青森でアップルパイ巡りをしている人の裏側

ゆめうさぎの趣味ブログ。アップルパイと推し活記録の置き場です。

FGOネタ カルデアでシドゥリさんのバターケーキを焼く女神の話

大昔に温めていたネタです。

イシュエレがシドゥリさんのバターケーキを焼いてみんなに振る舞う日常系。

近々pixivには、えみご時空っぽい世界観のショートストーリーと共にアップします。

全年齢!(重要)

 

シャマシュ→←←イシュタルくらいのシャマイシュを書くはずだったのに書きながら読んだ「ドゥムジとエンキムドゥ(ドゥムジとイシュタルの馴れ初め神話)」のせいでドゥムイシュになってしまいました。公式夫婦だから仕方ないですね。

やっぱり未実装メソポタミア神を出さずにはいられない体質ですみません。

 

仮タイトル【おすそ分け】

 

基本設定

場所 カルデア(南極)

時間軸 1.5章くらいだけどエレちゃんのクリスマスは終わってて召喚済み。ついでにドゥムジまでいて2部7章の姿だけど気にしない。

マスターは男の方で藤丸リツカ(士凛の子供じゃない)

 

メソポタミア神の相関図は昔書いた↓がベース。

ドゥムジとタンムズは同一キャラクター。

 

※イシュタルとエレシュキガルは義理の姉妹。

・エレシュキガル

サーヴァントのエレシュキガルは父親がアヌ、母親不明。夫はネルガル(偽装婚らしい)子供なし。FGOの設定に合わせている。

ただし、これはあくまで特異点で縁を結んだエレシュキガルであり、正史エレシュキガルは別な設定。そっちはネルガルと仲良し夫婦。

 

・イシュタル(神話に合わせた独自設定多め)

アヌの養女。父親シン&母親ニンガルの娘。上の兄アダド、双子の兄シャマシュ。夫はドゥムジ。養子にウンマ市のシャラ。初恋相手がエンキムドゥ。

 

※シドゥリは世界線によって設定が全然違う

人間として登場する世界ではギルガメッシュとイシュタルに仕える祭祀長。特異点だと人間なんだけど女神サラの化身でもある(女神の記憶無し)生前キャスギルの世界線もこれ。

弓ギルと子ギルは世界線による。

女神シドゥリは、ギルガメシュ叙事詩原典に出てくる酒場の娘(女神)で正体はサラ。サーヴァントにならないイシュタルの娘。

 

カルデア部分の登場キャラクター(名前のみ含めて)

 

イシュタル(サーヴァント)

メソポタミア神話のザ・女神。金星・愛・美など権能てんこ盛りトラブルメーカーが、少女を依代に疑似サーヴァントになってマイルドになった。

 

エレシュキガル(サーヴァント)

シュメル神話の冥界の女主人。たった1柱でずっと冥界を守っていたが、イシュタル召喚の際同じ少女を依代として自分も疑似サーヴァントになった。マスターの事が大好き。

 

※女神達の依代・凛について

神々に愛される体質の少女。古代メソポタミアの時代にさえくれば現役ギルガメッシュにはもちろん、周辺の神々にまで愛される受け身のトラブルメーカー。筆者の都合で毎度ギルガメッシュとの子を妊娠するが、無事に産めるかは神々の攻略次第である。

現代に留まってもトラブル巻き込まれ体質は同じ。聡明で武芸に長けて好戦的だが、冷酷になりきれず敵を殺せないところが弱点。

 

エミヤ

赤いアーチャーの方のエミヤ。未来の正義の味方の成れの果てらしいけど、カルデアでは厨房を守る一柱となっている。生前も英霊になってからもイシュタル達の依代に縁があり常に彼女達を気にしている。

 

ギルガメッシュ(アーチャー)

エレシュキガル曰くうるさい方のギルガメッシュ。女神イシュタルは消したい程嫌いだが彼女の依代は大好きという複雑なヒト。我と書いてルビはオレ。

 

ギルガメッシュ(キャスター)

エレシュキガル曰く落ち着いた方のギルガメッシュ。原作より冥界神ギルガメッシュ寄り。

カルデアの事務作業を手伝って自ら過労の道まっしぐら。

生前、特異点バビロニアカルデア一行が来る前。うっかり凛をウルクに召喚し気に入って孕ませたけど実質死別(凛が女神召喚の依代にされた)した記憶あり。

 

子ギル

育て親のシャマシュ曰く賢さ全盛期のギルガメッシュ。ヒトへも神へも礼儀正しく落ち着いているが、大人のアーチャーギルガメッシュだけは殺し合いになる程嫌い。

 

※全ギルガメッシュについて

大人のギルガメッシュは凛との相性EX。敵同士にさえならなければどの世界でも惹かれ合い孕ませる。反面、妨害も多い為結婚までできた世界は少ない。男子が産まれた場合は子ギルにそっくりか、藤丸にそっくりな1/3半神となる。

そして千里眼を使いよその世界の彼女と自分を見る事が出来る。

腐れ縁であるイシュタルのことも分かっているような口調だが、実際はそうでもないぞ。

 

エルキドゥ

メソポタミア神に作られた生きた兵器でギルガメッシュの友。この姿は生前愛し合った娼婦を模したもの。イシュタルへは本能的に彼女を抹消する為攻撃的になる。

※本体と接続し並行世界での自分の記録と同期が可能。

 

マスター・藤丸リツカ

カルデアスタッフでサーヴァント全員のマスター。日本人男性で成人になったばかり。つまりお酒も飲める!が耐毒体質で全然酔わないザル。めっちゃモテる。

 

マシュ・キリエライト

カルデアスタッフで藤丸のファーストサーヴァント。現在サーヴァントとしては療養中なので戦闘は出来ない。今は日常を楽しんでいる。

 

シドゥリさん(人間)

特異点にて藤丸達のお世話をした女性。女神イシュタルの祭祀長で、ギルガメッシュの側近も兼務したスゴいヒト。癒し系愛されキャラ。

 

ドゥムジ(サーヴァント?)

エレシュキガルに付属してカルデアにやってきた金色の羊で牧神。妻イシュタルとは甘々になる事はないもののビジネスパートナーとしては相性がよく仲は悪くない。

基本的には現在のパートナー・アルテラサンタと一緒にいる。

 

シャマシュ(少年時代)

メソポタミア神話の正義などを司る太陽神。イシュタルの双子の兄で重度のシスコン。趣味が妹のお世話。自分に従順な貧乳スレンダーが好み。バターなど乳製品も大好き。

 

イシュタル(少女時代)

可憐な愛の女神。甘えん坊なブラコンで箱入り娘。ただ本命はエンキムドゥで結果を望んでいたがシャマシュによって強引にドゥムジと婚約もさせられる。その後訳あって一度死に生まれ変わった。

 

シャマシュ(大人)

ギルガメッシュの過保護な個人神でデザイナー。自分そっくりに作った為ギルガメッシュと瓜二つの顔だが、若干シャマシュの方が小柄。シスコンは落ち着いた…はず。

 

イシュタル(大人)

生まれ変わってグラマラスになった美の女神。ウルクの都市神だが信仰範囲が広く遠征が忙しすぎて殆ど留守。

 

シャラ(同名の女神もいるが男の方)

射手の神。イシュタルの養子。弱っていたところを彼女に助けられずっと慕っている。ウンマの都市神だが多忙なイシュタルに変わりウルクにもよく来てくれる。オネエ系。

 

シン

メソポタミアアッシリア方面の月神。イシュタル達の父親。妻ニンガルに一途な努力家。女性信者が多いイケおじ。そして最古のスイーツ男子。

 

エンキムドゥ

シュメル神話の植物神。ドゥムジの親友でイシュタル初恋のお相手で両思いだったが、ものすごく温厚な草食男子で、彼女を友に譲ってしまった。

 

〜誰かの夢の中〜

 

「えっと、綺礼…言峰親父に用事があって伺ったのですが、、、」

ここは冬木の言峰教会。豊かな黒髪ツインテ碧眼の少女は、奥の住居スペースへ入ったところで突然金髪の青年に進路を阻まれた。

「アレは留守だ。用があるなら泰山という店へ行くがいい」

 

「え“」

少女は店の名前を聞いた瞬間顔を歪ませる。どうやら苦手な店らしい。

眉間に皺を寄せ、少しだけ考え込みすぐに顔を上げた。

 

「いいえ、大した用事ではありませんので、失礼致しました」

少女はくるりと踵をかえす。しかし男はすぐに引き留めた。

「待て待て。大した事かは我が決めてやる。用件を述べよ」

「え?」

少女は明らかに警戒する。そもそも目の前の男が何者なのか、なぜ聖堂でも墓地でもなく従業員のプライベート空間にいるのか?エセ神父とはどういう関係か?

 

「そう警戒するでない。我は言峰の友人だ」

「………あのエセ神父にお友達がいるなんて信じられませんが?」

「(笑)」

素直に失礼な事を言う少女に男は思わず笑ってしまう。

そして笑いながら、少女の頭をわしわしと撫でた。

 

「ちょっと!レディに触らないでください!」

「まぁそう言うな。で、その荷物、言峰に持ってきたのであろう?甘い匂いがする。菓子か?アレは知っての通り甘党ではなく激辛至上主義者だが?」

「知ってます」

少女は風呂敷包みを抱え直し、男の質問を無視して再び帰ろうとする。すると。

 

ぐ〜〜〜

「…………………」

「…………………」

どちらのものなのか、静寂な廊下に腹の音が鳴った。

 

「あなた、お腹が空いているの?」

「腹が減っているのはキサマであろう」

「はぁ?」

少女は「信じられない」と言わんばかりの顔で男を睨み上げる。対する男は鼻で笑うように見下した。

 

「まぁよい。キサマ、トキオミの娘であろう?葬儀で見かけたぞ」

「!?お父さまを、知っているの?でも参列者にいたかしら?」

先程まで不機嫌だった少女は、驚いたのちに興味津々に目を輝かせる。

「ふん。その先を知りたくばその菓子を我に献上するがよい」

「献上って………………やっぱり、アナタのお腹が空いているんじゃない」

 

少女は奥の台所に入ると、勝手知ったる他人の家と言わんばかりに、手際よくカフェオレを用意し持参したケーキを切り分ける。

「ほぉ?ギルラムか」

「ギルラム?これはチーズケーキよ。どうぞ召し上がれ」

包の中身はベイクドチーズケーキだった。底がクランブルになっているタイプ。恐らく味見をしたのであろう、一部だけ欠けていたものの、全体的に綺麗な完成度だった。

 

少女は小学校の授業でケーキを作る事になり、予習として1人自宅でケーキを焼いてみたのだった。ところが完成したものの小学生1人で食べるには大きすぎる。かと言って電車とバスで通う遠い学校のクラスメイトにわざわざ振る舞う程でもなく、エセ神父言峰綺礼に持ってきたのだった。

 

「ふむ。キメは荒いがその歳でこの腕前なら良い方なのではないか?」

「それって美味しいって事?それとも美味しくないの?」

少女にとってこの男の言い回しはイマイチ分かりにくい。表情を見ても美味しいのか不味いのか分からなかった。

 

「悪くはない。だが伸びしろも大いにある。今後も励み精進するがよい」

「………はぁ」

(綺礼もだけど、この男も友達居なさそうだわ。ぼっち同士でつるんでたってことかしら)

少女は男を理解する事を諦め、自分の分を食べる。

すると間も無く廊下に足音が響き、部屋のドアノブが音を立てた。

 

「凛。来ていたのか。お前から来るとは珍しいな」

「ちょっと!勝手にヒトの名前バラさないでよ」

「今さらだぞトキオミの娘。我は元から知っておる」

家主が帰宅した。黒い癖っ毛は本人の性格そのもの。背が高く、カソックコートの上からでも分かる筋肉質な男…綺礼は凛と目が合うと少しだけ驚いた後、余裕たっぷりの怪しい笑みで来訪を歓迎した。これでも歓迎している対応だ。

 

「それはいいが、何故ギルガメッシュと茶を飲んでいる?」

「おい言峰。我の個人情報を勝手に流すでない」

「別にアナタのお名前なんて興味ないから安心してください」

凛はギルガメッシュにそっぽを向けた。

 

「それより綺礼喜んで?可愛い妹弟子からおすそ分けよ」

「ほぉ?」

凛は得意げに残りのケーキを差し出す。

「手作りか」

「まぁ初めてにしては悪くないぞ」

「うっさい!」

綺礼は小さく笑いながら台所へ足を向ける。そして鞄から小さな缶を取り出した。

 

「では茶を用意しよう。ちょうど茶葉を買ってきたぞ」

凛は缶に描かれた銘柄を確認すると目を輝かせた。

「良かったー。コーヒーより紅茶が飲みたかったのよ」

「カフェオレだったではないか」

「そんなのどっちでもいいでしょ!」

まだ子供。ブラックコーヒーは苦くて飲めなくて………と突っ込むのは言わぬが花だろう。

 

綺礼は流れるような手つきで紅茶を淹れ、残りのケーキを食べ始めた。

「ふむ。これでもいいとは思うがタバスコか唐辛子をかけた方がより美味いぞ」

「んなわけないでしょ!アンタだけだから!」

(…コヤツ。最初と態度が全然違うではないか。猫被りしておったな)

 

「ごちそうさま」

「お粗末」

「皿は洗ってやろう。少し待ちなさい」

「いいわよそれくらい」

綺礼は凛の申し出を断り食器を洗う。その横で彼女は付近を持ち洗い終わった食器を拭き始めた。そんな2人の背中をギルガメッシュはただ暇そうに眺める。

 

「ところで凛。ケーキはいいが、おすそ分けの使い方が間違っていたぞ」

「え」

おすそ分けとは、余った頂きものを他の人に分け与える行為、横流しのようなもの。今回のように自分が作ったものを持ってくる時は差し入れでよいとの事。また相手が目上の人だと失礼にあたるので「お福わけ」と言った方が無難。

 

「昨今は幸せなおすそ分けという意味で広く使われているがな、変に覚え、うっかりテストで間違えるかもしれないぞ」

「後半は余計なお世話です!」

その後凛は最後に「電話でも言ったけど来週の授業参観には来なくていいから」とフラグを立ててから帰っていった。

 

「授業参観か…」

「あぁ。後見人だからな。もちろん行くぞ。あのお転婆が優等生を演じている姿を見るのはなかなかに面白い」

「貴様が善良な神父を演じる姿も滑稽だがな」

ギルガメッシュは呆れるように笑うと勝手にワインセラーから酒を取り出す。

 

「ふむ。(授業参観に)お前も行くか?」

「行く」

 

。。

。。。

。。。。。

 

 

ある日の昼下がり。カルデアの廊下にて〜

 

(げぇ、イシュタル)

それはあまりにも予想外だった。

お腹が減り、お気に入りの図書室から自室へ向かう途中。

自分と同じ依代、つまり自分と同じ顔の女神がそこにいた。

 

〜女神イシュタル〜

異名は天の女主人。イナンナ女神の神格を受け継ぐ古代メソポタミア人気ナンバーワンの女神。向こうは養女だけど、わたしと同じで古代メソポタミア最高神アヌの娘。作らなくていいものを作り、破壊しなくていいものを破壊する定めの女。

 

こうしてお互いサーヴァントになる前は、あの女の全てが気に入らなかった。キラキラした天の世界で、自由に飛び回って、外の国まで行ってフォロワーを増やす。その結果人間が増えていき、当然死者も増えわたしの仕事も増える。それなのに冥界で働く神はわたしだけ。そりゃぁ地上が夜になれば、あの女の双子兄シャマシュが来て、見回りだけするけれど、わたし以上に人見知りなアイツはいつも最低限の業務連絡をするだけで、すぐ自分の工房に引き篭っちゃうから、全然おしゃべりした事がない。

 

どうして毎日一生懸命に働くわたしだけ1人ぼっちで忙しくて、しかもそれなのに人間からは怖がられているんだろう?ってずっと思ってた。自分勝手なのに神にも人間にも愛されるイシュタルが憎かった。

 

けれどもサーヴァントになってからはちょっと変わった。依代との人格が混ざった事で視野が広がって、いちいち彼女を妬まなくなった。

…だからといって好きになることもないけど。

 

(何、しているのかしら?)

キラキラを通り越してピカーという擬音の方が似合うかしら?

イシュタルが見つめる先は、ただ大きな嵌め殺しの窓しかない。丸い地球の最も南に位置するというここカルデアから見える景色は白い雪だけだ。最初はわたしも珍しくて眺めていたけれど、本当にただ白いだけの景色はすぐに飽きてしまった。あんな白よりも、わたしの冥界の方がずっと綺麗で神秘的だ。

 

それにしても今日はやけに明るい。1年の殆どが吹雪だと言われるだけあって、いつも白いけどここまで明るくない。目が痛くなりそう。

 

だってわたしは地の女主人エレシュキガル。

暗くて寒くて乾いた冥界をずっとひとりで管理してきた。ず〜っと何千年も、(直接)太陽の光すら知らずに過ごした。眩しい光なんてマスターに出会うまで見た事なかったのだ。

目の前の女とは違って。

 

「……………」

特に用も無いので、ふわふわと外を眺めるだけの彼女の後ろを通り過ぎようと思っていた。この女に関わるとロクな事がない。本能的にもだし、生前の経験上そうなのだ。

けれども、そんな彼女の横顔を見た途端無意識に口を開けて、まさかまさかの自分から話しかけてしまった。だって、あの女らしくなかったんだもの。

 

「そんな熱心に外を見るなんて何かあったかしら?」

勢いに任せて話しかけたはいいが、自分でもこれが言いたいことだったのかよく分からなかった。本来なら「元気ないじゃない?」とか「具合悪いの?」とか心配の言葉をかけるべきだったかしら?だって本当にらしくない。何処か寂しそうに遠くを見つめるイシュタルなんて、今まで考えたことがなかった。

 

「別に。いつも通り南極の景色よ?」

(可愛くない)

思わず声をかけてしまった事実を即撤回したくなる。

イシュタルは顔で「は?何言ってんの?ウザ」と言っているようだった。多分。

 

「あっそぉ」

声をかけて損した。セットで時間も無駄にした。これ以上会話したって腹立つだけでしょうし、さっさと自室に篭って取っておいたパンでも食べましょう。

と、再び歩き出した時だった。

『ぎゅるるるる〜』

 

「!?」

(最悪なのだわ!)

自分でも驚くほど大きな音で、わたしのお腹が空腹をアピールしてきた。恥ずかしすぎる。

いくらマスターには聞かれていないとはいえ、こんな公共の場でお腹が鳴るなんてはしたな過ぎる!

 

「…随分とお腹を空かせているのね」

「っつ!」

当然ながらイシュタルにも聞こえていたらしい。恥ずかしすぎる。

これだから肉体は。神の霊体ならば、冥界にいた時だったら、いちいちお腹が空くなんて事はなかった。サーヴァントになって1年経つけどこの感覚は未だに慣れない。

 

「ふん。なん…きゃっ!何!?」

「いい事思いついちゃった。早速厨房に行きましょ!」

「!?」

突然イシュタルはわたしの腕を掴み食堂の方角に引っ張る。

この後のわたしに用事はないので、食堂だろうと厨房だろうと構わないけど一言くらい確認すべきではないか?本当に気が利かない女神だわ。

 

「思いついたって何かしら?アナタの思いつきって今までロクなものがなかったのだわ」

ウルクのバターケーキを作るのよ!」

ウルクの?」

結局強引に引かれるまま逃げられそうにない。仕方なくそのまま彼女の企みを聞いてみる事にした。

 

ウルクのバターケーキ〜

正確にはイシュタルの神官だったシドゥリが作っていたバターケーキという菓子だそう。

元々酒場の女主人だったという彼女が作るバターケーキは神々にも民にも大人気だったらしい。それを再現してマスター達を労ってあげましょうという強欲な女神らしからぬ企みだった。

 

「でも作るってどうやって?レシピなんて知らないわよ」

「大丈夫大丈夫行けばなんとかなるわよ」

全然大丈夫な気がしない。けれども厨房にさえ到着すれば誰か料理を出来るサーヴァントがいるはずだ。彼らに聞けばいいか。

ご機嫌に鼻歌混じりで飛んで行くイシュタルに、わたしはなんとかついて行った。

 

〜エミヤ(赤)の部屋〜

 

「ねぇどう?似合う?ちょっと窮屈じゃない?」

ふわりと宙で一回転するイシュタル。

いつもビキニ水着のような寒々しい格好をしている彼女だが、今は霊衣の上からクリーム色のネコ柄のエプロンを着用し、長い髪の毛はポニーテールにしている。問題なく似合う。所謂裸エプロンに見えなくもないが、それでも通常の格好よりはるかに安心だ。

 

「わ、、、わたしも、似合う…かしら?赤なんて派手な色着たことないのだわ」

イシュタルの横でそわそわしている少女はエレシュキガル。彼女にはいつものハイレグ水着のような霊衣の上から赤地に白い糸でバラの刺繍を施したエプロンを着せた。もちろん髪型はイシュタルと同じポニーテール。

 

エプロンはどちらも私が即興で仕立てたものだ。他のサーヴァントならともかく、彼女の依代を知り尽くす私のデザインが彼女達に合わないわけがない。我ながらいいものを用意してしまった。分かりやすく可愛いじゃないか。

思わず緩む表情筋が見つからないうちにマスクをする。これなら察しのいい方の女神にも気づかれないだろう。

 

「もちろん2人ともお似合いだ安心したまえ。次は手洗い手指消毒、イシュタルはビニール手袋の着用もするように」

「は〜い」

「分かったのだわ」

洗面台に向かう2人の背中を目で追いながらそっとため息をつく。

 

(ここまでは順調)

さて、一体なぜこんな事になったのか。。。

 

 

ランチタイムが終わり、厨房の片付けをしていた時だった。

突然イシュタルがやって来てウルクのバターケーキを作りたいから教えろと言うのだ。

 

寝耳に水。一体何がどうなれば彼女がケーキを「食べたいから作って」ではなく振る舞う側になりたいとなったのか…理由を尋ねても「久々に食べたい。エレシュキガルもお腹空いているって」と明確な動機には至らなかった。

 

他の厨房メンバーもパールバティ以外はびっくり仰天。どうやって言いくるめ諦めさせようかと一瞬考えたものの、イシュタルに連れてこられた被害者第一号であろうエレシュキガルまで「わたしもウルクのお菓子を作ってみたいのだわ」などと控えめに言うので、これはもう厨房組を代表し私が覚悟を決めるしかないと決めて企画に乗る事にした。

とは言え依代の影響で絶対機械音痴であろう彼女達に厨房機器を触らせるわけにはいかない。

 

という事で私は2人を自室に招き、念入りに結界を張り、エレシュキガルに軽食を振る舞いながらレシピを調べ、さらにその片手間で彼女達のエプロンを用意し今に至る。

 

 

「わぁ!赤いペンダントがいっぱいあるのだわ!」

「!」

コレクション棚に並ぶ大量の礼装『凛のペンダント』、隠すのをすっかり忘れてしまった。

なぜか大量に召喚されるこのペンダントは、説明するまでもなく私の縁のアイテムだ。余りに余っているのでQPに変換してもいいのだが、「何となくエミヤにあげた方がいい気がする。おすそ分けって事で受け取って!」とマスター頼みでこの部屋に保管している。

 

「気に入ったのなら何個か持って行くかい?この通り数えきれない程たくさんあってね。そろそろ置き場に困ってるくらいなんだ」

「え!」

この2人ならば誰よりも似合うだろう。

エレシュキガルは、ルビーのような綺麗な赤い瞳を輝かせて一瞬喜ぶがすぐに冷静になる。

 

「ありがとう。でもごめんなさい。冥界の決まりでこういうキラキラしたものは持ち込めないの。女主人自ら規則を破るわけにはいかないのだわ」

「固いわねぇ、カルデアにいる時くらい好きにしなさいよ」

イシュタルはしょんぼりするエレシュキガルを慰める(?)が真面目なエレシュキガルは首を振るだけだった。そして意外な事にイシュタルの方も要らないようだった。

 

「ゴホン。では早速ケーキの生地を作ろう」

気を取り直し、脳内でレシピをイメージする。

 

古代メソポタミアでは神に捧げる焼き菓子の事をギルラムと呼び、今でいうパウンドケーキに近いものだったようだ。ハーブや果物を入れたさまざまなバージョンがあり、マスター達がウルクで食べたケーキはチーズケーキに近い味だったらしい。この記録と、昔ながらのパウンドケーキのレシピと、料理人としての経験と勘で今回のレシピを書き出してコピーし、2人にも渡す。

 

一生懸命レシピを睨むエレシュキガル。かなり緊張しているようだ。そんな彼女に思わず微笑んでいると逆方向からイシュタルに裾を摘まれた。

「?」

「ねぇねぇ1台だけ、入れたいものがあるんだけど」

こっそり頼まれた内容はドライフルーツを入れたいというリクエストだった。りんご、デーツ、ザクロ。どれもメソポタミアで食べられていた果物だ。

 

「あぁ了解した」

「うん。頼んだわよ。これだけは、絶対美味しく作らせてよね、アーチャー」

イシュタルはこのフルーツ入りによっぽど拘っているらしい。弾けるような笑顔と同時に、プレッシャーを感じた。

 

(思い出のケーキ…なのだろうか?)

生憎彼女達の事は神話上の話しか知らない。その神話上の彼女達が依代になった凛の人格によって人間味が加わり、今の性格になったという認識だ。

共に出撃する事はあっても、プライベートな話には至らず内面を知る機会まではなかった。

 

「きゃぁ!!」

「!?」

少し、目を離しただけだったエレシュキガルがハンドミキサーを真っ二つに折ってしまった。

「???」

流石は筋力A。私より握力が強い彼女に、機械が耐えられなかったようだ。機械音痴どころではない。

 

(これは骨が折れそうだ)

改めて気を引き締め、甚大な被害を出さないうちにケーキを完成させると心に誓った。

 

〜10時間後〜

 

「やっと、、、やっとわたしにも作れたのだわぁ!(疲)」

機材破損、材料の入れ過ぎで爆発、生地を混ぜ過ぎて爆発、型に入れるだけで爆発。

何故この女神達が作ると爆発が起こるのか不思議過ぎる。。。変な呪いにでもかかっているのか?だが幸い?爆発するのは初めての動作だけらしい。数々の困難を乗り越え、本来なら1時間かからずに完成するはずのケーキをその10倍、10時間かけてようやく第1号が完成した。

 

「やっと、じゃないわよ。残り11時間!午後3時のお茶会までにマスター達全員分完成させなきゃいけないのよ!」

「あと、、、11時間………」

喜ぶエレシュキガルにイシュタルが容赦なく現実を突きつける。

 

そう、イシュタルは元々マスターやサーヴァント、カルデアスタッフ全員分のケーキを作る予定だ。そして既にお茶会の企画、会場手配までしてあった。

 

(イベント主催の段取りは一流だな)

イシュタル。流石はいつかの夏に大規模なレースイベントを行っただけはある。まぁアレは目的がアレ過ぎて最終目的の到達は失敗となったものの楽しい催しではあった。

 

「うぅ………でもこの霊基での連続活動時間はもう限界なのだわ」

だが相方のエレシュキガルは先程から瞼が上がっていない。2、3時間程前からずっと眠たそうにしている。

「まぁそれもそうね。寝不足は美肌の大敵だし、ちょっとだけ仮眠とりましょうか」

2人は擬似サーヴァント。我々一般サーヴァントと違い、人間の肉体を借りている為いろいろ影響が出る。寝ぼけてまた機材を破壊されても困るし、ここは一旦寝かせた方がいいだろう。

 

「あとは焼くだけだ。オーブンは私が見ておくから、2人は一度休むといい。ベッドなりソファなり好きに使っていいぞ」

「はぁ〜い(眠)」

エレシュキガルはふらふらと危なっかしい足取りでベッドに傾れ込む。そして数秒で動かなくなった。

 

「はやっ!ってかエプロン脱いでタオルケットくらいかけなさいよ」

イシュタルの方はまだ余力があるようで、既に夢の世界へ旅立った彼女からエプロンを脱がして転がし、横に積んであったタオルケットを広げてかけている。

 

「面倒見がいいんだな。イシュタル」

思わず素直に感想を述べてしまった。依代の影響は両者それぞれに出ている。彼女の面倒見の良さはイシュタルに行ったのだろうか?

 

「いや本当。どっちが姉よ。ってか本来は姉どころかおばあちゃんと孫くらいに世代が違うんだからね。あれ?もしかしてコレが介護ってやつ?」

「?」

(おばあちゃんと姉?)

 

メソポタミア神話の神々は、その物語によって系譜が異なる。カルデアではエレシュキガルとイシュタルは姉妹でエレシュキガルが姉だと言われているが、イシュタルの話によると血縁で考えると遠い親戚らしい。

 

遥か大昔からウルクの都市神をしていたアヌという最高神。エレシュキガルはアヌと血の繋がった娘という事だが、イシュタルは新たにウルクの都市神になる為やってきた養女とのこと。血縁でアヌから見たエレシュキガルは娘で、イシュタルはひ孫。しかもシュメル語名のエレシュキガルに対してイシュタルはアッカド語名。実は世代が違う女神だった。

 

(凛が2人姉妹だったから勝手に同世代だと思っていたが、そんなに違ったのか)

因みにイシュタルとギルガメッシュも遠い親戚らしく、彼女から見た彼は「下の兄の玄孫」つまり玄姪孫らしい。とは言え数千年過ごした彼女らにとってその程度些細な違いかもしれないが、改めて考えるとすごい話である。

 

「じゃ、わたしはこっちの机使わせて貰うわね」

「机?」

見るとイシュタルは既に私のデスクチェアに陣取り、レシピ本が積み上げられた机の空きスペースに突っ伏してしまった。エプロンは着たままだ。

 

「やれやれ。キミもヒトの事を言えないぞ」

一瞬彼女のエプロンを脱がそうかと手を伸ばしたが、、、流石にセクハラかと思い留まった。

代わりに何処かで見たデザインの猫柄ブランケットを投影し彼女にそっとかける。

(さて、今のうちに)

大変失礼だが、主役2人には休んで貰った方がこちらも仕事が捗るというもの。

 

「投影開始・トレースオン」

 

〜9時間後〜

 

「な!なんで起こしてくれなかったのだわ!?」

「すまない、キミがあまりにも気持ちよさそうな顔で寝ていたのでな」

目が覚めて時計を見るなりパニックに陥いるエレシュキガル。目をぐるぐるさせながらエプロンの紐結びに苦戦している。

 

きっちり9時間。

エレシュキガルはいびきもなく、寝言もなく静かに眠っていた。寝返りはあったがベッドから落ちることもなく、俺の枕を抱きしめて可愛らしい寝顔をした爆睡だった。

これを起こすなんて無理に決まっている。

 

(ぐぅ可愛い)

笑いを顔に出さぬよう表情筋の力を入れる。

「あと女神の寝顔を見るなんて不敬なのだわ!」

「それは失礼した」

涙目で頬を膨らます金髪の女神。寝顔を撮ったことは一生秘密にしよう。

 

「さて、イシュタル、キミもそろそろ起きた方がよいではないか?」

「う〜ん」

エレシュキガルは一先ず放っておき、イシュタルの方をブランケット越しで揺する。こちらはすぐ起きそうにない。依代の目覚めの悪さを考えれば当然か。アレは酷かったな。

 

「分かりにくいかもしれんがとうに昼だぞ」

最初より強めに揺すれば彼女の髪の毛がさらりと溢れ、まだ閉じたままの瞳に光が当たる。

シャマシュ…眩しい」

シャマシュ…イシュタルの双子兄か。太陽神の彼なら眩しかったかもしれんが、生憎ただのLED蛍光灯だ。

 

想定外の反応だったが、起きなければ意味がない。根気強く起こさなくては。

「イシュタル。寝ぼけていないで目を覚ませ、本番まで2時間切ったぞ」

これ以上は頭が机から落ちるんじゃないかという強さに切り替える。

すると彼女の桃色の唇が薄ら開いた。

 

「んー。じゃあキスしてくれたら起きるー」

 

「!?」

いやいやいやいや待て待て待て。どれだけ寝ぼけた凛だってそんな事言わんぞ。だいたい彼女の朝の寝言はどんなに酷くとも父親か母親呼びだったからな。

というかこの女神は誰に言ってるつもりなんだ!?

 

「悪いが私はキミのお兄さんじゃないぞ」

そもそも兄妹だってそんな事はしない。少なくとも21世紀ならば。

「う〜ん…じゃあ…」

イシュタルは起きたのかそうでないのか、微睡んだ瞳のままむくりと起き上がりするりとこちらの両肩に手をかける。そして子供のようにコテンと首を傾げた。

 

「今だけ恋人になって?」

「は?………(はぁ!?)」

(な、なんだ?身体が、魅了にかかったのか動かん!)

何もかもスローモーションに感じて実際のスピードは分からない。

だが、確実に彼女の顔が近づいてくるというのに止められない。

 

「ちょっと!この淫蕩女神!」

「「!!」」

目の前の彼女と同じ声が、別の方向から殴りかかってくる。

「わ、わたしと同じ顔でヨソのヒトに迷惑かけないで欲しいのだわ!」

(あ)

エレシュキガルの怒号により金縛が解けた。

 

「迷惑だなんて失礼ね。女神のキスをもらえるのよ?むしろご褒美でしょ?だいたいこの程度淫蕩のいの字にも及ばないわよ」

「どう見てもアーチャーさんは困っていたのだわ!」

「……………」

2人が喧嘩を始める。

 

(流石は愛の女神…と言ったところか)

仮初の心臓が高鳴る。さっきのは危なかった。一体いつから起きていたのか分からんが、彼女の唇に惹き込まれてしまった。

 

「っていうか、お茶会まで1時間半しかないんだけどアナタ大丈夫?いつもオシャレに3時間かかるんでしょう?」

「!!」

イシュタルの一言でエレシュキガルは泣きそうな顔になり黙りこんだ。

どうやら勝敗は決まったらしい。

 

「いやそこは、ケーキの心配をするのではないのか」

「そっちは平気よ。むしろアナタなら1時間半だなんて長過ぎるんじゃなくて?」

薄々思っていたのだが、大量のケーキ作りに関して私は勝手に任されていた。

「全く…キミには敵わないな」

苦笑しながら返事をする。どうやら信頼されているらしい。

 

その後私はケーキの仕上げを行い、イシュタルが手配した運搬&テーブルセッティング係達に渡した。因みに担当はジャガーマンとランサーのメドゥーサだった。心配過ぎて厨房仲間にテレビ電話を繋いでもらったが順調そうだ。強いて言うなら装飾がどう見ても小学生のお誕生会向けだったのだが今から言ってもしょうがないだろう。

そしてオシャレ3時間だというエレシュキガルのドレスアップはイシュタルが行った。

 

「じゃあ、あとは会場でね」

「わ、わかったのだわ」

エレシュキガルはゲストの受付対応係らしい。もの凄くぎこちない足取りに見えたが、イシュタルに励まされ(物理的に)背中を押されてなんとか出発した。

 

「驚いた。女神イシュタルは主催者、いやリーダーとしての実力が高いのだな」

「はぁ?」

(む。これは失言だったか)

イシュタルは呆れたような視線をこちらに向けてくる。

 

「あのねぇ。都市神なんだから当たり前でしょ?ギルガメッシュ達ニンゲンの王はあくまで中間管理職。真の王は都市神(わたし)なんだから。本人がどんなに凄い王だと名乗ったところで、わたし達都市神にとっては神官でしかないわ」

「それは失礼」

どうやら古代メソポタミアの常識は我々のイメージとズレがあるらしい。

てっきり流れで怒られるかと思ったが彼女の中ではこの後の方が重要らしい。彼女の師匠じみた表情は一変し視線を調理台へ移し、少しだけ照れるようにはにかんだ。

 

「それよりアーチャー、ケーキ作るの、1台分大丈夫?」

「あぁもちろん」

 

彼女の希望は「1台だけ、ドライフルーツ入りのケーキを作りたい」。

最初に言っていたにもかかわらず今の今までに手をつけていなかったな。

デーツ、リンゴが入ったミックスドライフルーツは、ケーキ1台分の材料しかない為失敗出来ない。なるべく機械は使わず、どうしても使うところだけは私が扱った。

焼き時間は30分。予定分のバターケーキは全て運ばれ、調理台の掃除を終わらせておく。それでも焼き上がりまでの時間は10分程余ってしまった。

 

「………………」

じっとオーブンを見つめる彼女の横顔を盗み見る。見慣れたはずの少女の顔は、どこか遠くを見つめる知らない女性のようだった。実際そうなのだが。

彼女は何故このケーキを作りたかったのだろう?

デーツ=ナツメヤシは女神イシュタルのシンボルの1つ。ではあるものの単に自分用にこれを作りたかったわけではあるまい。

 

「失礼。わざわざドライフルーツ入りを作る理由を尋ねても?」

「ん?あぁこれ?息子の、好物なのよ。フルーツ入りのギルラム」

「!」

古代メソポタミア都市国家ウンマ市の都市神、射手の神シャラ。偶々彼が弱っているところに出会し、拾って世話をしたところ懐き、本人が「息子になる」と言うのだから、そのまま養子にしたとのこと。その息子の好物がドライフルーツたっぷりのギルラムだった。

 

「今思えば彼の方が年上だったかもしれないけど、とってもいいコだったわ。わたしってフォロー範囲がものすご〜く広くてあんまりウルクに留まれないからしょっちゅう留守番して貰ったし、色々あって戦争もしちゃったけど本当に仲良いのよ。あのコが婚約者を紹介してきた時にはすっごく感動したわねぇ」

よっぽど誇りに思う息子だったのだろう。彼を語るイシュタルの表情は得意げだ。

 

「この依代、すっごく愛情深い母親になるじゃない?だからか…」

「は?」

(リンガ、ハハオヤ?)

確かに彼女は魔術師として子孫を残し魔術の継承を行わなくてはならないのだから、そりゃあいつかは誰かと結婚して子供を産むだろう。

だが子供を産むなら当然父親もいるわけで、一体ダレが?聞きたいような聞いてはいけないような、一生知らない方がいいような。。。

 

「ちょっと?アナタ大丈夫?顔色が…」

「………………」

その後イシュタルは何か言って、無事にケーキも完成し茶会も成功したのだが、正直その辺りの記憶は、、、殆ど覚えていない。

 

〜夕方〜キャスターギルガメッシュの部屋〜

 

「ってわたしのお話し、ちゃんと聞いてるの?」

「聞いておる。自分が作ったケーキをマスターに食べて貰えず、我に食えと持ってきた。であろう?」

「………むぅ」

キャスターのギルガメッシュは、「ぷろぐらみんぐ」というわたしにはさっぱりわからない作業を行っている。せっかくわたしが焼いたケーキを持って来たというのに全然相手をしてくれなかった。

 

「………………」

今日のお茶会自体は成功した。

わたしは「ウルクのバターケーキ」を初めて食べて美味しかったし、マシュ達にも「完成度が高い」と好評だった。うるさい方のギルガメッシュですら「懐かしい味だ」と評価したのだから再現は上出来だったのでしょう。

 

けれども………

イシュタルは最後に焼いたというフルーツ入りのケーキを甲斐甲斐しくマスターの口に突っ込んで強制的に半ホールも食べさせた。おかげでお腹いっぱいになったマスターは、わたしが焼いた分まで食べられず、近くにいた他のサーヴァント達が食べてしまったのだ。予備もあったがマスターが空きそうにないので諦め今に至る。

 

「お前の話を聞く限り此度の主催者はイシュタルなのだろう?ならば仕方あるまい。元々アレがマスター用に用意した…そもそも茶会はあくまでカモフラージュ。アレの目的は「マスターにギルラムを食べさせてみたい」だけかもしれんぞ?知らんがな」

「え“」

そりゃあの強欲女神がわたしにウルクのケーキを食べさせる為だけにわざわざお茶会を主催したとは思っていない。だからって彼女がマスターにケーキを食べさせる理由も想像がつかなかった。

 

「逆に、何故お前がマスターにソレを食べさせたいと思えるようになったか自分で分かっているのか?」

「???」

一体この男は何を言っているのだろう?何を言いたいのかさっぱりわからない。

大好きな………いつもお世話になっているマスターに美味しいものを食べて欲しいと考えるのはサーヴァントとして当然のことである。

 

「ニホンにはおすそ分け文化という習慣があるらしい」

「ニホン?マスターの故郷?」

ここカルデアがある南極は何処の国にも所属しない場所。マスターは極東の島国ニホンという国で生まれ育ったと聞いている。その割に、ニホン語で話すところを見た事ないんだけど。

 

「………そうだがお前にとってはそれより大事な方だろう」

「わたし?………あ、この依代も元ニホン人なのよね」

そうそう。国際色豊かというかこのコの適応能力が高すぎてすっかり忘れるところだったけど、生まれて育ちはマスターと同じニホンだと意識している。

 

「おすそ分けとは元は、余った貰い物を横流しするという意味らしいが、転じて「幸せのおすそ分け」という言葉があるらしい。その依代になって自然と良いものを誰かに分け与えようと思ったのではないか?元のお前ではありえぬだろ」

「せっかくのいいお話が、最後の一言で台無しなのだわ」

なんだか元のわたしがケチみたいじゃない。失礼過ぎる。

 

「駄女神も何か、最近幸せだと感じた何かがあったのではないか?」

「幸せ?イシュタルは時代も場所も関係なく常に幸せなのだわ………」

だってわたしと正反対。彼女はニンゲンに喜ばれる権能ばかり持っているんだもの。

だからフォロワー数だって常にトップ独走だったし、今に残るシュメルの歴史資料の大半に描かれている。この時代だってニューヨークの自由の女神像だったか、アレも大元はイシュタルに繋がる女神像。愛に美に自由、彼女は常にニンゲン達に愛され続ける幸せ者だ。

 

「そこは否定せんがな。我とて幸せな人生だった」

「……………そう」

わたしは幸せだったのか分からない。けど少なくとも不幸ではなかった。わたしは時間も力も全てを仕事に費やしてきた。この生き様を誇りに思うからこそ、ノリノリで冥界にやってきたイシュタルを一度殺したのだ。仕事一筋の自分を気に入っていたんだと思う。これも、一つの幸せだったのかしら?

 

「…だが心残りはある」

「?」

ギルガメッシュは光る板を置き、やっとわたしに顔を向けたかと思えば何故か顎を掴んできた。わたしは強引に顔を固定され、視界が彼でいっぱいになる。不敬過ぎるんですけど。

「何?なんなのだわ?」

「………………」

ゆっくりと…鼻先がぶつかるんじゃないかという距離まで彼の顔が迫ってきた。

 

(ま、眩しいのだわ)

実際に眩しいわけではないが、反射的にギュッと目をつぶる。

この男、わたしやドゥムジと同じ冥界神のはずなのに、どうも魂が明るいというか眩し過ぎて、あんまり近づくと目がおかしくなってしまいそうだ。おしゃべりする分にはいいけど、眩しいのは苦手だった。

 

「そう身構えなくともよい」

「それって身構えていいのかダメなのかよく分からないのだわ」

どうしてコイツの言い回しはお父様並にジジくさいのか。彼の教育係だったでしょうシャマシュは普通だったのに。

「瞳は開けたままでよい」

(えー。眩しいからつぶったのに)

 

「マスターはな、女装をするとお前たちとそっくりな顔立ちになるのだ」

「はぁ?」

一体何の話し?誰得なのだわ?マスターの女装姿をわたしは見た事がない。その自慢て事?話の流れが全く見えないのだわ。

あとマスターの事は大好きだけど、見た目がそっくりと言われたところであんまり嬉しくないのだわ。マスターに、迷惑だと思われちゃうかもしれない。

 

「もしウルクで、いやウルクでなくともお前が我の息子を産んでおればあのような容姿ではないか。と」

「はぁぁぁ??」

一体何を言っているのだわ?妄想力だけでジグラットの高さを超えていそうなのだわ。

そうツッコミを入れようかと思ったけれど、彼の顔を見てすぐにやめた。

 

「お前達が召喚される前に、お前に我が子を産ませてやれなかったのが唯一の心残りだ」

「…あぁ」

(これはわたしじゃない、依代の方に語りかけているのね)

うるさい方のギルガメッシュも、何度かコレと同じ目を向けてきた事がある。慈愛に溢れたとても優しく、そして苦しそうな目。わたしはこの目が苦手だった。

 

「そのお話は、これ以上聞きたくないのだわ」

わたしは、この依代と目の前の彼の関係を知っている。

その関係を強制的に終わらせた要因も、巫女長達を信用した彼女の決意も、結果を受け入れるしかなかった彼の無念も、そしてそれ以前の因果を知るから、思い出したくない現実だ。

だから彼の手を払いのけた。

 

「そうではない。我の話ではなく、イシュタルの話だ」

「???」

今日のギルガメッシュは3割マシで勿体ぶってくる。飽きた。今更ながらわたしも暇で来ているわけじゃない。ケーキ皿だってさっさと回収して洗ってしまわなきゃいけないのに。そろそろ食べてくれないかしら。

 

(あ)

ようやくギルガメッシュがケーキを口に入れる。

「………………」

美味しいのか美味しくないのか、彼は眉ひとつ動かさず黙々と咀嚼した。

(何この沈黙)

リアクションが無さすぎて、感想を聞きづらいのだわ。

そんな彼の感想らしき一言は想定外のさらに斜め上だった。

 

「我が神が好きそうな味だ」

「はい?アナタ、信仰辞めたんじゃないの?」

確かコイツの世界は、コイツがメソポタミアの神を信仰をやめたせいで天界とのパスが切れ、都市神であるイシュタルすらわざわざ召喚しないと現界出来ない状況だったのではないだろうか?ってか我が神ってどれよ?

 

「その先は個人情報故教えられんな」

「ねぇ。わたし帰っていいかしら?空いたお皿は自分で食堂に持って行って欲しいのだわ」

疲れた。分かっているのだけど、大人のギルガメッシュ達は対応が面倒くさい。慣れない他所のサーヴァントと関わるよりはマシとはいえ、やっぱり疲れた。ただでさえケーキ作りとお茶会の接客でわたしの体力は残り少ないのだ。帰って読書をしたい。

 

「待て待て。すぐに食べ終わる………。アレだ。最近珍しく天気が良いだろう?」

「そう言えばイシュタルが廊下で日向ぼっこか何かしていたのだわ」

そこにうっかり話しかけてしまったが為に平和な午後は一変し非日常のイベントデーとなった。しかも1泊2日。

 

「であろう?あそこは超がつく重度のシスコン&ブラコン兄妹だ。久々に兄の光を浴びたのがよほど嬉しかったのではないか?」

「……………あ」

そういう事?ただボ〜ッとしているように見えて兄妹の逢瀬だったわけ?

つまりあの時のわたしは見えない逢瀬を邪魔してしまったのだ。

 

「どおりで声をかけた時、、、塩対応されたのだわ」

当時の状況、突然お茶会を始めた経緯を説明する。

「ふむ。お前は比較的安定している方だが、お前たちはその時々で依代の影響力が変化していると見える」

何を今更そりゃそうだ。生憎この依代は戦闘はできても戦争に向いていない。だから宝具や敵にトドメを刺す時は可能な限り依代の人格を無視しなくてはいけない。そして逆も然り。わたしの場合基本が引き篭もりなので、依代成分無しではこうして自室から外へ出るのも無理である。日常においてはほとんど依代の人格を頼っている。

 

「駄女神がケーキを食べたいならあの赤い贋作者に作らせるだけだっただろう。だがそこにニホン人だった依代の影響が強く出てお前や他の連中にも食べさせたいと考えた」

…ありえる。それでさっきのおすそ分けの話と繋がるのね。

前置きが長過ぎてすっかり飽きてしまったがようやく納得できた。

 

「複雑に女神の部分と依代の人格の影響が折り重なって此度のイベントになったのだろう。直接関われば面倒だが、側から見る分には愉快だぞ」

うん。そうね。やっぱり今後も極力関わらないように気をつけるのだわ。

ギルガメッシュはやっとケーキを食べ終わりわたしに皿を押し付ける。言いたい事はあったが言うのも面倒になり無言で受け取った。

 

「ほれ。褒美だ。お前にくれてやろう」

「へ?」

ギルガメッシュはわたしが持つ皿の上に、カップケーキサイズの器を置く。よく見ると底が立体的な花柄に彫られている。バラだろうか?

 

「可愛い」

ウルクの特別なパンやギルラムはな、女や動物をかたどった型を使って焼くのだ。花柄はなかなか無いぞ。凹凸によって焼きムラが出るが、そこを活かし精進するがよい」

部分的に焦げやすいってことね。難しそうだけど、アーチャーならなんとかしてくれえうかしら。今度聞いてみよう。

 

「どうしてもと言うならば、味見してやっても良いぞ」

「結構です」

この男は素直に「食べたい」と言えないのだろうか?食べさせたところで美味しいと言ってくれなさそうな男が味見役だなんてモチベーションが上がらないのだわ。マスター…には完成品を食べて欲しいからマシュとか…ドゥムジのサンタにお願いしましょう。

 

「嬉しいけど今回のケーキ、わたしじゃなくてイシュタルによるものだわ。お礼をすべきはあっちじゃないかしら?」

タイムスケジュール、人員配置、材料調達は全てイシュタルが行い、わたしはただのお手伝い。確かに今持ってきたケーキはわたしが作ったものだけど、原価はイシュタル持ちだ。

 

「あぁ、アレには後日身体で払う」

「最低!」

身体で払うって破廉恥な事をするって事よね?いくら相手が愛の女神だからって最低過ぎじゃない?絶対向こうも嫌がるでしょう。

 

「これでもウルクの都市神と王という関係なのだ。立場上、聖合も必要だからな。とうに慣れておる」

※生前業務上、数々の女を抱いてきたの意味

「今はサーヴァントでしょう!?依代が嫌がるって言ってるの!!」

「我相手だぞ?嫌なわけなかろう。そも今の霊基でなければ抱かん」

この依代…一応この男との子供を身籠る程度には、その…経験しているとはいえべつに好きで身を捧げていたわけではない。立場上断れず逃げられず仕方なかったのだ。加えてイシュタルの方もべつにギルガメッシュ本人を好きなわけではない。自意識過剰過ぎる。

 

「せいぜい返り討ちにあわないことね。腹上死しても知らないんだから」

コイツの口癖、慢心してこそ王…だったか。育て親シャマシュもだけど、コイツらは本当に慢心で失敗する事も多々あるのに全く反省することなくやっぱり慢心する。そういう生き物なのね仕方ないわ。

これ以上付き合っていられないので、否定せず放って置くことに決めた。帰る。

 

「じゃ、さようなら」

この部屋は主しか扉を開閉出来ないので開けてもらう。

あーあ。ケーキ渡してお皿を回収するだけなのにどっと疲れたわ。

忘れ物は無いわよね。振り向くのも面倒なので手元を確認し来た廊下へ帰る。

すると扉が閉まる瞬間。確かにアイツの声が聞こえたのだった。

 

「なかなかに美味であったぞ。エレシュキガル」

「え?」

…本当に素直じゃない。

「最初からそう言ってよ。バカ」

既に固く閉じた扉に向かってあかんべーをする。

ちょっぴりだけ、胸の辺りがポカポカしたのは内緒だ。

 

※因みに身体でのお支払いは断固拒否されたらしい

 

〜夜の廊下〜

 

「すみません。空いたお皿、返していいですか?」

「いいわよ?端に置いちゃって?」

大きいはめ殺しの窓から薄い月明かりが女神を照らす。

マアンナという名の天を駆け回る弓形の乗り物。女神はこれを水平に倒し、器用に窓側を机代わり、手前を椅子にして座っていた。そこに金髪のまだ幼い外見の少年がやってきたのだった。

 

「ごちそうさまでした。生憎僕はシドゥリの手料理を食べる機会が無かったので再現率は分かりませんが、とても懐かしい味でした。美味しかったですよ」

「……お口に合って何よりだわ(何この王子?コメントが完璧過ぎるんですけど)」

女神は朗らかに笑う少年の笑顔を見ながら、なぜこんな理想の美少年があのような最低バカ王になってしまうのか考えないようにする。

 

「昼間は、せっかくお招き頂いたのに出席出来ず申し訳ありません」

「いいえ。先に呼んでもいないうるさいのが来てしまったこちらの落ち度だったわ。気にしないでちょうだい。ケーキ、食べてくれて嬉しいわ」

少年は子ギルと名乗るサーヴァント。英雄王、賢王と呼ばれるギルガメッシュが子供の姿。

とても謙虚で礼儀正しく賢いウルク王だった。

 

(シャマシュが言っていた「賢さは子ギルが全盛期」ってこういう事だったのね)

賢い故に今回のパーティ会場には来れなかった。

子ギルは暴君になった大人の自分を大変嫌っている。その為極力、人理の危機にでも陥らない限り、大人の自分との接触を避けていた。会ったらつい殺し合いになってしまう。そのくらい大人の自分を嫌がっていた。だから同席は出来ない。

 

「月光浴ですか?もしかして、お父様との語らい中でしたとか?お邪魔でしたら申し訳ありませんでした」

「そんなんじゃないわよ。確かに父さんにはおすそ分け、、、えっとお福分け?みたいな、、、お供物ついでに、今日の楽しさをお分けしようと思ってここに居たんだけど」

マアンナの上には大きなトレイ。その上には、魔法瓶と、半ホールのケーキが2種乗っていた。恐らくどれも女神の神気が入っていて、若干浮いている。

 

「とても甘党なんですよね?最古のスイーツ男子だったとか。きっとお喜びでしょうね」

「えぇ。けど流石に見えないわ。やっぱりこの時代、魔力が薄過ぎてダメね」

女神の実の父親、月神シン。子供の頃から菓子が好きで、最高神の1柱である父親エンリルの神殿を訪ね沢山の土産と菓子を受け取った神話がある。

そんな父に、娘は手作りの菓子を振る舞おうと月明かりの下に来たはいいが、全然彼の気配を感じ取れないのだった。その為ただの月光浴になっている。

 

「もしかして、そのケーキも元々はシャマシュと、シャラにでしたか?」

「あら、シャラの事、覚えてくれているのね。そうよ。こっちはシャマシュ用じゃなくて、ただシドゥリがよく供物に作ったギルラムがバターケーキだったってだけなんだけど、果物入りなのは息子をイメージして作ったわ」

女神の息子シャラは、ドライフルーツが入ったギルラム・パウンドケーキが好物だった。シャラの神殿では、供物のリストにさまざまなパターンのギルラムが記録されている。

 

「わたしって作らなくていいものを作る定めの女神だから、珍しく手作りしちゃったの」

「そこから女神らしく大規模なイベントに発展させるのは流石ですね。都市神の鏡です」

「!。ほ、褒めたってこれ以上何も出ないんだからね」

都市神は、リーダーとして部下を集め毎日の食事も大勢で楽しく行うのが仕事だった。つまりパーティ主催も仕事のうち。特にイシュタルは数々のカップルを誕生させてきた愛の女神。お茶会も得意分野だった。

 

「ところでアナタって本当は父親似だったりする?」

「どうでしょう?実はあまり会った記憶がないんですよねぇ」

子ギルの、女神に対し臆せず話しかけながらも謙虚な姿勢は、ウルク初期王朝3代目ルガルバンダそっくりだった。子ギルを育てたのはシャマシュだが、中身は彼の父親であるルガルバンダに似ている。

 

「…………」

「…………」

(あぁ本当。どうしてあぁなっちゃうのかしら)

ルガルバンダにそっくりなまま大人になれば、穏やかで神にも民にも愛される理想の王でいられただろう。古代の王であっても人生分からないものである。

すると女神と目が合った子ギルは突然何かを閃いた

 

「ふふ。イシュタルさんのおかげで僕、いい事思いついちゃいました」

「え?」

にっこりと笑う子ギルに対し、女神イシュタルは思わず身構える。警戒された事に気づいた子ギルは「そんなに警戒しなくても大丈夫です。アナタに悪いようにはさせません」と苦笑いしながら付け加えた。

 

「近々、僕もお食事会を開こうと思います。ケーキのお礼も兼ねますので、イシュタルさんは特別来賓席に案内しますね」

「ぇ、えっと、ありがとう…?」

子ギルにしてみれば純粋にお礼を考えただけなのだが、想定外の企画に女神は理解が追いつかない。

 

「具体的には、どんなお食事会を開くつもりなのかしら?」

女神は素直に喜べずぎこちない表情で、彼の思いつきについて尋ねた。

 

「普通に夕飯ですよ。もちろん僕のお金で主催しますから、メニューは豪華ですけど、マシュさん達にも喜んで頂けるよう、厨房サーヴァントさん達を雇って美味しいディナーを用意して、大人の僕以外みんなに提供します」

 

「!!」

(しれっと大人ギルガメッシュを省いた)

子ギルは楽しそうに想像する。

「もちろんテイクアウト、デリバリー不可。ライブキッチンにして、楽しい時間を約束します。そして強力な結界を張って、絶対に大人の僕は入れません。エルキドゥも呼びますが、イシュタルさんとはお席を離しておきますね」

 

(あぁ、そういう事)

どうやら子ギルは平和的に、嫌いなあの男に対して嫌がらせをしたいらしい。

「もちろんドゥムジさんのように動物系の方も食べられるよう、メニューも数パターンご用意しますので、楽しみにしていてくださいね」

「えぇ期待しているわ」

イシュタルとしても、わざわざ会いたくない男に会わなくて済むならラッキー。特にコメントせず、ここは任せると決めた。

 

「あ」

(あら?)

まだ遠いが足音とサーヴァント(?)の気配が近づいてくる。

「それでは僕はお邪魔になってしまいますのでこの辺で。今日はケーキと素敵なアイデアをありがとうございました」

子ギルはペコリと頭を下げると、機嫌良さそうに部屋へ戻っていった。

 

「……別に、わざわざ気にしなくていいのに」

あとそんな陰湿なアイデアを提供した覚えはない。

女神はそう言いつつも心の中で小さく感謝する。

近づく気配は、お茶会に招待したけれど出席しなかった男。

同室の相方に止められ留守番となった彼。主催者としては2番か3番目くらいにギルラムを食べさせたいと思っていた相手だった。

 

「月が綺麗ですね」

 

「?」

彼なりの挨拶だろうか

そう思いながら振り向くと思った人物の予想外の姿に驚く。

 

「ご機嫌よう。珍しいわね。人型だなんて」

「えぇ。これでも美の女神の夫として気を遣っているのです」

メソポタミア愛と美の金星女神イシュタルの夫、不妊と豊穣の牧神ドゥムジ。

普段は金色の羊の姿でアルテラサンタのお供をしている。

 

…のだが、現在現れたのは羊ではない。

金色のふわふわ短髪。細身で無駄のない身体。もこもこのカウナケスを肩にかけた美青年。

人型のドゥムジだった。

 

「昼間は欠席して申し訳ない。アルテラに「羊が油脂分の多いケーキを食べてはいけない」と止められまして」

「えぇ、彼女から聞いているわ。けど最初からその姿で過ごせばよかったのでは?」

羊だから止められた。ならこうして人型でいれば問題なかったかもしれない。

と言いつつも、女神だって本心ではそう思っていない。カルデアに来てからは羊の姿でしか見かけない彼。何故常に羊の姿で過ごしているのかが気になった。

 

「最初のご縁が羊の姿だったものですから。ドゥムジ神は愛らしいもこもこの羊だと、ここの人々に思われているのです」

「そうね。フォロワーの期待に応えてこそ神だわ」

神たるもの、信者(フォロワー)からのイメージは絶対である。擬似サーヴァントでは限界があるが、信者達に若い男であれと願われれば若い男、羊だと認識されれば羊でいるべき。古代メソポタミアにおける神のルールだ。

 

「とりあえず、ケーキ食べる?残り物だけど」

「喜んで。ついでにそちらのお茶も頂いて、隣に座っても?」

「相変わらず図々しいわね。まぁ別にいいわよ?私はお腹いっぱいだし」

「では失礼」

イシュタルはマアンナの端に寄り、空いた彼女の横にドゥムジが座る。

 

「魔法瓶の中身を当てましょう」

「当てなくていいわよ。どうせ答えなんて一つしかないじゃない。7千年前から変わりません。これ1本しか教わってませんからね」

イシュタルは魔法瓶の蓋をカップにしてお茶を注ぐ。

「流石に牛乳ですか」

「あら、アンタを搾ればよかったかしら?」

ドゥムジは僅かに首を振って彼女の苛立ちを宥め、遠慮なくカップを受け取り口をつけた。

 

「少々ミルクが薄いですが美味しいです。次はヤギの乳を使うといいでしょう」

「アンタが絞ってきたらね。はいケーキ」

「よい組み合わせです。ギルラムとカモミールミルクティー。ドライフルーツ入りは、シャラの好みでしたね」

ドゥムジはギルラムを切り分けずそのままフォークを刺して食べ始めた。空腹だったのか、これまでの怠慢な動きに反して食べるのだけは速い。飲むように食べ進める。

 

「アンタ、どんだけお腹空いてたのよ」

「どのくらいでしょう?実はここに来てから一度も食事をとった事がありません」

「はい??」

別居とはいえ一応妻であるイシュタルもドン引きである。

確かにサーヴァントに食事は必要ない。けれども毎日食堂が大繁盛する程度に食事はサーヴァントのモチベーションの為に重要なものだ。

 

「そもそもこの姿も、こちらに来てから先程初めてとりました」

「へぇ……」

もこもこの羊型であった方が、女子供にウケがいい。チヤホヤされたいならわざわざ人型になる必要がない。こうしてカルデアの中ではドゥムジ=羊が常識となり、羊ならニンゲンの食事は食べられないよね。となったわけだ。

 

「先程、エレシュキガルに遭遇しました。マスターがこちらのギルラムで満腹になり、自分が作ったバターケーキを食べて貰えなかったと」

「えぇそうだったみたいね。けどあのマスターに直接食べさせるのがわたしの目的だったもの。仕方ないわ」

イシュタルはつまらなさそうに視線を外へ移す。

 

「何故そのような目的に至ったか、怖いもの知らずで聞いてみたいものです」

ドゥムジが彼女の顔を覗き込み、2人の視線が交わる。

「アンタが察した通りだと思うけど?」

「イシュタル。アナタの口から聞いてみたいのです」

「…………」

イシュタルは一瞬バツが悪い顔をするが、渋々口を開いた。

 

「絶対笑わないでよ」

珍しく天気が良くて、今いる廊下が陽の光で眩しかった。それで双子の兄で太陽神のシャマシュを思い出し、アイツも来ればいいのにとちょっとだけ彼を想像していた。

次にアイツとの娘だったかもしれない女の子を思い出したところで、エレシュキガルがやってきた。偶然彼女がお腹を空かしていた為、バターケーキを思い出しみんなで食べたら楽しいかなぁと思い、都市神らしくティーパーティを主催した。

 

ケーキの材料を調達した時、近くにあったドライフルーツを見て息子シャラを思い出した。ついでに依代の息子がマスターそっくりだったなぁと思い出した瞬間、依代と違って自分は母親らしい事をした事がないと気づいた。

 

「だから、母親ごっこでギルラムをマスターに直接食べさせてみたけど、依代の記録にあるような…なんていうか心が満たされるカンジ?を期待したんだけど、そうでもなかったわね。面白くはあったけど、甲斐甲斐しく彼の世話をするのはマシュのポジションだし。マスターも大人ですもんね。けどまぁ楽しかったわよ?神として仕事したってカンジ」

「………………」

ドゥムジは静かに食器を置く。

 

「アナタも、母親らしい行いはしていましたよ」

「それ戦争でしょ?殺し合いはノーカンよ。もっとこう、アットホームなヤツがよかったの!おふくろの味って言うんでしょ?ご飯作って食べさせたり、甘やかしてみたかったの。突然そういうのに興味が湧いちゃっただけ!」

後半早口になったイシュタルはプイッとそっぽを向いた。恐らく照れ隠し。

 

「試しに一度だけ私に食べさせてみますか?」

「へ?」

ドゥムジはケーキの皿をイシュタルに寄せ、フォークを彼女に握らせる。

「私が口を開けますので、ケーキを食べさせてください。目は瞑っておきます」

 

「え?えぇ!?」

怯むイシュタルだが、口を開けたまま動かなくなったドゥムジに向き合い緊張しながらもフォークで残りのケーキを掬う。

「早めにお願いします」

「そんなこと言われても…」

ドゥムジはノリノリだが、イシュタルは固まっている。

 

「早く…」

「わ、分かったわよ。やればいいんでしょ!」

フォークを持つ手が震えている。

「絶対目ぇ開けないでよ!うぅ…………えいっ」

「っむぐ(ちょっと多いのでは??)」

女神はフォークを突っ込み過ぎて怪我をしないか心配だったがなんとか手が止まった。

 

「むぐむぐ(まだ食べている)…………どうでした?」

「めちゃめちゃ恥ずかしいわね。全然心温まらないわ。むしろ冷や汗がびっしょり」

イシュタルはぐったりと項垂れる。対するドゥムジは余裕があり、残りのギルラムを平らげた。

 

「どちらかというとファーストバイトでした」

「ファースト?何だっけ?」

ドゥムジがファーストバイトについて説明する。現代の結婚式で人気の催し。この先ご飯に困らないようにと互いにケーキを食べさせ合うというもの。

 

「そもそも母親どうのこうの以前に夫婦らしいことも最初だけでした」

「当たり前でしょ?私達は婚儀の手本になっただけで十分。生憎親達と違ってウチは恋愛結婚じゃないもの。ビジネスパートナーとして相性良かっただけ良しで終わり!」

家畜の世話と管理でウルクに留まるドゥムジに対して、イシュタルは飛び回ってフォロワーを増やす外回り営業職のような妻だった。

 

一般的に婚約は当事者の恋愛ではなく、家長同士が決める契約。

だというのにドゥムジとイシュタル夫婦の場合は、過保護だった兄シャマシュが仕切り、イシュタルにドゥムジを勧める。この時イシュタルはエンキムドゥに恋をしていた。ドゥムジを嫌がったのだが、シャマシュはあの手この手、最後には強引な手段で押し切り、両家の家長が納得して婚約者となった。

 

ウルクでは盛大に祝福され、巨大な聖杯まで作られ、2柱の婚儀はその後人間達の婚儀の手本となった。こうして(一部都市を除いた)多くの民の「推しカプ」となり2柱は憧れの夫婦であるよう願われ、一応その期待に応えている。

 

「けど感謝はしているわよ。アナタはシャマシュの数少ない友人ですもの。今日だってアイツが好きだったバターケーキをアンタに食べて欲しいって思ってた」

「それは光栄。ホールケーキは幸せを分け合うもの。この半分は、アナタがシャマシュと食べたのでしょう?私は残りを頂きます」

ドゥムジはバターケーキも物凄い勢いで食べ始める。食べるというか吸い込まれていく。

対するイシュタルは目をぱちくりと瞬かせ、降参のポーズをとる。

 

「何よアナタ、やっぱりお見通しなのね」

ドゥムジの予想通り。イシュタルはお茶会を早めに終わらせて、日没前に夕陽が入る場所まで移動しバターケーキを半分食べている。わざわざ陽の当たる場所にしたのは、太陽神である兄シャマシュとこの時間を共有したかったからだ。気分だけでも、ここでの生活の楽しさを兄弟に伝えたかった。伝わったかは別として。

 

「アナタたち兄妹が赤子の時から見てきました。なんでもとは言い切れませんが、大体分かっているつもりです」

「ふ〜ん」

生憎イシュタルの記憶にドゥムジとの思い出は殆どない。シャマシュがドゥムジとエンキムドゥの2柱を慕っていたので彼についていき関わってはいたのだが、何せイシュタルが恋する相手はエンキムドゥ。ドゥムジは眼中に無かった。

 

「ま、いいわ。アンタもここ(カルデア)に馴染んでいるようで安心した」

「それはどうも。アナタもその霊基に馴染んでいるようです」

※遠回しに「その依代じゃなかったらそのような気遣いの言葉は出てこなかったでしょう」と言っている。

 

「なんとでも。わたしはわたしだわ」

※「あくまで今の自分は依代あっての擬似サーヴァント。元の女神イシュタルとは別ものだし」と言っている。

イシュタルは空いた皿を回収し、ドゥムジに降りるよう促す。ドゥムジは、床に降りると瞬時に羊の姿に戻った。

 

「ごちそうさまです。ケーキの材料になった牛も報われるでしょう」

「それじゃあ肉料理みたいじゃない!牛乳よ!牛乳!」

(コイツはキャラが独特過ぎて本当に疲れる。っていうか、どっから声出してるのかしら?)

 

「ふん。一応褒め言葉として受け取っておくわ。じゃ、サンタと仲良くね」

イシュタルはもう用は済んだしと、さっさと撤収を始める。食器をエミヤに返さなくてはいけない。

 

「イシュタル」

「うん?」

飛び始めたところで、ドゥムジが彼女を引き留めた。

 

「月が、綺麗ですね」

「?そうね」

(そう言えば、到着した時もそんなこと言っていたわね)

イシュタルの父親、月神シンは美の女神の父親になる程なのだからそりゃグッドルッキングガイである。つまり美しい。何をそんな当たり前のことを言うのだろう?と彼女は疑問に思いつつも聞き流していた。

 

「…擬似サーヴァントは睡眠をとるのでしょう。良い夢を」

「えぇ。おやすみなさい」

(???)

疑問を残しつつ、まぁいいかとそのまま別れた。

 

(あれ、挨拶のつもりだったのかしら?)

イシュタルがその意味を知るのはまだ先のはなし。

 

 

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