放題。そんなお前達に未来を口にする資格なんてありません!」
アナトは叫びながら舞空術の如く蹴りや掌底を打ってくる。本来なら物理法則にのっとり吹き飛ばされるところ、気合いで受け流しながら彼女の話を聞いた。

「アスタルトがどれだけ苦しくて悲しかった事か。そして辛い目に遭わされた妻を守れなかったバアル様のお気持ち。全てを踏み躙ったお前には生まれる権利すらありません!」
「……………」
(ぶっちゃけそんな事言われてもどうしようもないんだが)
言いたい放題しながら尚攻撃を繰り出してくる彼女は確かに強い。人間ならばとうに息が上がっているし、喋るスピードに対して速い攻撃モーションというアンバランスさはサーヴァント戦でだって難しいでしょ。こっちのペースまで乱れる。

「っつ!」
「ダイヤさん!」
打撃は無駄だと悟ったのか。アッパーカットかと思いきや、彼女は指を開きながら手首を捻り私の首を掴み上げた。首にはチョーカーがついているハズだが防御力はないらしい。喉を潰し頸動脈を圧迫する。
控えめに言ってピンチだ。

「今さら大人になった貴方を殺したところで意味はないのですが、目障りですし、これ以上被害者が増えぬよう今のうちに元凶を消して差し上げましょう」
「…っかは!」
(こんなところで死んでたまるか!新宿でもそうだったけど私は、八つ当たりなんかに負けない!)
けれども文句を言いたくとも苦しくて声を出せない。

「ふふん♪苦しそうですねぇ。バカなヒト。神に、逆らうから」
「…ふぐっ!」
苦しい!お母さんに、バトンタッチしなきゃなのに!
「ダイヤさん!気持ちをしっかり!」
そうだ。この魔法少女は気持ちが1番大事。気持ちで身体も強化されるんだから気を張らないと。。。
でも、今更だけど酸欠で頭が回らないよぉ。苦しいのに頭がぼーっとしてきた。

(あ〜何だか女神アナトがダブルって見える)
正確にはお母さんが2人いるみたい。まぁお母さんと桜叔母さんは血の繋がった姉妹なのだから、元々顔立ちとか似てるもんね。。。すると奥にいる方のお母さん?が呆れ顔でため息をついた。

「アンタは助けなさいよ。ルビー」

「!?」
本物のお母さんだった。
そしてアナトが顔だけで振り向く瞬間。彼女の頬に刃を刺す。

「お帰りなさい。桜」
「姉さん!!」
一瞬の出来事なんだけど、スローモーションに見えた。
ルールブレイカーを刺されたアナトから、依代であった桜叔母さんがすり抜けるように外れた。お母さんは間一髪で叔母さんの腕を掴み足元に向かって叫ぶ。そしてー

「ランサー!頼んだわよ!死ぬ気で助けなさい!」
「え?姉さん?きゃあ!?」
(ええええ〜〜〜〜!?)
容赦なく手を離し叔母さんは雲の中に消えた。
感動の姉妹再会シーンは本当に一瞬だった。同時進行で私も解放されてゴホゴホ咳をしていたんだけど、全然描写する余裕がなかった。

「ヒュ〜!素人がノンパラシュートスカイダイビング!リンさん鬼畜〜☆」
「んな事妹にさせないから!パスよパス!キャッチボールみたいなものじゃない!」
冷やかすルビーに反論するお母さん。今のはどう見えてもお母さんが酷いよ!これは鬼畜だよ!
「。。。女神から見てもドン引きなんですけど」
ほらぁ女神様ですら顔を引き攣らせてるよ!

「ランサーなら大丈夫でしょ。万が一うっかりしても地上には先生がいるし?それより貴方呼吸大丈夫?宝石飲む?」
「謹んで遠慮させて頂きます!」
お母さんは優しい手つきで私の背中をさすってくれた。それだけで十分。もう宝石ごっくんは嫌だ〜。

「…アスタルトはうっかりなんてしません。仕事は雑ですが」
依代を失い純粋な神霊サーヴァント状態になった女神アナト。
さっきまで桜叔母さんの色違いみたいな外見だったけど、素の姿となった女神も叔母さんとそっくりな外見だった。お母さんとアーちゃんの主従よりそっくり。桜叔母さんがお母さんより年下だからか、お母さん達に感じた年齢差すら感じない。髪の毛が伸びたなぁ程度である。

「それよりも…バカな母親。私から依代を切り離したって事は直接殺されたいのかしら?」
(そうじゃん!お母さんて依代の桜叔母さんのおかげでこれまで攻撃されなかったって事だったよね?)
「あらわざわざご心配ありがとうございます」
だというのにお母さんはビジネススマイルを作り挑発している。

「けどその前に。実は貴方に会いたいというお客様を招待しておりましてちょうど到着する頃なんです」
(お客様?)
まさか例のキャスターの事?飛べるの?
「へぇ。なら邪魔なニンゲンは退場させないとです…ね!」
(お母さん!)
女神アナトが大きな鎌を顕現させこっちに振り下ろしてきた。危ない!

「んぎゃあ!!」
ガキン!という金属音。
「なっ!?」
(え〜〜!?)
見ればお母さんが片手でルビーを掴んでメイスか何か扱うように刃を弾き返していた。

「酷いですリンさん!痛いじゃないですか!」
「アンタ痛覚あるの?それにどうせ丈夫なんだからいいじゃない」
(お母さん!人工精霊の扱い酷くない??)
確かにルビーは傷ひとつない。あと痛みって本当にあるのかな?

「むしろ白羽取くらいするかと思ってた!」
「今の角度じゃ無理ですよ!ちゃんと計算してください!」
「あぁそれもそうね。ごめんなさい」
謝るところソコ!?

「あ」
そんなコミカルなやり取りをしているお母さんと目が合う。
「今のがステッキの正しい使い方よ☆(スマイル)」
「嘘教えないでください!変身専用アイテムです!」
という会話と同時にアナトが(無言で)再び攻撃してきたのだが、お母さんは車椅子でヒラリと躱しルビーの頭(?)をアナトに向ける。

「因みにいつものガンドも威力が上がるわよ♪」
「あ、それは実用的ですね」
お母さんのガンド見るの久しぶりだなぁと思ったその時。
「「!?」」
ビュン!
明らかにお母さんの立ち位置とは別方向から特大ガンドが飛んできた。

「すご〜い!」
「ルビー?」
「ワタクシまだ何もしておりませんよ!」
アナトは咄嗟に高度を上げ宙返りして躱したようだ。そしてみんな揃ってガンドが撃たれた方角を向く。

(え!?うそ!?)
「驚きました………師匠」
猛スピードでこっちに向かってくる人物は会いたかった私のサーヴァント。
「イシュタル様!」
黒い髪を靡かせて飛んでくる半裸の女神様。見間違えるわけがない。ただ腕が片方なかった。二の腕の真ん中あたりからスパッとなくなっていて白い包帯が巻かれている。

「ヤッホー!みんな元気?愛と美と正義の女神!イシュタル様が帰ってきたわよ☆」
テンション高々に投げキッスまでキメるイシュタル様は本物で間違いない。
「待ってました!でも腕片方どうされちゃったんですか?」
「あーこれ?私が聞きたいわよ。どこやったの?」
イシュタル様はアナトを見上げ問いかける。どうやら彼女との戦いで失ったようだ。

「さぁ?その辺のインフラ復旧にでも使われたんじゃないでしょうか?」
(え?なになに?どういう事?)
「まぁなんでもいいわ」
(いや良くないでしょ!)
かなり心配だが本人はケロッとしている為心の中でツッコミを入れる。

「あ、アナタね。他所のだけど私の依代さん。どうも☆お世話してます☆」
(えぇ〜?この場合女神様がお世話になっている側なのでは?)
と、お母さんも思っていそうだが愛想よく対応する。
「ご挨拶出来て光栄です女神様。息子のお守りまでありがとうございました」
「えぇ!?」
お兄ちゃんのお守り役ってイシュタル様だったの?キャスターじゃないの?

「構わないわ。とってもいい子だったわよ?私のアシンヌに欲しいくらい」
※アシンヌ=古代メソポタミアの女装巫女
「恐悦至極でございます」
何があったか分からないけれどイシュタル様はお兄ちゃんを気に入ったみたい。お兄ちゃん神話オタクだからなぁ。きっとイシュタル様の事も上手く持ち上げまくったんだろうな。まだ小学生なのに。

「さて、アナタにお土産よ」
位置的に見えていなかったんだけど、イシュタル様は頭の上から牛のぬいぐるみを掴んだ。
「あ」
「あ゛〜!」
………と思ったのだけれども、ソレはポロリと雲の中に落ちてしまった。
あとぬいぐるみが喋ったような。

「ちょっとぉ!」
お母さんが(ルビーをこっちにぶん投げてから)雲の中に潜って行った。
「もぉ〜リンさんはママになっても乱暴さんが治りませんね〜」
(普段は優雅なんだけどなぁ)
ルビーはふよふよと飛んで私の横にポジション取る。ついでにイシュタル様に挨拶をした。流石にもう私は挨拶しないぞ。けれども。

「あら。マスターいい格好じゃない!イカしてるわよ!」
イシュタル様的に私の格好はいい趣味らしい。ごめん嬉しくない。

「さてアナト。ここにアーちゃんがいないって事は私がアナタを捕まえる番ね」
「やはりアスタルトのマスターと組んでましたか」
(え〜ウソでしょ?)
さっきの感じお母さんとイシュタル様は初対面みたいだったけど、遠隔でコンタクトとってたってこと?
お母さん、お兄ちゃんとは定期的に電話していたからその時?いつから?

(聞きたい事いっぱいなのに)
イシュタル様はアナトとの戦闘を始めてしまい聞きそびれてしまった。
「良かったですね!イシュタルさんはダイヤさんの衣装褒めてましたよ!」
「あーうん。そうだね」
正直この格好に関しては思い出したくも無いんだけど。カルデアの観測がこっちまで来ないのが幸いだ。

「今さらだけどルビーって何者?遠坂家にいるの?」
女神様の戦闘中。私にはする事が無さそうだ。というか下手に近づいた方が危ない。せっかくなのでルビーにいくつか質問してみようと思った。
なんだかんだでお母さんとは付き合いが長そうな雰囲気がある。

「はい。そうです。それはそれは昔、遠坂家初代当主の時代、偶々訪れた魔法使いが置き土産として課題とさまざまなマジックアイテムを授けたのです。その一つがワタクシでございます。いつも宝箱の中に仕舞われていますが時折りこうして持ち主を魔法少女に変えて悪と戦うのです」
「初代!?」
私にとっては7代も前の話!?

「はい。まぁあまり男性の為には働きませんから2代目とリンさんにくらいしか使われませんでした。それに誰でも魔法少女になれるわけではありません。これは並行世界のその人の能力をこの場に引っ張ってくるものなのです」
じゃあ私にも魔法少女をする世界があるのかというとそうでもないらしく、急かされてお母さんの能力を無理やり私に当てはめたそう。流石にプレママを変身させるのは出来るけど戦わせるのは難しいとの事。

「あとワタクシにも選ぶ権利はありますので悪い事には使えません。正義の味方ルビーちゃんなのです!」
ルビーは多分、人間が両手を腰の脇に当ててドヤ顔をキメる時のポーズをしている。
「先ほどダイヤさんが変身する時お隣にいた赤毛の少年も、昔幼きリンさんが助けてあげました。記憶は消しているのでお互い覚えていないかと存じますが、まさか再会していたとはルビーちゃん驚きです!」
「えぇ!?」
私も驚きだよ!お母さんとお父さんて意外と腐れ縁だったんだね!

「リンさんはあの通り雑で乱暴ですが、幼い頃から当主として1人で頑張っております。ルビーちゃんには永久塩反応なので同じ魔法少女として支えてあげてください」
「はい。もちろんです」
魔法少女はもう懲り懲りだけどね。娘としてのサポートは頑張ります。
そう言えばお母さん戻ってこないな。地上で待っているのかなぁ。

一応防御用としてルビーの柄を握る。お母さんがしていた扱いは確かに雑だったけど、ルビーの防御力は確かだと確信した。
「ところでイシュタル様大丈夫かな?」
2人とも何処まで上に行ったのか…ちょっと私には見えなかった。
アナトはかなり強敵だ。依代を失った事でどうステータスが変わるのか分からないけれど、イシュタル様は腕が足りないのだから不利ではないか?

「落ち着かない〜」
「なら先程のガンド練習でもいかがですか?スカッとしますよ〜☆」
「あー、そうだね。やってみようかな?」
少しは牽制になるかもしれないし。と、上に向かってステッキを構える。
私は遠坂の魔術刻印を受け継いでいない。だから魔術回路の起動だけではガンドを撃てない。
神経を魔術回路に変換し、魔力を指先に集中させる。

「ガンド!」
ボ〜ン!
普段とは威力が桁違い。さっきのイシュタル様のガンドには程遠いけどちゃんと攻撃力があるガンドを撃てた。
「その調子ですダイヤさん!今度は的を絞るイメージで!」
「はい。ガンドー!」
ボシュッ!
お母さんがガンドのようにさっきより魔力を凝縮させたガンドを撃てた。
(これは、確かにスカッとするかも)

。。。

「ってなわけで、マスターのガンドがアナトに当たってスタンした隙に確保出来たわ♪」
「…すみませんでした」
調子に乗って10発くらいガンドを撃ちまくったところ、うっかり女神に当ててしまい、結果オーライでアナトの捕獲作戦が成功した。片手しかないイシュタル様に代わって彼女を縄で縛る。

「最悪です〜。屈辱!屈辱すぎる!こんな人間の、よりによってガンドなんかにやられるなんて!」
(ふ。たかがガンド。されどガンドだよ)
だってイシュタル様のガンドなら電柱だって倒せるし、お母さんでも壁を撃ち抜く。初歩魔術ゆえ威力の幅が大きいのだ。

「あーあ。つまんない!せっかく最強の依代使ってたのにざ〜んねん」
「最強の依代…ですか?」
桜叔母さんの事って魔術師目線だとあんまり知らないんだよね。そんな強いんだ。
「あぁアナトの依代って聖杯のカケラが埋めこまれてるから倒されたサーヴァントの魂を回収出来るのよ」
「えぇ!?」
聖杯のカケラは分かる。けど人間の肉体に埋めるなんて出来るの?

「なんて言うか…魔術師らしい家に養子に出されて幼い頃から肉体改造されたみたいよ。この特異点、他に小聖杯になる人間いないから、召喚したサーヴァントが倒されるとその魂を回収して魔力に変換して次のを召喚していたみたいなの」
イシュタル様が淡々と説明する。魔獣の方は元居た生き物達を使ってアナトが作っていたらしいけど倒されたマナは回収されず全自動でインフラ復旧に使われるそう。恐らく聖杯の持ち主の仕業とのこと。あとアナトも全ての魂を回収できたわけじゃなくて聖杯の持ち主優先だから、取りこぼしも多いんだとか。

「あとサーヴァント召喚は雑でいいやって事でシャドウサーヴァントになったとか。ただ神性持ちには多少敬意を払うつもりでリソース多めにしたから実体化しやすくなったとか」
(本当に雑だなぁ)
「女神として神とニンゲンで差別するのは当然です」
「そこは否定しないけど雑過ぎよ〜」
そのまま話しながら地上へ降りていく。

「師匠こそ依代選びが雑なんじゃないですか?なんですかそのちんちくりん。アスタルトはともかく、グラマー捨てた豊穣神とかマジでセンスないです!」
「酷い!」
思わず本音が出てしまった。
確かにカルデアのイシュタル様が依代としている遠坂凛はけっしてグラマーではない。でも美の女神に相応しい顔とバランス体型と思うよ。
因みに私のお母さんは妊娠出産の影響でイシュタル様のより2〜3カップ上だ。

「いいのよコレは。私の巫女達が命がけで儀式した証だし。あの鈍臭いエレシュキガルでさえ動けるようになった奇跡の体育系だし、本人だって筋トレさえ止めていれば巨乳になれたわよ」
イシュタル様も反論してくれる。ついでにサラッと彼女が貧…いえ美乳止まりの理由を分析していた。
そう言えば激しいガチ運動部を引退した途端に巨乳になった同級生とかいたなぁ。
「それに…」
「?」
イシュタル様は突然ちょっぴりスピードを上げて先を進んでしまい、表情が見えなくなった。

「この依代の時じゃないと、キス貰えないんだもん」
「え?」
「はぁ?」
イシュタル様の耳が赤い。
「どういう事ですか?詳しく知りたいです!」
「相手は誰、いいえどっちですか?師匠!詳しく教えてください!」
これは、絶対美味しい恋バナの予感!気になる!けれどもイシュタル様はどんどん先を急ぎその先を語ることはなかった(残念)

。。。

「いやん!リンさん酷っ………」
地上。正確には穂群原学園の屋上に到着。すると待っていたお母さんがルビーに紙袋を被せ、間も無く私の魔法少女礼装がいつもの礼装に戻った。どうやらルビーを仕舞ったらしい。
「はい☆お土産にどうぞ」
「二度と結構です☆」
お母さんにルビーを持ち帰るよう差し出されたがお断りした。お母さんもそうだったろうけど、この歳で魔法少女はイタイよ。便利だけどやっぱりもうやりたくないというのが本音だ。

『イシュタルさんご無事だったのですね!』
「えぇ。片腕失くしたけど元気してるわよ」
マシュもやっとイシュタル様と再会できてホッと胸を撫で下ろす。
屋上にはお父さんはもちろん、お母さんにアーちゃん、ジャガ村先生と無事元気そうに立っている桜叔母さんもいた。叔母さんは怪我もなさそうでよかった。
アナトはそんな彼女と目を合わせ口を開く。

「ふん。バカな女。さっさと姉を殺せば好きな男だって手に入ったでしょうに」
「!」
「やめなさいアナト。見苦しいわよ」
イシュタル様が手綱を引くが、アナトは叔母さんへの文句を止めない。
「いいえ。二度と会わないでしょうから今のうちに言うべきよ。どうせ忘れるんだし。この私はアンタのちょー黒い嫉妬心を見込んで依代にしたっていうのに、嫉妬や憎悪の対象への攻撃を拒否とか何なの?アンタさえ足を引っ張らなきゃこんな狭い特異点1日2日で攻略できたのに!」

(???)
えーっと。情報が少な過ぎてアレだけど、もしかして桜叔母さんてお父さんの事が好きだったって事?いっつもお母さんとは仲良さげだけど、本当は、少なくともこの時代では恋敵だったってこと?
そう思ってお母さんを見るが牛のぬいぐるみと小声で何か喋っておりシカト。お父さんは空気が分からず首を傾げていた。そして桜叔母さんはというと。

「お言葉ですが勘違いも甚だしいです。姉さんは私のヒーローです。少なくとも姉さんには嫉妬なんかしていません。おバカはそちらじゃないですか?」
「はあぁぁ!?女神に向かってなんて言い草!死刑よ死刑!殺してやるわ!」
「やめなさいってば」
よく分からないけど修羅場?桜叔母さんはムスっと頬を膨らませて横を向く。

「あんな汚い蟲漬けにされといて今さらいい子気取り?初恋まで盗られたってのに自分じゃ戦わないアンタを使ってやったのよ?それを邪魔するなんてこっちは文句しか出ないわ」
「蟲蔵を復活させたのはそっちじゃないですか?あそこは春に姉さんがお掃除して綺麗にしてくれていたんです。憶測で恩を売りつけないでください!」

(マキリの蟲蔵の件か)
間桐邸に攻めに行った時に発覚した彼女の工房が蟲蔵だった件。
どうやら半分は事実で、今からだと1年近く前まで叔母さんは本当に蟲蔵を工房といたようだ。
工房が蟲蔵で肉体改造を強いられたなら私じゃ想像できないくらい過酷だったんだろうな。
「あ、掃除したのは私じゃないわよ。ちょっと知り合いの業者に紹介しただけだわ」
「じゃあ桜は、今はあの蜂みたいな蟲とは一緒に居ないんだな?」
お父さんも会話に入ってくる。ちゃんと叔母さんの事も心配していたらしい。

「居ません。先輩が姉さんとお付き合いをされる前に解決しました。兄さんが退院する頃にはお屋敷も綺麗になって、さすがにその、私(に埋め込まれた聖杯のカケラ)の手術までは終わってませんけどお爺様の問題とか、兄さんの進路とか、全部姉さんがやってくれたおかげなんです!今さら嫉妬とか、恨んでなんか居ません!貴方と一緒にしないでください!」
(お母さん、一体何をやったんだろ?)
何があったのか、それは本人と彼女を依代にした女神にしか分からないのかもしれない。けれどもこの2人の場合は、きっと気持ちがすれ違っていたのだろう。怒る叔母さんに対して女神は少しだけ悲しそうだった。

「あっそうですか!アンタはもうどうでもいいです!もう使ってあげない!」
「えぇもぉ結構です!」
(申し訳ないが体を使われることを名誉だと思うような人間、とくに自由宗教の日本じゃなかなか居ないと思うなぁ)
互いに反対側へと顔を向ける2人。
(もしかして似た者同士なのかな?)
見た目が双子の姉妹みたいだから余計そっくりに見える。

「それよりアスタルトアンタよ!」
「はいはい何ー?珍しくよく喋るわねぇ」
アナトは次にアーちゃんへ怒りの矛先を向ける。因みにアーちゃんはお母さんの髪の毛を弄るのに夢中だ。視線を手元へ向けたまま相槌を打つ。

「結局最後まで復讐しないつもり?アンタがそんなだから何一つ上手くいかなった!」
「別に私、敵マスターさんの殺害は妨害していないわよ?自分がチャンスを逃しただけじゃない。だいたい私って元々軍神じゃないから武力行使得意じゃないし、こんな僻地じゃモチベーション上がらないし?もぉ飽きちゃった☆」
アーちゃんはお母さんの頭に次々と真珠を飾りつけていく。お母さんは偶に頭の角度を無理矢理調整されたりと完全に好き放題されている。こっちも「なんかもぉどうでもいい」って顔してるなぁ。

「それより見てみて!可愛いでしょ?ボタニカルもいいけど、やっぱり顔が私と同じだけあってパールも似合うわねぇ♪ふふっ♪この時代ってこう見たものをそのまま記録できるんでしょ?ファッションショーした〜い」
「真面目に話聞いて!(怒)」
うんうん。アナトは怒っているけど、アーちゃんの作品と化しているお母さんは確かに可愛い。
ピンク髪をローシニヨンにまとめ、パールのヘッドドレスを乗せて、中世ヨーロッパ風ファンタジーのプリンセスって感じだ。
(これカルデアの映像記録に残るよね?後で見返したいなぁ)

「聞いてるわよ。でも私、世界で最も愛らしい女神なのよ?血みどろで野蛮なやり方は似合わないわ。やるならホームで優雅に、徹底的じゃないと…」
「…………」
そう言いながらアーちゃんは妖艶な笑みを浮かべ、ゆっくりと両手をお母さんの首前へ滑らせる。まさかここでお母さんの首を締めたりしないよね?なんだか心配になる。

「ね?」
けれどもアーちゃんは手品のように指先からパールのネックレスを出現させるだけだった。
(ちょっとびっくりしたぁ)
アーちゃんはこっちを攻撃しないだけで味方ではない。お母さんが彼女をどう思っているのかは分からないけど、警戒した方がいいと直感が言う。

「よ〜し完成☆我ながら最高の出来!リンちゃん絶対ニンディンギル向いてるわよ!歌も出来るでしょ?私が直接プロドゥースして最強のアイドルに仕上げてあげる!でもって引退したら国母ね」
「ちょっと、アンタが言うとシャレにならないから余計なフラグ立てないでよ。あと国母にするならウルク一択よ。先にこっちと縁があるんだから!」
一体何の話をしているのかさっぱりわからないけれどフラグ建築は困る。お母さんなら本当に新たなトラブルに巻き込まれそうだもん。特異点が増えそう。因みにさっきからお母さんの胸にしがみついている牛も頷いている。角があるからオスだよね?セクハラだよ。

「もぉ!なんなのよその女!」
ついにアナトの八つ当たりがお母さんに向かう。もし手を動かせたらならビシッと彼女を指差しただろう。
「アンタさえ居なければ、アスタルトもバアル様もあんな凌辱受けなくて済んだのに!無惨で無様に殺される事だってなかった!こんな憎しみ抱く事だってなかった!今だってこんな情けない結果にはならなかった!」
「?」
お母さんはようやく顔を上げアナトの顔を見る。無表情で無感情な顔だ。

「…で?」
(あ、これはまずい)
娘だから分かる。お母さんのこの口調は、完全に敵となった相手への態度だ。
首を傾げて疑問形で返すから分かりにくいんだけど、こう見えて彼女なりの宣戦布告の前触れである。
アーちゃんもそうなんだろうけど、お母さんも「やるからには徹底的に主義」具体的には相手の戦意を喪失させるレベルで叩き潰すタイプ。もちろん相手が誰であろうと関係ない。他人なら尚更。

「で?じゃないわよ!アンタの存在自体が悪だって言ってんの!女神が人間相手にわざわざ直接存在否定しているのよ!ここは潔く自害するところでしょうが!むしろ自害なだけ感謝するべきよ。アスタルトもバアル様も、言い表せないくらいもっと酷い目に遭ったんだから!」
売り言葉に買い言葉じゃないけどアナトの怒りはパワーアップする。叔母さんに怒っていた時より激しい。だというのに、お母さんは無反応だし、さっきは彼女を宥めようとしていたイシュタル様も無言になりお母さんの反応を待つようだった。

「だからなに?親友が化け物に作り替えられて殺されました。見下していた人間に負けて悔しいです。夫が敵討ちに失敗しました。へぇ(棒読み)それはお辛かったでしょうね」
ことごとく敵の地雷を踏み抜いて行くお母さん。これは挑発ではない。純粋な本音だ。
「けどここ冬木は遠坂凛の管理地。私の庭で八つ当たりだなんて神だろうと許可するわけにはいかない。何よりいかなる理由があっても、私の妹に手を出すなんて絶対に許さない!」
お母さんがアナトを直視する。睨みつけているわけではない。けれどもその眼差しからは強い圧を感じた。

「姉さんv(好き)」
(お母さん、イケメン過ぎ!)
いつだってそうだ。わりと自分の事はばっさり切り捨てがちだけど、身内の為なら絶対に身を引かない。ただ…
ここで終わればカッコいい………んだけど相手が再起不能に至るまで追い討ちをかけるのがウチのお母さんスタイル。
怯んで涙目になっている女神相手に、ここでトドメを刺さないわけがなかった。

「だいたい、酷い酷い言ってくるけど貴方何もされていないししてもいないじゃない。親友と旦那が大変な目に遭っていた時、貴方一体何してたわけ?」
「!?」
アナトに注目が集まる。突然自分が責め立てられ泣きそうな顔だ。

「こんな極東まで来るくらいですもの、本気を出せば助けに行けたんじゃないの?例え親友の救出に間にあわなくとも、脱出した旦那の援護くらいは出来たんじゃないの?貴方ウガリット神話最強の神様なんでしょ?結果がどうなるかは別として、自分の家族なら貴方が駆けつけるべきだったじゃないの?」
「…ワタシ…(涙)」
(勝負あったな)
こうなれば飛び火を覚悟出来る勇気ある第3者が止めるか、相手が完全に潰れるまで止まらない。お母さんの論破に対抗出来るのは文系サーヴァントかアーチャーのエミヤくらいじゃないかな?
※まだラス峰は未実装

「自分のことを棚に上げて被害者面だなんてそれこそ女神の面汚しじゃない。他人に八つ当たりしている場合じゃないわよ。全部貴方の身内の問題でしょ?」
「…でも(泣)」
「でも何?」←すごい威圧感
「えっと…」

「……………」
沈黙が続く。
アーちゃんすらアナトを援護せず。
イシュタル様の方は、お母さん寄りの思考だから援護しないだろうな。
ここで女神に味方する性格なら、元より冥界下りなんてしなかったはずだ。
むしろイシュタル様が言おうか迷っていた言葉をお母さんが代弁したまである。

「リン」
(え?誰?)
突然。聞いた事のないイケボにより沈黙が破られた。誰だろう?あと何処にいるんだろう?
「そのくらいにしてあげて。アナトは元々、口喧嘩出来るようなコじゃない」
(牛?)
牛のぬいぐるみが、ひとりでにお母さんから離れ宙に浮く。

「ぬいぐるみが喋っただとぉ!?」
「士郎さん。少し黙っててもらえる?」
(お父さん…苦笑)
怒られちゃったけど、今回は驚くお父さんの反応の方が正しいと思う。そう言えばあの牛についてイシュタル様に聞くのを忘れてたなぁ。

(?)
3度ほど瞬きをした頃、なんとなく牛の雰囲気が変わった。見た目は変わらないけど、魔力による圧を感じる。
するとアーちゃんとアナトの表情が変わった。

「え?ウソ、まさか」
「………バアル様?」

アーちゃんとアナトが動揺する。
「ごめん。ちょっと気配を消していた。こうでもしなきゃ、君たちが本気で向き合えないと思ってさ」
(すごい。見た目とイケボのギャップ)
つぶらな瞳の牛のぬいぐるみから、(プロト)アーサー王みたいな王子様系キラキライケボが発せられている。
ぬいぐるみは無表情の筈なのに、声音からちょっと困っているような照れているような優しい雰囲気が伝わってきた。

「バアル様!会いたかったです〜〜!!」
イシュタル様がアナトの拘束を解く。すると彼女は母親と再会した迷子の子供のように、泣きながら牛を抱きしめた。
「不器用な君にしては頑張った。ちゃんと気持ちを声に出して偉いよ」
「うえ〜ん(大泣き)」
アナトはよっぽど彼に会いたかったのだろう。その様子を、アーちゃんはなんとも言えない顔で彼らを見つめた後、視線をお母さんに移す。

「マスター?」
「私は彼のマスターじゃないわよ?マスター権はりっちゃんになっているわ」
(お兄ちゃんがマスター?)
つまり牛のぬいぐるみを依代に神霊サーヴァントを召喚したってことか。え、マジ?
「呆れた。よく喚べたわね」
アーちゃんが呆れる理由は分からないけれど、最高神を喚んだのだから本当にすごいと思う。

「でしょう?兄さんを召喚するからって私が触媒にさせられるんだもの。この霊基になって過去一驚いたわ」
「イシュタル様のお兄さんなんですか?」
イシュタル様がこの牛を連れてきたので裏で何があったのかご存知だとは思っていたけど、、、あと彼女の兄と言えば双子の太陽神てイメージがあるから他にもいたとか思いつかなかった。

『諸説ありますが、ウガリット神話でのバアル神はメソポタミア神話でアダド神やイシュクル神と呼ばれた天候神と同一であり、アダド神はイシュタル女神の兄で知られています』
マシュが解説してくれる。本当に何でも知ってるなぁ。

「アスタルトも、遠慮なくハグしていいんだよ?」
「結構です。生前だって私からした事ないじゃない」
アナトと真逆。アーちゃんはツンとした態度で夫をあしらう。
そうだよね。アナトの記憶から察するに、この3人はアーちゃん→アナト→バアル→アーちゃんと矢印が出ている。アーちゃんがバアルを好いているかは、正直客観的には分からない。逆にアナトのことは本当に大好きなんだと思う。彼女をバアルに取られて面白くない説まである。

「アナト。リンの言うとおり今回はオレたち家族の問題だ。この世界の人間を傷つけてはいけない」
「でもバアル様。あの人間のせいでアスタルトもバアル様も辛い目に遭ったまま悪者扱いされて、終わってもアイツらだけが正義ヅラだなんて私は許せません。絶対に復讐すべきです」
(正義ヅラ………)
そんな気はないと言いたかったが、イシュタル様に手で制止された。
同様にモニター越しではダ・ヴィンチちゃんがマシュを止めている。大人のお父さんは映ってはいるものの画面の奥の方で待機。不満そうだけど口は閉ざしている。

「別に復讐は構わないわよ?私はアナトのやり方に問題があり過ぎてここでは賛同しないだけだもの」
「うん。そうみたいだね」
逆にバアルはカルデアへの復讐心は無いのだろうか?顔が動かないぬいぐるみとなった彼の心情は、見ていても全く分からない。

「アスタルト。先ずはこのとおり、君の敵討ちに失敗したのは申し訳ない」
「えぇ本当。あの男子学生のノリみたいな?いい歳して若気の至りでやらかしたみたいな?あの負け方はないわよ。本当ガッカリ。別に敵討ち自体は期待してないし望んでもいなかったけどアレはない。以上」
「。。。そうなんだけど。ちょっとオレにだけ厳し過ぎない?」
新宿での戦いってアーちゃん目線だとそんなに酷かったんだ。確かに、教授ばかり目立って魔神柱バアルは印象薄いもんな。申し訳ないけど。

「アナトも聞いて欲しい。確かに俺はカルデアに無様に敗れ去ったわけだけどさ。なんだかんだで結構楽しかったんだ」
「「!?」」←凛と桜、ジャガ村以外驚く
「ほら、オレ達オリエンタル神ってみんな単独行動でチーム戦なんてしないじゃん?結果は最低だけど、神生(人生)初のタッグは楽しかった。相棒も倒されちゃったわけだけど、オレは初めて相棒を信頼する事を覚えて、誰かに後を託すってのをできて、安心して生を終えることが出来て、すごくいい経験になったんだ」

彼の口調は、すごく穏やかだった。
新宿で対峙した時には一切考えなかったけど、思い返せばアラフィフ(魔神柱バアルの相棒サーヴァント)も特異点を楽しんでいた。ついでにアサシンもマイペースに楽しんだだろうし、一緒に攻略したオルタ達もノリノリだった。流石に意思疎通出来なかったアベンジャーや、淡々と仕事をこなすエミヤオルタの心情は分からないけど。

「だからオレは許す。もちろんアスタルトを虐めた事は許さないけど、オレが殺された分は許すさ」
「別にこっちも好きで兄さん達の相手していないわよ。文句は自称魔術王に言ってよね」
「まぁそっちはおいおいね」
バアルが短い腕?前足でアナトの頬を撫でる。
「ごめんねアナト。オレと、アスタルトが道を間違ったから君を泣かせてしまった。ね?」
「…………」
恐らくアーちゃんに目配せしているのだろう。アーちゃんはそっと目を閉じた。

「マスター」
「なーに?ランサぁ!?」
「!?」
突然アーちゃんがお母さんの首に抱きつく。

「ありがと大好きよ。アナタは最高のマスターだったわ。今度会っても幸せにしてあげるv」
「うん。最後のは丁重に辞退させて頂くわ。二度と会わない事を願ってます」
(あ)
ふと思い出した。
お母さんは、アーちゃんを退去させると言っていた。恐らくそれが今なんだ。

「バアル様。当然この後の流れは打ち合わせ済みなんでしょうね?」
「あぁもちろん。リンの出産の加護についてはオレが引き継ぐよ。安心して。期限24年MAX6人まではオレが責任持って確実に守ると約束する」
なるほど。お母さんの出産を加護するアーちゃんが退去するから、今後はバアルがサポートしてくれるんだね。
今思い出したんだけどこの牛のぬいぐるみには私も見覚えがある。

「あ、すみません。そんなに作る予定ないのでこの子だけで結構です」
「大丈夫大丈夫☆遠慮しないで!お金取らないから☆」
(お母さん。本当に遠慮しない方がいいよ)
だってこの先、20年かけて弟・妹まだまだ増えるよ。
そしてなぜか、誕生記念の写真には必ずあのぬいぐるみが写り込む。きっと未来、私の世界のお母さんの横にも居るんだろうな。アレって神様だったんだ。

「じゃあ士郎さん。ランサーに餞別渡してちょうだい」
「あぁ」
「?」
(餞別?)
お父さんはお母さんのリュックから小さな紙袋を取り出す。少なくともルビーを封印した袋ではない。

「残り物で悪いが、凛が保温の魔術をかけている。2個ずつ入っているから仲良く分け合ってくれ」
アーちゃんは中身を覗いた瞬間目を輝かせる。
「コロッケ!!アナト!コロッケ献上されたわよ!」
「?」
アーちゃんはバアルを掴んでノールックのままお母さんに向かって投げつける(多分本人にそんなつもりはない)。そしてアナトにコロッケを紹介して一緒に食べ始めた。

(コロッケ…)
今日の昼食を思い出す。確かにアーちゃんはコロッケを気に入っていて「アナトにも食べさせたい」と言っていた。でもってお父さんがその分を除けた記憶がある。アレか。

「何何?なんか特別なヤツなの?」
「今日のお昼ご飯用にエミヤが作り置きしていたジャガイモコロッケと、ひよこ豆のコロッケです。お昼の時は士郎さんが揚げたてを用意してくれて、アーちゃんも気に入ってくれて彼女にも食べさせたいと」
イシュタル様にも残せばよかったかな。と、反省するが意外な反応が返ってきた。

「あーアレね。うんうん美味しかったわ。りっちゃんも気に入ってたわよ」
「イシュタル様も食べたんですか?」
聞けば昨日の夕飯がソレだったらしい。エミヤがテイクアウト弁当にしてくれてお兄ちゃんとイシュタル様に持ってきたんだとか。

「私がウルクにいた時も毎日神官達が沢山の料理を献上してくれたわ。各都市で神々が集まって近況報告しながら食べるの。料理の献上は、信仰の基本であって全ての神々が確実に喜ぶものよ」
見ればアーちゃんはもちろん、アナトも嬉しそうに食べている。
視界の端では桜叔母さんがお父さんにレシピを尋ね、ジャガ村先生は自分もまた食べたいとリクエストしている。バアルは再びお母さんの胸にしがみつき、お母さんはそれぞれを眺めるように観察していた。

「ごめんねアナト」
賑やかな屋上の中心。アーちゃんの澄んだ声に釣られ仲良く並んだ姉妹神に注目する。
「最後はあぁなるって、自分もバアル様も悲惨な最期になるって知っていたから、アナタをフィニキュアに連れて行かなかった」
(そうだったんだ)
ずっと仲良しで一緒だった姉妹神。どうしてアナトは最期の地フィニキュアに行かなかったんだろうと思っていた。

最高神地母神はどんな最期も受け入れるべきだと思うけどアナトは違うから。アナタには自由があるもの。ずっと美しいままでいて欲しかったし、醜い姿にされる私を見られたくなかった。別にアナタからバアル様を取り上げる気はなかったわ」
「それは、分かってる。けど最期まで一緒に居たかった。一緒に戦いたかった。ずっと寂しかった」

2人の気持ちは、ちょっぴりだけ分かる。
アナトの記憶から察するに、置き去りにされてからはずっと無気力で何もしていない。
きっと2人とも今までずっと半身を失った気分のまま過ごしていたのだろう。
エレちゃん未召喚で毎日モヤモヤしているイシュタル様も多分そんな感じだ。
私だって、もしマシュが居なくなったら暫く再起不可だと思う。

「アナト、今ここで習合しましょう。今世はもうお終い。バアル様が大人しくするなら私達も倣うべきだわ。師匠の片腕治しておきたいし、アイツとは絶対顔合わせたくないもの」
「うん」
心の中でイシュタル様の腕を治してくれるんだと喜んだのも束の間。アイツって誰?
※この場合の習合は同じ神核持ち同士の融合

「あら私に神核くれるってこと?」
「えぇ今回はそうします。代わりじゃないですけどストーカー退治は頼みましたよ。絶対近くにいるハズです。アレこそ再起不能にしちゃってください。それでは☆」
アーちゃんはイシュタル様に向かってウインクと別れのお手振りをする。
(え?え?ストーカーって誰?)
もしかしてまだ会ってない敵がいるって事?そんな疑問を投げかける間も無く。

眩い光が女神2人を包み込むとだんだん光が1つになりソフトボールくらいの球になった。
そして光の球がイシュタル様に吸い込まれたと思った瞬間、欠けていた彼女の腕が修復された。

「ラッキー☆やっぱ片腕しかないと不便なのよねぇ」
「…良かったです。心配してました」
イシュタル様がぐるぐると腕を回し、その様子を確認する。
と、同時に私から見て反対側。お母さんがいる方向から、お母さんの小さな悲鳴と聞き覚えがありまくりの声が耳に入ってきた。

「うっかりめ。あの乗り物は女神のだぞ」
「ごめん、どうも」

「え?」
反射的に振り向く。
「腰は大事にせよ。子を産んでからもだぞ」
「分かってるわよ。大丈夫だから」
「あ、オレのニンバス(乗り物用の雲)貸す?」

ピンク髪からシルバーヘア(一緒に飾りも消えた)になったお母さんの背後。
恐らくアーちゃんが消えた事で彼女の宝具を改造した車椅子が消えて、座っていたお母さんが尻もちをつくところだった。それを彼女のサーヴァントが助けた。
(やっぱりお母さんのキャスターって)

「『ギルガメッシュ王!?』」
マシュと台詞が重なった。
間違える筈がない。もちろんカルデアにもいる。
特異点バビロニアで生前の彼と共に戦い、サーヴァントになった後もカルデアの召喚に応じ業務まで協力してくれているというキャスターのギルガメッシュ王。

「此度はリンのサーヴァント故機嫌が良い。特別に親しみを込めてキャスターと呼ぶことを許す!」
キャスターは金斗雲みたいな雲に座り直したお母さんに背後から抱きついてドヤ顔ウインクをする。
当然お父さんと叔母さんはそんな彼に怒るが、お母さんは彼らみんなを無視して屋上出入り口に向かって手招きをしている。あと同時進行でバアルが「オレ黒髪好みだから黒に変えるよ」と言ってお母さんの髪色を一瞬で黒に変えた。待って情報量が多過ぎる。

(やっぱりギルガメッシュ王だったかぁ)
神性があって、宝石を提供してくれて、お母さんの召喚に喜んで来てくれそうな魔術師の英霊。
ついでにイシュタル様を活用しようなんぞと策を考えちゃうところとか彼しかいないと思っていた。
祖父の代より遠坂家と英霊ギルガメッシュには縁があるもんね。

「りっちゃん!」
小学生くらいの男の子が駆け寄ってくる。
「母さん!やっと会えましたね!」
(小さいお兄ちゃんだぁぁぁぁぁぁぁ!!)
うわぁい!やっと見れた!くっそ生意気そうだけど小さくて可愛いお兄ちゃんじゃん!
黒髪に碧眼、間違いない。まだ正式な親子ではないけれどお母さん達の長男。本物の藤丸リツカだ。

深山小学校の指定ジャージにバリバリマジックテープの運動靴。
写真で見たとおりの姿をしたマザコンお兄ちゃんは、全力でお母さんに甘えにいく。
何故かお母さんは座れているのにお兄ちゃんはすり抜けちゃう金斗雲(多分コレがニンバス)に埋まりながらお母さんの腰に抱きついて、ついでにとお腹を撫でていた。私の事は無視。

「イシュタル様はりっちゃんとキャスターと3人で過ごしてた。であってますか?」
「そうね。昨日の昼はギルガメッシュもあっちのマスターのところに行ってたけど」
なるほど。どうりでキャスターまでお母さんに馴れ馴れしいと。
いや、キャスターになったあのギルガメッシュ王は、私と出会う前の時点で、イシュタル様の依代にされた遠坂凛と仲が良かったのだから召喚に応じた時点、つまり最初から好感度が高いのか。

『この後はどうするんだい?』
ダ・ヴィンチちゃん。珍しく作戦丸投げですね」
珍しいっていうか初めてのパターンかも。
基本は現場の私達が情報収集して、それを元にドクターとダ・ヴィンチちゃんが必要な資料を集めて、一緒に作戦を立てていた。こうして現地民に判断を委ねるのは…バビロニアギルガメッシュ王にもしたけどここまで丸投げではなかった記憶。

『今回ばかりはね。現地のセカンドオーナーに従う方がいいと判断したまでだ。ギルガメッシュ王と組み、神々まで従えたくらいだ。完全に彼女が流れを把握している。向こうもカルデアを頼る気がないようだし、それならサポートに回った方がいい』
画面の奥で未来のお父さんも頷いている。

『何やら我々が把握していないキャラクターも存在しているようだしね』
「アーちゃんのストーカー、ですよね」
アーちゃんのストーカー?、、、ん?なんだか心当たりがあるような。
「ヤム・ナハル。ウガリット神話における海と川の神よ」
「それだ!」

遠坂邸にあった本に書いてあったアレだ。
アーちゃんを一方的に幼馴染だと思って好意を寄せ(諸説ある)、バアルのライバルとして喧嘩を売ってくる神。
バアルを快く思わない当時の最高神イルお気に入りの息子でお坊ちゃん。
恐らくアーちゃんは彼の事が大嫌い→海産物は食べたくない(正確には生ものが嫌)

「私もそうなんだけど、イナンナ系譜って無条件でモテるのよ。たださっきの2柱に関してはモテ要素を8割アーちゃん、畏怖される要素をアナトに振り分けられたのよね」
言い方はアレだけどそうなんだ。

「でもってアーちゃん=王妃属性が強くてね。転じて彼女、正確にはアスタルトを手に入れる事が王の証って信仰になってきたのよね。あの子って地元(ウガリット)にいると本当に自由が無いのよ。イルの代では出産子育てで神殿に篭りっぱなしだし、兄さんの代では軟禁されてたわ。男が寄ってくるけど戦闘力=防御力がないから安全な場所に閉じ込めて守るしかなかったってね」
なるほどなるほど。そりゃアーちゃんから見たバアルは印象良くないかも。

「脱出して、私が鍛え直して、エジプトに引っ越してからは狩猟の女神として新生活エンジョイするんだけど、そっちまで追いかけて来るのよねアイツ(ヤム)。でもって、何らかの条件が重なると結婚させられて彼がどっかの王になる世界もあるみたいなの」
イシュタル様は「もちろん他にも彼女に言いよる男はいるけど長くなるから割愛する」と付け加える。
「そうですか。アーちゃん………ヤムの事相当嫌なんですね」
なんたってカルデアへの復讐よりも、親友諸共自己消滅してヤム退治を優先させる程。よっぽどである。

(モテる女神も大変だなぁ)
そして視線の先で男子に取り囲まれているお母さんを見て思う。
「やっぱりうちのお母さんももし神代に行ったらモテるんですか?」
「あら。りっちゃんと同じ事聞くのね」
え。お兄ちゃん小学生のクセにそんなこと考えてたの?本当マセてるなぁ。

「この顔は神にモテるわよ。けど人間には高嶺の花ってヤツ?慕われるけど言い寄っては来ないわ。そうね、彼女が地中海側に行ったならアーちゃんが育てるでしょうね。アイドル歌手として売り出して、兄さんの讃美歌を広めて信仰を強める。でもって出産適齢期に入ったら最も気に入った王に嫁入りさせて優秀な子供をバンバン産ませる。さっき国母にするって言ってたでしょ?」
確かに言ってた。でもってお母さん絶対嫌がってた。

「アーちゃんじゃなくても有力な神はみんなそうしたがるわ。メソポタミア側に来たなら尚更」
イシュタル様はチラリとお母さん達がいる方を見る。
「りっちゃんには誤魔化したけど、アナタにはハッキリ言っておくわ。ギルガメッシュが死ぬ気で守らない限り、私のお兄さま(シャマシュ)が彼女を殺すわよ」
「え?」
なんで?お母さん何かやらかしちゃうの?確かにトラブルメーカーかもしれないけど。

メソポタミアは都市神対抗ですもの。取り合いで戦争になっちゃうでしょ?秩序が乱れる前に殺す。お兄さまならそういう建前の元、冥界で使役するでしょうね。それを止められるのは、彼のお気に入りであるギルガメッシュだけよ」
「………そうですか」
冥界のエレちゃんは喜ぶかもだけど、なんだか悲しいな。

「まぁ生きても死んでもアーちゃん同様、自由がない生活を強いられるでしょうね。でも彼女の場合、そこも楽しむ性格しちゃってるから助けは無用。手の施しようがなし。どこの世界だろうと、勝手に幸せになるわよ。その辺私と一緒だわ」
「そこは、そうかもです」
だって不自由な状態な筈なのに不自由に見えない。
今だって臨月で大変な状態なのに前線で戦っている。普通じゃありえない超人だ。まぁ本人にしてみればただの魔術師なんだろうけど。

「あとさっきのはアーちゃんがわざわざ手を貸さなくとも自力で幸せになるからお構いなくって意味ね」
「…そっちですか」
「分かりにくいでしょう?」
イシュタル様が苦笑する。
本当そう。お母さんは気遣いも、苦労も、不自由なところも分かりにくい。
お父さんの方は逆に気遣っていない時の方が分かりにくい。思わせぶりに見せて全く思っていないというタチが悪いタイプ。

(それでも、2人が末長く仲良く一緒に居てくれればいいや)
よし。頑張って特異点修復して未来に帰ろう。
未来のお母さんにも早く元気になって貰わなくっちゃ。

「ここでの動きだけど、全部ギルガメッシュとあのマスターの2人で決めているみたい。2人だけで相談して、必要な時だけ指示や情報をくれるってわけ。恐らく念話もしてるわ」
「了解です」
念話…本契約したマスターとサーヴァント間で出来るテレパシーだね。
つまりは無言に見えても作戦会議をしている可能性があるって事か。
(私もマスターだけどそんなの出来た事ないよ。マシュとテレパシーしてみたい!)

カルデアのマスターさん。少しご相談いいかしら?」
雲に座ったお母さんが寄ってきた。なんかもうセットオプションの如くバアルがくっついている。
そして手には、ルールブレイカーが握られていた。
「はい」
「どうぞ」
お母さんから声をかけてくるなんて珍しいな。あと1度もぐだ子呼びしてくれないのはわざとだよね?気に入らなかったかなぁ。

特異点の原因になる聖杯ですけど、今回ジャガー印の魔法瓶タイプって持ち主が言ってるのですがアリですか?」
「…はい?」
ごめん。意味が分からない。もう1回いいかな?

「コレにゃ」
「!!」
ジャガ村先生が来て虎柄の魔法瓶を見せてくれる。ただし触らせてはくれない。
『どう見ても虎柄ですね』
「マークはジャガーにゃ」
「本当だ」
確かにヒョウみたいなブチ模様ネコ科動物の顔が描かれている。蓋がカップになるタイプの魔法瓶って令和時代だと絶滅危惧種だからすごく新鮮だ。コレも平成ポップ?

「この魔法瓶が特異点の原因になった聖杯のはずなのですが、、、持ち主も、これを拾った記憶がないそうでして」
ジャガーはいつコレを拾ったか覚えがないにゃ。気がついたらコタツでぬくぬくしていたにゃ」
「そうなんですね」
(この特異点ってすっごくシリアスだと思っていたけどもしかしてトンチキイベントの類だったのかな)
モニター越しで魔法瓶をダ・ヴィンチちゃんに見せるがモニター数値だけでは判断がつかないとの事。

『確かに怪しいが魔力反応が全くない。この状態では回収出来ないな』
「えぇ!?それじゃあ修復できない!困ります〜」
早く帰ってお父さん達安心させたいのに〜。
『試しに中を開けてみるのはどうだい?』
「それが、このジャガーの怪力をもってしても開かないのにゃ」
怪しい!この魔法瓶怪しすぎるよ!絶対聖杯だよ!

開封前に質問なのですが、聖杯の回収、特異点の修復、擬似サーヴァントと依代の分離は手順て決まっているのですか?万が一分離出来ずに終わっては大変困ります。このとおりまだ桜しか戻せていないのです」
お母さんはすごく心配そうだ。そうだよね。元の先生がどんな人柄か分からないけれど、万が一ジャガ村先生のまま現代に残ったらものすごく困るよね。

「アナタ随分擬似サーヴァントを気にするのね」
(それイシュタル様が言っちゃう?)
呑気なイシュタル様だが、お母さんはすごく不安そうだ。
「普通は気にしますよ。イシュタル様はウルクだったから問題なかったかもしれませんが、日本でジャガ村先生のテンションは目立ちますしお仕事にも影響がありまくりかと」
お母さんは魔術師として冬木の責任者なんだから。完全修復したいに決まっている。

「あ、もしかして私を見て心配になってるって事?そりゃ………あーーーー。まぁ、そうよね」
「?」
突然口調が弱くなったイシュタル様の視線の先を探る。
(キャスター?)
会話に入ってこないメンバーを見る。お兄ちゃんは桜叔母さんと楽しそうにお喋りしていて、まだ彼に懐かれていないお父さんは少し距離を空けながら話を聞いていて、キャスターは腕を組み静かにこちらを観察している。

『悪いが、カルデアとしてもまだ擬似サーヴァントについては情報が少ない。生憎こちらが確認した擬似サーヴァントはイシュタル、エレシュキガル、ジャガーマン、諸葛孔明の4体。そして4体それぞれ全てが違うパターンなんだ。基本形が存在しない』
特異点バビロニアで現地民が現地民に憑依・融合させて生まれたのが神霊サーヴァントイシュタル。この時に連鎖召喚されて生まれたのがエレシュキガル。聖杯が自動で選出し依代の情報と霊基を結びつけてから召喚したのがバビロニアカルデアジャガーマン。そして諸葛孔明が事前に選んだ依代を主人格にしてから召喚されたのがカルデア諸葛孔明

『桜さんとジャガ村先生は、現地民に神霊が憑依する形ですから近いのはイシュタルさんになります』
「いいえ。今回神霊そのものを召喚したのは聖杯よ。ウルク巫女が召喚を行なった私とは違う。完全に違うパターンだわ。バビロニアの私と同じパターンは兄さんの方ね」
(あ、忘れてた)
お母さんの胸にくっついている牛のぬいぐるみバアル。一応コレも擬似サーヴァントだ。

「正解♪オレはあくまで現地民による現地のモノを依代にした召喚だ。だから特異点修復後もしばらく残れる。しかも神格を最低ランクまで落とした省エネ仕様だからMAX24年。この妹はコピーだが、特異点ウルクでは修復後もその姿で残ったんだろ?」
「そうよ。重要なのは誰が召喚したのか。つまりジャガ村先生は、聖杯を回収される事で自動的に依代と離れるんじゃないかしら?」
「イシュタルキミ、もしかしてサーヴァントになって元より賢くなった?」
「うっさいわね!アイツと同じ事言わないで!」

「ふぁあっ!?」
イシュタル様がバアルに掴み掛かろうとした瞬間、お母さんが座る雲ごと動いて回避された。おかげで雲に乗り慣れていないお母さんが驚き、イシュタル様は気まずくなる。
「ちょっと兄さん?やりづらいんだけど!」
「大人しくしてよ。せっかく見た目はアスタルト並みに可愛くなったんだからさ」
「ムカッ!腹立つ〜」
うんうん。イシュタル様が妹してるなんて新鮮だなぁ。そう言えばこの上のお兄さんは兄さん呼びだけど、双子の方はお兄さま呼びなんだなぁなどと呑気に思った。

メソポタミア神の序列だとイシュタル6位に対してシャマシュが5位。アダド(バアル)は神7圏外で恐らく10位前後と思われる。それと各神話においてイシュタルはシャマシュにだけ滅法弱い。

「話を戻します。ランサーの話では最初、アナトがヤムを殺す為に追いかけ回してこの世界に迷い込んだみたいなんです」
「そうだったんですか!?そうだ、修復もだけどそのヤムってストーカーさんも退治しなきゃだった!そっちも探さないと!」
危うく忘れるところだった。このままではアーちゃん達が報われない。

「あくまで勘ですがその…」
お母さんが魔法瓶を指差す。
「魔法瓶に入っていたりしません?」
「!」
お母さんの話では数日前から特異点深山町全体に使い魔を放ち捜索したにも関わらず一度もヤムの姿を見ていない。神格的に水中にいる可能性も0ではないが、既に魔法瓶に閉じ込められた可能性が高いのではないか。

『ふむ。現時点の情報から見るにその可能性が1番高いな。察するにそのルールブレイカーを使えば封印が解けるって事で合っているかい?』
「えぇ。ですが、今のベル様(バアル)ではヤムを倒せません。戦闘になったら厳しいです」
「そうなんだよね。オレって最高神だけど、元々オレだけの力で倒せたのって親父ぐらいでさ。戦闘のメインはだいたいアナト。けどアナトはリタイヤしちゃったじゃん?イシュタルいける?」
え?マジ?そんな事ってある?

「どうかしら?アーちゃんに託されてはいるけど、私はソイツと会った事ないし、擬似サーヴァントって最大出力に難ありっていうか、、、敵とのクラス相性も大きかったり?」
「という事で万が一に備えて人間はこの場から離れさせて頂き、サーヴァント2柱どちらかが魔法瓶にルールブレイカーを刺してみるという作戦で宜しいですか?」
「アンタヒトの話し聞いてる??」
お母さんはめちゃめちゃ消極的なイシュタル様にルールブレイカーを笑顔で差し出す。

「嫌なら構わんぞ駄目神。そこの頼りになる美人教師に任せるがよい」
離れた所からキャスターが挑発する。
「(怒)!!主従揃って、、、いや絶対アンタの策でしょ!」
う〜ん。そうだね。きっとお母さんがキャスターと念話で相談してこうなったんだろうね。
多分お母さんだけなら現地民メンバーで出来る策しか考えない。

「分かったわよ!やればいいんでしょやれば!」
「ではお願いします」
お母さんは笑顔のままルールブレイカーを手渡すと、さっさとお兄ちゃん達を集めて屋上出入り口まで引っ込んだ。
「ぐだ子ー!お前もこっち来ーい!」
若いお父さんに呼ばれてハッとする。私も避難しなくちゃ。みんなの元に急ぐ。イシュタル様頑張って!

作戦はこうだ。
実はルールブレイカー(エミヤによる贋作)は3本ある。イシュタル様、ジャガ村先生、お父さんが1本ずつ持っている。これをイシュタル様が魔法瓶に刺して蓋を開けてみる。
魔法瓶からヤムが出てきたらキャスターが天の鎖で捕獲する。ここをミスすれば戦闘だ。相手は飛べるかもしれないからイシュタル様が戦うしかない。これを私が令呪でサポートする。

ただ新たな問題が浮上した。
桜叔母さんの兄、慎二おじさんがヤムの依代にされた可能性だ。
桜叔母さんはアナトに身体を乗っ取られる直前まで、慎二おじさんと一緒に過ごしていたらしい。
けれどもそれっきり、アナトになっている時含めて彼の顔は一度も見ていないそうだ。おじさんは魔術回路を持たないから、他の住人同様魔獣にされた可能性もある。ただヤムの依代にされた可能性も低いが0じゃない。

もしヤムが擬似サーヴァントになっていた場合でもやる事は変わらない。
特異点修復を優先して聖杯の回収に全力を注ぐ。ヤムに聖杯を奪われる前に回収!

という事でそれぞれ配置についた。配置と言っても私は屋上出入り口のドアの影。イシュタル様を覗けて尚且つ校舎内に逃げ込みやすい場所。ここから彼女に合図を出す。

「ではイシュタル様お願いします。3!2!1!GO…(え?)」
「姉さん!」
号令の瞬間、桜叔母さんの叫びが聞こえて校舎内に振り向く。
直前、正確には声が聞こえると同時にキャスターがこちらに振り向いてきた。その顔があまりにも痛々しく、すごく悲しかった。あのギルガメッシュ王が今にも泣きそうな顔をしていたのだ。

薄暗い校舎の中、お母さんが痛いのか苦しいのか雲の上で倒れ込むのが見えた。お兄ちゃんと叔母さん、バアルが彼女を名前を呼ぶ。

「バカ前見ろ!」
(え?)
そんな状況からお父さんが1人飛び出しイシュタル様がいる方向、魔法瓶に向かって走る。なんだかスローモーションに見えた。

(おじさん!!)
やっぱりヤムは慎二おじさんに憑依していた。そして、
「先生!」
ジャガ村先生を盾にしながら飛び上がった。まるでファンタジーゲームに出る竜人。蛇のような尻尾で魔法瓶を拾い、中から泥を噴射してイシュタル様にかけた。イシュタル様はガンドの構えをしていたが撃たなかった。

開封どうも!じゃあなバアル!」

藤ねえを返せ!」
お父さんがルールブレイカーを投げつけたがターゲットには届かず、フェンスの外へ落ちていった。

こうして一瞬で敵は人質と聖杯を奪い逃走してしまった。


〜保健室前〜


「………すまぬ」
「ムリ。笑えない」
そんな重苦しい会話が聞こえる保健室の扉をそっと閉め、近くの校長室に入ってカルデアと連絡をする。

「本当ごめんなさい。マスター」
イシュタル様はソファにうつ伏せで落ち込んでいる。元気はないが、泥を浴びて一時変色してしまった肌は元に戻ったようだ。少しだけ安心する。
『凛さんの具合はいかがですか?』
「うん。今は落ち着いてる。さっきは前駆陣痛と、ストレスによる呼吸困難が重なっちゃったみたいなの。15分休んだら大丈夫って本人が言ってた。それまで休憩かな」

たった15分で回復するとは思えない。けれども長引けば本陣痛が来るかもしれない。時間がない。医療環境がないに等しいこの世界で出産は危険過ぎる。私の誕生日はまだ先だけど出産に丸1日以上かかったと聞く。特異点でそれは非常にまずい。

『一体何があったんだい?』
「ジャガ村先生と聖杯を奪われました。相手は現地の間桐慎二依代にした擬似サーヴァントヤム・ナハルです」
敵の目的は分からない。バアルを意識していたしか分からない。

『ヤムの目的は不明だが、聖杯を奪った時点で我々も敵だ。倒すしかない。イシュタルはどうだい?』
「本当ごめん。私には厳しいかも。相性が悪いっていうのか実は…」

。。。
「えぇ!?」
イシュタル様の報告はなかなか重症だった。
擬似サーヴァントだったアナトが依代の桜叔母さんの影響でお母さんを攻撃出来なかった現象。これがイシュタル様にも起こっている。
「本当ごめんなさい」
しかも初手から。初めてジャガ村先生に会った時点でこの現象は起こっていた。彼女にガンドを撃とうとしても勝手に腕が動いて外される。最初のアナト戦も同様、反撃出来ないまま魔力を奪われてしまい、これを監視していたキャスターが救出したらしい。2度目のアナト戦は純粋なサーヴァント戦だったから問題なかった。

「人質はもちろんだけど、現時点ではシンジがヤムの依代でしょう?攻撃を当てられる自信がないわ」
『先にルールブレイカーで切り離す必要があるんですね』
ルールブレイカーは残り2本。けど1本はジャガ村先生が持っているから実質1本だ。

「お父さん、私の時って出産に何時間かかったか覚えてる?あれ?お父さんいない?」
今日の大人のお父さんはやけに静かだなぁと思っていた。それでもちょっと前までは画面奥にいたと思ったけど。
『すみません。お父様は今朝からご体調が優れないそうで、先程医務室へ移動されたんです』
「そう………なんだ。どうしたんだろ」
珍しい。お母さんと違ってお父さんは全然体調を崩さない。しかもカルデアがある南極大陸は病原菌がほぼいない。魔術的な呪いとか食あたり、過労以外で体調を崩すなんて聞いた事がなかった。

「えっと、、、そうそう。私って難産だったらしいんだよね。でもって夜中に産まれたんだとか。だから私の誕生日って少し先だけど、そろそろ陣痛がくるのかなって」
難産の定義ってちゃんと分かっていないけど丸1日以上かかったってことは私の誕生日2日前でもお母さんが動けなくなる可能性がある。

「そうね。まだ前駆陣痛だけど今夜あたり本陣痛が始まってもおかしくない。おしるしが昨日あったらしいのよ。彼女、本当は自分が手を貸さずにアーちゃんとアナトには仲直りして欲しかったと思うのよね。けど流石におしるしが出て悠長に待てなくなったから、今日のスケジュールが詰め詰めになったのよ」
なんかだいぶ昔に感じるけど今朝、お母さんが使い魔を使ったアーちゃんへの伝達で「ごめん、今日で終わらせる」と言っていたのを思い出した。本当は待ちたかったけど、体調的に待てなかったのだ。

「もし彼女が倒れたらギルガメッシュも使えないわ。見たでしょ?アイツのポンコツっぷり」
「…はい」
さっきの、まるで迷子のような泣きそうな顔。
「アイツにとって今回の召喚は生き甲斐というか、生きる希望みたいな?人生かかってるみたいな?とにかくメンタルがマスターにかなり依存してて面倒くさいのよ。生前の、この依代との別れがトラウマなせいで本っ当に過保護。死者が生者に依存だなんて本当はタブーなんだけどね」

別人だけど同一人物。
イシュタル様の依代も妊婦さんだったと聞く。我が子を抱かせてあげられず、自分も我が子に会えなかったという彼にとって、今回の事件は特別だ。父親は違うが、愛した女と同じ女の子が子供を産む。しかも産まれた子供が成長して、将来生前の自分を助けるのだから尚更。バアルのように何年もとはいかないけれど、修復後も少しだけ残って誕生を見届けるつもりらしい。彼女を助けなければ英霊になった意味がない。そのくらい気持ちが入っている。。。重い!
※あくまでぐだ子とイシュタルの考察です

「あの2人はパスが繋がっているから、体調変化が瞬時に伝わる。別の場所にいようと彼女が苦しめばそれがギルガメッシュにも伝わって不安になる。便利なのも考えものよね」
それでさっき、叔母さんが叫んだ時点ですでに絶望していたのか。状況把握が早過ぎるなと若干違和感があった。
「それと面倒くさいのはマスター側も」

イシュタル様の予想では、お母さんは契約したサーヴァントの生前の記憶を夢で見ている筈だとのこと。私がアナトの記憶を知ってしまったように、お母さんはエミヤ、ギルガメッシュ、アーちゃんの過去を知る。
キャスターが自分に依存している理由を知ってしまえば余計にプレッシャーだろう。彼女の性格を考えればキャスターの希望をも背負って頑張らなきゃとなる。
ついでに馴れ馴れしくくっついてくるキャスターを冷たく払い除けられないのはその同情もあると思う。

「この依代の分も、背負ってあげたいんじゃない?確かにこのコは、アイツとの子を産んであげられなかった事に対して悲しんではいた。けど産めたとしてもその頃にはギルガメッシュが寿命で死んでるって分かっているから諦めもついた。世界存続の危機の方が大事って理解していたしね。未来人だから余計に」
最後のはよく分かる。今の私がまさにそれ。あくまで自分の世界の為に過去の歪みを正さなくっちゃ。

「そっか。今回は心の贅肉が普段の100倍重いって事だね」
「何それ?」
「んーん。こっちの話です」
お母さんの口癖だ。「余計な苦労を背負うこと」の名称。って私は解釈している。
ただ彼女がイシュタル様の予想通り依代遠坂凛の気持ちを背負いたいかは分からない。そうかもしれないけど、絶対口には出さないと思う。他人の苦労や未練に同情はしない。肩入れはするけど、現実ファーストだから目の前の事案に集中すると思う。

「ん?」
扉のすりガラス越しで黒いものがちらちら動いている。
「サンキュー☆」
扉を開けるとバアルが入ってきた。

「どうもどうも。このソフトボディじゃノックしても音が出なくってさ」
ドアノブも丸いタイプだからぬいぐるみの滑る前足ではどうにも出来なかったらしい。
「イシュタルは気分どう?」
最低。疲れた。帰りたい」

(えー。そんな元気なかったっけ?)
甘えているのかイシュタル様はさっきまでの女神らしい対話をやめて全力で疲れてるアピールしている。
(お兄さん相手に甘えているのかなぁ?)
思い返せばここでのイシュタル様は弟子達に気遣って精神的に大変だったかもしれない。板挟みだったし。
正直私もお母さん達相手に他人のフリを貫くのが辛い。騙すわけじゃないけど、嘘をついてるような、、、とにかくメンタルが削られる。今までにない感覚だった。

「そっか。今サクラちゃん達が隣の職員室にオヤツ運んでてさ、間も無く作戦会議だと思うよ」
「了解です」
オヤツがあるのかぁ。ちょうど小腹が空いてきたからありがたいな。
「お腹のキミは優秀だね〜。お母さん達のことすっごく気遣ってるよ。賢い子だ」
「そうなんですか?」
全然記憶ない。そりゃそうか。けどバアルの話じゃ赤ちゃんがお腹を蹴ってアピールする事でお母さんの癒しとモチベーションになっているらしい。そのタイミングが絶妙なんだとか。

「ところでキミのお父さんは調子どう?」
「お父さん?大人のですか?」
『……すぐ確認します』
画面の向こうでマシュが気まずそうに内線をかける。
なんだろ?なんか胸がざわついてきた。

「うん。実はリンのメンタルなんだけどさ、この後旦那さんを殺さなきゃいけないからって壊れてたんだよね」
「はい!?旦那ってお父さんをですか?」
っていうか相手が誰だろうとお母さんは他人を殺すなんてしないと思うけど。
「うん。ウルク王って千里眼持ちじゃん?ウルク王が見た未来の断片てリンにも夢で伝わってくるからさ」
そう言えば魔法少女の夢がなんとかっていうのも、、、そういう事だったの?

「ヤムはねぇ。今のメンツじゃ倒せないんだよ。専用の武器が必要でさ。だからオレの部下の工芸神を召喚しなきゃなんだけど、オレみたく対話要員じゃなくて技術要員だから人形を依代って作戦にはいかないわけ」
それってつまり…。
「まぁ…確かにあの顔なら相性最高でしょうね。最初アイツの化身かと思ったくらいだもの」
『じゃあこの後士郎にその工芸神を降ろすって事かい?』
バアルが全身を前に傾けて頷く。

『けどその工芸神はマイナー過ぎる。サーヴァント化させられるのかい?』
「ヤダなぁ。誰が幻霊召喚考えたと思ってるのさ?オレだよ?オレなら出来るさ」
『そうだったね。これは失礼した』
特異点新宿で初めて確認された幻霊の召喚。その召喚式の開発者が魔神柱バアル。目の前にいるバアルと同一存在だ。
※バアルは魔神柱内の序列1位。FGOでは不明だが本来は知恵担当

「じゃあこの時代のお父さんに工芸神を降ろして擬似サーヴァントにするんですね」
「そうそう。それがリンとウルク王が見た未来視の内容。ただイシュタルの事例を考えるとやりたくないじゃん?」
「………はい」
「だから避けるべく頑張ったんだけどねぇ。さっきの作戦失敗を見るにどうやら未来視には逆らえないぽい」
現地民による現地民への召喚。イシュタル様のように、特異点が修復されてもサーヴァントのまま残ってしまう可能性だ。やりたくないに決まっている。お母さんもお父さんに言っていた。お父さんは最後の切り札だけど使いたくないって。

(お母さんがずっと心配していたのは、お父さんのことだったんだ)
「で、どうなの?そっちのお父さんは?」
内線を置いたマシュに注目が集まる。
『落ち着いて聞いてください』
(ウソ)
マシュが明らかに緊張している。
これ。絶対落ち着ける内容じゃないよね?

『お父様の様態ですが、意識不明だそうです。数値は全て正常。普通に眠っているだけならいいのですが、医務室で横になってから一切動かず、今も呼びかけに反応がないそうです』
「…………そんな………」
え?ウソウソ。そんなわけない。だって私にはお父さん達そっくりな弟も妹もいる。特異点のせいで私が生きた世界まで変わるわけないじゃん。
だというのに、すごく息が苦しい。吐き気がする。変な汗まで出てくる気がした。

「まさか。未来が分岐してるって事?」
『可能性は0じゃない。だがまずそうならないように…』
思わず膝をつく。ヤダ怖い。なんか目眩までしている気がする。
『マスター?大丈夫ですか!?しっかりしてださい!』
無理だよマシュ。だってただでさえお母さんが倒れているのにお父さんまで。失敗出来ない任務だってのはいつもと一緒だけど、プレッシャーが全然違うよ。

コンコン ガチャ
ドアがノックされ、返事をする間も無くドアノブが回された。
「!」
誰か来た。頑張って立ち上がらなきゃ。

「失礼しまーす。あ、イシュタルちゃん、バアルさん来た?」
子供の声。お兄ちゃんだ。
「アナタねぇ。返事聞いてから開けなさいよ。こっちは取り込み中よ?あと兄さんなら来てるわよ」
「とりこみ中?…ってどういう意味?せんたく物干してたとか?」
「え?取り込んでる。。。えっと、、、えぇ?なんて言うのこれ?日本語難しい!」
この場合忙しいって意味だと思うけどいいや。

(よし。可愛くなったお兄ちゃんの声聞いて元気出てきた)
「平気です。作戦会議ですよね。すぐ行きます」
「うん。隣の職員室に来てね。オヤツは早い者勝ちだって」
「ありがとう」
行かなきゃ。行くしかない。まずは特異点の修復。任務は変わらない。余計なことは考えない。

廊下に出ると、少し離れた手洗い場でお母さんが顔を洗っているのが見えた。お父さんも付き添っていて困ったような笑顔を作っている。既に、自分が依代にされる作戦を聞いたのだろう。私には、お母さんを優しく慰めているように見えた。そんな2人の元へバアルがふわふわと飛んで行く。

(今はみんなに話を合わせよう)
擬似サーヴァントに対する認識がどうなっているのか、それぞれ違うかもしれない。
お母さんはキャスターのせいで悲観的だろうけど、桜叔母さんはそうでもないと思う。
お父さん本人も、自分がどうなるのか、お母さんからどう説明されているのか分からない。
(今は、目の前に集中しよう)
一度だけ深呼吸をしてから職員室に入る。

「失礼します」
「いらっしゃい。カルデアのマスターさん」
中に入ってすぐ壁側。ハザードマップを前に桜叔母さんが立っている。
「オヤツあるよ!」
お兄ちゃんは(多分購買部のだよね)パンと紙パックジュースが積み上がった机に案内してくれた。
ありがたくあんパンとコーヒー牛乳を貰う。

「ところでお姉ちゃんは何て呼べばいいの?あ、僕はりっちゃん。こっちが桜ちゃんね」
そう言えば自己紹介まだだったな。あとさっき思ったんだけどイシュタル様をちゃんづけはどうかと思う。知ってたけど生意気過ぎ!
という本音を抑えて笑顔を作る。

「ぐだ子って言います」
「変な名前」
うっせーわ!
秒で率直な感想を言ってくる小さいお兄ちゃん。
そう言えば同級生にこのニックネームで呼ばれていた時もお兄ちゃんに同じ感想を言われた気がする。

「りっちゃん、失礼ですよ」
「だって本当だもん。それあだ名でしょ?僕がもっといい名前考えてあげようか?」
「結構です!間に合ってます!」
なんて生意気。何故イシュタル様はこんな生意気小学生を気に入っているのか理解出来ないよ!

「本名はすっごくいい名前で気に入ってますから!ご心配なく!文句があるならカルデアのマスターで結構です」
「ふ〜ん。ならいいけど?」
うわー。ダメだ。今の顔見た?顔の造りは可愛いのに表情が全然可愛くない。腹立つ。めっちゃ腹立つ〜!
(落ち着け六花。そうそう。ニックネームなんて何でもいい。私は両親から貰ったこの名前があるんだもん)
まぁ誰が考えたのか正確には知らないけど気に入っているのは本当だ。

ガラガラガラ
「!」
扉が開く。挨拶もなしに入ってくるのは先ほどマスターに失望され落ち込んでいたキャスター。
(どうしたんですか?その格好!?)
「もしかして罰ゲーム?」
「ぉい。キサマ、心の声が漏れておるぞ」
だってギルガメッシュ王がいい歳して高校生のコスプレしてるんだもん。

「あははははは!何その格好!どうしたの?めっちゃお似合いじゃない!誰よ着せた人!ウケる〜!」
「黙れ駄目神」
イシュタル様がキャスターを見るなり指差しして爆笑する。
だってあのウルクの凛々しい王様が学校指定ジャージ、しかもサイズが合ってなくて手首足首が露出しているときた。罰ゲームでしょこれ?それともお母さんからのお仕置き?だとしたらお母さんのセンスあり過ぎでしょ。
元を知っているだけにちょっと、、、これは笑わずにスルーする方が無理だわ。

「入るぞ」
「先輩!懐かしい格好ですねお似合いです!」
「どうも」
お父さんもジャンバーの下を学校指定ジャージに着替えてきた。こちらはサイズも合っている。写真でしか見た事がないジャージ姿は新鮮だ。元々同じ学校の後輩である桜叔母さんは大喜びしている。
そしてそんなお父さんに続いてやって来たお母さんは…。

(おぉ!アレは!さっきまでお父さんが着ていたヤツ!)
雲に座るお母さんのワンピースともこもこルームシューズは変わらない。けど羽織っていたストールを手で持ち、代わりにお父さんがジャンバーの中に着ていたスウェットフルジップパーカーの前を開けて着ている。
(なんかいいなぁ)
お母さんがお父さんの服を借りてるなんて新鮮。夫婦らしくていいじゃん。

「リンよ。我にこのような庶民の格好をさせるとは相応の理由があるのだろうな?」
キャスターはかまってちゃんか。近くのパソコン作業用チェアに座って足を組み文句を言う。
「え?ダメだった?雰囲気出ていいと思っただけなんだけど。それにその色お似合いよ?ウルクカラーでしょ」
とっても不機嫌なキャスターに対しお母さんはどこ吹く風。全く怯まず喋りながら私の目の前にまできて紙袋を差し出す。
「あとカルデアのマスターさんにはこれ、女子生徒用のジャージね。その制服のままでもいいけど、よかったら使って?」
「ありがとうございます」
遠坂邸にもあった小豆色ジャージだ。せっかくだし後で着ようかな?今ならお父さん達とお揃いって事だよね?

カルデアとの通信だけど、ランサー達が消えたからここからは自由に構わないわ」
「助かります!」
一瞬校長室に戻りマシュ達に会議中でも通信許可が出た事を伝える。早速職員室に移動してくれた。

「母さんも何か食べますか?」
「いいえ。私は要らないわ。士郎さんもダメよ。カロリー摂取禁止。りっちゃんは今のうちにいっぱい食べていいわよ。タダだし」
お母さん………最後に貧乏性な性格出てるよ。あとお兄ちゃん、イシュタル様相手でさえタメ口なのにお母さんには敬語なんだ。

「じゃあ桜、お願い」
「はい姉さん。ではこれより最終戦に向けて作戦会議を始めます」
桜叔母さんがみんなを見渡し、その横でお母さんは頭にストールを巻いて目隠しを始めた。

「敵の名前はヤム・ナハル。現在私の兄、間桐慎二依代とした擬似サーヴァントです。霊基はウガリット神話において海と川を司る神。目的は不明ですが、現在はジャガ村先生を人質に取ったまま未遠川の海浜公園付近で魔力を集めています」
桜叔母さんがハザードマップを指差し分かりやすく説明してくれる。
「まぁ妥当だな。アレとは相性が良かろう」
海と川の神様だもんね。やっぱり水が好きなんだ。

「ヤムは竜と人を足したような外見の神。そして未遠川は竜神伝説があるから相性の良さは二重よ」
お母さんが補足する。
マジか。これは思ったより苦戦しそうだな。
「神話において彼は地中海へ流れる川を逆流させたり排水を堰き止めるなどをして洪水をもたらす神です。現在も確実に川の水量を増やしており、間も無く氾濫します」
改めてハザードマップを見る。氾濫したら、、、この辺ってもしかして沈んじゃう?

「んー。今のペースでもってあと20分前後かしら?調子上げてくるでしょうから決壊は早いでしょうね………あらヤダ。1体やられたわ」
お母さん、、、使い魔との視覚共有か何かで実況しているのか。それで目隠ししてるんだね。
「という事でこの後すぐ柳堂寺まで避難して頂きます。すみませんがカルデアの皆さまにもご協力お願いします」
振り分けられた移動方法はこうだった。

お母さんとバアルは雲で飛行。
イシュタル様は単身で飛行、マアンナにお兄ちゃん、桜叔母さんを乗せて、一度弓道場に寄ってから柳堂寺にお兄ちゃん達を降ろして、私を拾いに戻ってくる。
それまで私は走り。お父さんとキャスターは最初から最後まで走り。だからジャージ。

「僕も母さんと一緒がよかったな」
「悪いね坊主。ニンバスはニンバス認定の素直なコしか触れられないんだ。このメンツだと物欲に素直なリンしか資格ないんだよね。あ、ジャガー依代先生も乗れるよ」
「なんか理由が恥ずかしいんですけど!」
物欲に素直…あ、うん。お母さんは…そうだね。逆にお兄ちゃんは…腹黒いもんね。

「柳堂寺に到着次第、姉さんとバアルさんは工芸神コシャル・ハシスの召喚準備。りっちゃんはお手伝い。私は戦闘準備に入ります」
(え?)
「ちょっと待て、桜が戦うのか?」
うんうん。桜叔母さんて戦えるの?

「もちろんです。中退された先輩は存じないかもしれませんが私、今は全国大会レベルの弓道部主将ですよ?メンタルだって本番には強いんです」
なんか遠回しにいざって時にうっかりミスをしがちなお母さんへのマウントに聞こえなくもないけど叔母さんの腕は確からしい。
「それに、私は兄さんの妹です。兄さんは私が必ず助けます。というわけでイシュタルさん、お持ちのルールブレイカーを渡してください」
イシュタル様がルールブレイカーを渡す。最後の1本だ。ミスが少ない人がやった方がいいだろう。

「イシュタルさんには兄さんと藤村先生の救出を手伝って頂き、武器の用意が出来次第メインの戦闘をお願いします。キャスターさんには柳堂寺及び大聖杯を防御する結界作成、移動中はお2人のー護衛をお願いします」
「リン。やはりこの服でなくともよかったのではないか?」
「我慢してキャスター」
うんまぁ。ぶっちゃけサーヴァントの服装なんて元の霊衣でいいと思うけどな。やっぱり罰ゲーム?

カルデアの観測は柳堂寺の裏手にある空き地へ移してください。そちらで召喚を行います」
『了解』
『かしこまりました』
「私からは以上です」
叔母さんが一礼する。いよいよ作戦開始だ。するとお兄ちゃんが片手をあげる。

「シロウさんは?お寺着いたらお手伝い?」
お兄ちゃん、この頃はお父さんのこと名前呼びだったんだ。あとその質問が出るのはしょうがないけど、けっこう残酷だよ。
「士郎さんにはね」
お母さんが目隠しを外す。

「神様パワーを入れて、今日だけ武器屋さんになってもらうの。りっちゃんからも応援してあげて」
「そうなんだ。お仕事がんばってね」
「あぁ。もちろんだ」
ヤバい泣きそう。
お兄ちゃんに優しく教えるお母さん。その穏やかな声音に強がりと悔しさが混ざっているかと思うとこっちが泣きたくなってくる。さっきからゆっくり撫でられているお腹の中の私もきっと泣きそうだよ。

「じゃあ桜、しっかりね。キャスターも頼んだわよ」
「はい。お任せください」
「ふん。後で報酬を求むからな」
「行きましょ」
お母さんは最後、モニターに向かって会釈をするとバアルと雲に乗り窓から出て行った。

「じゃあイシュタル様、桜さんとりっちゃんをお願いします!」
「はいはい。なるはやで(マスターの)迎えに行くわね」
イシュタル様達を見送りながら制服の上からジャージ(上だけだけど)を着る。
「やっぱり他校ジャージって新鮮でいいですねぇ」
「キサマは学生ではなかろう」
「いいじゃないですか。見た目はギリギリいけます!」
だいたい見た目も30歳前後で推定年齢130歳の元王様に言われたくない。

「ぐだ子は似合ってるぞ」
『はい。マスターもお似合いです』
「ありがとうございます」
わぁい。お父さんとマシュも褒めてくれた。素直に嬉しいよ。やはり最終決戦たるものテンション上げていかなくちゃ。助かるものも助からない。
私達は最後にハザードマップの避難経路だけ確認し、急いで外に出て走り出した。

「何これなんで!?」
「街が………」
異変にはすぐに気づいた。今朝まで綺麗だった景色は一変し被災地のように(ある意味被災地だけど)、沢山の建物が破壊されていた。地面もところどころ抉られており、足元はかなり危険だ。

「なんだ。この世界の仕組みを聞いとらんのか?」
走りながら説明を受ける。
キャスターの話では、アナトは元いた住人や動物、虫、植物などの生命力を使って魔獣を作りお母さんへの攻撃に充てていた。通常倒された魔獣のマナは空気中に霧散するものだけど、聖杯魔法瓶の持ち主だったジャガ村先生の意向で一旦魔法瓶に回収してからインフラに充てられていた(この辺りは予想らしいけど)。だから電気ガス水道食料まで充実し、破壊された住宅や道路も修復されて綺麗で快適な街並みだったのだ。

因みに倒されたシャドウサーヴァントのマナは基本はアナト(の依代)が回収して更なる召喚に充てていたが、戦闘現場にジャガ村先生がいれば魔法瓶に回収された。
「アサシン軍団とも戦ったであろう?アレは非常にコストがかかる。あの女神もアレだけは魔力制御に困っただろうな。だからキサマを殺すチャンスを逃した。その上マナもジャガ村に吸い取られた。キサマは運が良かっただけだぞ。アレは本来グガランナ相当に強い女神よ」
そう言えば小学校に到着して戦闘に入った時、アナトが私を見逃してくれた事を思い出した。

「ってそこまで見てたんですか?」
このサーヴァント、イシュタル様を回収したりとかずっと監視して手助け出来るように待機していたって事?
「いや。その辺りは千里眼だ。現場は見ておらん」
………千里眼便利過ぎる。
足元に気をつけて走る。倒れた電柱を跨ぐ時とかはお父さんが手をとってアシストしてくれた。優しい。因みにそういうのをするのがキャスターの仕事だと思うけど喋るだけで手は貸してくれない(文句)

「今朝、我らはバアルの召喚をしていた。そこにキサマらの戦闘だったからな、リンも死にかけておった。状況は知らぬが魔力供給が一時止まったぞ」
「えぇ!?」
驚きと同時に、あの時お母さんとの繋がりを切ってくれたエミヤに感謝する。彼がお母さんのサーヴァントを続行しようものなら、彼女はとっくに死んでいたかもしれない。

「話を戻す。魔法瓶の所有者がトカゲ(恐らくヤムの事)に移った事でインフラ復旧に充てていた魔力をアレの力に使っているのだろう。結果破壊された箇所が本来の状態に戻った」
「それでこの景色………」
ただ私達はこの場所で戦った事がない。って事は私達が来る前とか、居ない時に激しい戦闘があったのだ。アナトの目的はお母さんごと赤ちゃんを殺す事だった。つまりはお母さんの戦闘跡ってわけだ。正確にはエミヤが戦ってきたんだろうけど激戦の連続だったんだろうな。

「!」
地震!?」
地面が大きく揺れ、遠くから爆発音もする。
「決壊したな。急がねばキサマらも死ぬぞ。死ぬ気で走れ」
「はい!」
目的地まで地図上の直線距離なら約1キロ。ただ道路が遠回りしかないのと、途中まで緩い登り坂なのと、最後はエグい段数の石段だと聞く。聖杯戦争の後世間の流れに乗ってバリアフリーに配慮し手すりだけ設置したらしいけど、その程度じゃ全然バリアフリーになってないぞ。

バーン!
(爆発音がだいぶ近づいてる)
本気で走ってはいるものの敵の動きの方が早い。
多分アレだ。地震とか津波とかで家電製品から発火してガス管に引火したとかそういう災害に伴う火事だと思う。それが近づいているって事は当然水も迫っている。
空も暗い。今にも雨か雪が降ってきそうだ。そしたらますます漏電とかスリップとか心配。

「マスター!」
「イシュタル様!」
助かった。やっとイシュタル様が迎えに来てくれた。
「士郎さんも!」
マアンナって定員2人だよね?お父さんも乗れるんじゃ。

「俺はいい。神格低い神を降ろすから、依代には疲れ果てて欲しいんだと」
それでお父さんだけオヤツ禁止だったのか。
「それにほら、あの石段を登れば到着だ」
「…うげぇ」
お父さんが指差す方向、門前町を抜けた先からお山に向かった石段が見える。数えるのが嫌になる段数だ。

「あんなもの王の足で登れるか!イシュタル!我も乗せよ許す!」
キャスターも流石に嫌らしい。それでも態度だけは偉そうにする。
「あの程度ウルクジグラット半分じゃない。お断りよ、体力つけなさい晩年ウルク王」
「おのれおのれおのれ!(怒)」
まぁ確かにジグラットよりはかなり小さいね。
しっしとキャスターを追い払うイシュタル様に守られながらマアンナに乗った。

バーン!ガチャン!
(ヤバい。かなり近い)
爆発が近い、地面も揺れる。石段崩れないかな??あ、でも1年以内に修繕したばっかりだし大丈夫か。
「(水だ)!!」
石段に沿うように飛び上がり、川がある方角を見る。水というより泥。まるでケイオスタイド。っていうか本当にケイオスタイドなのでは??そんな黒い波がついに押し寄せてきた。途中の家々、お父さんの実家やジャガ村先生の家には既に到達しているだろう。至る所で火災が発生し煙が上がっている。

「ヤダあれ、聖杯の泥が混じってるじゃない。ギルガメッシュ以外触れたらマズイわよ」
(キャスターは大丈夫なんだ)
ってお父さんがやばいじゃん!
「イシュタル様。やっぱり士郎さんも乗せましょう!」
引き返しながら改めて地上を見る。水位こそ全然ないが泥はもう目の前まで迫ってきている。

(どうしよ、マアンナでも間に合わない…アレ?)
今なんか、屋根伝いに人影が跳んでいたような。
「あらジャガーマン?」
(やっぱりぃ!?)
そうだよね。正直早過ぎて目が追えていない。けどその動きはカルデアジャガーマンと全く同じ、野性の敏捷性って感じ。そして影はすごいスピードでこちらに、正確にはお父さんの方に向かってくる。

「にゃにゃにゃにゃ!危ないにゃ少年!だが安心せよ!ジャガーに掴まるがよい!」
「おわぁ!?」
掴まれと言いつつジャガーマンは背後からお父さんの腰を抱えて石段を3、4段とばしで駆け上がる。
「我も助けんかたわけぇ!!」
仕方ないんだけどキャスターは放置。文句を言い手すりに掴まりながら必死に階段を登る………が本当に疲れているのだろう、石段の幅も高さも1段1段は大した事ないのにキャスターは膝をガクガクさせながら少しずつ足を進めている。

「大丈夫かなぁ」
思った以上におじいちゃんなんだけど…キャスター。ちょっと、いや大分心配になってきた。
ついには石段の下には泥が到達し水飛沫がかかったのか驚いた仕草をしている。
「大丈夫そうよ、ほら」
「?」
浮上するマアンナと逆。雲に乗ったまま降りてくるお母さんとすれ違った。一瞬しか見てないけど無言の顔には「仕方ないわねぇ」と書いてあるような気がした。

(う〜ん。これは、、、)
きっとジャージでマラソン大会?させるまでがお母さんから彼に下したお仕置きなんだろうな。マスターからサーヴァントの任務失敗に対するお仕置き。ジャージ姿が罰ゲームという生やさしいレベルではない。「お前も必死にやれ」という彼女なりのメッセージな気がする。知らんけど。

「行くわよ。マスター」
「はい」
最後に、お母さんに泣いて縋りつくキャスターを見たような気もしたけど、王のプライドを守る為見なかった事にした。

〜柳堂寺境内〜

『………川が汚染ですか?』
「そうそう。すっかり忘れていたわ」
無事境内に避難して数分後。召喚準備でお父さんの状態をチェックするお母さんから泥の話を聞いた。
今から11年前に行われた第四次聖杯戦争のキャスターによって未遠川は魔術的に汚染されてしまった。しかもそれが放置されたまま第五次聖杯戦争が起こり当時のキャスターに使われてしまったとか。けれども通常は一般人には無害。普段の安全面に影響はないとの事。

「ちょっとプライベートでバタバタしているうちに妊娠して悪阻も酷かったからついつい後回しにしちゃったのよねぇ」
「………俺のせいかもしれないが謝らないぞ」
そりゃ学生、セカンドオーナー、ママ業全部完璧にこなすのは大変だと思うけど、、、。
お父さんは唇をへの字に曲げる。今の状況に後悔はないって意思表示でいいのかな?

「確かにあの泥は厄介だけど触れなきゃ大丈夫☆大分薄めてあるしね。やっぱ神として他所のモノに汚されるのは嫌さ。ヤムもアイツなりに仕事してるんだよ」
呪いとか怨みに嫉妬、人間の闇を煮詰めたような泥を一応正規の神であるヤムが水で薄めているので、ケイオスタイドと比べればかなりマイルド。それ故に触れたらどんな効果があるのか分からないという厄介な泥水らしい。先程若干水飛沫を浴びてしまったキャスターのジャージは濡れた部分が見事に溶けて穴が開いたとか。

因みにキャスターはこの場に居ない。
さっきお母さんが迎えに行ったのは彼に結界を張らせる大聖杯の洞に案内する為。決してよしよしする為ではなく、次の仕事現場へ連れて行くというただの業務。あそこまでへばった部下(サーヴァント)を酷使させるとは、彼女らしいけどキャスターが哀れだなぁと思った。

「アレって精神的に変質させる劇薬みたいなモノでしょ?サーヴァントにすごく効くタイプ」
「アレは恐ろしいにゃ。ジャガーもアレに濡れてから酷い胃もたれがするにゃ」
お腹を撫でるジャガ村先生。胃もたれって辛いんだろうけど、酷さが伝わってこないなぁ。
「それよりジャガ村先生…よく脱出して来れましたね」
なんか一緒にいた時間に対して、いなかった時間が短いから彼女が人質にされたなんて幻のようだ。

「?」
するとイシュタル様が本人達に見えないようこちらを向いて人差し指を唇にあてて内緒のポーズをする。
(なんだろ?)
「マスター。ちょっと…後で」
「うん」
ジャガ村先生はいつもどうりだけどな。イシュタル様の様子から察するにきっと芳しくない。

「ぐだ子にイシュタル、世話になったな」
ふと目があったお父さんが別れの挨拶をしてきた。とても穏やかな顔をしている。ウルク遠坂凛も、自分が生贄にされた時はこうだったのかな?
「いいえ。こちらの方こそお世話になりました」
そんな彼は今、今日の私と密かなお揃い、赤い宝石のペンダントを首につけてもらっている。

「そのペンダント、お似合いですね」
「そうか?こうして首にかけるのは初めてだ」
普段はポケットに入れるだけらしい。
「大事な、お守りなんだ」
お父さんは優しそうに目を細め宝石を見つめる。
そう言えばどうしてカルデアのエミヤ2人もこのペンダントを特別扱いしているのか聞いたことなかったな。

「そう。コシャルって武器製造だけじゃなくて、建築や宝飾も好きなのよ。そのペンダントもきっと大事にしてくれるわ」
「そうか。なら安心した」
「えぇ。アイツはいつでも兄さん大好きって神だから意思まで融合させずに身体を貸すだけでいいわよ。ラクになさい」
(あ、これイシュタル様100%だと制御不能暴れ放題な女神だけど依代のおかげでこうなってますって意味かな)
あとまぁお母さんもイシュタル様も、時に優しい嘘をつく。私に真意は分からないけれど、これらが本当だといいなって思った。

お父さんの身体チェックが終わり、他のメンバーと挨拶を交わす。
恐らくお兄ちゃんも叔母さんもちょっと降霊させて、ルールブレイカーを使えば元に戻るくらいの認識なのだろう。学校に行く家族を見送るような雰囲気で応援していた。
お母さんはバアルと一緒に念入りに召喚陣をチェック。その顔に曇りはない。あくまで魔術師、セカンドオーナーとして仕事をするつもりだ。

その様子を眺めていると背後から声をかけられる。
「マスター。彼女はジャガ村先生じゃないわ」
「え?」
小声のイシュタル様に耳を疑う。いつもどうりのテンションでお父さんを激励するジャガ村先生はやっぱりジャガ村先生にしか見えない。

「霊基がバビロニアカルデアと同じランサークラスに変わってる。なんて言うか普段どおりの擬似サーヴァント?間違いない。さっきまで使っていた依代先生とは分離済みよ」
「えぇ!?じゃあ依代の藤村先生を置いて中身のジャガーマンだけ抜けてきたって事ですか?」
イシュタル様が頷く。
神格が低くともジャガーマンも立派な神霊サーヴァント。はっきり見えるし違和感がない。元々別世界の藤村先生を依代にしているから容姿も一緒だ。

「とりあえずルールブレイカーを持っているのかどうか聞いてみないとだわ」
「確かに。召喚が終わったら聞いてみます」
予備でもう1本あるかないかで余裕が全然違う。それと人質の状況も聞かないと。
けれども召喚の妨げになってはいけない。お母さんには集中してもらわなきゃだ。今はちょっとだけ待とう。

『マスター。お疲れ様です。すみません、なかなか座標が合わず通信が遅れてしまいました』
カルデアのモニターが現れる。マシュとダ・ヴィンチちゃんは元気そうだ。そして残念ながら未来のお父さんはやっぱり居なかった。
『今から召喚かい?』
「はい」
召喚陣の上に座って横になろうとしているお父さんに注目する。最後の最後、横で膝をつくお母さんのお腹をすごく愛しげに撫でていた。
「…………」
私も一度だけ深呼吸をする。大丈夫。絶対ハッピーエンドになるよね。

。。。

「。。。。。。」
みんなで召喚儀式を見守る。下では少しずつ水位が上がってきているだろう。けれども寺院だからなのか神聖な空気がするここはすごく静かだった。
お母さんは順調そうだ。召喚陣の上では半裸のお父さんが寝そべっていて両脇には触媒としてバアルの武器が添えられている。片手で沢山の宝石を溶かしているお母さんは、若いけどすごい魔術師なんだなって改めて思った。さっきまで甘えん坊だったお兄ちゃんも真剣な表情で食い入るように見入っていて、あぁ将来お母さんの後継者になるんだなって妹ながらに思った。この家族に、次は私が加わる。その為に成功を祈ろう。

「…………(これが降霊の儀式)」
儀式は数分で終わった。お母さんの詠唱が始まると少しずつお父さんに光が纏い、光が消えると同時に服が霊衣に変化した。そしてゆっくりと少年(?)が目を覚ます。お父さんとは大分雰囲気がちがった。
片方だけ肩を出した中東らしいスタイル。頭は長いターバンが巻かれていて、ウルクでのギルガメッシュ王みたいにヒラヒラと裾が垂れている。腰には工具をぶら下げる為のベルト、足元は丈夫そうな金属が被せられたサンダル。胸元の赤いペンダントはそのままだった。

「おぉ?」
「やぁコシャル。来てくれて助かるよ。気分はどう?」
「擬似サーヴァントなんぞ初めての経験だがまぁ〜まずまずだな」
コシャルは身軽な動きで起き上がりすぐに立った。一度バアルに向かってニッカリと嬉しそうな笑顔を作ったのち、彼を肩に乗せたお母さんをじろじろと見る。

「こりゃ随分とアンタの嫁さんそっくりな人間だな」
「でしょー?お気に入りなんだぁ。キミのマスターだよ」
ついでにとアナトそっくりな桜叔母さんも紹介していたがそっちはノーコメントだった。コシャルとアナトの関係はそんなに良くなかったのかもしれない。
因みにここに来る前に弓道場に寄ったという彼女は弓道部主将らしく道着に着替えている。初めて生で見たんだけどカッコいい。

「で、今日は何をお望みだい?」
「うん。あのねーアレ作ってアレ!」
「アレっつーと…どれだ?………」
「えーと…アレなんだけど」
大丈夫かなぁ?バアルがアレアレあの時と言うがそんなんじゃ誰だって分からないのでは?
※いちいち名前をつけていないアイテムが多い為非常に説明しにくい
するとお母さんが桜叔母さんを手招きする。

「敵のヤム・ナハルを討伐したいのですがその前にこの礼装を彼に刺して、彼の依代を切り離さなければなりません。彼女の弓の強化と、礼装を飛ばす為の矢を作って欲しいのです」
「ヤム退治か、そりゃ儂がおらんとどうにもできんわな」
コシャルは叔母さんから弓を受け取り多分解析をしている。
「あと材料の用意や報酬は希望ありますか?」
エラいお母さん。そう言えば私ってサーヴァント達に何かお願いしても基本タダ働きで報酬とか考えた事がなかった。

「マスターからは普通に魔力貰えればいいぞ。この身体、材料調達なしで武器作れるとかチート過ぎないか?エラい便利な人間だな」
(あ、マズい)
お父さんの能力って秘蔵中の秘蔵だからカルデアの観測前では控えるべきだった。チラッとダ・ヴィンチちゃんを見れば疑問マークを浮かべながら聞き入っている。

「報酬かぇ。考えた事なかったな。バアルさんなんていつもこの通りおねだりしかしねぇし」
「だってぇ。キミが面白けりゃなんでもいいって言うんだもん。材料調達には付き合うからいいでしょ?」
コシャルは両手で弓を撫でながら会話を続ける。よくよく見れば弓には綺麗なガラスらしき光を反射するものが嵌められてちょっとオシャレにカスタマイズされている。

「ま、強いて言えばマスターのお嬢さん、リンちゃんだろ?」
「?そうですけど?」
あれ?お母さんて目の前で名前呼びされたことあったっけ?無いよね。戸惑ってるもん。依代であるお父さんの記憶から察したのかな?

「まぁうちのバアルさん頼むわ。お人好しで部下想いで理想の王様。気が向いたらそう願ってやって欲しい。信仰こそ神にとっちゃ1番のご馳走だ。でもって儂はバアルさんの活躍見るのが趣味で生き甲斐だからな。お前さんがバアルさんの元におるなら儂は無報酬で協力するぞ」
「…えぇ。分かりました」
お母さんはかなり怪しんでいるのか緊張した顔つきでさっきからずっとお腹をさすっている。
彼に信頼されているバアルの方はと、そんな彼女に頬擦りして彼なりに気遣っていた。

「はいよ、アナト似のお嬢さん、弦替えて全体強化したんだがどうだ?」
「ありがとうございます。わぁ、オシャレになってますね」
桜叔母さんは喜んで受け取り、早速試し射ちしてみる。私に弓のことは全然分からないが彼女の顔を見る限り調子は良さそうだ。

そんな流れでコシャルはあっという間に船(古代オリエントの資料なんかで見る円形の箱)を2隻作り、イシュタル様とジャガーマンそれぞれにヤム討伐専用の槍を作り与えた。
「にゃにゃーん。新しい武器ゲットにゃ!」
「これってマイムール?噂の自律型武器」
「アレの複製な。ランク落としたやつ。ネコ科お姉さんのがヤグルシ改造したやつ。流石にバアルさん以外にゃ自律機能はつけれんよ、ありゃバアルさんの人柄を信頼しての機能だからな」
見た目は刃渡り短めの槍。よく分からないけど本物バージョンは今でいうAI搭載型ってやつだったんだね。
あとコシャルは本当にバアルが大好きなんだな。

「ふ〜ん。まぁいいわ。私のシタより使いやすそうだし」
イシュタル様のシタ…あの生まれた時から握りしめていたっていう逸話がある蛇が生えた武器か。アレは使いやすいかどうかっていう以前のシロモノだと思うな。
※正確には逸話じゃなくてイナンナの讃美歌に出てくるネタです(FGOの絆礼装)

こうして戦闘準備完了。いよいよ本戦に入る。
水位の方は石段の3分の1くらいまで上がっていた(カルデア調べ)
桜叔母さんが作戦内容を告げる。
私とイシュタル様、叔母さんとジャガーマンで船(空を飛べる)に乗って出撃。前半はイシュタル様が敵の気を引き私は彼女の援護。叔母さんとジャガーマンで人質の救出及び慎二おじさんをヤムから切り離す。あとはイシュタル様メインで撃破&聖杯回収。めでたしめでたしって計画だ。

他だと今お母さんとお兄ちゃんで、お父さんの養父切嗣お祖父ちゃんのお墓参りをして願掛け中。でもってキャスターとコシャルでここの陣地を守るという配置だ。さっき結界張りから戻ってきたキャスターはとっても不機嫌で、十中八九この後のお母さんは彼のご機嫌とりがメインの仕事になるだろう。

「では皆さんよろしくお願いします」
「あ、待ってください。ちょっと確認したいことが………」
ジャガーマンに自身の状況を聞く。やっぱり彼女は純粋なサーヴァントになっていた。
ヤムに誘拐され、彼に降伏するよう説得を試みたが失敗。仕方なくルールブレイカーを使って依代をそのままにしジャガーマンだけで脱出してきたらしい。

ジャガーも苦渋の決断だったにゃ。ヤツの依代は我が依代の生徒。無理すれば我が依代も連れて来れたが、教師として残るとハートが叫び、シロウを守ってほしいと願われたにゃ。よってジャガーだけ抜けた。あのギザギザ剣はそのまま先生が持ってるにゃ」
「この特異点で降霊された依代は、擬似サーヴァントになった間も記憶があります。意識はあるけど身体を乗っ取られたという感覚ですので、藤村先生は兄さんに邪神が乗り移っているという認識だと思います」

教師は生徒を助ける立場。
(だから放っておけないと)
一般人の考え方ならそうなるよね。
「いいんじゃない?どっちみち2人の救出はセットで行う予定ですもの。一緒にいるなら問題ないわ」
そうだね。よっぽど頑なにおじさんを先に!って言われない限り大丈夫だ。

「敵の目的は、ただのストレス発散と思われるにゃ。別にこの街でやりたい事なんてないにゃ。はじめはあったかもしれないにゃが、泥水のせいで暴走しているんだにゃ。受験に失敗して何もかも嫌になった生徒みたいにゃ」
「因みに兄さんは第1志望大に合格してますので、依代は関係ないですね」
つまりまた八つ当たりかぁ。ウガリットの神って八つ当たり多いのかな?
そんなことを考えながらシンプル過ぎる船に乗る。パラパラとみぞれが降り始めてしまい足元がちょっと滑った。

「ところでこの船ってどうやって動かすんですか?」
見たところハンドルもなければ櫂も用意されていない。
「人質解放してヤムのヤツ倒すんだろ?船が勝手に動くからお前さんは落ちんよう掴まっとけ」
すごいけど雑!

「まぁ大丈夫でしょ。アイツモノづくりと兄さんにしか興味ない変態だけど腕だけは確かよ」
生前から顔見知りらしいイシュタル様がそう言うなら大丈夫か。
なんにせよ今は彼を信じるしかない。最古のAI搭載だと思って任せてみよう。

〜未遠川〜

イシュタル様と船に乗ってヤムの元へ飛んでいく。深山町の地上は一面泥水なんだけど川の向こう側、堤防より先は特異点外だから日常風景という不思議な景色だった。
その川の中。噴水のように水が上がっている場所に人影があった。
(あー。なんか、ドラゴン◯ールの悪役っぽい?)
若い慎二おじさんが水着一丁になって更には髪の毛が桜叔母さん同様真っ白になっている。そこに爬虫類の大きな尻尾が生えていて、頭にも◯リーザ様っぽい飾りが生えていていかにも悪役って感じだ。寒そう。

「わざわざ川の中で待っててくれるなんて随分と親切ね」
(確かに)
イシュタル様の言う通りだ。海と川の神だからティアマト同様水辺から離れられない可能性もあるけど、一面泥水になったにも関わらず柳堂寺まで攻撃しに来ないのは意外だ。

「未遠川の伝説ですけど、川に住み着いた竜神を柳堂寺の当時の住職が竜を口説いて鎮めたそうです。だからお寺には近づきたがらないのかもしれません」
桜叔母さんが説明してくれた。
へぇ。避難所を柳堂寺にしたのは、立地や霊脈問題だけじゃなかったんだ。
なら川にギミック作っての待ち伏せってわけではなさそうだな。

依代を使っている間は私には攻撃が当たらないはずです。視界は悪いですが、隙を見て撃ちますね」
流石お母さんの妹さん。ほぼ一般人なのに頼もしい。
ジャガーはこの命に替えても先生の救出を頑張るにゃ」
「その先生ですが…見当たらないですね」
最後に見た時はヤムの尻尾に巻き取られる形だったはずだけど、、、現在のヤムは手ぶら。
「ちょっと探してくるにゃ」
えぇ!?
ジャガーマンはヒラリと船を降りると泥水の中に堂々と突っ込んでいった。大丈夫かな?胃もたれ

「じゃあ一応、声かけてくるけどどうせ報復しないでしょうから適当に始めちゃって」
「はい」
イシュタル様も船から飛び立ちヤムの元を目指す。
「!」
水面から水柱が現れタコとかイカの足のように形を自在に変えてイシュタル様を追いかけてきた。ガンドを撃ち蹴散らしながら前へ進む。

「ヤム〜!一応聞いておくけど白旗あげる気ある〜?ケチョンケチョンにするわよ〜!」
「へぇ。わざわざ気遣うなんぞ随分と丸くなったなイシュタル」
「…………?私、アンタと知り合いだったかしら?噂だけは聞くけど」
え〜?普通に友達に声をかけるテンションだったよ。

「心配するな。こっちも噂でしか知らん。だがアナトの師とあっちゃバイオレンスなんだろ?」
「失礼ね。私はニンゲン血祭りなんてしないわよ。ちょっとお山をぶっ飛ばしただけだわ」
(どっちも怖いよ!)
あとお山ってエビフ山だよね?ピクニック感覚で滅ぼしちゃうアレだよね?大迷惑だよ。

「…………」
それはそれとして弓を構える桜叔母さんが困っている。足場が不安定なのもあるけど水柱がけっこう厄介だった。
「イシュタル様!桜さんの援護してください!」
「え?あぁいいわよ?じゃあねヤム、宣言どおりケチョンケチョンにやっつけてあげる。この私に倒されるのだから光栄に思いなさい!」
「どうだか、この世界諸共道連れにしてやるよ」
宣戦布告。いよいよ本格的な戦闘開始だ。

「すみません。水が邪魔で矢を射てず」
「ok。じゃあ水柱の根本を破壊しまくるわね☆」
(下にジャガーマンもいるはずだけど大丈夫かなぁ?)
イシュタル様はガンドや槍で水柱を壊しまくる。水柱はすぐに復活するがイシュタル様が壊すペース方が圧倒的に早い。ちょっとだけ時間神殿での魔神柱戦を思い出した。

「桜さん、私が(船で)飛び回って彼の気を引きます」
「はい!」
私の声に反応したのか船は自動で上昇しヤムの周りを不規則に旋回する。
「うざっ!ハエかよ!」
ハエ…メソポタミアでは死の象徴だけどエジプトではお守りとして扱われるらしい…ヤムのところだとどっちなんだろ?なんにせよ鬱陶しいよね。

「ガンド!」
「ちっ!」
(ふふん。鬱陶しさ3倍でしょ!)
旋回しつつさらにガンドを撃ってやる。魔法少女じゃないから威力はないんだけど、当たれば地味に痺れたり動きが鈍るのだから嫌でしょうよ。
(桜叔母さん今です!)
敵に聞かれちゃいけないので視線だけ送り心の中で応援する。

「………(兄さん!)」
(頑張ってー!)
桜叔母さんがヤムの斜め後方から矢を放つ。一直線に向かう矢は、ルールブレイカーを鏃にしている。これが先っぽだけでもヤムに刺さればミッションクリア。逆に失敗すれば貴重なルールブレイカーを失う事になる。

「ふんっ!」
「!」
(あぁっ!)
まさかのシャフト(矢の軸部分)を片手でキャッチされた。失敗だ。

「残念だったな。妹の企みなんて見え見えだバーカ!」
(文字通り一本取られた)
元々反射神経がいいんだろうけど、動きを読まれていたのか。だからって矢を掴むなんてサーヴァントにだって難しい。桜叔母さんと同じく弓道経験がある依代だから軌道が見えたのかな?

「に、兄さんでしたらそもそも射たせもしません!バカはそちらです!」
「はあぁ!?」
桜叔母さんはヤムに向かって普通の矢を射ち、ヤムは掴んでいた矢のルールブレイカー部分で薙ぎ落とした。
(?)
叔母さん、何でそんなヤケクソみたいなことをするんだろ?と疑問に思ったが、視界の端に入ったものから察した。

「慎二君!」
(先生!)
ヤムの背後。下から藤村先生を肩車したジャガーマンが飛び上がって来た。
「!?」
そして名前を呼ばれ反射的に振り返ったヤムの肩に、藤村先生がルールブレイカーを刺す。

「兄さん!」
ヤムが振り返る瞬間から桜叔母さんの船が急降下。
ジャボーーン!
「冷たあぁぁ!!」
私は逆に後退しヤムから距離をとりながら船を傾けて下を覗く。
どうやら向こうの船にジャガーマンと藤村先生は無事着地。流石に慎二おじさんの回収は間に合わなかったみたいだけど、イシュタル様が拾って船に乗せていた。

(とりあえず慎二おじさんと先生の救出は成功)
次はヤムから聖杯を回収。イシュタル様とジャガーマンに戦ってもらう。
ジャガーマンは自由に飛べないから船を明け渡した方がいい。
ジャガーマンさん!船交換しましょう!」
「OKにゃ」
船が自動で並び、ジャガーマンがこちらに飛び移り私はイシュタル様にアシストして貰って移る。

「さささささ寒い死ぬ〜!なんで俺だけ水着なんだよ!おかしくないか??」
「慎二君私のカーディガン着る?」
「要るかよ!びしょ濡れじゃんか!」
「すみません、私も手持ちがなく」
失敗した。私もジャージ置いてきちゃった。
なぜおじさんだけ半裸で水着なのかは不明だけどミゾレが降る中この状態はまずい。

「マスター、こっちは任せて行っちゃって?」
「ごめん。ありがとう」
ジャガーさん頑張ってー!」
「お任せにゃ〜!」
イシュタル様とジャガーマンを置いて柳堂寺へ戻る。向かい風が冷たい。ミゾレも雪に変わりそうだ。
慎二おじさんもだけど、全身びしょ濡れの先生も心配。2人とも疲弊していてずっと無言だった。

〜柳堂寺〜

「こっちこっちー!」
境内に戻るとお兄ちゃんが出迎えてくれた。
「母さんが僧坊を暖めてくれてるんだ。そっちで休んでって」
「助かる〜〜」
今は何より熱源が欲しい。お母さん本当にお母さんしてるな。マジ天使。

〜僧坊〜

「母さん、到着しました」
「おかえりなさい」
お兄ちゃんに案内されて純日本建築って感じの建物に入る。新しいのか改装されたのかすごく綺麗。畳敷の広間ではおじいちゃん家にあるのと同じ大型の灯油ストーブが数台。その上にはヤカンが置いてあり薄く湯気を吐いていた。ストーブのそばにはちょっとした台が置いてあり、その上でバスタオルや運動着が温められている。
でもって部屋の端、壁際ではお母さんのサーヴァント2人が酒盛りをしていた。ワインかな?そしてその逆側の壁にはー。

『マスター!お疲れ様です!』
「マシュ、ダ・ヴィンチちゃん!」
カルデアとの通信も繋がっている。体感的には30分も離れていないはずだけど久々に感じた。
私が再会を喜んでいる中お母さんはテキパキと動き、寒がっているおじさん達にタオルや服を渡していく。そして定位置と言わんばかりに彼女の胸にはバアルがくっついていた。

「一成の部屋漁ってきたから慎二はそっち使って?」
「なんか…まぁいいや。どうも」
一成…なんか聞いたことある名前だな。お母さん達の同級生かなぁ?慎二おじさんは衣類を受け取って腰にタオルを巻き着替えを始める。

「先生方は、誰のか分からないんですけど女性向けの作務衣を拝借したのでよかったら」
「ありがとうー!緊急事態だもんね!今なら仏さんも許してくれるわ!桜ちゃん、あっちで着替えよ〜!」
「はい。ありがとうございます」
桜叔母さんも先生も体調は大丈夫そうだ。疲れてはいるだろうけど低体温症になる前に避難できてよかった。

『状況はどうだい?』
ダ・ヴィンチちゃん達に状況を報告する。その間お母さんとお兄ちゃんは慎二おじさん、次に私のところまで温かい飲み物と湯たんぽを配ってくれた。
聖杯の持ち主が変わった事で充実していたインフラは停止。電気がないからファンヒーターは使えず灯油ストーブのみ。ガスも水道もないからミゾレを集めてストーブで沸かして湯たんぽにしたそう。あと朝のうちに四次元なリュックの中に大きな魔法瓶を入れていたおかげで飲み物がちょっとあるとか。

「随分と用意周到だな。流石は遠坂ってところか」
「もういないけど、私のアーチャーが用意してくれていたのよ。災害非常時用マニュアルだったか、本を読むように勧められたのよね。あ、飲み物はネトルのハーブティーよ」
なるほど。エミヤならこういうサバイバルに強そう。

「あの日本茶みたいな味のハーブか?」
「そうそれよ。鉄分とか栄養豊富なの」
「ふ〜ん」
ちゃんと妊婦さんを考えたチョイスなのも流石はエミヤ。

「で、お前の体調は?顔色悪いじゃん」
え?そんな悪い?思わず振り向いて目視確認するが部屋が薄暗いのとストーブの灯りが赤いからよく分からない。
「平気よ。私より裸だったアンタでしょ。流石に水着一丁は想定外だったわ」
「いやマジでそれ。他のは服着てて俺だけ裸体とか、ありえないんだけど。まぁでも裸体を晒すのが俺でよかったよ。美しい身体を崇めて聖杯も喜んでるんじゃないか?」
どえらいポジティブだな。

(おじさん…アレでもだいぶマシになったんだね)
今(未来)でも自意識過剰気味だなぁと思ってるけど、まだ客観的視点が多いからここまで気にならなかった。けどこの時代のナルシストぶりは本当にすごいな。お笑い芸人のコントネタみたい。
お母さんも小さく「えぇアンタで何よりだわ」と話を流していた。

ここで着替え終わった桜叔母さん達も戻ってきた。2人ともお茶と湯たんぽにすごく喜んでいた。
雰囲気も良くなってきたところでカルデアも交えおじさんと藤村先生に自己紹介をした。先生は完全に一般人だから普通は状況説明もしないけど、ここまで関わったのなら概要全て話した方がいいだろう。
先生は「時間警察みたいなものよね。SFみたい!」といった反応だった。

「母さん、かけるもの要ります?」
(?)
みんなの自己紹介が終わる頃、お兄ちゃんの声が聞こえてそっちを向く。
(???)
見ると最初は部屋の中央を向いて酒盛りをしていたはずの男2人が壁側を向いていて、多分、コシャルの方はあぐらをかいたままウトウト寝ている。今更だけど擬似サーヴァントってお酒飲んでいいのかな?身体はアルコール耐性ないんじゃない?

「何かありました?」
一応この場からお兄ちゃんに話しかけてみる。
「しー」
するとお兄ちゃんは静かにしろと口に人差し指をあてる。よくよく見ればキャスターの傍からはお母さんの髪の毛が垂れているように見えた。
(もしかしてお母さんも寝ちゃってる?)
なんで今?人前で寝るようなキャラじゃないのに。と怪訝に思っていれば、、、。

「ちょっと!オレが潰れ…もふぅ!」
「!!(小声で何か言ってる)」
(???)
キャスターの背中が丸くなり、頭を向こう側に下げて、、、お兄ちゃんもバアルも困ってるし、え?まさか?
(不倫現場?)
「……………」
キャスターじゃなくてもギルガメッシュ王ならやりそう。てか生前しまくりだったはず。
いやそうじゃない。

(どうしよう)
ぶっちゃけお母さん本人は気づかないと思うけど、桜叔母さん達に気づかれたら地獄絵図になるのでは?ここは黙って気づかないフリをしておくべき?
(でもお兄ちゃんの教育に悪いんじゃ)
あ、でも未来のお兄ちゃんを考えるとそういう知識とか認識はまともな方だと思うし放っておいた方がいいのかな?

『マスター?どうかなさいました?』
「え?あ、私、そろそろイシュタル様のところ戻った方がいいかなって」
流石にピュア過ぎるマシュの前でこんなドロドロした話なんか出来ないよ。
それに自分のサーヴァントが戦場に残っているのだ。やっぱりマスターとしてイシュタル様のサポートに行くべきだよね。

『そうですね。皆さん落ち着いてきたようですし。モニターを切り替えますね』
通信画面からレーダーのモニター映像に切り替わる。
『サーヴァント反応…イシュタルさん、ジャガーマンさん、敵1体の反応確認出来ました。場所は暫く変わっていないようです』
「じゃあ私戻ろうかな」
立ち上がったついでにお母さんのところへ行く。
ここまで彼らは私達の会話には一切入ってこなかった。一応動きを伝えるべきか。

「えっと…」
「母さんとコシャルさんはお休み中。伝言なら僕が受けるけど?」
まさかお兄ちゃんに対応される。あとやっぱり生意気。本当に小学生かよ。
「あー…サーヴァントまでお昼寝なんて珍しいね」
精一杯笑顔を作ってお兄ちゃんの生意気対応に対抗してみる。するとお母さんを抱き抱えすっかりご機嫌に戻ったキャスターが振り向いてきた。

「ヤツの盃に睡眠薬を盛っておいた。リンは我の魔術で直接な。魔術の効果は5分程度に調整しておる。安心せよ」
「いや眠らせる時点で安心出来ませんけど」
カルデアとはサーヴァントとマスターの関係が違うのだ。これも戦略。キサマが気にするでない」
キャスターは楽しそうにお母さんの髪の毛を弄る。するとぴょこんとバアルが飛び上がってきた。

「一応言っておくけどキミ達がさっき使ってた船なら解体したよ?」
「えぇ!?」
嘘でしょ!?イシュタル様のところ戻れないじゃん!
「魔力の節約?まぁワケあって船は戻り次第消そうってこっちで決めてたんだ」
魔力の節約………。まぁ確かにお母さんは結局キャスター、バアル(マスターはお兄ちゃん)、コシャルと3体を養っている。未来のお母さんへの負担を考えても節約するに越した事はないけど。。。

『マスター!速報です!』
後ろからマシュに呼ばれる。
「う〜ん(眠)……え?(醒)アンタ近い!」
「今さらではないか」
あ、お母さん起きたっぽい。寝てたのにごめんね。あとやっぱりキャスターの距離感おかしいよね。けどさっきのチュウ(多分)は見なかった事にするよ。

「どうしたの?あと船は解体しちゃったって」
『エネミーとジャガーマン計2体の反応が消滅。イシュタルさんが戻ってきます』
ジャガーマン消滅!?」
ジャガーさんが!?」
嘘でしょ!?別れの挨拶なんてしてないのに!
藤村先生もショックを受けている。

「母さんどちらに?」
「ちょっと…」
そして背後からは親子の会話。もしやお母さん外出する気?
もぉあっちもこっちも動くから…どこに集中すればいいか分からないよ〜。
ジャガーマン、サーヴァントの消滅ってどういう事なんですか??」
藤村先生はショックでヒステリック一歩手前だ。モンスターペアレントの如く迫ってくる。
そりゃ先生にとってはこの特異点で過ごす間ずっと身体を共にしていた半身。ショックだとは思うけど落ち着いて欲しい。えーん、どうしよ???

『私がご説明させていただきますね。マスターはイシュタルさんのお出迎えを』
「ありがとう。お願い」
一先ず先生を座らせ、マシュに対応を任せて外に出る。
目の前では雲に乗ったお母さん&バアルと、キャスターが並んで歩いていた。
(周囲の様子確認かな?)
3人?はどうやら山門へ行くらしい。私は視線だけで見送って、船を発着させた広場に向かう。

。。。
「本当に船がない」
コシャルはお父さんの投影魔術で船を作ったから解体も一瞬で出来る。ゴミも0。ただこの世界に要らないと念じるだけでいい。それだけで彼の作品は無に還る。
(でもなんで消しちゃったんだろう?)
一度作った作品の維持に魔力は消費しないはず。バアルからの説明にはイマイチ納得が出来なかった。

お母さんから見た私は別陣営だ。お母さんとキャスター達はカルデアに対して常に一線引いている。あとお兄ちゃんと依代にされていた3人はあくまで自分の保護下。戦闘方針の話はしていないらしい。けれども絶対、キャスターの千里眼もあるし、私の知らない情報も持っている。けれども必要になる時までお仕事くれない。顔見知りだけに余計モヤモヤしちゃうよ。

「マスター!」
「イシュタル様!お疲れ様です!」
雪の中でもフルスピードで飛んでくるイシュタル様を見て少しだけ安心した。ちゃんと五体満足。
「聖杯!回収してきたわよ!」
「すごい!大手柄です!」
イシュタル様は優勝カップの如き金色の杯を空にかざす。これで元の時代に帰れる。未来で待っているお母さんが助かるんだ。

(でもお父さんが………)
この時代のお父さんを元に戻す方が先だ。万が一は大変困る。あと。
「あの、ジャガーマンって」
「ヤムと相討ちになったわよ。華々しく散ったわ」
「…そうですか」
やっぱり消滅、正確には退去したのか。今までのお礼、言っておきたかったな。
あとジャガーマンと一緒に船も破壊されて消えたらしい。武器はイシュタル様が持っている槍だけ無事。

「まぁカルデア帰ったら労ってあげなさい。別存在でも気分が違うわよ」
「そうですね」
まだ特異点修復ミッションは完遂していない。しょげている場合じゃないよね。
お父さんにも復活してもらって、ジャガーマンとも一緒にカルデアでご飯したいな。
だから望み薄ながら1つ確認しておく。

「あの、ルールブレイカーってもう持ってないですよね?」
「ないわよ。ヤムが矢をへし折ったら綺麗に消えたわよ」
「そうですかぁ…」
って事は、藤村先生に聞かなきゃだ。見た感じ無さそうだけど。
イシュタル様を連れて僧坊へ向かう。

〜再び僧坊〜

「聖杯回収出来ました」
「イシュタルちゃん流石です!」
部屋に戻り先ずはマシュ達に報告する。
すると真っ先にお兄ちゃんがイシュタル様を褒め称えた。やっぱりちゃんづけはどうかと思うけど、満更でもないといった顔をするイシュタル様は喜んでいるだろう。
『お疲れ様です!』
『ご苦労様。すぐに帰還かい?』
もちろんマシュ達も喜んでくれているけど………。

「あの、そちらの士郎さんの様子は…?」
一刻も早く修復して帰りたいのも本音だ。けれども今回は修復任務だけでは済ませれない。
『残念ながらお変わりありません』
(聖杯を回収しても、お父さんの意識不明はそのまま)
やっぱりコシャルと分離させなきゃダメって事だよね。チラリと本人を見るけどまだ寝ているのか背中を丸めたままこちらに背中を向けている。

ダ・ヴィンチちゃん。引き上げるのはもう少しだけ待って欲しいです」
お父さんをそのままにして帰るなんて無理だ。ウチの歴史が変わってしまうかも。弟や妹達だってどうなっちゃうか分からない。未来のお母さんのお腹にいる子だって、家族みんなに会えるのを楽しみにしているはずだ。
『もう少しってどのくらいだい?』
「それは………」
今はこの場にお母さんもキャスターもいない。自分で決断しなきゃ。っていうかいつも自分で判断してサーヴァントに助けてもらう流れだったのに、どうも今回は判断力が鈍る。

「待ってください。このまま貴方達が帰ったら、士郎は元に戻らないかもしれないんですよね?」
藤村先生が立ち上がる。
一体マシュからなんて説明を受けたのか、藤村先生は擬似サーヴァントの話まで聞いたようだ。
「その可能性は否定出来ません」
一応先生にもまだルールブレイカーを持っているか訊ねるも、慎二おじさん救出時に川に落としてしまったんだそう。やっぱりあのアイテムはない。次なる策は…。

「マシュ、私がここでメディアさんを召喚するのは可能?」
『すみません、不可能ではないですがかなり難しいです。カルデア式召喚は私の盾を使いますし、凛さんが管理されている霊脈を使わせて貰うことになるので彼女の許可が必要ですし、メディアさんはすでにシャドウサーヴァントとしてアナトに召喚使役、そして敗退させられた可能性が高いです。再召喚としてこちらの呼びかけに応えられるか分かりません』
う〜ん。召喚に応じてもらえるかはやってみたいと分からないけれど、そもそも霊脈の使用にも許可がいるのか。どうしてもお母さんがキーマンだよね。この特異点ってお母さんの庭だから結局はお母さんの指示なしでは動きがかなり制限されるってわけだ。

「じゃああたし、遠坂さん呼んできます。りっちゃん、お母さん何処に行ったか聞いてる?」
先生は言いながらバスタオルを羽織り出入り口へ向かう。
「山門で外の様子を見るって。けど邪魔になるから行かない方がいいよ」
「私もここで待った方がいいと思います。姉さんは先輩をそのままにするような人じゃありません」
「そうそう。行ったところで僕らに出来ることなんて無いし気を遣わせて足手纏いじゃん?」
お兄ちゃん達は口を揃えて引き止めようとする。魔術に関わる者ならお母さんとの格の差を実感しているだろう。けど完全に一般人な先生に通じるだろうか?

「でも全然戻って来ないじゃない。せめて早く戻ってって言わなきゃ。じゃああたし行ってくるね」
ピシャリと襖を閉めて行ってしまった。
(なんだろう?なんか、違和感がある)
「行っちゃいました…ね。私も行った方がいいでしょうか?」
「いんじゃないか?あぁ言いながら1人になりたいのかもよ?僕やお前と違ってあの着ぐるみと仲良さげだったじゃん。いろいろ思うとこあるんじゃないか?」
そう言われちゃ止められない。おじさんの考察には一理ある。

「ところで泥の効果ってどう?王様は汚れるからジャージ脱げないってすっごく嫌がってたけど」
(あ、あのジャージって汚れ対策だったんだ…)
キャスター、なんだかんだでまだジャージ着るんだって思ってた。
ジャージの件は置いておきお兄ちゃんの疑問はすごく大事だと思う。ケイオスタイドで変質した牛若丸の変化はとても分かりやすかった。けれども今回のジャガーマン含めて4人への影響は見た目じゃ分からなかった。特に先生。おじさんと叔母さんは魔力を取られたからか白髪になってるけど先生は変化ないんじゃないかな?

「私ですか?そうですね、かなりありますよ?けど間桐も水属性の家系ですので制御は出来ているつもりです。出来てますよね?兄さん」
「内容知らないのに出来てるかどうかなんて分からないよ。そこを聞かれてんだろうが」
やはり泥の影響はあるらしい。桜叔母さんは言いにくそうに口を開く。
「私は、嫉妬とか執着とか醜いものが増幅されるようです」
そうなんだ。全然見た目も行動に出ていない。本当に制御出来ているようでよかった。

「私、姉さんに、新入りサーヴァントがベタベタ付き纏っているのが許せません」
「桜ちゃん大丈夫。それ泥関係ないと思う。普通にみんな思うよ」
秒でフォロー?するお兄ちゃん。てか聞いておいてアレだけど桜叔母さんて心配するほど泥浴びてない気もしてきた。水飛沫がかかった程度だもんね。言う程泥の影響ないよね。

「そうだよねりっちゃん。次に金ピカが姉さんを抱き抱えたら姉さんを強制的に奪還して金ピカだけ影に食べさせようって思ってるもん」
(あ、やっぱ異常だわ)
影に食べさせようって何だろ?アナトが使ってきた触手攻撃みたいなやつ?
あとさっきのチュウが気づかれなくて本当によかった。本っ当によかった〜。
「うんうん。でも王様は頼りになるから我慢しようね。慎二さんは?」
笑顔でコメントを返すお兄ちゃん。この人、子供の頃からフェシリテーター向いてたんだ。

「僕は逆さ。こう普段の男らしさ?気に入った弱いヤツを守る当然の戦いとか、テリトリー広げる野心とかぜーんぶどうでもいいっつーか、空虚でもないけどモチベーションが上がらない感じ?まぁ結果的に大人で落ち着いた、これはこれでクールな美男子枠に収まったってカンジかな?」
「良かったですね」
「兄さんがクールで助かります」
(結果的に泥被った方がプラス影響とかあり??)
ただ良くも悪くもだろう。おじさんとお父さんは20年後も仲良しさんだけど今のおじさんはお父さんへの関心が薄いって事だ。つまり助ける意欲も低め。

カルデアのマスターちゃんはどう?」
「え?私??」
まさか私も聞かれるとは思わなかった。あとお母さんに合わせてるのかお兄ちゃんもぐだ子呼びはしない気なんだね。
「どうだろ?」
変化を自覚出来る程普段の自分を分析していないしな。

「あぁウチのマスターって耐毒性高いから変なのに触ったり食べたりしても平気なのよ」
イシュタル様がフォローに入ってくれる。
「でも今までの任務中よりはキレがないと思うわ。泥の影響じゃなくて雰囲気に呑まれてるっていうか」
「キレ………ですか?」
雰囲気に呑まれてる………。こうして未来の親戚と和んでるって話し?

「マスターとして、この後どうするか決めた?いつまでマシュ達を待たせるのか考えた?それとも聖杯回収は出来たしこのまま現地民とダラダラお喋りしている気?」
「…………」
自分のサーヴァントの言葉で我にかえる。そうだ。和んでいる場合じゃない。
「貴方ここのマスターよりマスター歴も戦歴も圧倒的に長いんだからしっかりしなさいよ。プロでしょ?お給料貰っているんだから」
「すみません」
そうだね。なんだろ?お母さんと合流してから?なんだか受け身になっちゃってたかもしれない。

「本当そう…ですね」
でも本当にお母さんがいないと話が進まないんだよね。
「マスターちゃんが母さんところ行けば?」
(え)
まさかのお兄ちゃんがアドバイスしてくる。

「僕は母さんにここのホストを任されているから、ゲストがいる間はなるべく外に出ないようにしているんだ。それぞれのお仕事した方がいいんじゃない?イシュタルちゃんはちゃんと仕事してきたよ」
「あらりっちゃん言うわね〜」
お兄ちゃん………見た目のせいでバチくそ生意気だけど間違ってはいない。
「そうだね」
ここは素直にお母さんところ行くか。そう考え直して出入り口に向き直ると小刻みな足音が近づいてきた。

パァン!!
「どうしようアタシ!」
ものすごい勢いで襖を開けて入ってきた藤村先生。雪のせいか髪の毛に水滴がついている。そしてそのまままっすぐ桜叔母さんのところへダッシュしてヘタリと力尽きるように座り込んだ。
「藤村先生?」
「どうしました?」
明らかに様子がおかしい。多分本人もそう思っている。

「大河ちゃん、とりあえずお茶飲む?落ち着くよ?」
「ううん。後で大丈夫。ありがとうりっちゃん。それより…」
藤村先生が桜叔母さんの両肩に手を乗せて頭を下げる。
先生、宣言どおりならばお母さんと接触したはずだ。お母さんと喧嘩でもした?今のお母さんはバッサリ他人を拒否しちゃうから口論になっても仕方がない。心の余裕がない先生なら尚更だ。

「アタシ、遠坂さん、水に、突き落としちゃった」

「「「!?」」」
あまりの展開に部屋の中が静まる。
(嘘でしょ??なんで?)
やっぱり喧嘩?それよりお母さん大丈夫なの?

「嘘を申すな狸。我がマスターは突き落とされてはおらぬ」
ギルガメッシュ!?」
「!?」
振り向けば廊下から大変怒っているキャスターが現れる。ジャージ姿じゃない。いつものウルク霊衣だ。
けどこんなに怒っている彼は見た事ない。率直に言って怖い。立っているだけで膝が震えだした。

「母さんに何があったんですか?」
そんなキャスター相手だというのに、お兄ちゃんは顔を強張らせながらも立ち上がり堂々と話しかける。
「八つ当たりで殴られた。リンも偶々地に足をつけていたものだから、雪で滑り泥に突っ込んだわ」
恐らく石段の上か途中。見張りか様子見をしていたお母さんは、いつも陽気にしていた藤村先生に殴られた。。。どうして?

「無事なんですか?」
「さぁな。本人も狸に言っておったが事前に対策していた故泥の影響はない。だが何処かでトカゲが残っておるようでな、今も水位が上がっておる」
「アイツ消えてないの!?」
ヤムは聖杯を渡してきた(?)のに死んでいない。
ありえなくはない。敵の目的は聖杯とは限らない。ヤムの目的は他にあるって事なんだ。

「あぁ。そこで探しておったら狸が襲ってきたのだ。一方的にな。それはさておき、イシュタル貴様の責任でもあるぞ、今すぐリンの屋敷へ飛べ」
「は?」
(お母さんの実家!?)
「水位が上がりじきにリンの工房まで泥に侵される。さすれば過去未来ともに彼女は終わりだ。本人は既にバアルと飛んでおる。庭の結界を突破された」
アーちゃんが守っていたお母さんの工房。未来のお母さんと繋がっている術式。これらを破壊されればどちらのお母さんも即死。

「早く行ってくれ!ヤムはバアルに八つ当たりする気なんだ。遠坂が巻き込まれる。今のアイツには戦う体力がない」
「イシュタルちゃんお願い!」
お兄ちゃんもおじさんも顔が青くなっている。
「マスター!」
「行きます!ギルガメッシュ王、聖杯管理お願いします!」
あ、つい真名で呼んじゃった。いいや今は緊急事態、聖杯をキャスターに預け部屋を飛び出す。
マアンナに乗せてもらい、イシュタル様と全速力で遠坂の屋敷へ飛んだ。

「……………」
(酷い)
道中の地表は殆ど水没していた。屋根すら見えなくなった家屋も多いだろう。
魔力が薄いからなのかカルデアのモニターでは気づけなかった。もっと早くお母さんの傍に行っていれば、早く気づいて、一緒に対処して、こんなに苦しい思いはしなかったかもしれない。

(お父さんだけじゃない。お母さんも喪うかもしれないんだ。そんなの悲しすぎる)
泣きそう。
「マスター、しっかりして。アナタの母親まで死んだらアナタも消えるかもしれない」
(お父さんと、お母さんも一緒。正直それならそれでと思わなくもない)
だって私が愛した人達みんな消えちゃう。そんな世界生きるだけ辛いよ。そりゃ今までの苦労を終わらせるのは勿体無いよ。けど終点が自分の生まれた場所ならアリかなって思っちゃうじゃん。

「あんなんでもりっちゃんもギルガメッシュもアナタに会えるのをすごく楽しみにしているわ」
「………はい」
私もキャスターはともかく、お兄ちゃんにはせっかく新しく出会えた家族を失わせるのは申し訳ないとは思う。
「それにこの依代もだし、私も娘を産んであげられなかったから、アナタの母親には、無事アナタを産んで欲しいって個人的に願ってるわ。良い夢見たいのよね」
「………え?」
思わずイシュタル様の横顔に視線を向ける。処女神と言われる彼女に娘がいたなんて神話は聞いた事がない。それに女神様は時に優しい嘘をつく。ただ今回は嘘とは思えなかった。

「何よりアナタの母親が諦めていないでしょ?マスター。私はウルク勝利の女神イシュタル。絶対に勝たせなさい。兄さんにも、そろそろカッコいいとこ見せたいしね。むしろいい機会だわ」
いつもの凛々しい勝ち気な笑顔。女神様がそう言うのならしょうがない。そうだね。わりと諦めが早い性格のお母さんだって、今回は諦めていないもんね。
「…はい!」
やれるところまで、やってみよう。

遠坂の屋敷が見えてきた。庭どころか玄関の段の上まで泥水が到達している。
しかも庭では、今まで見た事のない姿で実体化している敵と刃を交えている…杖が見えた。
(ルビー!?お母さん達を庇ってくれてるんだ)
扉にはお母さんがこちらに背中を向けたまま張り付いている。扉の結界を強化させているのかもだけど、苦しくてもたれかかっているようにも見えた。

「あ〜れ〜〜!」
ルビーが敵に捕まりポイっと遠くに投げ飛ばされてしまった。
「んじゃ、先ずは1発挨拶しましょっか☆」
「どうぞ!」
こちらに背中を向け今にもお母さんを襲おうとしている敵に向かってガンドが放たれた。水面に着弾し水柱が上がる。お母さんにも泥水が沢山かかっただろうけど、キャスターが言っていた彼女の対策を信じよう。多分、防御用に宝石を飲んでいる。

「ほぉ。聖杯は置いてきたか」
「アーちゃんのストーカー。甘く見ていたわ。思い出せばメンフィスまで追っかけてくるくらいしつこかったわね。でも安心して?次こそ仕留めるわ。安心しておやすみなさい」
イシュタル様はヤムと玄関の間に降りて(浮いてるけど)対峙する。
依代がいないヤムは、慎二おじさんと似てなくもないけどツーブロックヘア+ヒゲを整えたチャラいアスリートに竜の尻尾や魚の背びれを足したって感じだった。そして顔の割に体格は男子中学生くらい。

「凛さん!」
私はイシュタル様達の剣戟の音を聞きながら玄関に降りお母さんの元へ駆け寄る。
「!」
するとぴょこりとバアルが飛び出してきて、前足をあげて多分「静かに」のポーズをしている。
「取り込み中だよ」
話しかけるなって意味か。

「……………」
お母さんは私に背中を向けたまま。雲に座って扉に片手を当てている。足元までは見えないけれど、思ったよりびしょ濡れじゃない。藤村先生に殴られて水に落ちたって聞いてるけど、足だけで済んだのかも。
「ヤムを倒すには武器を揃えなきゃ。イシュタルだけじゃ足りないから、今コシャルを呼んでる。だから話しかけないで欲しい」
お母さんは念話中って事だね。ただここで重要な問題を思い出す。

「でもコシャルは寝ちゃってますよ」
「うん。だから苦戦中。家にも触らないでね。同時進行で解析や結界強化もしてるから」
「分かりました」
お母さんの背中を守るようにしてイシュタル様達の方に向き直る。
川にいた時と比べればヤムのパワーはそうでもないと思う。厄介な水柱もない。けれどもなんだか胸騒ぎがする。雪も強くなってきた。南国生まれ育ちで薄着のイシュタル様にこの環境は辛いだろう。狭い場所で私達を守らなきゃいけないから空中戦も出来ない。

「…繋がった。今から来るって」
お母さんの小さな声がした。お母さんも寒いだろう。私もお母さんも冬生まれではあるけど育った気候が全然違う。東京なのにど田舎で毎年雪が降って当たり前の環境で育った私とは鍛え方が違うと思うんだ。
「イシュタルー!も少しでコシャル来るからそれまで踏ん張ってーーー!!」
「言われなくともやってるわよ!」
どうやらコシャルは起きたみたい。良かった。次こそ絶対倒さなきゃ。

「ち。アイツもいるのか。流石にそりゃあ厄介だ。戯れは終わりだな」
「あらトドメの体勢?」
(宝具か何かくるのだろうか?)
改めてヤムを見るがサーヴァントが宝具を発動するときのような魔力チャージは感じられない。正直あるなら宝具を撃つ体勢になってもらった方が隙ができる分こちらとしては倒しやすい。
けれどもヤムは変わらずリズミカルにイシュタル様と剣技を繰り返す。

「………げて」
「?」
微かにお母さんの声が聞こえて振り返る。
「むっちゃん逃げなさい!」
(え?)
お母さん?今、むっちゃんって言った?

「???」
「マスター!!」
最後に見たのは泣きそうなお母さんの顔。
最後に聞こえたのはイシュタル様の悲痛な叫び。
痛いどころか何が起こったのかも分からないまま世界が真っ暗になった。

※この辺りの出来事は真アーチャー陣営編で描写する予定

。。。
。。。。
。。。。。。

〜僧坊〜

「んぁ?」
「やっと起きた」
目を開ければお母さん…じゃなくて同じ顔をしたイシュタル様がいた。
『マスター!?お目覚めになりました?』
「………マシュ」
ボ〜ッとする頭をさすりながらゆっくりと起きる。

暗くて見慣れない和室。薄い布団に柔らかい掛け布団。暖かい灯油ストーブ。少し離れたところでは他にも布団に寝転がっている人たちがいた。視線を下に移す。
「?」
上半身は見覚えのあるパーカーを着ている。
『数値は正常みたいだが、気分はどうだい?』
「平気です。ちょっとだけ眠いくらい…」
このパーカーって若いお父さんのじゃないっけ?ちゃんと中は制服を着てる?確認の為チャックを下ろしてみると胸元には穴が開いていて血の跡が固まっていた。幸い中のブラジャーは無事だけど、なんで血まみれ?

「ちょっと」
イシュタル様が小声で話す。
「驚かせちゃうからそれ着て隠しといてだってよ」
「すみません」
確かに。白地の服に血だらけの人が居たらびっくりだし気持ち悪いよね。
ただこんなに血まみれの割には一切痛みがないし傷もなかった。まさか血糊?

「えっと、私、一体何が?」
なんで寝ていたのか全然分からない。
「何がって、、、逆にどこまで覚えているのかしら?」
う〜ん、、、?
「あ、凛さん!」
お母さんの実家がピンチでイシュタル様と加勢しに行ったんだった。
確かルビーが敵に捕まって投げ飛ばされて、、、そこまでしか覚えていない。

「凛さんは?ヤムは倒せたんですか?」
「全部終わったわよ。彼女は無事だし、ヤムならちゃんと倒したわ。兄さんが消滅確認したから今度こそ大丈夫よ。あと少し前にギルガメッシュとりっちゃんもマスターさんのところに行ったわ」
良かったー。

「じゃあ泥水も消えたんですか?」
「泥水というより水が引いたって感じね。体調平気なら外に出てみる?」
「そうします。じゃあマシュ、移動するね」
「承知致しました。遅れて追いますね』
縁側に出ると、桜叔母さんがミニフォトアルバム?バッグに入るサイズの分厚いファイルを眺めていた。
外は夕方だ。あんなに降っていた雪は止み、ところどころ晴れ間まで見えている。夕焼けまではいかないけれど、日差しはだいぶ赤くなっていた。

「ぐだ子さん、もう体調はいいんですか?」
「はい。おかげさまで、すみませんご心配おかけしました」
いくら雪が止んだとはいえ外は寒い。私は温度調整機能つきの礼装だからいいけれど、作務衣姿の叔母さんには寒いんじゃないか?電気が通ってなくて部屋の中だと暗いからここで写真を見てたってこと?

「アルバムですか?」
「はい。少し見ます?藤村先生のなんですけど」
「可愛い!」
アルバムを見せてもらう。それは、元の世界ですら見た事がない小学生時代のお父さんと、多分お父さんの養父、切嗣おじいちゃんの写真だ。ページをめくっていくとお父さんが中学生になり、時々若い藤村先生と、慎二おじさんも一緒に写っていた。

「姉さんとりっちゃんがバッグごとお墓で見つけたんですって。藤村先生、お墓参りの時に魔法瓶を拾ったみたいでこのアルバムを持ち歩いていたそうです」
それが、特異点の始まりだったんだ。
「藤村先生、この男の人が初恋の相手なんですって。だから先輩の事は家族で弟分で、大事な形見でもあるんです。担任としてだけでなく、残された家族として大事に育ててきたんだと思います」
そうだったんだ。おじいちゃん、既婚者だと思っていたけど?まぁそれは置いておいて、先生とお父さんってそういう関係だったんだ。

「先輩、中学の時に当時別々の学校だった姉さんに一目惚れして、同じ学校に進学したけれどクラスは別々で、聖杯戦争が起こるまで全然進展はなかったんですけど、去年の春お付き合いを始めたと思ったらすぐ姉さんに合わせて中退までするものだから藤村先生としてはショックだったと思います」
あ〜。姉貴分としてもだし教師としてもショックだよね。

「妊娠が発覚した時は大激怒でした」
「まぁそうですよね」
仕方ないと思う。デキ婚だもんね。私の時代は少子化が酷いからかおめでた婚て言うけど、昔は印象がよくなかっただろうな。
「今日まで、他にも沢山のエピソードがあるんですけど、藤村先生はきっと弟離れしようって頑張ってるんだと思います。けどまだ出来てなくて、そんな中先輩が消えちゃうかもってなったら、彼を奪った姉さんが憎くて八つ当たりしたくなったのかなって思います」

(あぁこれは)
さっきの、お母さんが殴られた件のお話だ。
「金ピカの話ですと、姉さんは先生を避けられるのに避けなかったそうです。彼女のサーヴァントとしてそれも気に入らなかったそうで、すごく怒って大変でした。りっちゃんが上手く立ち回らなかったら、きっと惨劇になってます」

(ありがとうお兄ちゃん!)
キャスターが怒っていたのは知っていたけど、なんとかなって良かった。
だってカルデアですら彼を制御できるヒトはごく僅か。しかも力尽くでってなるのだから人間には無理がある。

「この世界、もう終わらせるんですよね?姉さんのお身体の為ですから、一刻も早く終わらせた方がいいです」
「はい。そうさせて頂きます」
正確には修復だから終わるわけじゃないけど、この景色は終わりだ。
「姉さんは、きっと先輩を助けてくれます。ぜひ会いに行ってください。私はお邪魔するといけませんので兄さんと先生を見張ってますね。ここで失礼します」
「分かりました。ありがとうございます」
イシュタル様にアイコンタクトをして、桜叔母さんと別れて山門へ向かう。

「………………酷い」
石段の上から門前町を見下ろす。
ヤムを討伐した事で、彼が海や川から巻き上げていた水が引いた。街は、まるで洪水後のようだった。
水が引いても泥は残る。道路脇には漂流したゴミが溜まっていてもの凄く汚い。

「なんか、、、ティアマト戦後のウルクとは違いますね」
「そうね。無駄にリアルだわ。臭いしそのうち虫も沸きそう」
「あぁ仕方ないけどそれは嫌ですね。その前に修復しますけど」
泥で滑りやすい石段を気をつけて降りる。ところどころに大人の足跡があった。7、8段飛ばしで下っている。

「誰の足跡だろ?」
ギルガメッシュね。若返りの薬飲んで、肉体を全盛期にしてからりっちゃん担いで出てったのよ」
「なるほど」
行きであんなにヘトヘトだったキャスターなわけないと思ったけど、そういう事か。
お兄ちゃん、本当にキャスターやイシュタル様の扱いが上手いんだな。さっきまで怒ってた彼に担いで貰って移動とか実はめっちゃ凄いよ。私よりマスター向いてるんじゃないかな。

「行き先は決まってるの?」
「はい。とりあえずお母さんの実家を目指そうかと」
「了解。いいわよ、マアンナ乗って。本当は緊急時以外ニンゲンを乗せる気ないんだけど、この泥道を歩かせるのは優雅じゃないわ」
「助かります」
ありがたい。泥道が大変なのもあるけど、日没までにお母さん達に会いたいと思ってた。インフラが死んでいる今の状況で夜は怖い。その前に撤収するつもりだ。私は遠慮なくマアンナの跨った。

。。。

「あ!お母さん達発見!」
「じゃあ降りるわよ〜」
穂群原学園近く、住宅街のとある一軒家のお庭。そこでお母さん(見えてないけどバアル付き)、着物姿のコシャルかお父さん、お兄ちゃん、キャスター(若返ってるからアーチャーかもだけど)がいた。
上空から探して良かった。あれじゃ道路歩いても塀越しになっちゃって見つけられない。

「皆さんお疲れ様です!」
「イシュタルちゃん!マスターちゃん!」
相変わらずちゃんづけしてくるお兄ちゃん。最初は生意気だと思っていたけど、コミュ力の凄さを目の当たりにしたせいか、もうちゃんづけでいいやって思えてきた。

「お疲れ様です。体調いかがですか?」
(ヤバ。お母さん可愛い!)
「もう大丈夫です。凛さんはえっと…化粧直し?されたんですね。お似合いです」
「…ありがとうございます」
一体何があったのか、私と同じで泥まみれになったはずのお母さんは顔も髪も綺麗で衣装までチェンジしていた。

(ウルクカラー?キャスターの趣味かな?)
2色の布を重ねたマタニティワンピース。内側が白で外側はネイビー。横から見ると外側の布だけ大きくスリットが入っていて着痩せ効果大。ワンピースの裾は透け感があるプリーツタイプで凄く可愛い。さらに揃いの色のショートブーツ、もこもこニットの水色ショールを合わせていて、髪型はハーフサイドアップ。これを最後の仕上げなのかせっせとキャスターが整えていた。キラキラとした宝石を飾っている。

「ふん、当然だ。昼間のは女神(アスタルト)に譲ったが此度は我が直々にコーディネートしたからな」
「はい。母さんは新しい衣装もお似合いです!」
(お母さん…すっかり古代サーヴァントの着せ替え人形だなぁ)
お母さんも抵抗するだけ無駄だと学習済みなのだろう。最初の挨拶用スマイルのまま表情を変えずキャスターを完全に無視している。
「うむ。やはり愛い!よく似合っておる。いつか我が妃にと用意した甲斐があったわ」
ついにキャスターがお母さんの頭を抱きしめた。すると奥にいた着物の男性が不機嫌丸出しで抗議をする。

「おいキャスター。凛は俺の妻だ。いい加減手を離せ触りすぎだ」
(お父さん!?)
着物男性の中身は、いや外身もなんだけどこれはお父さんだ。
思わず彼の元に駆け寄る。眉間の皺の寄せ方とか細かい動きが絶対にお父さんだ。
「士郎さん!戻ったんですね!?」
「あぁ。凛が頑張ってくれたんだ」
どうやったかわからないけど本当に。

「よかったーーーー!!」
「!!」
あまりの嬉しさでお父さんに抱きつく。
「こらぐだ子!俺には妻がいるんだ!」
「知ってます。そういうのじゃありません。なんなら奥様に許可貰います」
お父さんは口では抵抗するものの私を振り払おうとはしない。

「あ、全然どうぞ」
「なんでさ!?(ショック)」
ほらぁ、お母さんもいいよって言ってる〜。
「貴方達見た目そっくりだから、全然構わないわ」
「そういう問題なのか?ってかそんなに似てるかぁ??」
どっちも赤毛琥珀色の瞳だからね。少なくとも親戚みんなにはそっくりって言われるよ。

「じゃあ僕も♪」
お兄ちゃんがお母さんに抱きつく。あともちろんバアルも最初からくっついている。
「じゃあアタシは…ギルガメッシュがいない方」
「すみません女神様はダメです。ご遠慮ください」
「なんでアタシだけ!?」
便乗してお父さんをハグしようとしたイシュタル様だったけど、お母さんの許可はおりなかった。

『失礼します…あれ?すみませんお邪魔でしたか?』
『何やら奇妙な状況だねぇ』
このタイミングでカルデアと通信が繋がる。
「全然大丈夫〜。ほら、寒いからハグして温めあってたところ」
『そうでしたか。風邪をひかないようお気をつけください』
適当に誤魔化したつもりだけどマシュは完全に信じてしまったようだ。可愛いなぁ。

『さっき医務室から内線があって、こちらの衛宮士郎も無事回復したそうだ』
「よかった〜。こちらの士郎さんも元に戻りました。一件落着です」
本当によかった。あとは未来のお母さんを待つだけ。本当にメンタルが苦しい特異点だった。
「マスターちゃん達未来に帰るの?」
「はい。おかげさまでお仕事完遂出来ましたので帰ります。この街も元通りになりますよ」
そう言えばこのメンバーはみんな未来でも会えるんだね。嬉しいな。さらに増えるし。
そう喜んでいれば上目遣いになりお兄ちゃんはとんでもない事を聞いてくる。

「イシュタルちゃんは置いていける?」
「なんでさ」←即答
おっと。つい本音が出てしまった。しかもお父さんの口癖。ってかマジ今まで数々の特異点を攻略したけど別れ際にサーヴァント置いていけって言われるとか初めてだよ!
もちろんイシュタル様本人は爆笑している。

「すみません。りっちゃん、女神様はカルデアでお仕事があるのよ。王様で我慢して?」
「まぁダメ元だったし仕方ないですね」
お兄ちゃんは本当に残念そうだ。
「おい。我慢とはなんだ我慢とは。言っておくが我の方が強いし役に立つしセンスもあるぞ。何よりカッコいい!」
キャスターに対してあまりに失礼な親子にイシュタル様は追加で大爆笑だ。

「けどこの事件って俺達は忘れるんだろ?キャスターが残ってちゃ不審者じゃないか?」
「誰が不審者だ!不敬である!」
確かにそうかもしれない。バビロニアの時みたいに元々降臨していたイシュタル様がウルクに残るのとはわけが違う。魔力もどうするんだろう?キャスタークラスは比較的省エネとはいえ維持にはそれなりの魔力が必要なんじゃ?
「すぐ完全に忘れるわけじゃないそうよ。彼が現界するのもこの子のお宮参りまでらしいし」
私のお宮参り?キャスターってそういうのに興味あるんだ。

『マスター。レイシフトの準備が整いました。いつでも帰還可能です』
マシュが遠回しに早く帰って来いと言う。可愛いお母さんやお兄ちゃん達の姿を見れるのもここまでか。戻ったらお父さんと一緒に記録を見返そうかな。お母さんの衣装記録とか面白そうだよね。アクスタにしたい。
「じゃあ私は挨拶してくるわね」
お母さんはりっちゃんとキャスターをやんわりと引き剥がしモニターの前に移動する。因みにバアルはイシュタル様とコソコソ話しをしている。

※凛、マシュ、ダ・ヴィンチの台詞はドイツ語
「(多分挨拶してる)」
お腹が大きいので深々とはいかないが優雅にお辞儀をするお母さんは何年経っても変わらない。目の前の彼女は今の私より年下だというのにどう見ても淑女だった。
(まぁ家の中ではそんな事ないんだけど)
けどなんで急にドイツ語?お父さんもお兄ちゃんも目を点にしている。私も分からないよ。

「(なんかお父さんのこと言ってるっぽいけど分からん)」
『(分かんない)』
マシュが頷いている。マシュもダ・ヴィンチちゃんもちゃんと会話が出来ているみたい。通じているならいいけどでも、私、もしくはお父さん達に聞かれたくないって事だよね?

「(アスタルトとコシャルについて何か言ってると思う)」
『?』
『!』
(???)
なになに?マシュがびっくりしちゃってるけど。
ただお母さんの方は一切表情を崩さない。ダ・ヴィンチちゃんとはちょっと違う、勝ち気な雰囲気で微笑んでいる。

「?」
お母さんがチラリと私を見てきた。けれどもすぐに視線をマシュ達に戻す。
「(全然分からないけどなんとなく優しそうな雰囲気)」
お母さんが再びペコリと頭を下げた途端、マシュが瞳を輝かせてとても喜ぶ。ダ・ヴィンチちゃんもなんだか嬉しそうだった。
『(嬉しそう)』
『(安心してそう)』
う〜ん。結局全然分かんなかったな。

※ここから日本語に戻る

「何話したの?」
「ただのお礼よ。りっちゃん貴方、遠坂の魔術やるならドイツ語も勉強しないとね」
「頑張ります!」
因みに未来のお兄ちゃんは英語も堪能(確かバイリンガル幼稚園卒)で時計塔にも行くしドイツ語も出来るし、お母さんを追い越してアラビア語まで話せるようになるのだった。私は日本語以外だと英語だけ。カルデアは英語さえできればなんとかなるもん。

「ベル様もいいですか?」
「うん。キミともお喋りするのはここまでかな?修復後は普通のぬいぐるみを演じて過ごすよ。俺にとっての24年なんてあっという間だからね。あ、間違って捨てないでよ」
「覚えてるといいなぁ…」
大丈夫だよお母さん。そのぬいぐるみ、何があっても最低20年一緒だから。捨てたつもりでもついてくるから。今思えばホラーだよ。

『では帰還を開始します』
今度こそお別れだ。帰還する時に見える光の粒子が現れた。
「イシュタルじゃあねー!そっちにシャマシュ行ったらよろしく!」
「私がいる限り絶対呼ばせないからご心配なく」
笑顔で挨拶する兄妹。イシュタル様の妹ぶりを垣間見れて楽しかったです。

「士郎さん、すみませんお借りしている上着はこのまま頂きますね。修復後に復活しますのでそちらをお使いください」
「分かった。俺はいいぞ。ぐだ子も達者でな」
「ありがとうございます」
お父さんが居なかったら最初の魔獣戦で死んでいたかもしれない。未来でも変わらないお人好しに何度も助けられた。魔術使いとしての能力はともかく戦闘経験があるだけにすごく頼もしかったし、ご飯も美味しくて体力面も精神的にもすごく助けられた。
けど本当、この制服の穴と出血跡は何があったんだろ?帰ったらイシュタル様に聞かなきゃ。

「じゃーね☆冬木の平和は僕に任せて!」
「うん。お願いね」
お兄ちゃんはそうだね。いつかセカンドオーナーにもなるんじゃないかな?
お兄ちゃんとはあんまり一緒に行動しなかったけど裏でいろいろ動いてくれたって事は分かる。よく考えたらイシュタル様とギルガメッシュ王と同じ空間で過ごしてたって事だよね?凄いわ。小さいのに立派なファシリテーターだったよ。未来でもよろしくね。

「……………」
(お母さん)
お母さんは本当にすごかった。体調さえ万全であれば本当に自分で全部解決してくれたと思う。セカンドオーナーとしての責任感と実力もすごいし、マスターとして母親として若いながら本当に頑張ったと思う。
(本当はゆっくりお話ししたかったな)
未来のお母さんでさえ、これから赤ちゃんを産むから暫く会えないだろうな。私自身なかなかカルデアから出られないし。恋の話とか、マシュも交えてゆっくりしてみたかった。

足元が眩しくなってきた。お母さんには、最後なんて挨拶しよう。本当はギュッとハグしたいんだけど今にも産気付きそうな彼女に触れるのは怖い。いくら中身が自分でも抵抗がある。
すると予想外のヒト?が見送りに飛んできた。
「ダイヤさーん!お疲れ様でしたー!」
「ルビー!?無事だったんだ!」
「はい!この通りピンピンしております!ダイヤさんもお帰りになってもお元気で☆」
ヤムに遠くまで投げ捨てられてしまったルビー。やっぱりボディは頑丈みたいで傷一つない。特に会いたかったわけじゃないけど、無事を確認出来たのは素直に嬉しいと思う。ただそのせいでお母さんに話しかけそびれた。

「凛さん…」
眩しくてだんだんお父さんやお兄ちゃんも見えなくなってきた。あと数秒でお別れだ。そう実感すればなんだか緊張しちゃってお母さんには言葉が浮かばない。やっぱり最後はハグするのがいいのかな?
「貴女の…」
迷っていると、お母さんの方が先に口を開いた。

「名前を聞かせて貰っていいかしら?」
「!」
私の名前。一応名乗ったのに一度もその呼び名で呼ばなかったお母さん。
ニックネームではなく、本当の名前を聞きたいって意味だ。

「…はい」
入社が決まってから、お父さんがカルデアに来てくれるまで一度も名乗らなかった私の本名。家族なら知ってて当然。私の両親から貰った大切な名前。

この特異点は、凄く便利で、寒いけど快適で、ご飯も美味しかったし、見知った顔ぶればかりで安心してとても過ごしやすかった。けれども家族相手に自分の正体を隠し通すというのは凄く悲しくて、とても辛い世界でもあった。
けどそんな世界ももう終わり。この家族を含め現地民達はみんな事件を忘れる。ならば最後に一言、本当のこと、自分の名前を名乗ってしまってもいいだろうか?正しいかはわからない。でも絶対に楽になるし、報われると思った。
 
「衛宮六花。あなたの娘です!」

やっと言えた。
ちゃんと聞こえただろうか?世界が切り替わる直前、もう見えないはずのお母さんが、笑っているように見えた。


【ここまでカルデア陣営編の本編】

カルデア

管制室
「お帰りなさいマスター!」
「ごくろうさま。お父さんもこっちに向かってるよ」
やっとカルデアに戻ってきた。見慣れた空間はやっぱり落ち着く。
「あー疲れた。やっぱりあの田舎は肌に合わないわ。サウナ入りたい」
(その露出じゃなぁ)
イシュタル様には寒くて居心地が悪かったかもしれないね。身内が敵だったし。

「ちょうど食堂が開く時間です。自室で休まれるなら食事をお持ちしますがいかがなさいますか?」
「日替わりメニュー何ー?」
「エミヤさん担当でコロッケカレーだそうです」
あー。いいねぇコロッケ食べたばっかりだけどカレー付きならまた違うよね。
「あらいいわねぇ。けど他にやりたい事あるしどうしようかしら…」
「テイクアウトも出来ると思いますよ?」
てか施設内の娯楽人気ナンバーワンのご飯よりやりたい事ってなんだろ?さっき言ってたサウナ?

「マシュもどうだい?ずっと休んでいないだろう?」
「そうだよね。マシュもサポートありがとう」
私のレイシフト中は、ずっとモニターチェックしなきゃだからマシュも大変だったよね。
「とんでもないです。ですがお言葉に甘えて、食堂に行って参りますね」
「じゃあお父さん誘いに行こうかな?」
お父さん、食欲あるといいなぁ。エミヤ担当のご飯は絶対食べて欲しい。

「にゃにゃーーん!マスター!本日もご苦労様にゃ☆」
ジャガーマン!」
廊下に出るとカルデアジャガーマンが飛び出してきた。
特異点の彼女にはちゃんと挨拶できなかったけど、本当にお世話になったな。

「お父上が迷子になってたにゃ」
「え!?」
お父さんが迷子?1人で医務室から出てきたって事?
ジャガーマンの後ろを覗けばちょっと先からお父さんがこちらに歩いているのが見えた。
「お父さん!?もう平気なの???」←ここから全部日本語
なんか意識不明って聞いてたけど??

「ん?俺は寝てただけだぞ?」
お父さんはケロッとしている。普通に元気そう。白髪も減った気がする。
(本人はそんなものなの??すっごく心配だったのに??)
「それよりお前がここにいるって事は事件解決か?」
「うん!冬木の特異点、修復したよ!お父さんもサポートありがとうね」
ただモニターに映っているだけで心強かった。最後も挫けそうになったけど、お父さん達家族がいたから頑張れたよ。お母さんの回復には時間がかかるだろうけどきっと大丈夫だ。

「そうか。お帰り六花」
「お父さんただいま!」
日本でだったらこんな事しないけど、助走をつけて思いっきり抱きついてみる。若いお父さんと違って、今のお父さんは全く焦らず困らず素直に抱き返してくれた。

「うんうん。親子仲良し良きかな良きかな。というわけでジャガーはお腹が空いたにゃ」
「ふふ(笑)よかったらお父さんも一緒にお食事いかがですか?ちょうど食堂へ行くところだったんです」
追いついてきたマシュもお父さんをご飯に誘う。
「嬉しい誘いだが女の子達の中に俺が混ざっていいのか?」
今更何を言っているのか、お父さん若い頃から女の子に囲まれて当たり前の環境じゃん。今更紳士ぶったって遅いって。

「今日のご飯はキッチンのエミヤが作るコロッケカレーらしいよ」
「行く」←即答
「じゃあ決まりだね!」
お父さんの腕を引っ張り、ジャガーマンを先頭、マシュとは横並びになって食堂へ向かう。

「ところで六花、なんで昔の俺のパーカー着てるんだ?」←同じのを何着も持っていたから覚えてる
「え?えーと、お土産?」
あーイシュタル様もうどっか行っちゃったから理由分からないや。
あと便利なことに現代に戻ってきたから制服も修復されている。今なら脱いでも平気だ。
「お父さんも着てみる?」
特に意味はないけれど、お父さんが若い頃の服を着たら面白いかも。

「バカ言うな。あの俺と今の俺じゃ体格違うって」
「それもそうか。冬木のお父さんは小さめで可愛かったもんね」
お父さんは高校卒業してからも身長が伸びたって聞く。今着たらパツンパツンだ。
「ただの生意気な小僧だったろ」
「お兄ちゃんと違ってちゃんと可愛かったよー」
お父さんは鈍チンだけど可愛げがある。逆にお兄ちゃんの生意気おませマザコンぶりはやばかった。
可愛いと言えば…。

「ねぇマシュ!後でお父さんに映像記録見せたいんだけどいい?お母さんの服装見たいだけなんだけど」
「音声無しならいいと思います。企業機密がありますので」
「やったー!」
お母さんマジで可愛かったな。1日しか一緒にいれなかったけど、もしかして毎日衣装チェンジしてたのかな?あの女神様や王様相手に無になってされるがままになっているところがまた面白可愛いんだよね。

。。。
まだ開いたばかりでサーヴァントが少ない食堂に到着する。
「あ」
隅のテーブル。流石に隣同士ではないけれど、同じテーブルでイシュタル様とキャスターのギルガメッシュ王が一緒に食事しているのを発見した。
(はは〜ん。イシュタル様、なんだかんだでギルガメッシュ王と仲いいじゃん)
やっぱりチュウしたのかな?などとマスターは色々考えちゃうのであった。
※本人達は業務上情報共有しているだけ

「日替わり4つ!ご飯は大盛りにゃ!」
「大盛りご飯は4つともかね?…ん?」
「ただいまエミヤ!冬木の特異点、修復できたよ!ご飯は4つとも大盛りね」
エミヤ(厨房)の日本カレーは絶対ご飯進むもんね。みんな大盛りでいいよね。
するとお父さんとエミヤの視線が交差する。何かを察したらしい。

「そうか。お帰りマスター。無事解決したようで何よりだ」
「まぁ俺の凛の復活にはまだまだかかるけどな」
お父さんが「俺の」を強調している。無意識かもだけど、私にはそういう風に聞こえた。
「ほぉ?ではキサマはすぐに帰らなくていいのか?」
「まだ出航まで時間があるからな。その前に娘が食べる飯の採点だ」
採点って、毎日美味しいしエミヤのはお父さんのご飯と変わらないよ。

「ふむ。では残さず全て食べてもらわないとな」
「!?」

。。。
もちろんコロッケカレーは美味しかったんだけど、何故かお父さんの分だけご飯もルーも爆盛り。
お父さんはすっかり冷めてしまってからも意地で完食し、翌朝になっても酷い胃もたれだった。

カルデア陣営編〜Good  end〜